15 鑑定判別 近距離戦闘術
「ハイケさん、無詠唱が珍しいって言うことでしたけど、普通の【炎の矢】ってどういう感じなのでしょうか」
少し落ち着かない感じだったのでそんなことを聞いてみた。
恥ずかしい話は流せ流せ。
「ふつうの【炎の矢】ですか? こうですね」
『出でよ炎、紅き力もて、我が敵を貫かん【炎の矢】』
おお、呪文を詠唱している。ファンタジーだ!
ハイケさんが打ち出した【炎の矢】は、一番長い百メートルレーンを貫く。
的中。
威力はわたしの「矢あり」と同じくらいだった。
「ちょっと真似してみますね」
せっかくなので呪文というのも使ってみようと思う。
違う所へ来たら普段と違うこともしなくちゃね。
『出でよ炎、紅き力もて、我が敵を貫かん【炎の矢】』(てれてれ)
出た!
わたしの詠唱による【炎の矢】は、百メートルレーンを進んで的の手前で消えてなくなった。
「おお、素晴らしいですね」
「弓なし矢ありくらいの感じですかね」
「そんなところですね。ほんとうに素晴らしい」
「でも途中で消えちゃって」
「いえいえ、普通のレベル1でしたら、才能のある者でもこんな感じですよ」
『出でよ火、【火の弾丸】』
「わっ、かわいい。火の礫だ」
「ちなみに魔術の適性はあっても才能が足らない場合だと」
『出でよ【火】』
「生活魔術に分類されている【着火】です」
導火だ。
掌に小粒な火が乗っている。
これが飛ばせると【火の弾丸】になるわけね。
この後わたしも他の属性まで試したけど、「火」以外の三属性では“弾丸”を飛ばすところまで出来た。
意外だったのが「氷」の魔術が使えたことだ。
【氷の弾丸】、【氷の散弾】、【氷の矢】、【氷の槍】に【氷の壁】。
もちろん「火」でも同じ事が出来る
「氷」という属性はないそうなので、「水」の初級魔術+「熱制御」スキルでやれているのだろう、という話だ。
熱制御スキルのことは、インゲルスさんと相談して話してあるよ。
もともとそれを確認するために施設を使わせてもらいに来たからね。
魔術の適性で、「火」と「水」両方を併せ持つ例は殆どなくて、「火」と「風」はときどき居て相性がいいので重宝されるらしい。
「火」と「地(土)」を併せ持つ場合もたまに居るが、こちらはハズレとされていて、どちらか得意な方を伸ばす事が多いのだとか。
そんなわけで「氷」を扱えるのはとても珍しいのだと言われた。
それにしてもハイケさんは素敵だね。
綺麗で優雅で魔術も強い。
あれだけ「火」属性魔術が使えるのに、本当に得意なのは「風」属性なんだって。
どれくらい? と訊いたら、【破城槌】というのを見せてくれた。
【破城槌】が当たった瞬間、あの重い的の、前脚二本が浮き上がって倒れかかったのだからそれは凄い。
転倒防止の鎖で倒れはしなかったけどね。
そのあとで「これ以上は施設が壊れるので、これで我慢してくださいね」と言われたものだから、もうノックアウトよ。
ファンになっちゃいそう。
†
ひとしきり魔術について試したあとは、ダンジョンに入る前に体もすこし動かしておこうと言うことで、場所を移動した。
ダンジョンに近寄った射撃訓練場の裏側。と思ったら、反対側にも射場があるじゃないの。
神殿側からは見えていなかったけど、講堂などで使う置き階段を互い違いに組み合わせて置いたように、同じ射場がもう一組あったわけよ。
見えてはいないけど、あちらの射場とこちらの射場で向かい合って射ることになるのね。
天井が張ってあるから、向かいから矢が飛んでくることもないわけだ。
へー。
「この場所はなるべく視線が通るように作られているので、どこからもまったく見えない場所というのはないのですが、ここなら建物からは最大限見えにくくなっていますので、ミユキ殿も心置きなく体を動かしてください」
とリッケさんに言われて周りを見回してみると、確かに。
神殿側からは射場が目隠しになる。隣の建物は冒険者ギルドだったかな、そちらからは柵が間に挟まって見通しは良くない。反対側の建物からは四百メートル以上距離があるようだし、たしかに視線に晒されにくい場所のようだ。
「それで、体を動かすってなにをするんですか?」
「そりゃあダンジョンに入るのですから、近接戦闘ですね。
大丈夫。わたしは攻撃せずに防御に徹します。ミユキ殿は本気でかかって下さって構いませんよ」
そう言って、背中のマントの下になっていた両手剣を抜き放ち、数字の8を横にしたようなかたちにクルクル回したあと、中段に構えて静止した。
おお! カッコイイ。
というか、騎士団長自ら相手してくれるの?
