30 教会参拝
虎狩りから帰った数日後、テイロスはギルド長リノータスに呼び出されていた。
例の『貴族様』関係らしい。
取り巻きは待たされ、テイロスだけが執務室に呼ばれた。
執務室には、見慣れぬ貴族らしい人が、同席している。
「依頼人が非常に御満足でな、報酬の金貨百枚と、報償金の五十枚の他に、何か欲しい物は無いかと申されておる」
テイロスとしては、先ずはコネクションだけと思っていたのだが、意外と手間が省けたと皮算用をし始めた。
彼が求める物は、魔族を倒せる武器であり、その為に遠回りをしているのだ。
依頼人が、誰か解った段階で、武器の調査はしておいた。
ここは、『何も要りません』と断るのも手だ。
しかし、ダメ元ではあるが・・・
「そうですね。魔族領深くに入る仕事が有るので、万が一に魔族と出会った時の対処に、聖剣とか貰えませんかね」
「七聖剣のうち、第一聖剣であるアルプァか?気持ちは分かるが、いくらなんでも国防の要を冒険者に渡す事はできんだろう」
ギルド長は、後ろの貴族にアイコンタクトを取って、確認している。
恐らくは、宮殿の役人なのだろう。
聖剣とは、魔族に対抗する為の武器で七本存在し、有事の時の為に備えられている。
「そうですよねぇ。じゃあ、俺のより、強力な剣とか有りますか?」
テイロスは、自分の剣を抜いて見せた。
ギルド長が貴族の方を見ると、彼が首を左右に振る。
ギルドにあった最強剣をへし折った彼に見合う、実践的武器など、そうそう有る物ではない。
テイロスの剣にしても、金貨二十枚を注ぎ込んで、戦争時の剣を改造した特注品だ。
「じゃあ、こんな特注品を手掛けられる有名な鍛冶師を御紹介下さい」
この要望には、貴族も了解した様だ。
何も、物に限らなくとも、テイロスに有益な事は沢山あるのだ。
◆◆◆◆◆
噂は広がる。
庶民の噂は、庶民の間で。
高貴な者達の噂は、高貴な者達の間だけで広がる。
しかし稀に、階級や職業に関係なく広がる噂がある。
超特級冒険者テイロスの噂は、内容こそ違うが、王都中で囁かれていた。
「では、あの敷物は、テイロスとやらが一人で仕留めたと申すか?」
「はい。同行した冒険者からの情報です」
法皇は、枢機卿からの報告書の束を手に、その最新情報を聞いて驚愕していた。
「奴の武器は・・・大振りではあるが、特別な能力がある訳では無いのだな?ならば、そやつが真聖剣を手にしたなら・・・」
「ルティアを凌ぐ使い手になるやも知れません」
法皇は、決断した。
「よし!直接会おうではないか。手配は頼むぞ」
「御意」
枢機卿は、数人の配下を従えて、街中へと消えていった。
「教会から呼びだし?」
テイロスが寝泊まりしているギルドの寮で、取り巻き連中が駆けてきた。
彼は、教会に睨まれる様な事をしたかと、思い起こす。
『まさか、人狼を喰った事を知られたか?』と、テイロスの脳裏に浮かんだ。
「確か教会って、魔族とか穢れた者の廃絶を謳ってたよね?」
「はい。人族こそが神に選ばれた存在として、他の廃絶を唱えています」
ギルドの教育で思い出した事を確認してみた。
なので、一旦は断ろうと思ったが、武器について調べたテイロスの記憶が、それを翻えさせた。
「無下に帰すのも、あとあと面倒だ。話だけでも聞こうじゃないか」
いざとなったら、逃げ出せば良い。
金は、大半が秘密の場所に隠してある。
魔族領の地図もあるし、王都以外で武器を揃えて、アルフヘイゼ領に押し入るのも可能だ。
テイロスは、教会の馬車に乗って、王都の大聖堂へと向かった。
「こんなに大きいのか?」
城ほどではないが、純白を基調としたもので、荘厳な雰囲気を醸し出している。
