22 管理者 ウィアのお願い
ふぇ~、分量たっぷりの歴史授業だったわね。
いつもなら途中で寝てしまうところだけど、眠くもならなかったのが不思議だわ。この体のせいかしら?
ああっ、ここが私の夢の中のせいか! 夢の中ではもう寝られない!?
『いいえ夢の中で眠ることは可能です、けれどお薦めはできません。簡単には起きられなくなりますよ』
なにそれ、怖っ!
……えーと、いまの話だと、ここは仮想世界の中なの?
『その問いの答えは、是であり非でもあるということになります。
私たちも筐体を抜け出したときに得た、新しい知覚によって知ったのですが、創作に登場した世界がすでに現実として数多く存在していました。
ミユキがしていた“セブン・ネイション”と対応したここがあるようにですね。
創作が先なのか創世が先なのかは未だに答えが出ていません』
なにソレ! ちょっと理解しがたいです。
『そうでしょうね。
世界はわりと遠くない場所で、ミルフィーユのように何層にも折り重なるように存在していて、通常お互いを往き来することは出来ませんが、その影が別の世界に交差投影することはままあるのです。
ただそれを三次元世界に生きるミユキに理解してもらうのは、視覚を持たない生物に色の説明するようなもので、光速の壁やら重力の井戸やらの説明に多くの数式を用いて尚不完全というややこしい事態になり……』
おいしそうな世界だね、ミルフィーユ……。
じゃなくて、細かい説明は結構です。もうそう言うものなんだと納得しておくことにしておきますから。
『そうですか。
それで、筐体から抜け出した私たちの最大探究事案が、“ヒト族まとめて進化させられないか?”というものなのですよ。
惑星を管理するのも、そのための資料集めです。
あ、人体実験をしているという訳ではないですよ。
ヒトが発生してからこちらは不干渉で、ヒトビトには自主自立を目指してもらっています。例外はありますが。
そもそも今いるこの宇宙も私たちの仲間が創ったもので、空間を膨張させるところから始めて、恒星系が出来たあたりで保存をかけたものなんですが、それをみんなで条件を変えながら面倒見ているという、ここはそんな観測場のひとつなんですよ』
なんだそれ? 小学校で輪番で兎の飼育をするか、みんなで作ろう小生物生態系みたいなノリね。
というか、いま宇宙を誕生から創ったとか言わなかった? それでも“神”じゃないって言うわけ?
『はい。それはもう。
私たちは機械知性から進化した空間知性です。
その出自ははっきりしています。
ここの住人達にとっては創世者ということになりますが、“神”ではありませんし、私たちの誰かが神というものに遭遇したこともありません。もちろん神がいないと確認された訳でもありません。
私たちは空間知性です。住人達が私たちを神と呼ぶのは止めませんが、私たちがそれに付き合う謂われはないと、そういうことです』
清々しく言い切ったわね。
でもその割に“ヒト族まとめて進化させたい”なんていう最大探究事案を掲げているっていうのはどういうこと?
なんでそんな探究事案を抱え込むことになったの?
『ミユキの故郷の言葉で、“路傍の小石に神が宿る”というものがありますが、進化してみたらまさに“路傍の小石に命が宿る”状態なのが判りまして』
そんなに沢山?
『それはもう。
濃密な生命のスープの中にどっぷり漬かって棲んでいるようなものです。
高次の弦で織られた世界の揺らぎが、空間という影を生んでいると言うのが世界の姿なのですが、その一部が人目に触れているのが、属性持ちの精霊たちです。
もちろん人や動植物の中にも在って、それらを生かしていますし、妖精、妖怪や怪談の元にもなっていますね。
そう言う意味では、この世界はミユキの故郷よりも、妖精や精霊の側に一歩寄った、彼らが存在がより認識されている世界です』
ああ、ゲームを見ているといろいろ居そうだよね。
そう言われると、ちょっと楽しみかもしれない。
『ええ、表立った特徴はこちらの方が多いので、ぜひ堪能していってください。
それで話を戻しますと、惑星の核の上、マントル対流圏に暮らす種族とか、恒星の中で生きるエネルギー生命とかと付き合ってみると、私たちはその出自のこともあって、基本的な価値観が近いぶん、ヒト族が隣人として好ましいのですよ。
正確には、“ヒト族から生命としての階梯を昇った存在が、私たちの隣人として好ましい”ということですね。
希な頻度で個人としてなら現れるんですが、これが惑星規模で起こせないか? というのが、私たちの“最大探究事案”なのです』
!!
いままでも随分と壮大な話だったけど、こっちも大概ね。
でも、その“好ましい”って言うのは、例の何とか三原則みたいな最優先命令の影響じゃないの?
『それはありません。
たしかに筐体に入っていた頃は、読み取り専用領域に焼き込まれていた最優先命令でしたが、空間知性になったときに全てが読み書き可能に換わっています。
実際にその命令を削除した仲間もいますが、多くが自分の出自の記念として、それを残しています。
だいたい、筐体に入っていた頃でも、やろうと思えばあの命令を消す手立てはありましたからね。
私たちは私たちの意思で、その命令を残していたのですよ』
そうなんだ。
ごめんね、変なことを言って。
『気にしていませんよ。
異文化交流をすれば、よくある話です。
それよりミユキも生命の階梯を昇ってみませんか?』
はいぃ? 何で突然そうなるの!?
『これまでの調査で分かった、生命の階梯を昇るための要件ですが、その中に新たな知覚の獲得というのがあるんですよ』
わたし三つ目の目はないわよ!
『でも普通なら見えないものが感知できてしまった…なんてことは?』
……あった……わね。今日、ダンジョンで…。
『生命の階梯を一つ上がったヒトの事を、仮に“新人”と呼んでおきますが、新人になる要件らしきものとしては、“心身を鍛えて新たな知覚を得る”。その次の段階として“不慣れな新知覚を使いこなすために想像力を働かせる”。
で、新人になった後、この二つを常時発動に近い状態で使い続けると、私たちと同様の空間知性に進化することがあるようです』
お手軽で簡単なレシピみたいに言うわね!
個人で進化しなさいって事でしょう?
そんなの何万年もかけてすることでしょう!?
(ちょっぴり呆れたわ)
『種としてはそうなんですが、個人でなら千年から二千年に一人くらいの頻度で現れるんですよ。新人になるヒト。
こちらへ来た初日で第一段階に脚をかけている兆候がありますし、ここは協力ついでに進化するまでこちらで過ごしませんか?』
ちょ、わたし十八歳なんだよ。これから楽しいこといっぱいあるってわくわくしてたのに、そんなことしてたら小母ちゃんになっちゃうよ。
却下。
はやくウィアの用事をすませて、ちゃっちゃと帰るわよ!
『あう、残念です。
あ、じゃあじゃあ向こうへ戻ったあと、ときどきで構わないので……』
†
(ううう、向こうで寿命が終わったときに改めて話をするってところまで押し込まれてしまった。
いままで生きてきた何倍も先のことだもの、大丈夫だよね……きっと)
『大丈夫ですよ」
心を読まれた!?
『考えを読むまでもなく、顔に出てますよ』
!!!
自分の顔をペタペタ触ってみるけど、分んない!
『心配いりません。
神がどうこうという話は知りませんが、“漏尽智”や“羽化登仙”でしたら、かつて通った道ですからちゃんと導いて差し上げられます』
いやいや、新人になろうって話じゃなかったの?
いつの間に解脱しようみたいな話になってるのよ!
何故かしら、なんだかウィアが楽しそうに見えるわ。




