34 開戦準備
秋。
まず、彼がこの季節を選んだのは、収穫量が多く、そちらに人員と警備を回さなくてはならないからだ。
根拠は、既に冒険者に依頼して、この魔族領から毎月一度の作物搬出が行われている証拠を掴んでいるからだ。
それも、かなりの量だ。
テイロスは、その情報を教会や国に流してはいない。
下手に動かれると、目論見が崩れる。
調査を頼んだ冒険者によると、商人との取り引きは、人族がやっている様だったが、護衛冒険者のガードが堅くて、話ができなかったらしい。
護衛についていた三名の冒険者については、近くの冒険者ギルドに登録は無く、正体不明だった。
既に、アルフヘイゼ領と取り引きのある商人は、当然の事ながら話しすらしない。
領地内には、警備が巡回しており、テイロスでも潜入はグレーゾーンまでだった。
内部の情報収集は、お手上げだ。
今回は、いつもの取り巻きは居ない。
冒険者は特級を除いて、魔族と戦うレベルではない。
逆に、特級は魔族と戦うレベルを想定しているが、これは国からの依頼で動くので、地方防衛には動くが、今回の様な事には使えない。
今回、テイロス達三人の手助けをするのは、一般の農民と、商人の五人だ。
彼等は、魔族の侵入により家族を失った者達で『魔族を殺す為に、死んでくれ』と言う誘いにのった者達だった。
「もう、生きている意味がない。魔族が死ぬところを見れるなら、この命なんて要らない」
「妻子の仇をとってくれるなら、何でもやる」
既に、自殺を考えていた者達を集めた、文字通りの決死隊だ。
「作戦は、こうだ。まず、この魔族領は、人族の商人と取り引きをしているので、商人が接触してきても、無闇矢鱈と襲いはしない」
既に、決死隊の一人が奴隷商人に扮して、接触をしている。
「そして食用などとして、人族奴隷を買い取っている。量は無制限らしい」
魔族領で、人族の肉は需要が多く、幾らでも転売が可能だ。
「俺達は、新規参入の奴隷商人と売買奴隷として、この領地の城まで直行できる準備が出来ている」
見回りの小鬼と接触した時に、秋に見本の奴隷を持ってくると、書面で伝えておいた。
もし、今回が断られて門前払いされても、作戦を変えたり、日を改めれば良いだけた。
「城に着いたら、俺達三人は魔族を殺し回るから、お前達は、油を使って、城に火を放て!勿論、武器も渡す」
奴隷と一緒に、灯り用の油売買も書面には書いてある。
「俺達にも仇討ちをさせてくれるのか?」
「勿論だ。ただ、火を放つのを優先してくれよ。その方が多く殺せる」
決死隊の面々の瞳には、憎しみの炎が燃え上がっている。
◆◆◆◆◆
王都では、軍部が秘かに行動をしていた。
装備の整備、訓練の頻度を増やし、兵站状況の確認と補充。
通常業務内で、支障のない範囲で、準備を始めていたのだ。
部外者からは、『なぜ、この時期に集中して?』と言うくらいには、立て込んではいた。
「先日、教会から連絡が来ましたぞ」
「まさか、教会が実行するとはねぇ」
「一応、去年から準備は開始してましたが、本当にやるとは思いませんでしたな」
「その割りには、新兵の補充をなさっていませんでしたか?」
「なに。足りない部署があっただけですよ。たまたま」
王城のサロンで、幾人かの将軍が御茶を飲みながら、話している。
彼等にしてみれば、動く理由が欲しいだけだ。
「その冒険者とかが、成功しようと失敗しようと、魔族側の怒りを買えば、攻め込んで来るでしょう」
「少数なら、領内に入ったタイミングで。軍規模なら、グレーゾーンでも宣戦布告と受けとれますからな」
「既に、演習訓練の名目で、師団をアルフヘイゼ領の近くに配備してあります。各村には伝令を配置してあり、村が襲われたのを合図に戦闘開始です」
何も起きなくても、支障のない手配はしている。
事が起きれは、『なんと?魔族が攻めて来た?守らなくては!おや、偶然に、こんな所に我が軍が!』と言う展開だ。
そして、王都付近では『日頃の用心の賜物で、防衛体制は抜かりありません』と、個々の株を上げる準備は完了している。
軍部でも、この事を知っている将軍は、半分にも満たない。
彼等の真の目的は、人族の勝利ではなく、邪魔な政敵の排除と、自らの出世だ。
政敵に対して、有事の際の不備を指摘して、失脚するように狙っているのだ。
軍部内部での根回しは勿論、懇意な財界、商人、地方領主にまで、この一年で話しは通してある。
普段は不要な、新型兵器の開発や、防壁の強化など、城の外でも準備をしている者と、していない者との差は、今後に歴然となるだろう。
「外にしろ、内にしろ、戦闘とは、情報と準備が九割なんだよ」
将軍達の茶会は続く。




