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32 権力争い

実質、領土奪取目的だった対魔戦争から三百年以上が経ち、人族人民にとって魔族は、外国と変わりない認識になっていた。


宗教は信仰と言うよりは習慣となり、魔法のある世界では神の奇跡すら信仰の対象とはならなくなっている。


まるで日本の初詣時期だけ詣られる、神社のような状態だ。


『創造主の造りたもうた神聖な大地から、悪しき魔族を祓いたまえ』と言う教会のうたい文句も、教会の中でさえ聞かれなくなってきた。


年々、規模が縮小していく教会にとって、何らかの起死回生策を取らなくてはならない時期は、すぐそこに迫っていたとも言える。


そして、平和が続き過ぎて、その弊害に苦悩しているのは、実は教会だけではなかった。




教会のベネラード枢機卿は、秘密裏にカストラ将軍の元を訪れていた。


「軍の中にも、教会のおっしゃる通り『魔族討つべし』と叫ぶ声はあります。まあ、そのテイロスとかの実力が本物ならば、卿のおっしゃる通り、軍勢を率いる理由にはなるでしょうな」


軍部の彼等に信仰心が無いのはわかっているが、この話は彼等にも利益のある話だ。


「どの様に証明せよと?」


協力する為の打開策が有るならば、それを聞き出すのも、枢機卿の仕事だった。


「試しに、その勇者で、魔族領の一つでも落として見せれば、人族も魔族も、後には引けなくなるでしょう」


将軍の口元に悪い表情が浮かぶ。


「強制的に、開戦に持ち込む訳ですな?」


枢機卿の口元にも悪い表情が浮かんだ。


「平和が続き過ぎ、組織は無能な跡継ぎが世襲して腐っている。出世の機会のない多くの者が、チャンスを望んでいるのも、また確かですから」


将軍は、自分達にも十分なメリットが有り、開戦を望んでいる事を仄めかす。


「それに、始まってしまえば、わざと魔族の一部を人族領土に引き込み、国防の大義名分を用います。そうすれば、協調派や穏健派など抑える事が出来ます」


更に将軍は『開戦してしまえば、どうとでもなる』と、相手を安心させる言葉を吐くが、いざとなれば『教会が勝手に争いを起こして、その尻ぬぐいだ』と責任転嫁する準備もしているのだ。


たぶん枢機卿も、それに気付いているのだろう。


「それは、戦略と言うものですか?イヤだイヤだ」


枢機卿は冷たい視線を将軍に浴びせる。


「教会の狸に言われると、心外ですな。」


将軍も、権力復興の為に軍部を利用しようとしている教会の思惑は理解して、冷たい視線を返す。


「フフフフ・・・」

「フフフフ・・・」


二人は密室で、秘かに笑いあった。




◆◆◆◆◆




「ベネラードよ。軍の確約は得られたか?」

「法皇様。あちらも、中々のタヌキでございます。こちらを良い様に利用しようとしております」


法皇とて、ノーリスクでリターンが得られる等とは思っていない。


「御互いに、利用し合うのは、仕方の無い話よ。あとは、くだんのテイロスと、失敗した時の対処だな」

「はい。テイロスは、あの魔剣に興味津々ですので大丈夫だと思います。二人の巫女を監視として付けますし。」


枢機卿は、テイロスの対応を見て確信している様だった。

そして、更に続ける。


「失敗を考慮して、あくまでテイロスの単独行動とする為に、教会からの勇者認定は成功後とするのがよろしいかと存じます。さいわいにも、巫女二人も、外部には知名度が有りませんので、教会の無関係を言い張れます」


腹黒くなくては、組織の上部には行けないのかも知れないが。






そして数日後、テイロスは再び教会を訪れていた。


「先の勇者の件は、引き受けたいと思いますが、何からやれば良いのですか?」

「おお!それは重畳ちょうじょう。そうですなぁ。軍を率いる為にも、魔族に対する実績を示す必要があると思います」


ベネラード枢機卿の言う事は、もっともだ。


「勿論、テイロス様のこれまでの実績は素晴らしいものですか、軍には『魔獣と魔族は別物』と言う輩も少なくありません。ですので、少数で一つの魔族領を攻略していただきたいのです」

「いや、いくら聖剣や支援とかが有っても、少数で領地ひとつは無理でしょう?」

「敵兵を皆殺しにしろとは申しません。伝説の勇者同様に、一点突発して、領主のみを倒していただければ結構です」

「それさえも、なかなか難しい話しですよね」


不可能では無いかも知れないが、確証や自信がある訳ではない。


「はい。ただ、この仕事は、テイロス様しか出来ないでしょうし、将来的に、貴方以上の勇者が現れる可能性も難しいのです」


教会の存在意義にも関わる、この戦争に、枢機卿の思いがこもっている様に、テイロスには感じられた。


「判りました。御引き受けしましょう。で、特に目標としている領地等は有るのですか?」


テイロスは、あえて問う。


「実績としては、人族領に近く、ある程度は大きい領地が望ましいのですが、特に決まってはおりません。一応、候補は出してありますが」


枢機卿の出す書類に目を通したテイロスは、表情を押さえるのに必死だった。


「私の情報網では、このアルフヘイゼ領と言うのは、広さの割りに、兵が少ないらしいので、手頃なのではないでしょうか?」


嘘だ。

近くの人族集落に、魔の森の作物などを卸している者がいる事から、農地が多い事と、消費する軍隊が少ない事が『予想できる』に過ぎない。


テイロスにとって、領主の首は勿論、軍隊や人族の旗印など、どうでも良いのだ。


武器を持って、アルフヘイゼ領へ侵入し、シンディを助けて逃げるつもりなのだから。


敵軍隊が多かろうと、少なかろうと、決行は決まっているのだ。


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