28 二人で一緒に
けっきょく最初のしげみでは五匹の角ウサギを狩り出した。
ウラさんは危なげなくすべての角ウサギを倒した後、少し離れたところに集めてあった四匹とあわせて、近くの木に紐を使って逆さに吊し始めた。
吊した角ウサギの下の地面が浅く掘られている。
何してるんだろ?
「なにしてるの?」
「血抜きですよ」
「血抜き? って血を抜くの?? というか、それが普通?」
「はい。修道会の修行では、倒した獲物をおいしくいただくために、獲ったら早く血を抜くようにと教えられました。
いつまでも血の臭いを撒き散らしていると、他の魔獣が寄ってくるとも」
そっか、お肉食べたくなったらお店へ行って切り身で買ってくるってわけじゃないもんね。獲って食べるが標準なんだ。
まあ神殿なら人数も多いでしょうし、合理的よね。
血抜き。
父さんが、「釣った魚を美味しく持って帰るには、向こうで血抜きをする」って言ってた気がするけど、魔獣も同じなのか。
今回はわたしの収納があるから鮮度は保たれるし…、あ、ダメか。処理がしてあるかどうかで買取り価格が変わるかもだから、やっぱり血抜きはした方がいいかな。だいいちこっちの常識を学ぶって決めたんじゃない、思い込みは禁物よ。
今回は納品数が問題なんだから、質はあまり関係なさそうだけど…。
あーいや小説に出てくる収納には、時間停止とか付いてたけど、わたしの収納にそれがあるか分かんないじゃないか!
やっぱり血抜きしておいた方が安心ね。
でも血抜きしている時間はもったいないな。
んー──。
「ウラさん」
「はい、何でしょう?」
「血抜きってどれくらい時間がかかるの?」
「角ウサギですと、四分の一刻から四分の二刻くらいです」
十五分から三十分か。
とりあえずお終いまで見ておこうか。
「いい感じに血が抜けたら教えてもらえる?」
「わかりまし…た?」
そして20分ほど経ったころ。
「血抜きはこんなところだと思います」
ウラさんに言われて吊るし角ウサギの様子を見てみる。
ふーん、こんな風になるのね……よく分かりません。
いずれにせよ次は片付けよね。
吊るしてある五匹を収納にしまっていく。
吊るすのに使っていた紐も回収して、血を受けるために浅く掘っていた地面を埋めもどす。
「これでおしまい?」
「そうです。これで次を狩りに行けます」
「それじゃあ一つ提案なんだけど、次に何匹か狩ったらそれは即わたしの収納に入れて、その次に狩ったのが何匹か集まったら、そこでまとめて血抜きにしたいんだけど、いいかしら」
「構いませんよ?」
「ありがと。収納の中で時間経過があるのかどうか確認したいのよ」
「時間経過? ああ、“状態変化無効”の効果がある無しを確認するということですね。分かりました。それが付いていれば、かなり貴重な収納という事になりますね」
「あら、“状態変化無効”というのがあるのね。珍しいの?」
「話には聞きますし、書物にも書かれていますけど、“状態変化無効のある収納持ち”を直接知っているという人を、私は一人しか知りません」
少なっ。でもいることはいるのね。
そうしてわたし達は狩りを再開し、次のしげみで七匹、その次のしげみで四匹の角ウサギを狩った。
他にもぽつぽつと現れる角ウサギはわたしが狩って、目の前の木には、都合十五匹の角ウサギが吊るされている。
ここら辺りって角ウサギしか居ないのかしら? 他の魔獣を見てないんだけど。
わたしとウラさんは、血抜きの木より少し離れた、風の流れから外れた小さな木陰でお昼ご飯にする。
あまり食欲を誘う景色ではないけど、目を離していると吊るされた獲物に惹かれて、肉食獣や中型の魔獣がやってきたので、それらはわたしが弓で仕留めて血抜きの列に加わることになった。
ゲームと違って、普通の矢が普通に威力を出してくれるのが嬉しいわ。
遠隔攻撃万歳。
それで、わたしの収納だけど、“状態変化無効”はあるようだ。
二つ目のしげみで狩った七匹目、つまり最後の角ウサギを吊るすために取りだしたところ、死んだ直後のように暖かかくて柔らかかったので、たぶんあるでしょう“状態変化無効”の効果。
飛び入りのおかげでなかなか終わらなかった血抜きだけど、それでもやがてすべてが収納に収まった。
角ウサギ以外もいろいろいると分かったし、ちょっと安心したわ。
お昼ご飯と血抜きを終えて、わたしたちはツェルマートへ戻ることにした。
帰り道は街道の東側を歩いてみたけど、こちらはほとんど何もいなかったわね。
あれ?
