37 裏切り者
「ちっ!バレていたか」
テイロスは、魔剣に力を込めて、鞘から抜いた。
その黒い刃は、羽織っていたボロ布を切り裂き、黒い衝撃波が獣人へと飛ぶ。
抜き上げた刃は、そのまま頭上で切り返えされ、留めを刺そうと降り下ろされた。
カキン!
その刃を阻む物が、獣人執事の前にあった。
先に放った衝撃波は霧散しており、テイロスの刃を阻んだのは、黒い剣と巨大な人狼だった。
力押しでは敵わないと判断し、テイロスは、すぐに間合いをとった。
「知っているか?魔剣の前では、魔剣の力は霧散すると言う事を」
そう言う人狼は、以前に見たものよりも、一回り大きい。
テイロスには、剣を交えた時に力の差も判った。
「後は、お願いしますよ」
獣人の執事長は一切慌てず、礼をしてから、ゆっくりと退散していく。
テイロスは剣を構え直して、周囲の状況を確認した。
ルティアは熊の魔族と剣を交わし、カルディナは牛の魔族と魔法の撃ち合いをしている。
「なぜ、聖剣が効かぬ?」
「魔剣同様に、聖剣も然り。聖剣の前では、聖剣も只の剣に過ぎない」
見れば、魔族も白い剣で押さえ込んでいる。
力量差は歴然で、遊ばれているのが判る。
「ならば!」
テイロスとルティアは、アイコンタクトをとって、御互いの敵に剣を振るった。
「甘いな!」
魔族の彼等は、空いている手で、それぞれが、もう一本の剣を抜いた。
「魔剣と聖剣を両方?」
手のなくなったテイロスは、後ろの馬車を見た。
彼等が分散して火を放てば、事態は変えられる。
しかし、檻の扉は閉められて、商人が笑っている。
「気でもふれたか?」
「お前に言われたくはないな」
商人の姿は、みるみる二足歩行の狼へと変わっていく。
「人狼か?こいつも!」
檻の中で出れずに騒いでいた農民が、剣を振り回すが、刃先が潰れていて、檻の繋ぎ目を切れない。
「どおせ、死ぬんだ!」
彼等は、檻の中から手を伸ばすと、油の入った樽を引き込み、蓋を開けて、馬車の外へとばら蒔いた。
油の匂いが広がる。
テイロスは、思わず鼻を押さえた。
馬車に備え付けていたランプを、檻の中から掴むと、彼等は油の撒かれた所に、投げ付けた。
一瞬、炎が上がるが、すぐに消えてしまった。
「どうして?」
「剣も、油も、誰が用意したか忘れたのか?樽の中身は殆どが水だ!」
匂い付けの為に僅かに油を注いでいたソレは、表面の僅かな油に引火して、消えたのだ。
「こうなれば!」
テイロスが懐から、黒い玉を出して、地面に叩きつける。
ソレを見て、ルティアとカルディナも同じ様に、玉を出して、叩きつけた。
爆音と共に、辺りには煙りが立ち込め、猛烈な異臭とホコリで、鼻と目が使いものにならなくなった。
「硫黄か?ゲホッ、グホッ、なんて・・物を・・・」
これは、テイロスにも打撃力があるが、判って使う者と、判らずに使われる者とでは、対処が違う。
その隙にテイロス達三人は、その場を離れて、身を隠した。
煙りが治まった搬入口では、執事達が持ち寄った、濡れタオルで顔を拭く将軍達が残った。
「城の内側は、シャーラインの配下が居たな?侵入してない?ならば、外に逃げたか?」
「なんにせよ、この匂いでは、我等に追う事は出来ぬ。シャーラインに頼むか?」
将軍達は剣を納めて、奴隷馬車の方を見る。
悔しそうに睨む四人の農民を笑う人狼は、再び商人の姿に戻っていた。
「先に申し上げた通り、本日の分は見本ですので、この四匹は無料でお納め致します」
「確かに受け取った。今後も商売に励めよ」
「御意」
商人は、笑いながら頭を垂れた。
◆◆◆◆◆
屋敷の裏側で、何回か大きな音がした。
爆発音の様なものもあり、シンディ達メイドも、思わず立ち上がった。
廊下に出てみると、獣人の執事達がタオルケットや水などを運んで、忙しない状態だった。
「何かあったんですか?」
彼女達が聞いても、誰も何も答えてはくれなかった。
「これは、きっと、私関係だ!」
シンディは、先日来、四将軍が滞在中なのを知っている。
そして、それはシンディに関係があるらしい。
シンディは、セベッタ達が止めるのも聞かず、音のした裏手へと向かった。
一階に降りた辺りで、執事長のゼグベストの姿が見えたので、シンディは声をかける。
「ゼグベスト様、この騒ぎは?」
「あぁ、シンディ。裏手で四将軍が魔法の練習をしていましてね。怪我人とかも無く、ボヤ程度なので心配には及びません」
見ると、確かに、煙りは上がっているが、悲鳴とか炎は上がっていない。
実際、将軍達にとっては、練習以下の行為でしかなかったが。
「そうなんですか?」
「はい。汚れるので男連中に任せて、シンディも仕事に戻って下さい」
恐らく、ゼグベストが現場指示を終えたのだろう。
彼は自分の執務室へと歩いていく。
「大事じゃなくて、良かったわ」
シンディは、ゼグベストの言葉を信じて、メイド達の元へと戻って行った。




