3 中編
『それじゃ、準備をするね』
「うん、お願い」
お昼ごはんも終わって午後の移動を始める。
ここまでよりも速く走れる特別な方法というのには、準備がいるらしい。
その準備だと言って、ドロスが立ち上がって少し離れた。
じっとしてるけど、精神を集中している風でもない。アニメみたいに光が集まってくるでもない。
なんだろう?
じっと見ていると、あれ? なんだか大きくなってないか?
……やっぱりそうだ。
いつの間にか午前中走ったときの虎サイズを越えて、牛くらいの大きさになっている。
つまり午前の時よりも大きくなるって事?
しばらくして巨大化が止まった。
虎サイズを前後左右に二体ずつ並べて、さらに上下二段重ねにしたくらいある。
すごく大っきい。
尾を折りたたんで頭を下げれば、縦長十二畳の部屋にギリギリ収まるかな? ってくらいの大きさだね。
魔獣に例えるのは失礼かもしれないけど、いきなり目の前にこの子が現われたら絶対Aランクの魔獣と間違われるよ。
『乗って』
「わかった」
背中の高さが二メートルくらいになってるので、跳び上がって背中に乗る。
わあ、広いや。それにやっぱり視線が高い!
午前中とは、見える景色がぜんぜん違うよ。
『行くよ』
「どうぞ」
たいした溜めも作らずに、ドロスが前へ出た。
体が後ろへもって行かれる。
これも強力ね。
走るリズムや体の上下動が午前中と変わらないから、体の上下動を虎サイズの時と同じに押さえて、増えた歩幅を有効に使って走っているわけか。
たしかに速いけど、少々困ったこともある。
ドロスの体が大きくなったぶん背中が平らになったので、わたしの体が安定させにくい。足が大きく開いてしまい膝で挟みにくいから、ドロスの背中に支えなしでポンと置かれた感じなんだ。
乗馬とちがって鞍も轡も鐙もないから、上体を安定させるためにドロスの皮を指先でつまんでいる。
『ちょっと姿勢を変えてみるから、あまり走り方を変えないでね』
『わかった』
姿勢を変えてる間に急ターンなんてされたら、飛んでっちゃうからね。
注意注意っと。
まあ今走っているのは見渡す限りの大平原なので、障害物はわずかだ。
大丈夫でしょう。
乗馬と同じように横へ広げていた足を、膝をまげて女の子座りにする。
そのままやや膝をすぼめて腰を浮かせてみる。
あ、腰が解放された感じだ。
走るときの振動が背骨に直に伝わらなくなったせいか、ずいぶん楽になった。
ストレスは感じてなかったけど、動く生き物の上に座っているのって、やっぱり負担になってたみたいな?
急に動きを変えないようドロスに伝えてあるから、もうちょっと先まで行ってみよっか。
今度は膝も背中から離して前かがみ姿勢になる。クラウチングスタートのオンユアマーク状態だ。
いいねコレ、なかなか開放的だよ。
ここまで来たら、両手も離してみないとね。
ドロスの皮をつまんでいた両手を離し、膝を伸ばして立ち上がる。
背中が広いので、両足を揃えても違和感がない。というか、平らに近いとはいえ背中は丸いので、両足を揃えて軽く前傾した方が姿勢が安定する。
最初と較べると、ずいぶん安定してきた。
でも風は強いなー。
直立していると風の抵抗が大きいので、少し前屈みになって膝を曲げる。
ちょうどスキーをする感じだね。
少し上下する動きをスキーっぽく膝で吸収してやると、とっても快適になった。
これってスキーと同じで、たいして力を入れているつもりじゃないのに、自然と足腰が鍛えられるって状態じゃない?
左右の足を前後させてスノボ風にしてみるけど、ときどき足を入れ替えたくなるのでこれは没。
よそ様の背中で、あまりバタバタするのは良くないでしょう。
やっぱり騎獣に乗ったように、簡単な鞍があった方がいいのかな……?
『ねえドロス、背中で立つのが一番いい感じなんだけど、さすがにカーブされると滑りそうなんだよね。なにか体、というか、わたしの足元を固定する方法って思い当たらない?』
わたしに思いつくのは騎獣用のハーネスくらいだけど、ドロスに合うハーネスがあるのか分からない。ましてや立ち姿勢のハーネスなんてないだろうな。だいたいドロスがハーネスなんて受け入れるか分からないし、そもそも大きさが変わるんじゃ着けようがないか。
どーしよう。
『手掛かり……じゃなくて足掛かりが欲しいってことだね。これ使えないかな、ちょっと待ってね』
と言われて少し待ってると、足元がざわざわする。
見ると、背中に毛が伸びてきていた!
『毛が伸びてきたわよ』
『冬毛だよ。雪が降る場所だとこれが欲しい』
ああ、今は四月だから……。
ってそうじゃないっ!
『つまり体の大きさだけじゃなくて、体の状態をいろいろ変えられるってこと?』
『そうだけど、そうじゃない』
なんだろ?
『基本連れ合いと一緒に使う能力なんだけど、細かいから話は夜にでも』
『わかった』
あー、連れ合い。つまり番のワンちゃんと一緒に使うスキルなのか。
まあいいや、それは夜ご飯時の楽しみとして、ともかく生えてきた毛を手に取ってみる。
スパニエルかシープドッグみたいな長い毛で、立って握ってストック代わりに使えそうな長さだ。
でもマスティフって、こんなに長い毛が生える種類だっけ?!
いや外観がマスティフでも、向こうのマスティフと同じじゃないからね、わたし。
さてこの長い毛をどうやって使おう。
────編んじゃえ。
編んで鎧のショートブーツを、スポッと入れられる受け皿にしてしまおう。
さっそく編み込みを始めると、これがけっこう楽しい。
最初からいい位置が見つかるとは思わなかったから、幅と前後位置の違う受け皿───これも鐙かな?───を四組、計八箇所つくった。
楽しくて飾り編みまで入れてしまったけど、残るのはこの中でひと組か二組なんだよね。
まずは自分で乗ってみて、丁度いい幅を見つける。
───前から二番目か。
次にドロスの意見を聞く。
『ねえドロス、わたしが立つ場所って四つのうちどこが良いか教えて』
『わかった』
『最初は一番前、……次は二番目。……』
四つ終わって。
『どこが良かった?』
『あんまり変わらないかな。しいて言えば後ろの二つはちょっと嫌かも』
後ろの二つはパス……と。
そうすると一番前と二番目を、二番目の幅で使おうか。
取りあえずは二番目を使えばいいね。
げっ、いつの間にか大分日が傾いてるじゃない。今は……17刻!?
ここは……、地図作成スキルを開くと、大きな街を通り過ぎてかなり来たところだ!!
『ねえドロス、夕食と今夜寝るところはどうするの?!』
『どこでも。場所はいっぱいあるよ』
平常運転なドロス。
─── 野宿か ───。




