27 ウラ
ゼーデス王国の王都ツェルマート。
西は海に臨み、北の台地に王城を築いた城塞都市らしい。
地図によると外壁の主要な門は北東と東、そして南の三つがあり、それぞれ大きな街道に繋がっているようだ。
ダンジョン・スニヤドのある場所、つまり神殿と冒険者ギルドがあるのは、“北東の門”から南下する通りと“東の門”から西の港へ続く通りが交差する場所で、神殿から“南の門”はかなり遠くなる。
だから今回は“北東”か“東”、二つのうちのどちらかを目指す。
すでに時刻は十刻を過ぎていて、今日討伐に使える時間は少ない。
魔獣の群棲地が書き込まれた地図によると、門から魔獣群棲地へ近いのは“北東門”と“南門”なので、今回は手近になる“北東門”を目指すことにする。
冒険者ギルドを出て早々、走り出そうとしたわたしをウラさんが止めて、乗り合い獣車へと案内した。
獣車? 馬車じゃないの??
まず王都の中で駆けるのは行儀のいい行動ではないらしい。怒られはしないまでも、他人に眉を顰められるたぐいの行動だそうで、時には市内を巡察する衛士に「何かあったのか」と呼び止められる事もあるそうだ。
都で先を急ぐなら、騎獣に乗るか、騎獣が引く獣車に乗るのが一般的で、節約するなら乗合獣車ということになるらしい。
節約。いい響きね。
南北に走るだだっ広い通りを北東門に向けて歩いていると、後ろからカラカラという音が近づいて来て、ウラさんが「来ました」と教えてくれる。
見ると、コモド竜みたいなのが引く、箱形の大きな獣車が近づいてきた。
なるほど、馬が引いてる訳じゃないから馬車じゃないや。
「あれなら“竜車”じゃないの?」と言ったら、「あれは“蜥蜴”です。“竜”の脚は真っ直ぐ伸びていますし、二本足のものもいて、他にも“馬”や“鳥”がいる」のだと教えてくれた。
それら騎乗用の動物をまとめて“騎獣”と呼んでいるそうで、騎獣を扱う“騎乗ギルド”という冒険者ギルドの親類みたいなところが、それらを一手に取り扱っているらしい。
色々あるんだね。
近づいてきた獣車にウラさんが手を上げると、獣車が速度を落とした。
「私の真似をして乗ってください」
そう言ったウラさんは、ゆっくり通り過ぎる獣車にひょいと飛び乗った。
ええっ! いいの!?
振り返ったウラさんがおいでおいでをしてるので、わたしも獣車のいちばん前寄りにある扉のない入口に飛び乗る。
御者さんの席と車内は穴が開いて繋がっていて、御者席の横にある箱にウラさんがお金を入れている。
つまりワンマンバスなのね。
わたしもウラさんを真似て、大銅貨四枚を箱に入れる。
意外な事に座席はなく、柱や天井近くの枠をつかんで体を支えるらしい。
立ち乗り専用なのね。
小さめの石畳が一面に敷かれた広い道は、上が平らに削られているせいか振動はそれほどでもない。速度はゆっくりめの自転車くらいかな。歩くよりは速いけど競技走者よりは遅い。
大きな通りにはこの“乗合獣車”が走っていて、門や獣舎などの起点になる場所から一つの通りを往き来している。左側通行で!
起点から出て起点に戻るまでの往復の間、一人当たり大銅貨四枚で乗れるのだそうだ。
他にも貸し切りの獣車もあるそうで、こちらはタクシーだね。
値段が高いのか安いのかよく分からないけど、大した交通網よ。けっこう凄いわ異世界ウィア!
それ程話す間もなく、乗合獣車は“北東門広場”へと到着した。もうちょっと乗っていたい気がしたので降りるのがもったいない。
この獣車はここで一休みするのだそうで、わたし達は前の入口から降りた。
うわあ、外壁がちょっと厳めしいけど、広いなー。
お店が出ていたので、近くの屋台でお昼ごはんになりそうなものを買い込んで、さあ出発だ。
†
“北東外壁門”(と言うらしい)から外へ出るのは素通しでした。
ダンジョン入口でのように、身上鑑定器を使うのかとドキドキしてたけど、なんか拍子抜けしたよ。
「外に出たんだから、走ってもいいよね!?」
「もう走っても大丈夫ですよ」
ウラさんが笑いながら良いと言ってくれたので、わたしは道に沿って走り出す。
ウラさんも着いてくる。身体強化を使って。
ウラさんは巫女さん、つまり巫で、神殿での所属は修道会というところになるそうだ。
十二歳になってすぐFランク冒険者に登録して、雑役依頼を受けながら家計を助けていたのだが、その年の末にあった教会の「祝福」という行事で「巫女」の適性が見つかり、教会の勧めにより巫女候補として修道会に入った。
修道会では道を修める。文字通りに修行をするのだけど、その中で定期的に行われる「奉仕活動」というお務めがFランク冒険者の活動と重なり、冒険者活動をもって奉仕活動の実績にできたので、ウラさんが修道会に入った後も冒険者としての活動は続けていられたそうだ。
十五歳で成人したときに冒険者ランクを“E”に上げたものの、修道会の修行と冒険者活動の重なる部分が増えたわけではなかったため、冒険者としての功績がそれまでより上がる事はなく、十六歳で正式に巫女として神殿に入るようになると、ウラさんの冒険者活動はまったくなくなった。
ここまでは、昨日の夜ウラさんから聞いた話だ。
神殿の修道士としての進路は、学者や研究者、教育者、布教者などの他、体を張って神殿に奉仕する人や、術理に精通することで神殿に貢献する人などもいて多種多様だ。
リッケさんたち神殿騎士団は前者で、ハイケさんたち神殿術師団は後者になる。
