35 戦の思惑
王城のサロンで、ジーク・カストラ将軍は考える。
平和で怠惰な時代が、続き過ぎた。
王国では増えすぎた人口に対して、耕地面積が不足し、食料生産量が不足している。
一昨年の様に、日照りが続くと、すぐに飢饉が起きてしまうほど、余裕がないのだ。
外国からの輸入により、表向きは安定しているが、実は貴重な資源や技術、資本が流出しており、経済や権力が空洞化している。
諸外国に侵略の手を伸ばしても、結果として、そこの国民を抱え込む形となるし、それを虐殺するのは汚点として歴史に名を残してしまう。
しかし、魔族領ならば、教会の主張を盾に、虐殺しても正義となるだろう。
余剰人口を兵として徴集し、最前線で消耗する事が出きる。
侵入して来た敵を、計画的に商業地区へと誘導する事で、消費層を減らす事も出きる。
政敵の排除により、支配層のダイエットを行ない、減税しながら、税収の割り当てを増やす事が出きる。
商売仇の排除により、市場の独占と経済の単純化が出きる。
貧富の差は広がるが、それさえも、非生産者の削減に繋がる。
戦争に勝てば、領地や耕地面積が増える。
仮に戦争に負けても、魔族は前回同様に、領土の拡張はしないだろう。
戦争は悪しき行為である。
だが、必要な時はあるし、メリットも多い。
なにも、己れの利益『だけ』の為に、行う訳ではないのだ。
御伽噺の様に、魔族側から攻めて来た事は、実は無い。
実際には、魔族が攻めてくる原因を、常に人族が作って来ているのだ。
人族は、常に己れに都合の悪い事のみを隠蔽してきた。
人族とは悲しい生き物なのだろうか?
◆◆◆◆◆
アルフヘイゼ伯爵領には、久々に四将軍が集まっていた。
熊獣人のファルデール北将軍、人狼のミーシェル東将軍、牛獣人のゾーギス南将軍、不死者の
シャーライン西将軍。
そして、その対応には、なぜかシンディがあてがわれている。
「軽食を御持ちしました」
それぞれの将軍は、食生活が違うので、配膳が大変だが、雑食、肉食、草食、生命食と明確なので、間違える事はない。
「お前がシンディか?ふむ、他のとは微妙に違うのだな?」
「匂いによる区別よりも、形状による区別の方が明確なのか」
「色も、若干違う様だ」
「・・・・活性度合いが違うな」
実に三人・・・いや、四人四様な評価を下している。
「私を御存知なんですか?」
「あぁ。伯爵様の贄としては勿論だが、今回の集りにも関係している」
シンディには、心当たりが無いし、何も聞かされてはいないが、聞かされて居ないと言うことは、知らない方が良いと言うことなのだと、教えられている。
業務に関係の無い事は、質問しないのがメイドだ。
しかし、
「なんだ?この剣が気になるのか?」
「はい。前回は御持ちになっていらっしゃいませんでしたし、左右に持たれているのが、珍しくて」
ついつい視線が行ってしまうのは、仕方の無い事で、聞かれた事には答えなくてはならない。
「これは、特殊な剣でな。じきに能力を見せてやるから楽しみにしていろ」
ミーシェル将軍が、刀身を抜いて見せてくれた。
黒水晶の様で、吸い込まれる様な美しい剣だ。
そんな剣に見とれていると、ドアがノックされ、誰かがやって来た。
「シンディ。元気そうだな」
「く、クーデル・・・様」
はじめて名前を呼ばれたシンディは、驚いている。
売買の時は、オイとかオマエとしか呼ばれなかった。
「シンディ。呼ぶまでは、席を外してくれないか?内密な話があるのだ」
ファルデール将軍の言葉に、礼をしてから扉に向かう。
部屋を出る時に、四将軍と話すクーデルの姿が、チラリと見えた。
「いったい、何が有るんだろう?」
「勇者の能力は、豪腕と速度と超感覚。あとは魔力耐性と超再生能力です」
「人狼の能力に近いか?先祖返りか何かか?あの娘には無いのだな?」
「はい。少なくとも、今の所は」
クーデル、ミーシェル将軍、ゼグベスト執事長の三人は、情報の摺り合わせを始めた。
「主な武器は、聖剣一本と魔剣オーレスト。援護は聖剣使いと、魔導師が一名づつと、人族が数名だ」
「よくぞ、そこまで調べたな?」
「なに。情報収集は戦術の基本だからな」
「やれやれ、耳が痛い」
ミーシェル将軍の調べた情報に、他の者達が感心していた。
「その情報の通りなら、勇者とかは、東将軍と西将軍に任せた方が良いだろうな?」
「あぁ。その陰陽コンビなら万全だろう。あとの二名は我らで対応させてもらおうか?」
「あまり、遊びすぎるなよ」
情報と戦力が揃っていれば、戦は難しくない。
ある地方では、これを『己れを知り、敵を知れば、百戦は危うくない』と言うらしい。
正に情報戦こそが、命運を分けるのだ。
「しかし、どの様な隠し玉が有るかも知れません。御用心下さい」
「分かっている。その為に、予備兵力も控えさせているのだ」
ゼグベストの忠告に、シャーライン将軍が答える。
「で、その後は、どうするのだ?反撃にでも行くか?」
「いや、その件は、未だに魔王陛下に問い合わせ中らしい。勇み足をしてはならんが、準備も怠らない様にな」
「「「応!」」」
万全な彼等には、勝つ事しか思い浮かばなかった。