そう言えば、きょう最初に矢で倒した角ウサギから、刺さった矢だけ回収しているよね…収納の中で。
──よく考えたら昨日ダンジョンで、交換式武器部品の箱から、中身を収納の別枠へ出して確認してたわよね。
何の気なしにしてたけど、あの要領で魔獣の骸から血だけ分けることってできないのかしら?
やってみよう…かな。
帰り道で狩った魔獣の血抜きは明日という話にしてたので(“状態変化無効”さま様だ)、その中から “いちばん新しい角ウサギの、血だけを別枠へ移動……”
あ、できた。
それも結構あっさりと。
そりゃそうよね。矢の回収だって、ほとんど何も考えずにやってたんだから。
あでも、血を抜いた角ウサギは、“角ウサギ(血抜済)”という新しい枠に移動した。
血抜き前と後では別枠になるんだね。
なんか他にも特技がありそうだな、わたしの収納。
明日は血抜きを収納でするように提案するところからだね。
†
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。ミユキさん、ウラさん。早かったですね」
「はい、この後すこし予定がありますから。買取り納品をお願いします」
宿を取らなきゃいけないし、お店も覗いてみたいのよ!
そうして、リシュヌさんのカウンターわきにある買取り台に角ウサギの骸を乗せていく。
今は午後三刻をすぎたところ。まだ冒険者が成果報告にやってくるには早いようで、フロアはわりと空いている。
「角ウサギが二十二匹、短い時間の割りにはずいぶん成果が多いですね。それにきちんと血抜きがしてあって状態がいい。ほぼ撲殺で仕留めているという事はウラさんの手ですか。素晴らしい手際です」
「あ…、ありがとうございます」
あうー、わたしは焦がしちゃったからな。
でも血抜きは一緒にやりました。ウラさんに教えてもらってだけど…。
それにしてもリシュヌさん、よく分かるよね。
褒められたウラさんが少し赤くなってる。
「それにしてもよくこの短い時間でこれだけの数を狩ってこられましたね」
「そうですか? あれから北東外壁門を出て街道の西側を進むと、しげみの中にけっこう潜んでましたよ。
お昼を食べたあと、帰りは街道の東側をもどってきましたけど、そっちはさほどの数はいませんでした」
「高台の森から降りてきていたんでしょうね。上にはもっと強い魔獣がたくさんいるので、弱い魔獣は草原の際に追いやられるんですよ。だからといって上に登っては駄目ですよ。上の魔獣は強いですし、高台は王城の敷地なので、うっかり境界を越えると警備隊に捕縛されて処罰されます。近寄るだけでも警戒されますからね。ミユキさん」
「なぜ名指し! それと強い魔獣とはこういうのの事でしょうか!?」
そう言って、まだ血抜きをしていない魔獣を取りだした。
「血抜きの木に惹かれて姿をあらわした狐の魔獣です!」
「そうですこういうのが危ない。これは矢で一撃ですか。これもまた凄まじいですね」
くっ、感心されたけど驚ろかせなかった。
ちょっと悔しい。
でも弓の腕前を褒められたのは嬉しい。
「そう言えばミユキさん、きのう見せてくれた魔獣の死骸六十四匹はどうされるのですか? 神殿関係の方ならあちらに納品されるのかもしれませんが、あれと今日の成果をあわせれば、規定数まであと一歩ですよ」
「あれは思うところがあって封印中なんです。いよいよとなったら出すつもりですけど、当面はないものとして狩りをしようと思ってます」
「そうですか。くれぐれも怪我などをしないように注意して行動してくださいね。他に何か分からないことなどはありませんか?」
──そうだ。あれがあった。
「騎獣に乗るにはどうしたらいいでしょう?」
「騎獣に乗るというのは、獣車に乗せてもらって何処かへ行くと言うことではなく、自分で騎乗してどこかへ行きたいという事ですか?」
「そうです。自分で馬や蜥蜴に乗って操るための手順やなにかを教えてもらえるところはありませんか?」
言ってて自分でも厳しいかなと思う。
だいたい元の世界では、乗馬したこともなければ普通自動車の免許すら持ってないのだ。
流鏑馬にはすこし憧れたけど、運転できるのは自転車くらいだからね。
「レベル10では厳しいでしょうね。通常レベル20はないと、騎獣に舐められます」
「舐められるんですか?」
なんだろう、気性が荒いのかな?