というか、実剣?
いやー、緊張しちゃうわね。
待たせちゃ申し訳ないので、わたしもさっさと準備をする。
弓矢を収納にしまい、短槍を一本出す。
それを両手で軽く握って構える。
周りの他の人たちが離れていった。
「ほう。ミユキ殿の得物は短槍ですか。珍しいですね」
「兄に持たされました。まだ殆ど使えていません」
「それはそれは。さあ、いつでもどうぞ」
さて、いつでもどうぞと言われても、他人様に刃物を向けるような生活はしてない。
どうしたものか。
狙い所は…、一応鎧が覆っている所を狙うとして、槍って突くのよね。
リッケさんの構えは、両手を使っていて剣道に似てるから、剣道の動きの範囲は全部危険地帯……と。
さっき8の字を横にした軌道で剣を振っていたから、あの範囲をぐるっと前へ繋いだところも危険。剣を振り上げれば上も危険だから、なんだ! けっきょく背中と足下以外みんな危険じゃないの!!
仕方ないね。
突っ立っていても始まらないし、攻撃はしないって言ってくれてるんだから、それを前提にやってみますか。
トットットッというリズムでリッケさんに近づき、危ない範囲に入る直前に全力ダッシュ! 左から低い姿勢で回り込み、右足のレギンスを狙う。と、中段に構えているリッケさんのいい餌食なので、通り過ぎて反対の左レギンス狙い。
ぎゃあ読まれてた。左足側から剣が下軌道を通ってわたしの正面に!
体を開いて槍で押して剣をやり過ごす。
でも離れちゃいけない。
あの両手剣はわたしの短槍よりも攻撃範囲が広いのだ。
中途半端に離れると、あの長い刃がもっと自由に動ける領域に入ってしまう。今の場所なら剣が来るのと反対側へ逃げれば剣を避けられる。
でも避けるだけで精いっぱいなのよね。
ここで一突きする余裕がない。
その時間を使うと、反対側から戻ってきた刃に短槍を払われ体勢を崩されて終わってしまう。
そりゃそうよね。攻撃しないとは言ってたけど、防御はするって言ってたし、しかも狙って来るのはわたしの短槍を迎撃するコースばかりという紳士な態度。
でも後ろに目が付いている訳でもないでしょうに、なんで背中を向けたままこんなに正確な剣が振れるのよ!
場が膠着していた。
いまの状況は、某配管工が主人公を務めるゲームのギロチンステージだ。
現実だけど。
わたしの前には壁があって通れない。後ろには通路があり、壁の向こうにも通路。左右は断崖だけど通り抜けられる隙間はある。
ただしわたしの左右からは、天井にぶら下がったギロチンが振り子のように揺れていて、壁への手出しを妨げている。後ろは空いているが、下がりすぎるとこちらもギロチンが落ちてくる。
幸いなことにわたしと壁を遮る左右のギロチンは同時に襲ってくることがない。だからギロチンの来ない方向へ避難すれば、倒されてしまうことはない。
だけど、壁の左右の通り抜けられそうな隙間と、わたしの後ろはギロチンの殺空間なので、踏み込むことができない。壁の向こう側も同じだ。
ギロチンを止めるには、壁に付いたスイッチを押せばいい。
いや、壁そのものがスイッチなので、壁を押せばいい。
どうする?
