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一緒に旅へ出よう

 俺は女の前立ったまま、ようやく今の状況を理解し始めていた。


 どうやら、桟橋で釣りをしていた女が、魚である俺を釣り上げて活〆しようとしたのだ。

 殺されまいと暴れるうちに、なぜか人の姿に戻れたのだが、それを見た女が俺を精霊と勘違いしている、ってところかな。


 自分の体を見てみると裸だ。

 人に戻る前は魚だったから裸なのか。

 ていうか前を隠さないと!

 俺は女の前で身を捩りながら、服を要求してみた。

 女は慌てて頷き、心配そうに俺を見るとそこで待っていて欲しいと言い走って行った。


 桟橋に裸のまま一人取り残されたので、沖のほうを向いてしゃがんで待つことにした。

 落ち着いてくると右目のあたりに痛みを感じる。

 水面に自分の姿を映して確認してみると、右目の形が歪んで瞼から血が流れている。

 あの女! 俺を〆そこなって右目をナイフで突いたんだな?

 ひどい状況だ。元が魚だからかそこまでの激痛ではないが、痛い物は痛いな。


 前世でもこんな有様になったことはなかったのでかなり驚いたが、おそらく右目を突かれた衝撃で記憶が取り戻せたのだろうと思うと、あまり怒りは湧いてこなかった。


 少しすると女が走って戻ってきた。

「はあはあ、待たせてごめんね。目はタオルで縛るから……。服は男物がオヤジの服しかなかったんで、かなりでかいと思うけどとりあえずこれで……」

 俺の右目を覆うようにタオルで縛ってくれた。

 かなりバツが悪そうにしているが、そりゃそうだよな、自分が突いてできたケガを処置しているんだから。


 それからくたびれたTシャツと半ズボン、サンダルを渡してくれた。

 女の恰好とほとんど同じだな。

 別にずっとこの服でいるわけじゃないし、まあいいかと服を受け取り袖を通した。


 あれ? おかしいな、かなり緩いんだけど。

 Tシャツは七分袖ぐらい? 半ズボンはスネまである。


「なんか大きくないか?」

「精霊様は子供の姿なんで、やっぱりオヤジの服だと大きいわね」


 今気づいた。俺の体は子供なのか。

 記憶を取り戻したのが、子供のタイミングだった訳だな。


「精霊様。とりあえずあたしの家に来てもらってもいいかな? ……その、えーと……、あたしが傷つけた目の治療をするから……」

「近いのか?」

「すぐそこよ」


 女が歩き出したので、ついて行くことにした。

 この世界のことは何もわからないし、持ち物も何もない。

 記憶を取り戻してすぐのこの状況で、協力的な人に会えたのはチャンスだ。

 まあ、ケガを負わせた俺に対して負い目を感じているから親切なんだろうけど。





 海道沿いの家の前まで来て女が立ち止まった。


「ここがあたしの家。今はオヤジが漁に出てるんで誰もいないわ」

 そう言って家の中に入っていった。

 木造のかなり古い家だ。女の後に続いて入る。やっぱり土足なんだ。日本育ちの俺には結構違和感がある。


「そこで待ってて。今薬出すから」

 ダイニングの椅子を指さすと、奥の部屋に入っていった。

 周りを見回したが、女が住んでいる割には小物とか物が少ない。


 テレビや電話、冷蔵庫の類はないな。というか部屋の明かりは電気ではなく、テーブルのランタンを使うようだ。今は昼間なので、ランタンは点けておらず窓からの光のみで少し薄暗い。もしかして文明レベルが低いのか?


 部屋を見回していると、女が薬箱を持って戻ってきた。

 俺の右目を消毒して瞼に薬を塗り、包帯を巻いて言った。


「悪いんだけど、もう元に戻らないと思う」

「手術とかでも無理か?」

「手術ってなに?」

 手術の概念がないのか?

「まあ、治せるとしたら、何処かにあるっていわれる魔法の薬くらいしか思いつかない。ポーションじゃ傷は治るけど、壊れた部分が元に戻るわけじゃないから」


 魔法の薬とポーションきた! ということは魔法もあるのか!?

 魔法がある前提で聞いてみよう!


「治癒魔法でなんとかならない?」

「多分無理だと思う。そもそも治癒魔法は使えないし」

 じゃあ、この女は他の魔法なら使えるのか!