昼前に乗った、獣車を引いていた蜥蜴さんは、大人しそうだったけどな。
「まず騎獣に乗ること自体に制限はありません。自分で捕獲した“獣”に繰具をつけて乗ればいいのですから。ただ一番の難関が“獣に自分に乗ることを認めてもらうこと”なんです。それさえ認めさせればどんな“獣”でも“騎獣”になり得ます。
乗れさえすれば走ること自体は、疲れたり進路が塞がっていない限り騎獣がやってくれます。乗り手がするのは、どっちへどう動きたいのか伝えることですね。
じっさい騎乗ギルドの騎乗講習会は一日で終わりますから、問題はやはり“獣”に自分を“乗り手”と認めてもらうところでして、それに必要なレベルが…」
「レベル20と言うことですか」
「あくまで目安ですが、そうです」
そうかー。
「ミユキさんは騎獣でどこかに行きたいんですか?」
「来週ですが、ちょっと遠くへ出かけることになりました。
道案内と移動手段は用意してもらえますけど、なにしろ遠方のことなので、もしもの時に自力で移動できる手段を持っていた方が安心できるかなって思いまして」
「ちなみにどちらへ向かわれるのか伺って構いませんか?」
んー、まあいいかな。秘密というわけではないし。
「クワン神国です」
「………………」
なんだかリシュヌさんが、棒でも呑んだような顔になったよ。
「……それは無謀なのでは?」
「そこは個人的に信頼がおける相手からの話ですし、移動手段もその方の手配なので、無謀でも無策でもないと思います。あと向こうに兄と友人がいるので、行かないという選択肢はありません。騎獣のことも、ただ運ばれるよりも自前で移動できる手段や知識を持っておいた方が安心かな? っていう話です」
本人は(人じゃないけどさ)神様扱いされてるような存在なんだから、これより信頼できる相手はないよね? …よね?
「……事情がありそうですが、そこには立ち入りません。わかりました、駄目元になりますが、騎乗組合の“騎乗免許講習会”への参加申請を、冒険者組合“ゼーデス王国王都支部”の名前で出しましょう。ウラさんも一緒ですか?」
「あ、はい。お願いします」
ウラさんが答えた。
何とかなりそうな気配だ。助かった!
「この制度について説明しますね。
冒険者組合では、国を跨いだ組織の利点を生かして、長距離輸送業務を取り扱っています。収納や整理箱の技能を持つ冒険者が、騎乗して拠点間を結ぶことで、戦闘力と機動力を兼ね備えた早くて安全な輸送という評判を頂いていますし、それ専従の冒険者もいます。
そのため組合としては冒険者が騎乗できることを奨励しています。
その奨励策の一つが今回適用する“騎乗免許講習会一回無料提供”です。
内容はそのままですね。騎乗組合が主催する“騎乗免許講習会”の受講を、冒険者組合で一度だけ費用負担するというものです」
なるほど、冒険者ギルドって郵便屋さんもやってるのか。いえ昔の飛脚屋さんかしらね?
「それで合格して何が変わるんでしょう? 騎乗すること自体は自由にできるんですよね?」
「はい。騎乗組合も冒険者組合と同様に、国をまたいだ広域の同業者組合です。ですから、拠点の街から借りた騎獣で移動して行った先の街にある騎乗組合支部で乗り捨てるとか、自分の騎獣で移動して、用事を済ませるまでのあいだ騎獣を預かってもらい世話をしてもらうなどのサービスが安く受けられるようになります。
そのあたりの詳細は、講習の最初に騎乗のイロハと一緒に教えてもらえます。その後何種類かの騎獣とお見合いをしまして、最後にお見合いで認められた騎獣から一種類を選んで騎乗訓練をします」
つまり駐車場を併設した会員制のレンタカー屋さんってことか。国際チェーンみたいだけど。
「このサービス網を使えば、クワン神国まで騎獣を乗り継いで行くことも可能ですよ。とってもとっても大変ですけど」
“大変”が三つ重なった!
「それでは日程は、次回Dランク昇級講習会の翌日、五日後の四月七日で予約しておきますね」
「あれ? 納品する魔獣の数は集まる前提ですか?」
「ミユキさん、数が足らなければそこから出すつもりなのでしょう? それとも六十四匹ぜんぶ先に出して明日で数を揃えてしまい、Dランク昇級審査の前に騎乗免許講習会に行きますか?」
リシュヌさんがわたしがいつも収納を開ける左手を指して言った。
「イエ、ナノカデオネガイシマス」
さて、やることが増えてきた。
頑張るよ!




