17 ダンジョン・スニヤド 後編
「それで両手にそれぞれ武器を持つのが、速度と精度の面で心許なかった。という話でしたね」
三層へと続く通路の手前で、わたしたちは休憩をとっていた。
もちろんこんな場所でシートを広げてお弁当。なんて事にはなる筈もなく、全員立ったまま、騎士の一人から渡された水と携行食糧をかじっている。
あ、この人第一層で後ろから魔獣に襲われてた人ね。
そうか、輜重役の人だったんだ。
携行食糧は、手作りのカ□ニーメリットかS○YJ○Yみたいな感じだった。
それを囓りながら、リッケさんが先ほどの話を再開したのだった。
「そうなんですよ。
短槍も一本のうちは、速さも精密さにも不足は感じなかったんですが、片手で持ちはじめた途端に持った感じが頼りなくなって、速度も出づらくなりました。
あと、これはわたしの郷里のお国柄なんでしょうけど、刃物というと突くよりも薙ぐ方が馴染むようでして」
おもにテレビの時代劇のせいでしょうけどね。
「なるほど」
といって少し離れて背中の両手剣を抜いたリッケさんが、実演つきで解説をしてくれた。
「私の剣も、槍でもそうですが、両手で持つことで剣が安定します。
これは二本の腕で支えることはもちろんですが、両肩と両拳をつなぐ台形で剣を支え、肘の屈伸と関節の回転でその台形を変形することで円滑な剣の動作に繋げます。
これを片手で持った場合」
と言って左手を離して右手一本で剣を持つ。まるで片手剣を持つように。
「赤城の山も今宵限り」とか言い始めそうなかたちで剣を支えるリッケさん。
重くないんだろうか?
すごい膂力よね。
「片手持ちにすると、肩から先は一本の線です。両手持ちのときのような面にはなりません。それも肘と手首という途中に回転軸を持った線です。
それゆえ自由に動かせて小回りが利くのですが、支える力は弱くなるので、重く長い剣は使えません。
支えが弱くなれば、剣に乗せられる威力も小さくなるし攻撃範囲も短くなる。攻撃範囲が短くなれば、剣先の速度は遅くなるという訳です」
先ほどの立ち合いでわたしが足場にさせてもらった、剣の根元にある刃のない部分を、片手で握って振る動作をするリッケさん。
同じ角度を移動させたとき、中心軸から遠い場所の方が速度が速くなるっていうやつかな。
レバーの支点側から見れば、根元近くよりも先端の方がたくさん動くってことよね。
「では片手持ち二本に利点はないのかと言えば、ちゃんとあります。
手数の多さです。
一対多の戦闘では手数の多さが勝利に貢献することがままありますから、先程のミユキ殿は正しい判断をしたと言えますよ」
ああ、あれはあれで正解だったのね。
よかった。
そうか、二刀流(二槍流)は一対多の闘いで有効な手立てなのね。
どおりで剣道で二刀流が上位に来ないわけね。
剣道に乱戦はないからね。
実剣だと、少し浅めに入ってもそれなりにダメージが入るしね。
「とまあざっくりした説明ですが、少しは役に立ちましたか?」
「はい、とっても。
いろいろ考えるところの多いお話を聞かせていただきました」
「それでも片手剣を使うなら、私なら片手剣と盾の組み合わせの方が効果が高いと思いますがね」
ああ、故郷では盾と片手剣っていう組み合わせがないよね。なぜだか知らないけど。
「攻撃と防御を分けた方が効果が高いということですか?」
「いいえ。
おい、そこの石筍で…」
台詞の後半、リッケさんがもう一人の騎士さん(片手剣と盾持ち)に指示を出すと、その騎士さんは指示された石筍に近づき、盾で殴って砕き飛ばした。
へっ?
