36 偽装潜入
目的地を確認したテイロス達は、一度、人族領まで戻り、準備を確認した。
決死隊の商人は、夏頃から修行をしていた。
彼は、目的が出来た事でイキイキとしている。
低賃金で、他の奴隷商を手伝い、付け焼き刃ではあるが奴隷商人と言う仕事を学んできた。
入手が難しい奴隷商の営業権も、教会と軍部のゴリ押しで、正規の物を手に入れている。
彼は行商の途中で魔族に襲われたらしい。
駐屯兵が駆け付け、武器を持っていた彼は助かったが、妻子は助からなかったと言う。
魔族に対する敵意は、それぞれだが、彼は特に激しかった。
テイロスも、この様な親も居るのだなと、感心していた。
「奴隷商の営業馬車も、中古の物を手に入れて、改造しました」
農民は、多くの事を自前でやる。
専門職には勝てないが、ソコソコの形にはなる。
「引火用の灯りは、檻の外からでも、中からでも取りやすくしました」
「武器は、床の下に収納スペースを作りました。見つからずに服の内側に引き込みやすい様にも工夫しています」
職人の綺麗な仕上がりではなく、低予算で修理した感があって、かえって分かりにくい。
「秋で、寒くなるのに備える形で、分厚い巻き布を用意しました。古着感を出すために、油で汚し、穴は空いていますが、中の鎧が見えない様に、二重にしてあります」
ポンチョの様なソレを、試しに着込んでみたが、遜色はなかった。
そのまま街中を進むと、取り引きを申し込む輩が居る程だ。
新顔の奴隷商だから、安く値切ろうと言う魂胆かもしれないが。
準備は出来た。
テイロスは、手配や資金繰りをしてくれた、教会関係者に手筈を告げる。
「七日後に、魔族領に潜入する。教会に御伝え願いたい」
武力を持って、一点突破が勇者らしいのだが、教会側も失敗も出来ないのを理解して、テイロスの奇襲作戦を容認した。
◆◆◆◆◆
「これで、やっと恨みが晴らせます」
「これが成功すれば、俺も冒険者から勇者へと格上げだよ」
「我等は、その姿を見れませんが、更なる御躍進を御祈り申し上げます」
「私達は、頑張りました。必ず成功します。神は、この正義の行ないを見守って下さっています」
馬車の檻では、奴隷に扮したテイロス達が、最後の会話をしていた。
巫女の言葉は、彼等に勇気を与えてくれる。
馬車は間もなく、魔族領へと差し掛かるのだ。
奴隷同士は、あまり会話をしないのを、彼等は観察して学んでいた。
街道を抜けて、グレーゾーンの草原を行くが、明らかに馬車によって均された跡がある。
何故か魔獣の類いは、襲っては来なかった。
テイロスは気付いていた。
この辺りは、魔族の放尿がされているのだ。
その道は曲がりくねり、直接は見えない位置に、魔族の道が隠されていた。比較的近い。
「デコボコ道で、腰が痛いです」
巫女の一人が、声に出した直後、それを覗き見る影があった。
「ひっ!」
決死隊の農民が、以前を思い出したのか、都合よく悲痛な声をあげてくれた。
テイロスと巫女二人は、ボロ布で、顔を隠す。
そして、馬車は停まった。
「以前に書状をお渡しした行商人です。見本の奴隷と、灯り用の油を御持ちしました。御面会は叶いませんか?」
御者台の商人が、頑張って話している。
周りは、角狼に乗った小鬼に囲まれていて、荷台の奴隷達は、震えていた。
いや、本当は、斬り掛かりたいのを必死で我慢していたのだ。
近くだと、フードから見え隠れしている口元が、歯軋りしているのが判る。
『お館様の許可はおりている。先駆けを出すので、俺達に従って、ゆっくりついてこい』
小鬼の言葉に安堵して、馬車はゆっくりと進んだ。
小鬼達の乗った角狼は、馬車を守る様に、見張る様に、周りを取り囲んで並走している。
御者台の商人が、怯える馬を必死でなだめているのが判る。
二時間ほど、ゆっくりと歩んだ馬車の先には、木々の間から白い城が見え隠れしだした。
時間は、昼近い。
この城の主にして、最大戦力であるシュタイナー・V・アルフヘイゼ伯爵は、吸血鬼と聞いているので、襲うなら昼間と言うのが、教会からの情報だった。
それに、暗くなってからの戦闘は、テイロス以外の者には不利だ。
それで侵入作戦は、朝方の決行となったのだ。
もっとも、魔族を怖れる人族商人が、夕方にまたぐ商売をするはずもないので、怪しい行為ではない。
道は、城の裏側へと繋がっている様だった。
少し、回り込む様に進む馬車からテイロスは、中に居る者の気配を感じ取っていた。
『魔族は、たくさん居るな。人族の気配も、幾つかある。裏手の方か?』と、言葉に出さないで、ほくそ笑むテイロスは、行く先の近くにシンディが居る事を喜んでいた。
城の裏手から入ると、馬車は倉庫の前にある、少し広い場所で停まった。
燕尾服を着た、小柄な獣人が、姿を現す。
「当家で執事長をしております、ゼグベストと申します」
獣人は丁寧に頭を下げ、馬車を降りた商人は、頭を下げてから、営業許可書を提示していた。
「始めての御取り引きですね。早速、拝見出来ますか?見本が良ければ、そのまま御取り引きをお願いします」
「こちらこそ、今後も取り引きができればと、思っています」
商人は、獣人相手に汗を拭きながら、必死に対応している。
彼は、馬車の檻の扉を開けて、テイロス達三人を出した。
予定では、ここでテイロスが暴れている間に、他の五人が油を撒いて、城に火を放つ予定だ。
獣人の執事は、鼻をヒクヒクさせてから、表情を変えた。
獣人の、その表情が意味する事を、テイロス達は理解できない。
獣人は、再び頭を下げた。
「お待ちしておりました。勇者テイロス様」




