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転生したら動物でがっかりした

 うぎゃ!!

 強い衝撃にびっくりした。

 なんだ? どうしたんだ? 何が起きた?

 周りがよく見えない。視界から急速に光が失われていく。


 視界が真っ暗になり周囲の様子はわからないが、危機的状況なのは直感で察知できた。

 どうやら体は床に横になっているようだ。

 力一杯あばれるようにもがくと体の向きが変わったようで急に視界が開けた。


 視界全面に抜けるような青空が飛び込んできた。視界の端には下から見上げた角度でしゃがんでいる人が見えた。


 これは一体どういう状況なんだ?

 倒れている俺を心配している人がいる?

 とりあえず起き上がろう。


 あれ、おかしいな、起き上がれない

 手足は動くようだけど、空を切る感じだ。

 別に縛られている訳ではないな。

 首はほとんど動かないので、自分の体がどうなっているのか確認できない。


 状況が確認できずうろたえていると、しゃがんでいた人がナイフを構えて、俺の体を手で押さえつけた。


 ぎゃあああー!!

 まずい、これでは殺られる。

 バタバタともがいて押さえている手を振りほどくが、すぐにまた押さえつけられた。


「痛ったいなー。ヒレが手に刺さったじゃない! 今楽にしてあげるから暴れないで!」


 いや、ちょっと待て! 

 殺されそうになってるんだから暴れるに決まってるだろ! なんとか逃げなければ!

 しかし、バタついてもその手から逃れることができない。


 俺は飛び起きようと全力を尽くす。

 仕事しろ俺の手足、働け背筋力、この押さえこみを跳ねのけろ!

 全身のパーツを強く意識したその時だった。


 急に視界全体が白く光り輝いた。


 何だ? 何が起こった?

 光が収まると急に視点が高くなった。

 さっきまで俺を押さえつけていた奴が、目の前で尻もちをついて驚いている。


「せっ、精霊? もしかして、精霊様なの? あああ、あたしはなんてことを……」


 精霊様? 俺はただのおっさんだぞ? だいたい俺を殺そうとしやがって、この野郎!


 興奮しながら殺人野郎をよく見ると、奴は女だった。

 年は15、6歳くらいか。短パンにTシャツ、サンダル履き。クセのあるロングの赤毛で、手入れをしていないのかボサボサだ。


「ご、ご、ごめんね! 精霊様とは知らなかったのよ」

「殺そうとしておいて、ごめんねですむか!」

「も、申し訳ございません!」

「言い方の問題じゃないんだよ! だいたい、なんで俺を殺そうとした?」

「さ、魚が釣れたんで〆て持って帰ろうかと……」


 何言ってんだコイツ? 俺を殺そうとしたことと、魚なんて関係ないだろ。

 しかし女は必死に、この桟橋で釣りをしていて釣れたのが俺だと説明している。


 魚? 魚って俺のこと言ってんの?

 女の奇妙な説明で少し冷静になって、自分がなんでこの場所にいるのか思案した。

 目が覚める前は何をしていたんだっけ?


 …………


 あ、俺は魚に転生させられたんだった!



 ――――――――



 確か漁に出て、底引き網に大量のクラゲが入ったんだよな。

 日本海で大量発生する大型のあれが大量にだ。

 まさか自分たちの漁場で網に入るとは思わなかった。


 あまりの重量で船にあげることもできず、そのまま海中で網の中身を出そうとしたんだ。

 その時、船が横波を受けた。

 網の中のクラゲのせいで船のバランスが崩れて、船が返っちまったんだ。


 前の晩、趣味のMMORPGをやりながら深酒したせいでかなりの二日酔いだったから、そのまま溺れて死んじまったんだよな。

 一緒に乗っていた弟と仲間たちはどうなったんだろう。


 ふと目が覚めると床も景色も全てが真っ白い空間で、これは死んだなってすぐわかった。


 周りを見渡すと長い行列があり、行列の最後に『ここが最後尾です』と書かれた看板を持った男がいた。


「並んでください」

 看板の男が俺に言った。

 不思議と逆らってはいけないという気持ちになり、素直に行列に並んだ


 並んでいる人たちも看板の男も俺も白い服を着ている。

 服というより大きなポンチョみたいだ。

 行列は少しずつ進んでいるが、何のために並んでいるのか不安である。

 どうせ死んじまったんだし、急いでいるわけでもないが、いつまで並んでいればいいのだろう。

 行列の先端をのぞこうとすると、どうやら次が俺の番のようだった。


 俺の前の人は、同じような白いポンチョの女と向かい合って何か話している。

 向かい合って話している女は、白い髪で腰あたりまでのロングヘア、眉毛もまつ毛も肌も白だ。

 瞳だけ赤い。アルビノかな?