「ご覧の通り。
斬る、防御に加えて、打撃という選択肢を得ることになるからです」
ほえ~。
盾って防具だと思ってたけど武器だったんだね。
†
リッケさんの武器講座を終えたところで、わたしは短槍二本の構成をいじり始めた。
今日のところは次の層でお終いなので、ここで気になる部分だけでも対策して試しておきたかったのだ。
いろいろ質問した中で一番驚かされたのが、「ダンジョン内の魔獣は死ぬと魔石を残して消える」という話ね。
さっきはそのせいで、ここはゲームの中で、死ぬと光の粒になって消えちゃうのかと心配したけど、それはダンジョンの中の魔獣限定なんだそうだ。
よかったー。
いやー、自分がふつうに死体を残して死ぬのがいいか、光の粒になって跡も残さず消える方が綺麗か? って考えちゃって、少し動揺しちゃったよ。
幸いというか、魔獣も街の外で倒せば、というかダンジョン以外で倒せば、魔石とお肉や毛皮が残ると言われて、「ああ普通だ」と安心してしまったのは内緒だ。
普段は考えたこともなかったけど、いざ自分がこんな状態に置かれると、普通っていうだけで安心しているわたしが居て、ちょっとビックリしたわ。
落ち着いて考えれば、今夜ウィアに訊けばいい話なのよね。
ともかく今は、目の前のダンジョン探索に集中しよう。
収納の中に「交換式武器部品」という包みがあったので、中身を収納の別枠へ出して確認してみる。
兄さんから槍を受け取ったときには、最初から短槍二本の状態だったので、中を確認するのは初めてなのだ。
斬るための換刃を見ていくと、日本でお馴染みの刃と、もう一つ使えそうなのが見つかった。
他にも戟とか使えそうな物はあったんだけど、角の付いた刃は如何にも周りを威嚇している様子で、持つ気になれなかったのよね。
先ずは短槍二本の刃に革製の鞘を被せます。
危ないからねー。
次に一方の石突きを、爪を押しながらクリンと回して外します。
石突きが残っている方の、今度は刃を、やはり爪を押しながらクリンと回して外します。
外した刃に石突きを差し込んで、クリンと回すとカチッと爪が掛かって固定されます。
これは短剣として腰に着けるわね。
刃のなくなった短い柄と、石突きのなくなった短い柄を合わせて差し込んで、クリンと回して取り付けます。カチッ。
以上簡単な長槍の作り方…なわけはないか。
「あの、ミユキ殿、それは?」
リッケさんが何だか目を見開いてこっちを見ている。
「これですか?
立ち合いのときにも言いましたが、兄に持たされた武器ですよ」
「お兄様から?」
ほら兄さん、変なモノ持たせるから、本職の騎士さんに呆れられてるよ。
「わたしが兄に『弓と槍で戦う予定』と言いましたら、『間合いの長い武器ばかり使っていると、狭い所に入ったとき困るから、コレで近接戦の距離感を学びなさい』って渡された、結節武器一式ですね」
そう言いながら槍の穂先を外して、代わりに薙刀の刃を取り付ける。
少し離れたところで振ってみると、名前の通り薙ぐには良さそうだけど、突きがだいぶ弱くなった気がするのが引っ掛かる。
もう一つ見つけたちょっと変わった刃。
鍬形虫の大顎(あれは顎なのか?)の片方を半分の長さにしたような刃。
長い方の内外両方に刃があり、短い方は刃がないけど先端は尖っている。
これは矛ということになるのかな?
長柄の十手に刃がついた武器って感じ。
西遊記の河童のお化けが、こんな感じの武器を持っていた気がする。
軽く振ってみる。
よし、当面これでいこう。
「お待たせしました。
第三層はコレで行ってみたいと思います」
「分かりました。それでは探索を再開しましょう」
そしてわたし(たち)は、第三層へと進んだ。
†
通路から第三層へ出ると、ミユキ殿はぐるりと周りを見渡してから、軽く目を閉じ気息を整えたあと歩き出した。
きわめて無造作な足運びだが、足音がまったくしていない。
それに第二層でもそうだったが、ミユキ殿は地図を出していない。それでも迷う様子がまるでない。
最初に地図を渡したとき、一見しただけで四層分すべてを頭に入れたのか?
