19 魔獣の食
昼を回った頃だろうか。
暫く歩いた、テイロスは懐かしい顔を見つける。
白い姿に、小さな角。
先日の個体と同じかどうかは、判らない。
その体内に流れるであろう血の脈動を想像して、彼の喉の血管が、大きく脈打つ様な感覚を覚えた。
「飲める・・・」
正直に言って、彼は正常な思考が出来ていない。
デスラビットを見たテイロスの右手は、鉈に掛かっていた。
時間の流れが、ゆっくりに感じる。
彼の方を睨んで、ステップを刻み始めるデスラビットの姿が見えると、テイロスの指に力が入る。
地上生物は、空中移動中にはコース変更が出来ない。
テイロスは、デスラビットが、最後に大きくジャンプして、飛びかかって来るのを待っていた。
それは、デスラビットにとっては、最初に直立生物を怯ませる攻撃だったのかも知れないが、テイロスには切れかかった集中力を使いきる、最初で最後のチャンスだ。
放物線を描いて、テイロスの頭を目指して飛んでくるソレの軌跡を読む事は。球遊びをした事のある者には難しくない。
テイロスは、出しうる力の全てを、この一振りに込めた。
鉈が、デスラビットに直撃したのを確認して、彼は全身の力が抜け、バランスを崩して地面に倒れ混む。
「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ」
浅い呼吸を繰り返し、呼吸が整いはじめてから地面から身を起こした彼は、周りを見回して、地面に転がる白い物を見つけた。
やはり乾きが、彼の全てを狂わしていたのだろう。
鉈でデスラビットの首を斬り、動物の血抜きさながらに、口の前でソノ脚を天高く上げた。
デスラビットの首をくわえ、その切り口から滴り落ちる血を、飲み込んでいく。
最後は、頬をへこませて、吸い出す様に飲んでいた。
「はーっ、はーっ、はーっ・・・・」
再び呼吸を整え、舌舐めずりをしながら、彼はデスラビットの胴体をみていた。
一瞬、妹の顔が浮かんだが、この状況は絶望的過ぎる。
「どうせ、直ぐには死なないんだろう。同じ死ぬなら・・」
彼は鉈で手足の先を切断し、小刀でデスラビットの皮を剥ぎ、内蔵を切り出して眺める。
ふだん食べている動物の肉のイメージを、その塊に重ねて恐怖心を払拭しているのだ。
捕りたての生肉を食べた時の事を思い出し、その肉を一口大に切り出して、口に運んだ。
「毒がある割には、意外とイケるな!」
毒草の様な苦味やシビレは感じられない。
生臭い体液も、渇き飢えた肉体には苦痛ではない。
地面に腰を据えて、関節にナイフを入れて、バラバラにしていく。
骨についた肉片までも丁寧に削ぎ落とし、ほぼ無くなった頃に、やっと彼の胃袋は満足した様だった。
木の実が空になった袋に、余った肉を放り込んでから、テイロスは地面に大の字になって、天を仰いだ。
久し振りに、落ち着いていた。
満腹感は、一昨日の夕食以来だ。いや、ソレさえも空腹感を忘れる程度の食事だった。
身体の中を、血が巡るのが判る様だった。
腹が膨れると、生き物は落ち着いてくる。
テイロスも地面に寝そべりながら、森の様々な音を楽しんでいた。
風の音、葉や枝のぶつかる音、鳥の囀ずり、獣の足音、その息遣いと匂い。
「・・・・・・獣の足音?」
それは、一キロ近く遠くに感じられた。
だが、間違いない。
風に乗ってやって来る匂いも、獣の匂いだ。
だがテイロスは、己の感覚を信じられなかった。
こんな事は、有り得ない。
「なんだコレ?なんだコレ?有り得ない。幻覚か?毒の影響か?」
起き上がり、意識を集中すると、小さな虫の胎動まで聞こえる感じがした。
「ついに狂ったかのか?とりあえず、先ほど感じた獣の方に行ってみるか」
走り出すと、やけに身体が軽く、感覚がおかしい。
酒に酔った時の様に、一枚のフィルターが掛かったような、変な感触がテイロスには感じられた。
時間の感覚もおかしい。
そして、まだ離れてはいるが、着いた先には、猪の様な魔獣が居た。
本能的に風下に回っている自分に驚きながらテイロスは、この感覚が幻覚ではない事を自覚した。
「冒険者が言っていた、魔獣の力を取り込む方法って奴か!確か、数日後に・・・」
話が本当ならば死ぬまでに、また空腹になるかも知れない。
「食料は確保できる内に、確保しておかなくちゃな」
テイロスは身を屈めて、鉈を手にした。
今日は『魔法科高校の劣等生』最終巻の発売日だ!
本屋へ行かなければ(;゜0゜)




