08 農場見学
動物園の檻の中の動物の様に、どんなに危険でも、気味が悪くても、危害を加えて来ないと判ると、わりと平気に対応できるものだ。
シンディも、まだ触れないが、数日で城内の魔族や魔物が近くに居ても、怯えない様にはなった。
そんな状況を理解してか、今日はアテンシアがシンディを農場へと連れていくと言う。
城の外は、やはり魔の森特有の木々が多かった。
人族領域の木々が育たないわけではないが、育ち方が段違いに違うらしい。
シンディは、魔の森は初めてではないが、農場へ向かう荷馬車の上で、キョロキョロしていた。
特に後ろを振り返り、伯爵の城を頻繁に眺めている。
奴隷商の馬車で、貴族街にまでは行った事は有るが、『城』と言う物を初めて見たからだ。
更には、来るときは夕方で、小鬼を見て気絶していた。
「あれが、伯爵様のお城なんですね」
初めて見るので比較は出来ないが、純白には紅いポイントが入った建物は、とても美しいと思った。
道には、他の馬車や荷物を背負った牛なども居る。
途中で小鬼が操る馬車が居ない時には、馬の操作も教えてもらった。
道は広く整備されていて、荷馬車が二台スレ違うのには苦労はないが、練習の為の用心だ。
森の向こう側に、民家らしき物も見える。
魔族と言えども、人族と大差ない生活をしているのだろう。
現状の様に、住み分ければ問題ないのに、昔は何故に争っていたのか、シンディには理解できなかった。
少し進めば、魔族の生活を垣間見る事もできるだろう。
そう言えば、アテンシアからは、城を出る際の注意を一つ聞いていた。
「外では、この首輪を外してはダメよ」
首輪と言うより、リボンに近いソレには、紅い魔石の様な物が付いていた。
若干だが、香の匂いもする。
「城内なら、顔を覚えてもらえるけど、城外では侵入者の人族としか見られないわ。これは『伯爵様の所有物』である証しとなるの」
自宅の犬や家畜なら個々の区別がつくが、他家や野良は区別がつかない。
標札が無ければ、駆除対象になるのは、どこでも同じだ。
シンディは、首輪の留め具を再確認する。
しばらく進むと、開けた所に出た。
平らに整地され、幾つもの区画に整理された場所が、道の左右に広がる。
土がむき出しの所も有るが、ほとんどが青々とした葉と、たわわに実った作物が見える。
遠くの木々は、果実がなっている様に見える。
「ここが、伯爵様の農場よ」
働いているのは、歩く死人と小鬼の様だ。
道々、アテンシアはシンディに説明をした。
『歩く死人』とは、『不死者』とも呼ばれ、呪いや、歩く死人に襲われた事で成る不治の病の様なものだ。
文字通りの死体の様な者、干からびた骨だけで動く者から、吸血鬼の様な霊体みたいなものまで、幅が広い。
おそらく寿命は無く、疲労や苦痛も存在しない。
解呪や浄めなどで死滅する。
『小鬼』は、人族の変異種の様な存在で、身の丈は小さいが体格は大きい。
黒っぽい肌に、歪んだ顔と牙が特徴だ。
人族が種族差別をしなければ、共存できたかもしれない種族だ。
人族と違い、魔族と呼ばれる者達は異なる種族の混成体で、種族ごとの階級と分業で構成されている。
吸血鬼など、一部の偏食種族を除けば、人族と同じ様に家畜を喰らい、人族とも共存できた種族が多いが、彼等が人族と敵対し、捕食している最大の理由は、『人族側が敵対している』の一言につきる。
人族は、『自分達の利益にならない部外者』を迫害し、排除する傾向がある。
同族であっても、『国』別で争い、『派閥』や『家系』で貶めるのが人族の性とも言えるのだろう。
彼等に言わせれば、『人族さえ居なければ、世界は平和だ』だそうで、これが最終的に魔族が人族を襲ってきた理由と言われている。
「ここは、平和なんですね」
シンディが、農場を見て口にする。
低級な『歩く死人』が、単純な肉体労働をこなし、『小鬼』が細かい作業をこなし、『人狼』が力仕事をする。
『獣人』が技術職を、戦闘特化した『大鬼』が警備を行う。
そして、長寿で知能の高い吸血鬼などが行政を行うのだ。
一部に野盗と化す者も居るが、彼等は決して獣ではなかった。
なまじ『平等』でない為に、他種族の仕事を盗ろうとする者は居ない。
種族内の争いは、支配階級の采配に任され、異論を唱える者には死の粛正が訪れるだけだ。
『力こそ正義』ではあるが、その為に余分な争いは無く、支配階級に不満があれば、他の場所に逃げるだけだ。
そこで、コミュニティに入れるかは、逃亡の正当性による。
シンディ達は、役割を与えられた『家畜』であるがため、無闇に、ぞんざいな扱いを受ける事は無い。
そんな説明を受けながら、荷馬車は、更に牧場を抜け、小さな村へと着く。
獣人が多く出歩いている。
アテンシアは、荷馬車を止め、シンディを連れて、一つの建物へて入っていく。
中のカウンターには、羊の獣人が座っていた。
「オーナー、お久しぶり。この娘のメイド服と、下着類を新調したいのだけど」
「おや?新しいメイドさんだね?」
アテンシアの言葉に、獣人オーナーは立ちあがり、奥の部屋へのドアを開けた。
アテンシア、シンディ、オーナーの順に入っていく。
部屋の中央には、少し高い台と籠が用意されていた。
「じゃあ、靴を脱いで、その台に上り、服を脱いでちょうだい」
オーナーの指示に、アテンシアが頷き、シンディがソレを確認して台に上がる。
下着姿になったシンディをオーナーが、メモ帳とメジャーを手に、あちこちと計りだした。
「次は、手を上げて・・・」
オーナーの指示通りに動くシンディを、アテンシアは見守る。
「若い娘用のが、かなり古くなってきているから、後から追加分も頼むわ」
「判った。冬着も急いでおくよ」
アテンシアとオーナーの会話を、シンディは、ただ聞くだけだった。
一通り、採寸が終わると、服を着たシンディ達は、店を出て通りを散策する。
露店商が並び、いろんな商品が陳列されていた。
「欲しい物が有ったら言ってね」
生まれ育った村と同様に、食べ物と生活必需品しか無いが、品揃えは豊富だ。
アテンシアは調味料を幾つか選んでいた。
共同体である、この地区では、お金が不要だが、不必要な物や必要以上に取得する事は禁じられている。
アテンシアは、そう言った事も、新入りに教えていた。
「メイドさん。グレの実が豊作なんだ。持っていきな!」
「じゃあ、果実水も作るから、多目にもらっていこうかしら?」
犬獣人の女性が、荷馬車の方へと果物を運ぶ。
「シンディにも、料理や裁縫、文字や計算を教えなきゃねぇ」
他の食品も手さげ袋に入れながら、アテンシアが話す。
農村では家族しか、教えてくれる者が居らず、レベルは当然に低い。
特に料理は、シンディのヤル気を掻き立てた。