07 初の生贄
初めて、この館での、正式な吸血を見た私は、セベッタさんに質問した。
「セベッタさん。これからどうするんですか?」
「一時間くらいで、アテンシアが起きれると思うので、それまで待機ね」
私達は、部屋の隅にあるソファに座り直す。
私は、セベッタさんの顔をマジマジと見た。
「・・・・・あのぉ、聞いても良いですか?」
「ええ。何かしら?」
「血を吸われるのは、痛くないんですか?苦しくはないんですか?」
セベッタさんは、思い出して少し頬を赤らめ、答えた。
「牙が食い込む瞬間は痛いけど、回数をこなせば我慢出きるわね。その後は気が遠くなるけど、苦しいとかとは、違う感覚ね。最初だけは不安でしょうけど、死ぬ様な事はなさらないから、安心して」
見たところ、アテンシアさんも朦朧としているが、気を失ってはいない様だし、最初の痛みを耐えれば気にならなくなるらしい。
「この順番からすると、明日は私の番ですよね?」
「そうね。明日はシンディの番になるけど、大丈夫?無理なら替わるけど?」
「いいえ。いつまでも、お二人に負担をかける訳にもいかないですし、いつかは受け入れなくてはいけない事でしょうから」
「幸い、病気や栄養失調は皆無だったし、若いから、食べた分だけスグに身になるからねぇ」
「はい!頑張ります」
私の決意を、セベッタさんは笑顔で返した。
後に、この笑顔の意味を知るのは、私が伯爵の吸血を体験してからとなる。
その後、けだるく起きたアテンシアさんに手を貸し、シーツを回収して、私達はメイド用の部屋へと引き上げた。
アテンシアさんのドレスを脱がし、彼女のベッドに寝かせると、そのまま寝息をたて始めた。
かなり、疲れるのだろう。
私は、回収したシーツとドレスをランドリールームに置いてから、セベッタさんと夕食をとって、自室のベッドへと潜り込んだ。
初めて見た吸血が、実際にはどの様なものなのか、私は、翌日に身をもって知る事となる。
◆◆◆◆◆
私は、精神を落ち着かせ、その時を目を閉じて待つ。
伯爵様の手が肩に触れた瞬間、脈拍が一気に高鳴り、全身が熱くなる。
伯爵様の牙が食い込む瞬間、痛みという刺激が脳髄を貫き、頭の中が一瞬で真っ白になった。
「あっ、あぅっ!」
牙が喰い込むにしたがい、首筋を中心に、痺れる様な感覚が全身を脈打ち、全ての毛穴が開いて敏感になる。
足の指の先までピリピリしている。
服やシーツに触れた部分が、暴れる様な刺激を感じ、全身へと広がる。
「クッ、クゥッッ!」
激しい未体験の刺激にのみ込まれ、私の精神は掻き乱されていた。
気が狂いそうな波が、何度も全身を襲い、気を失う事すら出来ない。
数える事すら出来ない波が、ようやく治まった頃には、心身共に、気だるい虚脱感に襲われ、思考する事すら出来なかった。
視線の先のシーツの膨らみを、呆然と見ているだけだ。
『自分は、とうなってしまったんだろう?』と感じたのが、最初の思考だった。
全身に力が入らない。
しばらくして習慣的に、何とか上半身を起こした段階で、近くに控えていたセベッタさんとアテンシアさんが、手を貸してくれた。
後は、断片的にしか記憶にない。
気が付くと、眩しい光で目が覚めた。
少し疲れが残っているが、動けない程ではない。
シーツに包まってじっとしていると、昨夜の事が思い出されて、全身がウズウズしてくる。
「何かして、気を紛らわさなきゃあ」
兎に角、ベッドから出る事にした。
トントントン
「シンディ、起きてる?」
「あっ、はい!起きてます」
ドアをノックしてきたのは、アテンシアさんだ。
「朝の運動に行くわよ」
「あっ、はい!行きます」
身体を動かして、少しでも気を紛らわさないと、変になる気がした。