23 春の騒動
「太っただけだと思ってたら、何してるんだよ!いったい?」
テイロスの家から、大きな声がした。
勿論、テイロスの声だ。
「だから、今度の初夏には産まれるんだよ」
「違うだろう?口減らしの為に、シンディを奴隷に売ったのに、また食いぶち増やして、どうするんだよ?」
テイロスの両親は、今年で33歳になる。
確かに、まだ子供を産める歳だが、それを容認できるテイロスではなかった。
「シンディのお陰で、この子の食費は、大丈夫だから」
「それって、目先の話だけだろう?」
「でも、出来ちゃったものを、そんな事言っても」
「出来ちゃったじゃなくて、出来る様な事をしたんだろう?自主的に!」
テイロスも子供ではない。
赤ン坊が出来るには、どうする必要があるかは、一応は知っている。
シンディが売られた時に、母が落ち込んだ事も、男女間で慰める為に、そう言った行為をする場合がある事も、知識としては、知っている。
だが、許せなかった。
妹は、金儲けの為に売られた様にしか感じられなかった。
怒りを、ぶつけたかった。
父親としては、息子に殴られて終わりたかったのだろうが、今のテイロスが父親達を殴れば、どうなるかは、テイロスにはわかっていた。
彼は、握り拳を掲げたまま、ドアを開けて、家を出ていった。
「ダメだ、ダメだ、この親は!ダメだ、ダメだ、この村は!ダメだ、ダメだ、この世界は!」
そう呟きながら、テイロスは森の奥深くへと消えていった。
その後、轟音がコダマして、十数本の大木が、森の中ほどで倒れていった。
夕方、村の酒場には、森から帰ってきた冒険者達に混じって、テイロスの姿があった。
ブツブツと呟く彼の前には、中樽が三つ並んでいた。
「よう、農民。けっこう飲んでんじゃねーか!金が有るなら、少し奢ってくれよ」
稼ぎの悪かった冒険者が、数人でテイロスに絡んできた。
獲物を手に入れられるかは、時の運なので、そんな日が続く事もある。
「冒険者さん、今日は機嫌が悪いんで、構わないでもらえませんか?」
酔えない身体に、表情が歪んでいたテイロスを、冒険者は敵意と見たのだろう。
「おい、テメエ。非力な農民の癖に、冒険者を舐めてんじゃねぇぞ!」
冒険者の一人が、テイロスの襟首を締め上げる。
テイロスは、意に関せずと言った感じで、在らぬ方を見たまま、仏頂面を続けていた。
「お客さん、騒ぎは辞めて下さい」
ルーデリアが店員として、割って入るが、仲間の冒険者に引き剥がされる。
「おい、ここじゃあ狭い。表へ出ろ!」
冒険者は、力任せにテイロスを外へと引きずり出した。
何人かの冒険者も、酒の見世物として、見物に出た。
「機嫌が悪いって言ってるでしょう?やけ酒の邪魔をしないで下さいよ」
テイロスは、フラフラと立ち上がりながら、不機嫌そうに叫ぶ。
「テメエの機嫌なんて、知った事かよ!」
テイロス一人に、四人がかりで殴りに掛かるが、のらりくらりと避けていく。
捕まえようとするが、伸ばした手を叩かれて、身体を掴む事が出来ない。
「チョコマカと、メンドクセイ!」
一人が剣を抜いたのを皮切りに、思い通りにならない全員が、剣を抜いてしまった。
「テイロス!」
「おい、おい、おい、洒落にならねえぞ!」
ルーデリアの声を筆頭に、周りの冒険者達も、騒ぎだした。
下手に手を出すと、彼等さえ無事に終わるか判らない。
酒の席とは言え、素手の農民一人を相手に、四人で剣を抜いては、人死にがでて、ただでは済まないだろう。
「あ~あっ、剣なんか抜いたら、怪我人が出ますよ」
テイロスが落ち着いて口にした言葉に、冒険者の方が、キレてしまった。
「死ねや、農民!」
凄まじい降り下ろしだったが、テイロスは少しだけ横にずれて、それを躱した。
降り下ろされて、止まった腕を、横から両の手で上下から挟む様にうち据えた。
「うがぁぁぁ~!」
右腕の肘が、あらぬ方に折れ曲がり、ブラブラしながら、男は倒れ込んだ。
「何しやがる!」
別の男が斬りかかるが、降り下ろすよりも先に、テイロスの蹴りが、男の膝に直撃して、体勢を崩した。
三番目の男が刺しにかかった剣の平を、素手で叩き落とし、その肩に踵落としを打ち込む。
最後の男は二刀流だったが、その手首にチョップを喰らい、刀を落としてしまった。
門鳥打つ四人を見下すテイロス。
「言い掛かりを付けてきたのは、そちらですからね?剣まで抜いて。冒険者なら、命懸けなんでしょう?」
そう言うと、四人の両膝を、次々と踏み抜いていく。
全ての膝が横向きに曲がっていく。
既に悶絶していた彼等からは。声にならない叫びが漏れた。
更には、地に落ちた剣を拾い、一本、一本、素手でねじ曲げてゆく。
「だから、怪我人が出るって言ったでしょ?非力な農民に負ける上に、武器までオモチャなんて、偽冒険者が粋がるんじゃありませんよ」
テイロスは、ゆっくりと店へと戻るが、見物していた冒険者達が、一斉に左右に逃げた。
「ルーデリア、酒の追加を頼むよ」
見送る冒険者達をよそに、テイロスは、何事も無かった様に、自分の席に戻った。
外の四人は、死んでは居ないが、二度と歩けずに、どこぞで野垂れ死んだらしい。