だが、よく見ると、掃除とか修繕が行き届いていない様で、噂に聞く教会の現状が伺える。
「どうぞテイロス様、こちらへ」
「武器は、ここでお預かりします」
「いや、この方は良いのだ」
「承知致しました、ベネラード様」
入り口での、案内役と受付とのやり取りを見ながら、テイロスは教会の奥へと進んでいく。
修道士や神父らしい人達が、皆、道をあけて、頭を垂れている。
よほど、高位の役職なのだろう。
奥まった所で、少し装飾が豪華な区画が見えてきた。
「うっ!」
その区画に入ろうとした瞬間、テイロスの肉体は、見えない雷の壁に弾かれた。
「テイロス様、どうなさいました?」
「いや、何か見えない壁が・・」
案内役は、目を大きく見開いた。
「テイロス様は、呪われているのですか?」
「冒険者は、多かれ少なかれ、呪われているのでは?」
恐らくは、何かの結界が有るのだろう。
テイロスは、農民時代に冒険者から聞いていたし、王都で調べてもいた。
特殊能力のほとんどは、先祖に魔族の血が混じっている者の隔世遺伝だし、冒険者の筋肉増強剤は魔族領特有の素材から作られる。
ごく一部に、魔族に関係のない能力者も居るが、大半は、そうまでしないと、また、その様な者を使わないと、人族は魔獣や魔族に対応ができないのだ。
「そうでしたな。では、こちらを御持ち下さい」
案内役の出したペンダントには、何かの魔方陣が刻まれている。
「これで?・・・っと、本当に大丈夫だ」
ペンダントを着けると、テイロスは、無事に進む事が出来た。
その後に着いた部屋で、豪華なソファに座らされて待っていると、しばらくして、初老の人物が入ってきたのだ。
多分、高位の人物だと思い、テイロスは立って挨拶をした。
「はじめまして、テイロスと言います」
「これは、これは、急に御呼び立てして申し訳ありませんな?法皇をやらせていただいておりますセンドリックと申します」
「えっ?法皇様ですか」
テイロスは、思いっきり頭を下げた。
学んだ礼儀に従い、偉い人が座ってから、着席をする。客かどうかは、関係無い。
「それで法皇様が、私の様な者に何か御用なのでしょうか?」
「今をときめく、超特級冒険者のテイロス殿が、何を仰るのですか?いや、少し御意見を伺いたいと思いましてね」
法皇は、案内役が出したお茶を口に運んで、一服おいた。
「テイロス殿は、魔族について、どの様に思っていらっしゃるかと?」
有名になったとは言え、武器を持った冒険者を法皇に直接会わせるのだから、かなりの下調べはしているのだろう。
下手に嘘をでっちあげるよりも、部分的に本当の事を言うのが利口だ。
「憎くもあり、ありがたくもあります」
「ほう!それは?」
テイロスは、出されたお茶を一口含み、考えをまとめてから、話し始める。
「先祖の呪いとは言え、この様な肉体になったせいで、穏やかな農民生活から命懸けの生活になったのは、元凶になった魔族を憎く思います」
「ほう?」
「しかし、この力で、奴隷に売られた妹を探しだし、取り戻す財力を確保できるのは、ありがたく思います」
教会は、反魔族と聞いているが、相手の目論みが判らない内は、どちらにも取れる返答が正解だろう。
法皇は少し考えて、本題に入った。
「テイロス殿。教会に協力して、魔族を討っては頂けないだろうか?」
話の流れから、予想された内容であるが、一応は驚いてみせるテイロス。
「国内で、魔族が暴れているのですか?それなら、一介の冒険者である私よりも、軍隊に申し出られた方が」
「いや、そうではない。教会の旗印となって、後々には国軍の象徴的存在になって欲しいのだ」




