05 メイド?
早朝、シンディ達は下着姿で城壁の内側を走っていた。
この世界にはスポーツウエアなど無い。
朝のランニングは、下着姿以外には無かった。
元より、一緒に走っているセベッタ以外には人などいない。
誰も居ない訳ではない。
『人族』が居ないだけだった。
二足歩行でも、『人族じゃない』と割り切ってしまえば、下着姿でも、たいして恥ずかしさは感じない。
城壁の内側では、警備の大鬼が巡回し、小鬼や獣人が掃除や作業をしている。
彼等は、新入りのシンディを確認の為にチラッとは見るが、別に襲ったりしないし、睨んだりもしない。
獣人の中には、性器むき出しの全裸な者も居るので、むしろシンディが目を背けるくらいだ。
遠目に、奴隷商の馬車が城門を出ていくのが見える。
一瞬、足を止めたが、先行するセベッタを見失いそうだったので、シンディは諦めて歩を進めた。
村娘であるシンディには、多少の走り込みは苦ではない。
ただ、見馴れぬ物があり、いろいろな事が有りすぎて、朝から気疲れしていた。
昨夜もだが、朝から騒いだからだ。
◆◆◆◆◆◆
「おはよう。いつまで寝ているの?」
眩しい朝日の中で、シンディは見馴れぬ女性に起こされた。
なんと、彼女を起こしたのは、昨夜、目の前で血を吸われて倒れた女性だった。
目の前の女性が、その当人だと気付くと、シンディは驚き、寝所の端まで飛び退いた。
「し、死んだはずじゃあ?」
「あら?幽霊じゃあ無いわよ。血を吸われたくらいでは死なないわ」
彼女はベッドに両手をついて、シンディに笑顔を返した。
彼女の顔には、魔物などに取り憑かれた者特有の死相も放心状態もなく、肌艶も健康そうだった。
改めて、辺りを見回すと、柔らかいベッドに白いシーツの、村長の家でしか見たことのない、いや、それより高級な寝床に寝かされていた様だった。
「私は、どうしてここに?」
「もう忘れたの?昨夜、伯爵様の生贄に選ばれたんでしょう?」
彼女の話しは、シンディの記憶と差異は無かった。
ただ、シンディのイメージしていた『生贄』の扱いと、現状は、全く相入れないものだったのだ。
「先ずは、水を飲んで。私はセベッタ45歳。貴女のお名前は?」
「あっと、シンディです。15歳になりました」
シンディは、渡された器の水を飲んだ。
一応、ひと口含んで、混ぜ物が無いかは確認したが。
「朝は少し走って、軽い運動から始めるのよ。下着姿のままで良いわ」
見ると上下共、綿の下着を着せられていた。
数か月間、ボロ布を纏っただけの生活だった上に、農村よりも高価な下着だったので、多少の違和感を感じる。
「あのぉ、その前に御手洗いに・・・」
「そうね。案内するはわ」
シンディは靴を履かせられ、セベッタに連れられて、部屋を出た。
◆◆◆◆◆
一キロ程のランニングを終えると、セベッタは小鬼から水とタオルを受けとり、汗を拭きながら喉を潤していた。
久々の運動に、遅れて着いたシンディにも差し出されたので、彼女も恐る恐る受け取って、喉を潤した。
「じゃあ、食事の前に、汗を流しましょうか」
言われるままに付いていき、衣装部屋で着替えを出してから、昨夜身体を洗った浴室で、さっと汗を流す。
先日とは違う、浴室に隣接したドレッサー室を案内され、下着、メイド服を着させられ、鏡の前に座って、髪を纏められてキャップに納められる。
「これって、メイド服って奴ですよね?」
「そうよ。農村の生まれ育ちと聞いていたけど、よく知っているわね?」
「はい。町を通る時に見掛けて、詳しい人に聞きました」
貴族に売られる奴隷を連れて行ったのが、同じ様な制服を着ている人達だったので、シンディは、どういう類いの人達なのか、周囲の奴隷に聞いたのだった。
メイドとは、貴族や金持ちの身のまわりの雑用をする町の平民の仕事だと聞いていた。
これは、そんな仕事をする人の服だ。
「えっと、私は生贄なんですよね?」
「そうよ」
シンディの疑問に、セベッタの返答は変わらない。
困惑しながらも、台所に連れていかれたシンディは、テーブルに並んだ豪華な料理を目にした。
数人分の、パンやスープ、サラダに肉料理など、シンディが見たこともない高級料理だ。
農村では、朝は堅いパンを一切れ口にして仕事へ出て、昼は山で木の実を漁る。
収穫を持ち帰って、夜に、多少は腹に収まる料理を口にする程度だ。
高級な商家や貴族は、一日に三度ほど食事をすると聞く。
恐らくは、伯爵様達の用意だろうとシンディは思った。
「おはよう。随分と、ゆっくりだったのね。私はアテンシア。貴女と同じで農村の生まれよ。確か、シンディだったかしら?」
「はい。シンディです。15歳になります」
「そう。私は30歳になるわ」
ここで、シンディに気付く事があった。
「15歳、30歳、45歳。私達は、計画的に揃えられているのですか?」
「頭の良い娘ね。伯爵様からは、いろいろと教える様に言われているから、追々、教えるけど、先ずは、朝食を済ませましょう」
アテンシアは料理の乗ったテーブルに備えつけられた椅子を引いた。
「えっと、この料理は、伯爵様達にお持ちするんですよね?」
シンディの質問に、アテンシアは驚いた。
「シンディ。伯爵様の種族は?」
「吸血鬼だと思います」
「吸血鬼の食事は?」
「血を吸うんですよね?」
ここまで来て、シンディは自分の質問のおかしさに気が付いた。
「じゃあ、後家来衆の食事なんですか?」
確か、執事服を着た獣人とかが居たと、彼女は記憶を引っ張り出してきた。
「それじゃあ、まるで足りないでしょ?」
アテンシアとセベッタは、テーブルに備えつけられた、他の二脚の椅子を引いて、自ら座った。
「え~っ?御貴族様が召し上がるような食事を?」
「これも必要な事なのよ。早く座りなさい」
シンディは、そそくさと食べ始める二人を見ても、なかなか食事に手をつける事が出来なかった。