30 お宿 お菓子亭─ヘクセンハウス
「ねえ、ちょっとあなたたち」
さて、先ほどの宿は酔っ払いのせいで泊まれなくなっちゃったから、ギルドでもらったメモを見ながら次はどこに行こうかと考えてたら、出てきた宿の方から声がかかった。
すこし年配の女の人の声だ。
ふり向くと、そこには“魔女”がいた。
魔女の帽子と長丈があれば迷わず魔女と呼べる、黒髪で群青色の外套を着た、黒い女性かそこにいた。
「わたしたちですか?」
「そう、あなたたち。冒険者なのでしょう? うちへ来ない?」
「“うち”ですか?」
「そう、“うち”も宿屋なの。“お菓子亭”というのよ。“手桶亭”での立ち回りを見せてもらったわ。宿を探しているんでしょう? うちは宿泊部分は男性禁止だから、ああいう輩はほぼ居ないわよ」
ほぼなんだ。もっとも男性ぜんぶの排除を望んでいるわけじゃないから、問題はないけどね。
“お菓子亭”というのは、ギルドでもらったメモに名前があった宿屋のひとつだ。
ギルドから少し離れた場所にあるので、“手桶亭”より順番が後になっていた。
ウラさんからも反対の声は上がらなかったので、ともかく見に行くことにする。
「うわぁ、かわいい………」
その建物は、都の中心にある商業地区でも居住地区へ入るすこし手前あたりにありました…。
「いい感じでしょ。最初から女性客専用を考えてたから、思いっ切り趣味に走ってみたのよ」
宿の名前そのままの“お菓子の家”がそこに建っていた。
明るい茶色の壁に焦げ茶の三角屋根は、チョコレートケーキやジンジャーブレッドで作った“お菓子の家”そのままの建物だ。
白い窓枠がとても良いアクセントになっていて美味しそうだ。いやいや食べられないのは分かってるからね。ホントだよ。
……じゅるり。
「どうぞ、お菓子亭へようこそ」
“魔女”さんに誘われて入り口をくぐると、なんてこと! そこはレストランで、手前の一角がパン屋さんになっていて……。って、あれ?
さっきの宿屋───手桶亭だったよね?───と間取りが似てない?
「手桶亭と、間取りが似てませんか?」
「あら、分かっちゃう? 同じ建築職人にほぼ同じ間取りで、内装外装や設備だけ指定のものに変えてもらって、建築費をまけてもらったのよ。節約ね。
はじめから“手桶亭”と連続で建築してもらうことにしていたから、材料費も安く上げてもらえたのよ」
なんと! やるわね、この人。
学生の身では届かない、はるかな高みにいる倹約家だわ!
それにしてもここの宿、パンの焼ける匂いがすてきだ。
「ウラさんはどう?」
「わたしは先ほどのところよりもこちらの方が好ましいですから、ミユキさ…んが良ければここで構いませんよ」
“さま”って言いそうになって言い直したわね。
冒険者として活動するのだから、相方に“様”はなしでね。とお願いしたのだけど、なかなかすぐには直らないね。本当は呼び捨てがよかったんだけど、そっちは本気で嫌がられたのでこちらが引っ込めた。
でも、いちいち細かいことは言わない。立場を考えれば抵抗はあるよね。気長に気長に、結果を急いじゃだめ。……一週間しかないけど。
それはともかくとして。
「お世話になります」
「じゃあ決まりね。二人部屋でいいかしら? 二人部屋なら一人一泊銀貨6枚、朝食と夕食を付けるなら追加で銀貨2枚ね」
とりあえず今日の夕食と明日の朝食を付けて、二人部屋で三泊お願いした。大銀貨4枚を出して、身分確認のために冒険者証を出すと。
「あらあらまあ。あなたたちEランクの冒険者だったの?」
「はい、三日後のDランク昇級試験を目指しているEランクですよ」
あら、問題発生?
「わたし手桶亭での立ち回りを見て、CランクかCランク間際のDランクだと思ったのよ。だってね、酔っていたとはいえあなた達の相手をしてたのは熟練のCランク冒険者なのよ。
それにしても腕はともかく、Eランクの子にここの支払いは負担が大きいわね」
ああ、わたしたちの懐具合を心配してくれているのか。いい人だね。
「あの、今日半日の稼ぎが大銀貨24枚だったんですけど、これってEランクの冒険者としては普通なんでしょうか?」
そこがそもそも解らないわたし。
「普通なものですか! 腕がいいとやっぱり稼ぎもいいわね。金貨(大銀貨10枚=金貨1枚)を稼ぐEランクなんて初めて見たわよ。それも半日で!?
それだけ稼ぐのは、いろいろ換算してみて……、やっぱりCランクよね。あなた達、ふつうのEランク冒険者の三十倍くらい稼いでいるわよ!」
「三十倍!?」
「ふつうのDランクと比較しても十倍ね」
それはちょっとトンデモナイわね。
「三日後に昇格試験って言ってたけど、Eランクでどれくらい活動してるの?」
「あ──、二日目?」
きのうEランクに登録してその後は何もしなかったから、実質きょう一日だけだけど、いいよね?
「えと四年前にEランクになって、一年間都で活動したあと活動を休止して、再開したのが今日です…」
「…………」
あれ? こめかみを押さえて黙っちゃった。大丈夫かな?
「なんと言ったらいいのやら……。それだと実質きょう一日活動しただけだから、続けて金貨が稼げると決まった訳でもないのね。
大抵の冒険者には、良い日もあれば悪い日もあるのよ。他人様の懐具合に口出しするのは趣味じゃないけど、あなたたちはもう少し常識というものを学んだ方がいいと思うわ」
それは激しく同意です。
うんうん。
「うちに、他の部屋を取った余りを集めて一つの部屋にしたところがあるの。いろいろ中途半端で普段は貸し出してないんだけど、そこをあなた達に貸しましょう。部屋は狭いわ。でも寝台はちゃんと二つある。天井が平らじゃないからふつうの部屋より嵩が小さいわね。その代わり部屋代を一人一泊銀貨四枚にしておくわ。
食事は申し訳ないけど値引けないわね。
この条件で良ければ部屋を貸しましょう、どう?」
つまりこの宿で一番Eランクに相応な部屋を貸してくれるっていうことね。望むところよ。かえってありがたいわ。
ウラさんとアイコンタクトして。
「それでお願いします」
と、わたしが答えた。
「分かりました。私は女将のアンジェラ。カウンターに居るのが娘のヨアンナ。あと調理場に主人のヨアヒムが居るわ。この三人がお菓子亭の“者”です。他にも時間や仕事の内容によって手伝いが入りますけど、なにか判断が必要となるような場合は、必ずこの三人の誰かに話をしてください。
それじゃヨアンナ。二人を部屋へ案内してあげて、説明も頼むわね」
「はい、おか…みさん」
先ほどからカウンターの中でこちらの話を聞いていた、中学生くらいの女の子がカウンターから出てきた。
へー、アンジェラさんの娘さんか。たしかに面影があるわね。
ヨアンナさんからおつりの大銀貨1枚と銀貨2枚を受けとり、わたし達はヨアンナさんの後ろを付いていった。
よし! 今夜のお宿をゲットしたよ!
2021年最後の更新です
皆さま、良いお年をお迎えください。