ウラさんの第一進路は否応なく巫女であったため、これと相反することのない修行先を探っていたとき、光属性に適性があることが判明した。
こうした場合、回復職や支援職に進むのが一般的だが、ウラさんの場合は肉体も頑健で、強化術を自分自身に使った前衛職にも適性があった。
最終的にウラさんを担当した世話役が提案した道は“僧兵”で、ウラさんもそれを受け入れた。
“僧兵”というのは、普段は回復支援役の後衛として立ち回り、必要とあれば自己強化と自己回復を駆使して近接戦闘をもこなす、多芸な戦闘職だ。
杖もしくは無手で立ち回る“僧兵”の他にも、剣や槍などを使うより前衛色の強い“神官戦士”という人もいるらしい。
ウラさんのレベル4というのは、この修行で上がった値だそうだ。
修行でもレベルが上がるんだね。
ここまでが、ウラさんの話にインゲルスさんやリッケさんハイケさんたち神殿関係者の話をつないでまとめたもの。
そして最後がウィア情報。
ウィアにとって巫。つまり巫女とか巫覡という人たちは、普通の人とどう違うの? と聞いてみたところ、『媒体の形が普通の人と違っていて見分けが付き易い』のだという。
見た目かぁ。
ウラさんの場合は器と媒体の接続部が一部未発達なのが特徴なんだそうだ。
おまけに光属性の適性があるので、マーカーとしてかなり分かり易いのだとか。
え? 一部が未発達なの? それって大丈夫? と訊くと、『あの形だと自我の表出が萎縮していそうですね。でも他はいたって健全ですよ』っていう答えが返ってきた。
それ大丈夫って言わないっ! と思ったら続きがあって、『昨日はその萎縮している回路を刺激するかたちで降臨したので、今後は自我の表れが大きくなって行くだろう』って。
ついでに言えば、『過負荷にならない程度に器は動かした方が良いし、なにか以前やりたかった事…は自覚出来てないでしょうから、やろうとしていた事があれば、それができると尚良い刺激になるでしょう』という助言ももらった。
そこで宙ぶらりんになっていた冒険者活動の再開よ。
短絡的と笑わば笑え、立ち止まっていたって時間は流れていくんだ。往くべき方向がちょっとでも見えてるなら、まずは歩き出そう。時間はいくらでもある訳じゃない!
幸い神殿側から見れば、わたし達はウィアの使徒とウィアの巫女なので、一緒にいる事に不自然さはない。インゲルスさんにも許可がもらえた。Dランク昇級のための講習会は冒険者の基礎や常識を教えてくれるそうなので、わたしにとっても都合が良い。
さすがにクワン神国まで連れて行くのはいろいろ無理だし、ウラさんの為にわたしがここに留まるというのも現実的じゃない。
時間の余裕はあるらしいけど、さすがにね。
それでもわたしが今日から単独で行動するよりも、数段有意義だろう。
さっそく獣車に乗ることを覚えたし、滑り出しは上々よね。
そんな訳でたった一週間のことだけど、Dランク冒険者を目指すよ!
†
「お願いっ」
「はいっ」
グラニエ平原で角ウサギ狩り中です。
北東外壁門を出て街道に沿って歩いていると、街道から少し離れた茂みで角ウサギの気配がしている。
結構いるもんだね。
昨日ダンジョンで感じた感覚は、今日もちゃんと仕事をしてくれていた。
最初はわたしが獲物を見つけて弓で仕留めてみたけど、これだとウラさんがすることがない。
次に、わたしが礫を投げて魔獣を追い出し、向かってきた角ウサギをウラさんが仕留める。というかたちに変えてみた。けどまだまだ余裕がある。
もう少し効率的なやり方はないものかと考えながら、わたしたちは街道を進んで行った。
グラニエ平原の魔獣は、ダンジョン・スニヤド第一層と同じ程度の強さだと言う。その程度なら武器を扱える人であれば、魔獣と向き合ってもそれほど大きな脅威にはならない。
実際ウラさんは、向かってきた角ウサギを長丈の一振りで撲殺している。
それならと、ウラさんに魔獣の気配が多目の茂みから少し離れた場所に立ってもらい、わたしが茂みの反対側にまわって茂みの端からゆっくり近づいてみる。
出たっ!
一番近い茂みの中から、角ウサギが一匹飛び出した。
そして少し離れたところに立っているウラさんに向かっていく。
ウラさんとの距離は見る間に縮まり、迎え撃つかたちで放たれた長丈の一撃によって、角ウサギは果てた。
行けそうだね。
それにしても同じ角ウサギの魔獣だと言うのに、ダンジョンの中では体が消えてしまい、ダンジョンの外では普通の兎と同じように素材が残る。
不思議よね。
いえ、ここは現実なんだから素材が残るのが普通で、ゲームのように体が消えるダンジョンがおかしいんだよね。
ダンジョン・スニヤドの第一層では、わたしは魔獣に襲われる事がなかった。つまり第一層レベルの魔獣にとって、わたしは襲いかかるにはリスクが大き過ぎる相手に見られたわけだ。
えー、わたしはか弱いレベル10だよ。
近くにいて、ゆっくりだけど近づいてくる脅威度大(らしい)のわたしと、少し離れた場所で動かないレベル4のウラさん。こんなときどっちへ向かって動くのかは賭けだったけど、角ウサギはうまく追い出されて与しやすく見えるウラさんへ向かってくれた。
魔石を持たない生き物にはともかく襲いかかるという、魔獣の特性をうまく利用できた格好ね。
ウラさんが、倒した角ウサギを少し離れた草叢に置いたのを確認して、わたしは次の角ウサギを追い出しにかかる。
さあ、どんどん狩るわよ!




