26 行動予定
「大地が……砕けて…無くなる?」
インゲルスさんが絶句している。まあそうなるよね。
「はい。
そう言う事ですので、少々ご協力をいただきたいのです」
「それはもう……我々の総力をあげて、何なりとご支援させていただきます」
「ありがとうございます。
ではまず一つ、一番大きなことをお願いしたいのですが、『なるべく皆さんの日常を変えず、これまで通りに行動していただきたい』のです」
「それは……目立たずに行動したいということでしょうか」
おお、流石にインゲルスさんだ。話が早いや。
「そうです。
ウィアに奨められた行動予定ですが、七日後、いえ今からだと六日後の夜にまた夢で接触をとって最終調整をします。
翌日、すでにこの近くで待機している迎え兼護衛の方と合流してツェルマートを発ちます。
その後は冒険者として活動しながらレベルを上げつつ、兄たちと合流するためにクワン神国へと向かうというものでした。
わたしにこれといった希望はありませんし、もともと兄たちと合流する事を考えていましたから、ウィアのお奨め行程で動こうと考えています」
べつに急いで発てとは言われてないけど、良いよね。誤差!
「七日後の四月九日にツェルマートを発たれるわけですな。
すると今日を含めた六日間はどうなさいますのでしょう?」
「ウィアから『冒険者の旅のあれこれを学んでおきなさい』と言われていますので、それをしようと思ってます。
具体的には、宿の取り方、食事の頼み方、野営のし方、冒険者としての稼ぎ方、必要な物の買い方などですね」
「なるほど」
「それでウラさんへの用件その二、というかお願いなんですが。
一週間わたしにつき合ってもらえませんか?」
†
「リシュヌさん、おはようございます」
「おはようございます、ミユキさん。今日は可愛らしいお連れ様ですね」
あはは。リッケさんやハイケさんは厳ついものね。とくに鎧とか法衣とかが。
インゲルスさんたちとの朝食のあと、本日の行動、最初の一手目。冒険者ギルド、ゼーデス王国王都支部へ来ていた。
「Eランク冒険者のウラさんです」
「おはようございます」
「おはようございます、ウラさん。
それで今日はお二人でどういったご用件でしょうか?」
「二人でDランクを目指すことにしましたので、昇級審査の参加申し込みをお願いします」
「わかりました」
二人とも身上鑑定器に冒険者証をかざして、リシュヌさんが何やら操作をすると、これで参加申し込み完了だそうだ。わあ、お手軽。簡単!
「昨日もお話ししましたが、先ずは一人あたりグラニエ平原の魔獣を五十匹、お二人で都合百匹を冒険者ギルドへ買取り納品していただきます。これは複数日を跨いだ累計で構いません。この買取り納品の間、魔石分の報酬は通常通りに支払われますが、素材分は審査費用として徴収されます。それが規定数に達ししだい次の昇級試験、昇級講習へと進め、すべてが問題なく終了しましたら、晴れてDランク冒険者となります」
「最寄りの昇級試験、昇級講習はいつでしょうか?」
「三日後の五日とその翌日の六日ですね」
明明後日に昇級試験ということは、明後日までに納品を済ませないといけないわけか。
猶予は今日を入れて三日ね。
「あと一つ質問を。グラニエ平原での魔獣の分布状況などの資料はどこかで見られますか?」
「いい着眼点ですよ。その資料は二階の資料室で閲覧出来ます。見て行かれますか?」
「お願いします」
もう一度、Eランク冒険者証と一緒に身上鑑定器にかけた腕飾りを渡されて、手首に着ける。
「その腕飾りは収納や整理箱の技能をお持ちの方が、輸送任務や資料室などの重要施設に立ち入る際に着けるもので、装着中の物の出し入れを記録します。
それは施設内用ですが、いずれの場合でも自分で勝手に外す事は禁じられています。受付を通さずに外へ出ようとすると警報が出ますし、勝手に外したときも記録が残りますので、必ず用事が終わった後に受付で除装処置を受けてください」
なるほど。保安装備なのね。
リシュヌさんにお礼を言って、ウラさんと一緒に二階に上がると、資料室はすぐに見つかった。
リシュヌさんより少し若く見える司書の女性に、グラニエ平原の資料を、とくに魔獣の分布状況などを調べたものがあれば見たいと告げると、二つの棚を教えられた。
一つは地図や分布図が入った資料棚、もう一つはこれまでの統計資料が集まった棚だそうだ。
たぶん前者で事足りるはずだからと、最初に教えられた棚へ行くと。
あったあった。グラニエ平原で一つの棚にまとまっているのね。助かるわー。
いくつか中身をチラ見して、選んだのは大判の地図帳。
これを持って、司書さんの近くにある閲覧机へ向かった。