 自分の番が来たときの参考にできないかと聞き耳を立てたが、会話は全く聞こえなかった。

 すると、前の人が急に消えた。

 パッと、まるで消滅したかのようにきれいさっぱりいなくなったのだ。


 こちら向きの女が手招きをする。

 俺が一歩前に出ると向こうから話しかけてきた。

「先に言っておきますが、質問はできませんよ。まず、あなたは死にました」

「いや、ちょっと待って! もしかしてあなたは神様?」


「通常は、この世界で輪廻転生するので私と会うことはありません。しかし、今回は異世界への転生となるので魂に同意を得る必要があります」

「神様なの? 俺、いや私は大原博海といいます! これ、もしかして転生イベントってこと?」

「……。新しい世界で生き物が多く生まれていますので、この世界ではなく異世界に転生してもらいます」

「異世界への転生か。まあ死んだことは仕方ないし……。それより、何か転生特典みたいのあるんですよね?」

「……。新しい世界にも人はいますが、今度は人ではない生き物への転生です。いいですね?」


 ちょっと待て。人ではない生き物への転生? 動物ってこと?

 それは困る。異世界で動物になるんじゃ、俺の理想の転生ライフと違うじゃないか!

 俺は漁師以外のことをしてみたかったんだ。

 漁師は嫌じゃないけど、本心は親の家業継ぐ前にいろいろやってみたかったんだ。

 親父が急死しなければ、すぐに漁師を継がずにあれこれやってみたかったんだよ。


 せっかく再チャレンジのチャンスが巡ってきたのに、異世界で動物?

 なんとかできないかな?

 神様? に頼み込むしかないか?

「頼み込んでもダメですよ。……ふう。異世界で人ではない生き物への転生です。いいですね?」

 あれ? 俺、喋ってないよな。思考読まれた?

「もう! 後がつかえてるんです! 早く返事してください!」


 有無を言わさない口調で言われて、返事をしなければいけないという気持ちになり、思わずハイと返事しそうになった。


 ここで自分でも驚くくらい、強い意志力が発揮された。

 神様? への返事よりも、理想の転生ライフへの執着が上回り、返事を拒んだのだ。


「なんか転生特典ください! そしたら同意します」

「ああもう、忙しいのに! 言っておきますが、人ではない生き物として転生することはもう決まっていることです。私が決めたことではないので変更はできませんよ」

「つまり『異世界への転生』って部分なら、交渉材料になると? なら転生特典ください。そしたら同意します」


「最近こういう魂が増えました。嘆かわしいことです。だいたい、転生したら今の記憶は失われるのですよ。転生とともにあなたの自意識は無くなるのです。これまで生きてきて前世の記憶が残っている人に会ったことはないでしょう?」

「確かに前世の記憶がある人には会ったことないかな」

「魂の状態のあなたが有している記憶はただの残滓です。私の話を聞き、同意するためのものです。魂は同じままでも、転生した時点で記憶が失われるのです。何か能力を得ても今の自意識で楽しめるわけではないのですよ」


 そうか、記憶がないんじゃ意味ないな。魂が同じって言ったって、俺として楽しめないんじゃ、他人が能力を得ているのと変わらないのか。

 まてよ、じゃあ記憶を残してもらえばいいじゃないか。

「記憶は残せません。新しい生き物として誕生したばかりで、最初から前世の記憶を持っていては生き物として耐えられません」


「そうなんだ。ていうか、思考読んですぐ答えるってことは相当急いでいるんですね」

「だから、忙しいと言ってますよね!」

 神様? は苦々しげに俺のことを見てから、俺の後ろの長い行列を見てため息をついた。


「もう! 分かりましたッ! それでは、生き物としてある程度成長して、その後に強い衝撃を受けたら記憶がよみがえる、ということでよいですか?」

「記憶だけですか? ほかの能力は?」

「 !! 来世に記憶を残すだけでもありえない特典です!」

「いや、せめて転生した地域での言語知識くらいくださいよ」


 神様? は少し考えると頷いた。

「まあ、簡単な言語知識くらいはよいでしょう。どうせ、声が出せないでしょうし」

「え? 声がでないの? 動物じゃないの?」

「もう! いい加減に早く同意してください!」


「……」

 様子を見るため、しばらく黙ってみたりしたが思考を読まれるので意味がないようだ。

 これ以上は難しそうだな。

「……はい」

 俺はあきらめて同意した。


 その瞬間、光に包まれて視界が白くなった。

「まったく。変なジャンルの小説が流行りだしたせいで、似たような魂が増えて本当に困ります。異世界では魚として頑張ってくださいね――――」



 ――――――――



 そこで俺の記憶は終わっていた。


※全編にわたり誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと大変助かります。

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