29 お宿
「ウラさん、ここ?」
「そうですね、リシュヌさんに教えてもらった宿屋です」
「なんだか酒場に見えるよ」
「冒険者が泊まる宿って、どこもこんな感じですよ」
そうなのか。
冒険者ギルドを出たわたし達が次にしたのは、今夜の宿探しだ。
インゲルスさんは、あの五階の部屋を使えばいいと言ってくれたけど、むしろ使って欲しい様子だったけど、それじゃわたしがこの世界に馴染むのにさし障りが出る。
本当をいうと、神殿の力を借りればいろいろ楽だろうな~と思ったことはあるのよ。けど「楽」と一緒に「やっかいごと」を山盛り抱え込むことになる気がして、それは避けた。
なによりウィアが、神殿に結びついていないのが気になった。
神殿はウィアを敬っているようだけど、ウィアはあまり気にしていないように見える。
無関係という事ではないようだけど、傍目には神殿からウィアへの片想いに見えたのよね。
あの存在は、たしかに自分で言う通りの者なんだろう。
少なくともわたしのような“人”が、その言動の事実を確認したり嘘を暴いたりできるような相手じゃないというのは分かる。
そのウィアは“人”のためにわざわざ何かをしてくれる存在ではなさそうだけど、少なくてもこの“惑星”に対しては責任を負っているらしい。
充分じゃないの。
この“惑星”がなければ“人”にだって生存し続けられる未来はないのだ。
不思議とわたしには友好的だった気がするんだけど、なんでかしらね?
まあそんな訳で、兄さんと月那に合流するまで、神殿とはほどほどの距離を保って、最初の予定通り冒険者として活動することにしたよ。
ゲームが現実になっちゃったのは、さすがに想像の外だったけどね。アハハハ。
†
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
冒険者ギルドからほど近い、大通りから脇道に入った二軒目にある宿屋(酒場?)の入口を入ると、すぐそこがカウンターになっていた。
鍵のかたちに曲がった奥に長いカウンターで、右手が酒場というか食堂になっているようだ。
左手奥にも行けるようだから、そっちが宿かしらね?
「宿泊を……」
パシッ!───
背中で鋭い音がした。
というか、わたしの後ろを通り過ぎざまにお尻を触ろうとした男の手をわたしが止めた音だ。
背中は死角じゃないのよ! あたしの場合は!
尻尾感覚は絶好調だ!
首を巡らせて男の顔をキッと睨みつける。
「お、怒った顔もいいな。なあ、部屋をとるなら俺のところに来いよ。もちろん宿代はタダだ」
ゾワゾワゾワッ───
悪寒が音を立てて背中を駆け上る!
それにお酒臭い!
「趣味じゃないわ。あっちへ行って」
「つれないことを言うなよ、ほら」
と言ってわたしに捕まれた腕を、そのままわたしごと持ち上げて担ごうとする。
───わたしがそんなに重くないとはいえ───凄い力ね。
相手の肩よりも高くなったところで、持ち上げられる勢いも利用して脚を跳ね上げ、体をひねって一本手倒立の姿勢になる。
ここ天井が高いわね。天井に足が付いたらそのまま蹴って、重さ増し増しにしてやろうと思ったのに。
仕方がないのでそのまま腰を折って、頭の上に着地する。
「うわっ、汚いところに足着いちゃった。長靴の底が汚れるじゃないのよ」
「ぬかせっ!」
ふふふ、怒ってる怒ってる。
足首をつかみに来るのを足踏みして躱し、掴みに来た手をそのまま踏みつける。
踏まれている手を体ごと持ち上げてきたので、後転して蹴りの届かない距離へ着地。体を低く保ったまま近寄り、目の前で伸び上がるように立ち上がる。
「動くな女! 仲間がどうなってもいいか!」
声のした方を見ると、ウラさんが男の仲間と思われる三下臭さを漂わせた男に羽交い締めにされていた。
わたしがそちらへ近寄ると。
「止まれ! 止まらな……」
「終わってるからいいわよ」
三下の言葉を無視して、わたしがウラさんにそう伝えると、ウラさんは首に廻された男の腕を力にまかせて押し広げ、男のベルトを握るとそのまま持ち上げて、落とした。地面に杭を打つように。
ちゃんと脚から落としているので、膝をすこし曲げた姿勢で立っているけど、勢いよく床に叩きつけられているので、脚が痺れてしばらく身動きできないだろう。
それを見届けてから、わたしはカウンターの中の人に向けて、
「宿泊をお願いしようと思ったけど、客層が悪いわね。他を当たらせてもらうわ」
「悪かったね、不快な思いをさせて。気が向いたらまた寄ってくれ。一杯おごるよ。それでアレは生きてるのかい?」
店の主人らしい人は、立ったまま動かなくなっている二人を指してそう言った。
「ちゃんと息はしてるわよ。しばらく身動きできないと思うけど。それとわたしはお酒は飲まないから」
「わかった。ならランチでもいい。うちのラザニアは絶品だぞ」
う、絶品ラザニア。ちょっと心惹かれるわね───。
「思い出したらね。それじゃ。
行きましょう」
ウラさんに声をかけて店を出た。
揉め事の現場はとっとと立ち去るに限る。
「あー、腹が立つわね。おいしいものが食べたいわ!」
「でも宿を探さないと」
「そうね。ともかく今夜の宿を確保よね。その後おいしいものが食べたいわ!」
まったく気分が悪い。
この街を歩いていると、けっこうああいう手合いに出くわすのだ。
街中だからって二人とも武器を収納にしまっているからいけないのかな? 防具は兜を外しているだけで他はそのままだし、小振りな帯剣くらい考えた方がいいのかしら?
さっきの男には顎に連打を入れた。
もともと俊敏性能の高い猫族のパンチに、加速思考のスキルを上乗せたのだ。代わりに羽のような優しさでね。
ウィア謹製のこの体は、十倍くらいの加速思考なら問題なく体がついてくるからすごいわ。
あの酔っ払いは何が起こったのか分からないまま脳震盪を起こしたわけよ。
ウラさんはもっと単純で、身体強化で拘束を解き、持ち上げて落とした。
俵担ぎにして柱にでもぶつければ、飯綱落○しができるわね。
やらないわよ! 死ねばいいのにって思うけどさ。
先ほどの酒場兼宿屋は冒険者ギルドで紹介というか、いくつか教えてもらった宿の中で、Dランク冒険者が多く泊まる宿のひとつだ。
外国の居酒屋っぽい感じで、雰囲気わるくなかったのにな。行ったことがあるわけじゃないけど…。
消えろ! 酔っ払い!
さて、ぷんすかしててもお腹が減るだけなので気持ちを切り替えて、Dランク向けのお宿があんななら、今度はCランク向けを当たってみようか。
さいわい今日の稼ぎは大銀貨二十二枚になった。
これはわたしとウラさんで折半する。というか、これで二人分の宿代や食事代をまかなうつもりをしている。
昨日ダンジョンで集めた魔石はわたしのものという事なので、リシュヌさんに引き取ってもらったところ大銀貨五十枚になった。
兄さんから、ゲーム開始の支度金としてもらっていた金貨五枚もある。
個人的に、合わせて金貨十枚(=大銀貨百枚)の活動資金があるわけだ。
ウラさんも神殿から活動資金にいくらか預かっているそうだし、懐はけっこう暖かい。…方だと思う。
冒険者ってお金になるんだね。
さて、Cランク向けの宿を当たりましょうか!
冬至