空いているのは上か。
でも出来ても一度だ。
一度見せれば次は高さにも対応されるだろう。
どうする?
このまま避け続けていても埒が明かないし、ゲームで長考は良くないよね。
よし、やるか。
リッケさんが剣を右肩に担ぐようにして、剣先を下にしながら自分の背中を薙ぐように切り上げてくる。
それを左へ避けずに飛び上がり、護拳のすぐ上にある刃のない部分に右足を掛けて、そこを足場に体を持ち上げる。、
そのまま走り高跳びのベリーロールのように、体を水平にして前に回転させながら、リッケさんの頭上を越えていく。
このまま上から肩装甲を突けば勝負が決まる。
そのとき体がゾワッとした。
なんだ?
尻尾の毛が逆立ってる。
シッポ?
そうだ、シッポが取り残されてる。
普段、勝手に体のバランスを取ってくれてるので意識してなかったけど、尻尾がまだリッケさんの背中側にあるよ。
昇ってきた両手剣に切り落とされちゃう!
【加速 三倍!】
ひぃ~!
判断する余裕が欲しくてスキル“加速思考”を発動したのに、なんで三倍!? 切り良く四倍か八倍にしておけばいいものを、余裕はできたけど余裕が足らない。倹約家精神が恨めしいわっ!
空中には手掛かりも足掛かりもないので、姿勢を変えるのが難しい。
上に逃げるか。
リッケさんの頭を蹴るのは申し訳ないから、当初の予定通り短槍で右の肩装甲を突いて、反動で姿勢を変えよう。加速は効かせたままで。
三倍加速のまま短槍を突き出す!
体重を上に持ち上げる必要はない。突きの反動で体の回転を速くしてやればいい。
そう最終決定して突き出した短槍が肩装甲に当たる瞬間、リッケさんの右肩が後ろへ下がった。
えっ!?
右肩側から背中を昇ってくる両手剣が肩ごと後ろに下がり、リッケさんの手から離れるのが見えた。
わたしの尻尾に気がついて、傷つかないように気遣ってくれたんだ(感動)。
そしてわたしの短槍は宙を突いて、体勢が崩れる。
剣を手放したリッケさんの両手が前に差し出される。
あれはお姫様抱っこの形!?
でもわたしはうつ伏せ状態だ。
このまま抱っこされるのは恥ずかしい! というか、抱っこになってないからとても恥ずかしい!
頑張れわたし!
ということで、頑張って体をぐいっとひねり、腰がリッケさんから離れるように体勢を変える。
そして接地した短槍を支えにして上体を起こし、差し出されたリッケさんの両手の間に、無事足から着地した。
「参りました」
わたしが言うと、
「いや私の負けだな」
と、リッケさんが答える。
「いえ、尻尾に気付かなかったのはわたしの落ち度ですし、そのうえ尻尾を助けてもらいました。わたしの負けです」
「いや、体への攻撃はしないと言っていたのだから、尻尾を巻き込みかけたのは私の落ち度だ。そもそもミユキ殿は私が何もしなくても自力で対処できたじゃないか。剣も手放してしまったし、私の負けだよ」
「はいはい、仲よくなれたようで良かったですね。それでリッケ団長、ミユキ殿の評価はいかがでしたか?」
リッケさんとお互いに自分の負けを主張し合っていると、ハイケさんが口を挟んできた。
評価?
なんだろ?
「第三層を初見のソロで大丈夫だな。第四層でも問題なかろうが、今からでは戻りが遅くなる」
「了解しました。ではミユキ殿、一休みしましたら“ダンジョン・スニヤド”へ行ってみましょうか」
おお、ダンジョンだ!