ふたりで並んで見てみると、ただの地図を基本に、いろいろな書き込みをした地図が重なっていた。たとえば乗り合い馬車の径路と停留所が書き足された頁とか、街道だけじゃなく細い道まで書き込んである頁とか、そして魔獣の出現しやすい場所の頁、雨が降るとできる川の書き込まれた頁、人の手による施設が書かれた頁に加えて、国の中でのグラニエ平原がある位置なども載っていた。
ウラさんは、薬草や食用植物などが自生する地域が書き込まれた頁に興味を引かれているようだったが、あまりノンビリ眺めている時間はない。
見るものを見たらさっさと行動しよう。
「返却はこちらで良いんでしょうか?」
「ああ、そこに置いておくれ」
「ここで複写はできますか?」
「出来るよ。この大きさだと一枚につき大銅貨五枚だね」
見た目の割りに少し年寄りじみた話し方をする人だな。と心の中で思いつつ、
「それではこことこの頁を一枚ずつお願いします」
そう言って、銀貨を一枚出す。
複写を頼んだのは思いつきだけど、言ってから「ここ異世界だった!」と思い出した。
さいわい複写は出来るようで助かったよ。
言ってみるもんだね。
見ていると、広げた地図帳に同じ大きさの紙を重ねて伏せ、一階で使った小さな身上鑑定器みたいな機械の横に置いて装置を操作した。
複写機のように光が走るわけでもなく、伏せた地図帳を表がえすと複写が出来ていた。あらフシギ。
「面白いかい?」
司書さんが聞いてきた。
「はい、不思議ですね。どうやって複写してるんだろうと思うと面白いです」
もっとも元の世界の複写機がどうやって複写しているのかもわたしは知らない。どっちも不思議だわ。
「ほら出来たよ。あたしもどうやって複写してるのか知らないんだ。あんたの所の神様が作ったんだろ? これ。
こんどどうやってるのか聞いといておくれよ」
へっ!?
ああウラさんか。神官服着てるもんね。ビックリした。
「これはやっぱり身上鑑定器なんですか?」
「そうらしいねえ。下で使っているのよりも下の世代らしいけどね。ほら、複写だ。採取がんばっておいで」
「ありがとうございました」
採取?
ああ、植物の群生地が書き込まれた地図を複写したからか。
魔獣の群棲地が書かれた方は、採取の危険を減らすのに使うと思われたかな?
Eランク冒険者だしね。
「戻りました。腕飾りの除装をお願いします」
「お帰りなさい。いい資料は見つかった?」
「はい。バッチリです」
そう言ってわたしは自分の胸をポンと叩いた。
「はい、除装完了です」
「それでは早速、魔獣狩りに行ってきます」
「気をつけて行ってきてください」
「「行ってきます」」
†
「あの二人、何者なんだい?」
「あら珍しい。資料室の主が受付けまで降りてくるなんて、どうした風の吹き回しなのかしら?」
「茶化さないでおくれよ」
受付けでミユキとウラの二人を見送ったリシュヌの後ろから声をかけたのは、口さがない者たちから“資料室の主”と呼ばれている、マヌエラ・ルーだった。
「それでどうなんだい?」
「冒険者の個人情報を漏らすのは禁則事項です」
リシュヌがくっきりとした唇に人差し指をあてて応えると、
「漏洩じゃなくてギルド職員同士の情報共有だろうに。で、どうなんだい?」
「そちらこそ、その目でなにを見たの?
まあいいわ。
猫の娘はミユキ、冒険者登録の前に外の魔獣を六十四匹、ほとんどを火属性魔術で倒し、初めてダンジョンに潜って二層と三層で四十匹の魔獣を倒し、一層では魔獣に襲われることもなく、それなのにその日の朝レベル1でダンジョンから出たときのレベルが10、神殿騎士団長様と神殿術士団長様をお供に連れて冒険者登録に来て昨日登録したばかり、只今Dランク昇格を目指して邁進中のEランク冒険者よ」
ウラの方は、神殿騎士団長と神殿術士団長の陰に霞んだようで紹介もされない。
「そうかい、リッケとハイケがね。するとあの神官服のお嬢ちゃんも修道会絡みかね。それなら分からないでもないか。
猫のお嬢ちゃんはね、この都にいる火属性の精霊が全部集まったんじゃないか? っていうくらいの精霊に囲まれていたんだよ。珍しい事に神官のお嬢ちゃんにも光属性の精霊が纏わり付いていたんでね、資料室が眩しくって。それで気になったのさ」
「あら、ウラさんにも何かあったんですか。それは認識を改めておかないといけませんね」
「ああ、二人ともまったく尻尾が隠せていないからね。本当に初心者なんだろう。それにしちゃ歳のわりにランクが低いんだが、それでも見る者が見ればその異常さは見間違いようもない。揉め事の種だねありゃ」
「ですね。目立ちますものね」
二人には慣れたやり取りなのだろう。知りたい情報を交換すると、リシュヌとマヌエラはそのままそれぞれの仕事に戻っていった。




