11 腹ぺこ猫
その吹き抜けは、四階建ての細長い集合住宅ならそのまま入ってしまいそうな広がりを持っていた。
かなり見応えがある。
もちろん元の世界の大規模商業施設ほど大きいわけじゃないけど、あれらが十世紀とか二十世紀の時間を経た後でもそこに建っているとは思えない
「容積 × 時間」なんていう評価があれば、現代建築ってそれほど大層な評価は得られなさそうだ。
そんな、年月を経た建物にあるこれだけの大空間というのは、あって当たり前のそれらよりも畏を感じさせた。
って、いやぁね。兄さんが伝染ったみたいじゃないの。
こういうのは兄さんが得意なんだけど、わたしじゃたいしたことは分からないわね。
古い建物なのに、古い建物だからか。ここでも外の光を取り込むことを考えているようで、先ほどの廊下や祭壇のある部屋のように、灯かりがなくても外光でものが見える。
エコだわ。
窓に近寄ったときに分かったのは、色の無い短冊形の摺り硝子を集めたステンドグラスらしいということくらいだ。
なんてことをやけにのんびり考えていられるなと思ったら、四階をとばして三階に着いてしまった。
三階と五階を繋ぐ直通階段だったのね。
いま降りてきた階段はここで終わっている。さらに下に降りて外へ出るためには、反対側の壁にある別の階段を使わないと行けないようになってるみたい。
三階まで降りきった所にいた騎士らしいひと二人にインゲルスさんが、
「こちらはミユキ様とおっしゃる。神殿の賓客なので騎士団に周知してくれ」
と言うと、騎士さんのひとりがぐぐっと近づいてじーっとこちらを見たあとで、インゲルスさんに頷いた。
全身鎧に兜のおっきな人が迫ってくるのは、ものすごい迫力だったわよ。
「これでミユキ様お一人でも神殿に出入りすることができるようになりました。
ですが、いま少し周りのことに慣れるまではご自重されて行動していただけますようにお願いいたします」
と、インゲルスさんが上の階を指さしながら言う。
はい。わかりました。
いくらわたしでも、右も左も分からない土地で突っ走ったりしませんよ。
ほんとだよ。
食堂は三階にあって、賑やかで大きな部屋と、静かで小さめの部屋の二つがあり、その小さい方の食堂へ入って四人で食卓を囲んだ。
「出てくる品はどちらも同じなのですが、こちらの部屋の方が静かに食事ができるのですよ。なんでもお好きなものをお好きなだけ頼んでください」
と言って渡された「お品書き」を見ると、あら文字も読めるのね。ありがたい。これなら食べるものを他人任せにしなくて済みそうね。
お品書きには定食が四種類と、単品がいくつか載っていたので、先頭にあるA定食とB定食(意訳)の二つを頼んだ。
言わないで!
普段からそんなに沢山食べてるわけじゃないのよ。加速思考スキルの副作用なのよ副作用。
どう考えてもこのお腹の空き具合は、定食の二人前くらい楽々と食べられそうな感じだったから、最初から二食頼むことにしたのよ!
ウィアからも「あとは本能が命ずるままに行動すればいいから」ってお墨付きをもらっているしね。
止むに止まれぬ事情というやつなのよ!
インゲルスさんはサラダとスープとパン。無口さんはD定食、ウラさんはC定食を頼んでた。わーい、三人でABEDコンプリートだ。くすん。
出てきた食事が揃ったところで待望の食事開始だ。
神殿組の三人はなにやらお祈りをしている。わたしも手をあわせて「戴きます」をして食べ始めた。
そして食べ終わったとき、わたしの前には完食されたC定食が並んでいた。
何故っ!
ぜんっぜん足らなかったのよ。定食二つでは。
二食食べ終わったわたしの様子を見て、インゲルスさんが勧めてくれたのよ。
じつを言うとABCを完食してもまだ入りそうなんだけど。インゲルスさんもいいよと言ってくれてるんだけど、だめよもう駄目。さすがに定食の一人制覇とか、乙女の沽券にかかわるわよ!
「ごちそうさまでした。美味しかったです。味も、量も」
「本当にもうよろしいのですか? 遠慮なさる必要はありませんぞ。
それにしても大した食べっぷりでしたな。神殿騎士団の連中が訓練後に食べる量に匹敵するのではないでしょうか。いちど食べ較べをしてみますか? そうしてみると大食堂へ行った方が良かったですかなあ。あちらは食事の内容は同じでも、騎士団向けに盛りが大きいのですよ」
「いえ、流石にもうほんとうにお腹いっぱいですから」
嘘ですけど。
わたしの食べっぷりが何を刺激したのかわからないけど、インゲルスさんのテンションがおかしい。
あーん、だからイヤなのよ。これで「ミユキは大食らい」みたいな噂が広がったらどうするの。
落ち着く風がないインゲルスさんに、無口さんとウラさんまでがジト目を向けているような気がする。
「さて、それでは大地母神様が降臨されたというお話ですが」
食後のお茶をすすりながら、インゲルスさんがそう切り出した。
おっといけない、その話だったわね。
「ウィアが言うには、わたしの兄と友人もこっちへ来ているので、合流してくれということでした」
「あのクワン神国へ降りたといわれるお友達と、お兄様でございますか?」
「はい。詳細は今夜わたしの夢の中でということでしたから、話はそれだけだったんですけどね」
「なるほど、ありがとうございます。
それで大地母神様はどのようにしてお言葉を届けられたのでしょうか」
「どのようって、ウラさんの方から声が聞こえてきたんですよ。目をやるとウラさんがニコニコした様子で固まっていたのに声が聞こえたんです。だからきっと音じゃなかったんでしょうね。
本人の姿は見ていません(人じゃないけど)。あれはウラさんの体を媒体に使って降臨してたってことなんでしょうか?」
「左様でございましょうな。歴史上大地母神様は、何度か神託や神授をされておりすが、御姿を顕わされたことは一度もございませんから。
ウラは巫女の資質を持つものとして神殿で暮らしており、今回見事そのお役目を果たしましたが、歴代の巫女はその本来の役目を果たす事なく役を終えるものが殆どだったのですよ」
うーん、ミステリアスだわ。
「覚えているのはそれくらいですね。時間も短かったですし」
当のウラさんは何も覚えていないらしく、違和感も感じていなかったらしい。
当事者なのに実感が持てないっていうのは、ちょっと切ないね。




