20 人狼の牙
テイロスは、川で五日ぶりくらいに真水を飲んでいた。
デスラビットの血肉を食ってから三日。いまだに死ぬ兆候はなく、むしろ以前より元気かもしれない。
デスラビットの獲物を探す能力は素晴らしく、毎日の様に魔獣を見つけては、食べていた。
そしてテイロスに分かったのが、複数の種類魔の獣を食べれば、複数の能力が手に入ると言う事だ。
川の位置も、この能力により、水の匂いを嗅ぎ付けたのだ。
水場には、多くの生物が集まるので、獲物にも困らないかも知れない。
テイロスは、着ていた衣服を脱いで、川の水で洗っていた。
村で着ていた衣服を、高い木の枝に結びつけて干す。
次に、血塗れの武器を洗った。
鉈とは言え、武器が有るのは魔獣に対して大きな利がある。
数の不利と、猫科動物の爪さえ気をつければ、 腕と武器の存在は、無敵にも思える。
魔獣の毛皮を使った外套は暖かく、冬の夜もなんとかしのげたが、やはり、ちゃんとしたナメシを行わないと硬くなるばかりだ。
村でもやっていたが、その為には大量の水が必要だったので、川の発見は多くの点で、大収穫と言える。
材料は足りないが、代用品を使って皮をナメシて、防寒着と下着のような物を作った。
糸はロープを解き、針は獣の肋骨を小刀で細工した。
衣類を干し終わってから、川に入り、改めて身体を洗いながら眺める。
以前とは比較に成らないほど、たくましくなった肉体。
小さな気配すら感じ取れる能力。
「これで死ななければ、冒険者に成れて、シンディを助けに行けるのに!」
思い出す度に、怒りと絶望感で涙が込み上げてくる。
テイロスは、涙を川の水で洗い流し、以後は何も考えない事にした。
ソレから数日間。
テイロスは、川のほとりで、常緑樹の枝に隠れて獲物を待った。
これは、豹などの戦法で、有益なはずだったが、予測に反して獲物は角狼一匹だけだった。
既に、冒険者の言っていた変異が始まったのか、体毛が濃くなり、爪が硬くなっていた。
久し振りの獲物を鉈で倒した後には、獲物に爪を立て、歯で直接に喰い千切って生肉を食べていた自分に、ハッとしていた。
「そろそろ、死ぬんだろうなぁ」
豹変した自分の行動に、必死で抗うが、以後の空腹で時々意識が遠退くのが分かる。
飢えるほど、獣になっていくのだ。
自作の革服を噛じって空腹を堪えた。
冒険者の言っていた『数日で肉体が変質して死んだ』と言うのが、病死なのか、仲間を襲って討伐されたのか、予想がついてきた。
「今なら、人族も襲ってしまいそうだ。兎に角、獲物を食わなくては」
そうやって、川沿いを見張っていた彼は、風を切る音と、気配で、隠れていた木の枝から飛び降りた。
バキバキッ
一瞬遅れて、乗っていた枝が折れて落ちた。
その影から、ゆっくりと立ち上がる姿に、テイロスは冷水を浴びせられた様な感覚を覚えた。
「グルルルル・・」
低い唸りを上げ、テイロスを睨んでいるのは、二足歩行する巨大な狼。
「じ、人狼?」
実物を見た事はないが、戦争の時に人族とも戦い、知性も有るが強靭な不死の肉体を持つと言われる魔族だ。
しかし、ヨダレを垂らし、唸り声を上げる、その姿が、伝承に疑問を持たせる。
「どこまで本当か判らないが、不死の能力を手に入れられば・・・」
人狼は、そのモーションが大きい故に、小動物並みの反射神経を持つテイロスには、なんとか凌げていた。
襲い来る人狼を、動物的ステップと速度で巧みに躱し、木々の障害物を使って逃げては、隙を見て鉈を打ち込む。
テイロスも左手に傷を負ったが、かなりの傷を人狼に与えていた。
余りの空腹で、途中で意識が跳んだが、獣の本能が身体を動かしている。
背後から、人狼の頭部に鉈を打ち込む寸前で、テイロスの意識は本能に飲まれて消えた。
◆◆◆◆◆
どれくらいの時がたったのだろう?
テイロスは川辺で半身を川に浸している状態で、目覚めた。
片手には真新しい肉片が握られており、反射的に口に運んだ。
意識は朦朧としているが、身体に付いていた傷が、みるみる回復していくのが判る。
「俺は勝ったのか?」
周りに人狼の姿は無い。
空腹感は無いので、また我武者羅に食べたのだろうか?
川から離れて戦った記憶が有るが、場所までは分からない。
破れてバラバラになった革服が、川の所々に引っ掛かっている。
テイロスは全裸だった。
「あれは、もう使えないな」
革服の切れ端を見ながら、辺りを見ると、川の散策で見回った範囲である事が判った。
テイロスは鉈を拾い、川沿いに川上を目指す。
人狼を食ったせいか、更に身体能力が向上している気がする。
体毛が普通に戻り、身体も幾分か元に戻っている様だった。
「魔族を食った効能か?上手くすれば・・・」
テイロスの脳裏に、愛しい妹の笑顔が浮かぶ。
拠点に戻った彼は、隠していた人族の服を着込み、荷物を纏めた。
辺りで一番高い樹に登り、周囲の空気を嗅ぎ分けた。
「流石に犬科の鼻は、凄いな!村の方向は・・・・・こっちか?」
テイロスは人族の匂いを頼りに、途中で獲物を食らいながら、その後一週間で魔族領の脱出に成功した。
一部、ヴァルヴレイヴのオマージュがあります。