ミユキ殿が正規径路から右手へ逸れた。
近くの石筍へと近寄っていく。
そこを回り込んで、無造作に得物を振ると、コロン、という小さな音が響いた。
魔石が固い地面に落ちる音だ。
裏側に魔獣が居たようだが、ミユキ殿には分かっていたようだ。
そのままスタスタと奥へ進んでいく。
また武器を振った。
今度はカッ、というさらに小さな音に変わり、しばらくそんな音が続いた。
あまり見通しが良いとは言えない場所なので、つい近くへ行ってしまいそうになる自分を抑えるのが少々面倒だ。
やがてその音も聞こえなくなり、まったく無音の状況が続いた。
何が起こっていたのかはっきりと目にしたのは、再び正規径路の多少見通しのきく場所へ出たときだった。
ミユキ殿は、刃先は同じながら長柄から短柄に戻していた。
こんどは短矛か。
短矛を構えて、岩の裏側へ向けて横薙ぎにする。
短矛を引き寄せると、長い側の刃先が魔獣の頸を横から貫いている。
ああ、あの湾曲した刃は、獲物を引き寄せるのにも使えるのだな。
と、その後ろからもう一匹の魔獣が現れ、ミユキ殿の足下へ向かって走り出した。
一匹ではなかったか。
仕留めた一匹目が消えて、ミユキ殿は刃を返し、切っ先を地面すれすれに滑らせると、走り寄る二匹目の魔獣の正面、噛みつこうと開けた口に突き込もうとした所で、さらにもう一匹が岩の頂きを踏み台にして、頭上からミユキ殿に襲いかかってきた。
三匹目か!
ミユキ殿は足下の二匹目をそのまま刺し貫き、勢いを殺さずブルッ! と体を震わせるようにして短矛をさらに前へ進めると、穂先の短い方が二匹目の額を割り、魔獣が消える。
魔獣の死体が消えるのが早いな。
魔獣が息絶えた瞬間に収納しているのか。それで魔石の落ちる音がしなかったのだな。
武器に刺さった魔獣の死体を処理するには良い方法と思える。
収納持ち限定だが、うちでも使わせてもらおう。
三匹目の魔獣がミユキ殿の顔に爪を立てようとした瞬間、短矛の石突きを上向きに立て、魔獣の腹を上に打ち上げる。
柄の短い短矛ならでの矛捌きだ。通常の槍や矛では、柄の長さが邪魔をして、石突きを真っ直ぐ上へ向けることなどできない。
まあ他にもやりようはあるのだが。
上を向いた石突きが、魔獣の腹を打ち上げても、魔獣自体は回転していない。
いまも四肢を大の字に開いて、空中をジタバタしながらゆっくりと上昇している。
接近する勢いだけ殺して、体の重心を正確に打ったということだ。
あの短い一瞬で、その二つの要素を、ただ一撃で実現している感覚が恐ろしい。
ミユキ殿は短矛をくるりと百八十度回して刃を上に向け、最後の魔獣を貫くと、そのまま収納の中へ仕舞った。
「そろそろ時間でしょうか?」
ミユキ殿がそう尋ねてきた。
まだ少し時間の余裕がある気がするが。
「時間はどれくらい残っている?」
と輜重役の騎士に尋ねる。
彼は収納の使い手で、非常用の水や食料の他、三刻六刻九刻用の砂時計を状態保存なしで常時入れておいてもらい、街の鐘が鳴るごとにひっくり返してもらっている。
「まもなく昼二鐘(十五時)です」
「そうですね。少し早目ですが、戻るのに良い頃合いのようです」
時間を聞いて、そうミユキ殿に答える。
「わかりました。ではこれで探索は終了と言うことで、戻りましょう」
「了解しました」
「帰りもわたしが先頭で、ただお話が出来るくらい近くに居てもらって構いませんか?」
「承知しました」
「じゃあ戻りましょう」
帰りは順調だった。
三層二層では、まれに襲ってくる魔獣もいたが、ミユキ殿が一撃で片付けた。
たまにふらっと道を逸れ、石筍の裏へ回ったかと思うとすぐに戻られるので、裏側にいた魔獣を掃討されていたのだろう。
是非とも神殿騎士団に欲しい人材だが、使徒様ともなるとそんなレベルではない仕事を任されるのだろうな。




