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29 魔獣虎狩

翌朝、彼等は馬車に乗っていた。


「いやはや、この馬車で、この値段は、掘り出し物だな?」

「大将に恩を売って、先々で便宜をはかってもらうつもりなんじゃないのか?」


王都冒険者二人の会話に、テイロスと古株二人は、既に疲れていた。

『国王陛下ってば、そんなに早くデビルタイガーが欲しいのかよ!』と叫びたい三人は、それを我慢し過ぎて疲れていたのだ。


さて、二日かけて、虎の生息地に近い、人族の村に着いたテイロス達は、水と果物類を補充して、早速、魔の森へと走り込む。


ゆっくり移動していては、魔獣と不要な戦闘をしなければならない。

かと言って、馬を使うと、森や崖を通れない。

彼等は、時間節約の為に遠廻りはせず、森だろうと崖だろうと、ほぼ直線に進んだ。

お陰で前方から来る魔獣以外は、追随できないでいる。

そして、その様な魔獣は、テイロスによって斬り捨てられていった。


「足の・・・・速い・・・・冒険・・・者を・・・・選らんだ・・・・」

「おい、新入り!ペースを掴むまでは、喋らない方が良いぞ」

「はい・・・わか・・・」


王都から来た冒険者二人は、テイロスの高速移動に慣れていない。

喋るのもやっとで、なんとか付いてきている。


定期的に休憩を取れば、荷物持ち四人は、大地に大の字になって休んでいる。

テイロスは、水もろくに飲まずに、周りを警戒し、時おり突っ込んでくる魔獣を瞬殺していった。

たまに、大物が捕まると、血抜きをしてから、その毛皮を身体や衣服に擦り付けている。


「途中で大将が斬り捨てた魔獣を拾ったら、いくらになるんだろう?」

「それにしても、大将は化け物ですかね。あれっ?あれは、何をしているんです?」

「テイロスさんがやっているのは、人族の匂いを消す為に、魔獣の体臭を塗っているのさ。俺達もやるぞ。ああ、小さい魔獣のはダメだ。獲物と間違えて、大型魔獣が襲って来るからな」