 ならばしばらく一緒にいて、魔法とかこの国のこととか教えてもらうのがよさそうだ。


 難しい顔をして考えていると、俺の顔を見た女が泣きそうな顔をした。

「ほんとに悪かったと思ってる。だから、怒りを鎮めてもらえないかな。あたしのせいで海が荒れてオヤジや村のみんなに、もしものことがあったら……」


 俺が水の精霊だと思って心配しているのか。


 少しかわいそうだし、安心させよう。


「俺は海で働く者の味方だよ(元漁師だしな)。それに目のことで責める気持ちはない。あの状況じゃ仕方がなかった」

 むしろ感謝しているくらいだ、本当の自分を取り戻せたからな。

 女は俺の言葉にほっとした表情を見せた。


「ただ、やっぱり目が元に戻らないのは困る。一緒に直す方法を探してもらえないか?」

「それって、一緒に魔法の薬を探すってこと?」

「ダメか?」

「元はといえばあたしのせいだし……。実はあたしもこの村から出て、旅してみたいと思ってたんだ。どうせ女は漁師になれないし」


「じゃあ、決まりだな。俺のことはヒロミと呼んでほしい」

「ヒロミ様よろしくね。あたしはアイリーン」

 アイリーンのほうがよっぽど精霊っぽい名前だな。

「様は無しにしよう。他の人が聞いたら余計な誤解を招くかもしれない」

「じゃあヒロミさんだね。あたしのことは呼び捨てがいいかな、みんなもそう呼ぶし」

「わかった。よろしくアイリーン」


 こうして俺は、アイリーンと魔法の薬を探す旅に出ることになった。


 とりあえず、この村で魔法の薬について聞いてみようと言ったんだが、魔法を使える人はほとんどいないし、ポーションすら売ってないので、期待するだけ無駄だと言われた。

 生まれも育ちもこの村のアイリーンがそう言うのだから、きっとそうなんだろう。

 魔法の薬について情報収集するなら、まずはこの村より大きな隣町がよいそうだ。


「隣の町までは遠いの?」

「近いわよ。海沿いを歩いて2日くらい」

 歩いて2日で近いのかよ。

 現代人の感覚で「近い」は、歩いて数分だよ。


 昼前に出れば、明日の夕方には隣町に到着できるそうだ。アイリーンが、村のほこらで旅の安全を祈ったら、オヤジさんに挨拶してすぐ出発しようと言う。


 さっそく旅の準備をすることになったが、あいにく俺には金も持ち物もないので、旅支度はアイリーンに任せることにした。

 アイリーンは別室で、Tシャツ、短パンを旅用の少し厚手の服に着替えてきた。サンダルもブーツに履き替えている。


「ヒロミさんもブーツに履き替えて。あたしのお古で悪いけど」

 ありがたくブーツを受け取るが、俺が着れる旅用の服は無いようだ。しばらくは、オヤジさんのTシャツと短パンだな。


 アイリーンは背負い袋に替えの服と、簡単な調理器具や器を入れている。

「あとは、毛布替わりのマントと水筒があればいいかな。ヒロミさんの武器はナイフでいいよね。もりは結構重いから」

「武器で戦う相手がいるのか?」

「多分何もおこらないと思うけど、魔物とか獣とかが出たときの護身用に」

 魔物キター! 魔法に魔物って、もう、ワクワクが止まらない!


 俄然、旅が楽しみになってきた。でも旅には金がいるよな。

「悪いけど俺は路銀持って無いよ」

「大丈夫、少しならあるから。とりあえず隣町まで行けば、金を稼げる仕事はあると思う」

「漁師の仕事でも手伝うのか?」

「それじゃ大した稼ぎにならない。仕事を斡旋してくれるところがあるの。掃除したり、薬草を集めたりかな」

 職安みたいだな。そのくらいならこの体でもできそうだ。


 手のひらを握ったり開いたりしながら、今の自分の体を確認する。

 小さい手だな。腕も細い。地球年齢で10歳くらいか。

 ランプのガラスに映る姿は、包帯を巻いた銀髪の少年だ。右目に巻いた包帯のせいで綾波○イを思い出した。


 オヤジさんはまだ漁から戻る時間ではないようなので、先に2人で旅の安全祈願をするために村のほこらに行くことにする。





 祠は、砂浜が続く海岸のそばにあった。

 街道と海岸の間の少し高くなった広場に、百葉箱くらいの小さな祭壇がある。


 アイリーンが首を少し下げて目をつむり、手を組んで祈りをささげている。

 俺は作法がわからないので真似をして、旅の安全を祈願した。


『あら、あなたは魚が変身しているのね。とても珍しいわ』


 急に話しかけられて目を開くと、祭壇の前に綺麗な女が立っていた。

 水でできたような美しい衣装に身を包み、銀色のロングヘアで柔らかく微笑んでいる。


『だ、誰?』

『うふふっ。あなたの先輩よ』

 女の全身は微かに光り輝き、彼女がこの祠の主であることが想像できた。


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