何度かテイロスと一緒に、魔族領の奥まで行って泊まった事のある古株冒険者は、既に手順を把握している。


野営でテントを張る時は、その廻りを、テイロスが小便でグルリと囲んでいた。

彼の体内にある人狼の臭いが、一種のマーキングとなり、他の魔獣を寄せ付けないのだ。


一応、交代で見張りはしているが、冒険者達は『テイロスと一緒だと、なぜか夜も安全』としか理解していない。


途中で道を逸れたと思ったら、地図にも載っていない水場を見付けて、水筒を満タンにしていく。


「なんで、大将と一緒だと、こんなに安全なんですか?木の実とかも探してくるし」

「うちのギルドでテイロスさんと同行した奴は『一生涯、荷物持ちで構いません』って言う奴ばかりだぞ」

「あー、ここまで凄いと、その気持ちも解りますね。俺も結婚したいかも」

「おいおい!冗談なら口にするなよ、テイロスさんはソッチの気が有るかも知れないからな。王都で娼館へ誘った時も・・・」

「そう言えば、大将だけ行きませんでしたね~若いから童貞の為かと思いましたが・・・俺、王都に帰ったら、下半身を念入りに洗っとこう!」

「ダメだ、コイツ!壊れはじめてやがる」


そんな、やり取りをしながらも、数日で、魔獣虎の生息地に近づいてきた。


「大将、ここは凄げーよ!疎らだけど、こんなに沢山いるなんて、信じられねぇ」

「分かるのかい?」

「ああ、俺の特技は探索なんで、位置と、大体の種類はわかるんだ」

「凄いな!」


そう言っているが、テイロスも知覚していた。


魔獣に見つからないのは、風下から近付いているのと、低級な虎であるヘルタイガーを仕留めて、匂いをつけているからだ。


「あれ?なんか、動きが変わったぞ!」

「確かに。いや、奥から、何かが近付いて来ていて、それから逃げているみたいだ」

「さすが大将だ。俺はソコまでは分からないが・・・コレか?やはり虎の様だが」


テイロスは、素早く近くの木に登って、彼方の様子を伺う。


「なんか、白くてデカイのが、向かって来ている。お陰で、他のが逃げはじめているんだ」

「逃げますか?大将」

「いや、なぜか、こっちに気付いているみたいだから、倒さないと逃げ切れないだろう」


たぶん、テイロスだけなら逃げきれるが、仲間を見捨てると、帰ってからが厄介だ。


「変種かも知れないが、同じデビルタイガーなら、仕留めてみるか?戦いかたを工夫しないとダメだろうなぁ」


テイロスは、冒険者達に指示して、魔の森の木で、手首くらいの太さの槍を作らせて準備した。


迫って来たのは、虎魔獣の主的存在であり、他の魔獣が気付かなかった人狼の気配に気付いていたのだ。

奴は、縄張りを守るために、侵入してきた人狼を追い払おうとしていたのだった。


完全に、匂いを消したつもりのテイロスには、全く理由が掴めなかった。


「さて、じゃあ、御出向かいしますか」


テイロスは茂みから出て、少し広い所で愛用の武器を持って仁王立ちした。

近付いて来た虎は、テイロスと間合いを取って向き合うと、歯を剥き出しにして威嚇し始めた。


彼が左右に動くと、虎も対峙する様に移動する。

後ろに下がると前進し、前進すると鳴き声と前足で威嚇する。


「コイツ、何がしたいんだ?」


彼等には、縄張りを人族風情から守ろうとする虎の気持ちが解らなかった。


「このままじゃあ、ラチがかあない!」


テイロスは、思いっきり前進して、戦闘に持ち込む。

虎は持ち上げた前足を降り下ろして、爪による攻撃をしてくるが、テイロスが深く踏み込み、剣の峰打ちで、二の腕辺りを打ち上げて、防ぐ。


「切り落とせれば簡単なんだがな~」


ボヤキながらテイロスは、交互に来る爪の攻撃を、峰打ちの連打で防ぐ。

虎の攻撃は猫と同じで、座り込んでの前足パンチだ。

剣の何発かが、関節に当たったらしく、やがて虎は片方の前足を上げなくなった。


「そろそろか?」


虎は片手と噛み付きによる攻撃に変更しだし、前後左右に移動しながら攻撃するテイロスに、必死に対応していた。


テイロスが、剣を左手に持ち変えると、その後方から例の槍が飛んできた!

上級冒険者数名による投擲は、背後の茂みから、テイロスの肩口を狙う様に真っ直ぐ飛んでくる。


虎は風を切る異音に、両の前足を着いて、威嚇を含めて大きく吠えた。


まるで後ろが見えていた様に、テイロスはタイミングを合わせて身体を左にずらし、飛んでくる槍を掴んでは、軌道を調整し、減速無しで更に加速させなから、虎の咆哮目掛けて撃ち込んだのだ。


テイロスの頭部を目掛けて開いた、大型の虎の体格は彼の読み通りで、口から入った槍は、そのまま喉を貫通し、背骨に添って肺や心臓にまで到達した。

テイロスの剛力が無ければ、無理な力技だ!


衝撃で、四肢を伸ばした虎は、口元に届いたテイロスの手によって押し留められ、そのまま地べたに落ちた。




四日後、馬車を止めておいた村をテイロス達は出発し、二日後に王都へと戻った。


ギルドに着いた彼等は、ギルド前に留まる豪華な馬車と、兵士達を見た。


搬入口にはギルド長と、豪華な服を着た紳士が立って、待ちわびていたのだった。


「早く見せろ!インペリアルタイガーを獲ってきたらしいじゃないか?」


紳士が、興奮状態で駆け寄って来た。


「はあ?変種みたいですが、デビルタイガーじゃないんですか?」


搬入スペースに皮だけになった虎を広げる。


「こちらは、依頼主の貴族様だ。検品に見えられた」


ギルド長が、苦い顔で紹介する。

恐らくは村に配下が居て、品を見て先触れを出したのだろう。


「やはりコレは、デビルタイガーの上位種、幻のインペリアルタイガーだ。古き伝承にしか無い貴重種。凄いな!全く傷が無いではないか!」

「そうなんですか?デビルタイガーじゃないなら、依頼と違いますから、再度、獲り直してこなくちゃあいけませんね?コレは、このまま、処分しましょう」


テイロスは、広げた毛皮に向かって、剣を振り上げた。


「待て、何をする?コレで良い」

「でも、依頼と違いますので」

「いや、御主おぬしが言うなら、コレは、デビルタイガーの変種だ。依頼達成、御苦労だった。珍しい変種なので、少し上乗せしようではないか」

「依頼主様が、そう、仰有るのであれば」


テイロスは、頭を下げて、その場を去る。


実は持ち帰る途中で、上物とは判っていたが、別物と言われた時の対応を、幾つか考えていたのだ。


「あー、これで、当面は自由だ!」


その後、国宝にインペリアルタイガーの敷物が増えた事は、庶民の預かり知らぬ事だった。


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