18 森で遭難
冬は、主に備蓄食料で生活するしかない。
だが、収穫物が全く無いと言うわけでもない。
農民は、森で木の実や野性生物等の自然の恵みを活用している。
テイロス達の村は、魔の森に近い事もあり、魔の森で食べられる食材の知識も豊富だった。
飢えと、危険性を天秤に掛ければ、飢饉である今年は、やる事が決まっていた。
かと言って、無闇矢鱈と分け入る訳ではなく、既に開拓された、特定のルートを通って、収穫していく。
ただ、飢饉は人族の領域だけの話では無かった様だ。
「この辺りも、殆んど無くなったな」
魔の森を散策していたテイロスは、日照りの影響を、ありありと感じていた。
彼は、決して気を抜いていた訳ではなかった。
相手の方が、何枚も上手だっただけだ。
テイロスは、いきなり道に出てきたソレと、目が合って足を止めた。
「デスラビット?」
白く、可愛く見えるウサギだが、鋭い歯と跳躍力で獲物を狩る、肉食の魔獣だ。
頭に小さな角が有るのが特徴で、肉に毒が有ると聞いている。
テイロスは、持っていた木の枝を横に投げて、その落ちる音にデスラビットが気を逸らした瞬間に、後方へと全力で走り逃げた。
「確かに、魔獣を食ったら死ぬよな」
冒険者達から聞いた話を思い出す。
手に持っていた、採取用の鉈でも倒せない相手ではないが、戦わない事に越したことはない。
道を走ると、後ろからリズミカルに草を踏む音がする。
「追って来やがったか!」
多分、奴等も飢えていたのだろう。
肉の匂いに耐えきれず、危険性を土返しで人族を襲う決断をしたのだろうと、テイロスは思った。
上手く足に食らい付けば、人族の動きを止められ、首筋に噛み付けば、命を奪える。
実際に、村ではデスラビットによる死者がゼロではない。
よって、村にも時おり現れる、デスラビットの対処方法は決まっていた。
多人数で大網を使って捕獲し、叩き殺す。
追われた時は、直線的に逃げずに、右や左に、不規則に進路を変える。
デスラビットは肉食故に、目が前方に付いており、連続ジャンプが直線的過ぎる為に、左右へと急に進路を変えられると、対応が出来ず、一瞬だが標的を見失ってしまうのだ。
問題は、人数も網も無く、ここが開けた村ではない点だ。
過去に、このルートでデスラビットと遭遇した時は、人族を見た瞬間に、デスラビットの方が逃げていた。
だが、今回は逃げずに睨んでいた。
「これも全部、飢饉のせいか?」
テイロスは直線的なルートを逸れて、森の中を右に左にと逃げていく。
しかし、彼を追う音は、近付いたり、離れたりはするが、依然として追いてきている。
「しつこいんだよ!」
テイロスの口から、愚痴が溢れる。
暫く走ると、やっと追跡の音は消えてくれたので、立ち止まった彼は、水筒の水を含みながら、状況把握をした。
「・・・・・しかし、困ったな」
命は助かったものの、冬の天候は曇が多く、太陽が見えない為に、方向性を見失ったのだ。
いつもの年の冬場は、備蓄食料で食い繋ぐ為に、魔の森にまで入る事は少なかった。
当然、災害に会う機会も少なかった。
辺りを見回し、空を仰いで、テイロスは途方にくれた。
「こりゃあ、助からないかもな」
周りに食べられそうな木の実を探すが、木の群生具合が変わってしまっている様だった。
「ここで立ち止まっていても、飢えるだけだ」
テイロスは、兎に角、歩きだした。
ここは、人族と魔族の領域の境界線。
直線的に進めば、人族側に出る確率は半分近くある。
村に向かっているにしろ、奥地に向かっているにしろ、食える木の実を探して移動するのが、少しでも生存確率を上げる事になる。
仮に魔族領側に進んだからと言って、魔族の道が有れば誰かに会うだろうし、戦時中ではないのだから、事情を話せば帰れるかも知れない。
絶望的な中で、少しでもチャンスのある方へ進むのが、サバイバル術だ。
途中、幾つか食べられる木の実を見つけた。
山の恵みは、次の季節の為に、取り尽くさないものだが、こんな奥地では関係ないので、テイロスは取れるだけの木の実を集めた。
だが、やはり日照りの影響だろう。あまりたいした量にはならなかった。
日が暮れだした。
人族の森でも、夜は危険だ。
太い樹に登って身体を縛り付ける。
採取した木の実を、幾つか口に入れて空腹を満たすが、とても足りない。
走って逃げたのと、歩き疲れで、テイロスは日が落ちる前に気を失う様に眠った。
目覚めたのは、寒さと空腹の為だった。
我慢出来ずに、採取した木の実を全て頬張り、水筒の水で流し込んだ。
「失敗したな・・」
生存で、最も重要なのは、水だった。
昨日は、疲れていたが自制できていたが、目覚めて直ぐだったので、思考が追い付かなかったのだろう。
夜明けの寒さのせいも有る。
テイロスは勢いに任せて、水筒の水を一気に飲み干してしまった。
もとより、半日分を目安の量だった。
彼は、樹をできる限り登り、周囲の情報収集に努めたが、小高い丘を見つけただけで、集落も、道も、小川さえも見つける事が出来なかった。
仕方なく彼は樹を降りて、幹に付けた傷を確認する。
同じ方向に帰っても、木の実は無いので、来た方向を記しておいた。
「そうすると、こっちか!」
遭難で、一番厄介なのは、同じところをグルグルと回ってしまう事だ。
だから、特に目標が無ければ、直線的に進むのが建設的となる。
テイロスは鉈で傷つけた場所を確認して、歩き始めた。
この季節に、水分のある木の実は望めない。
見つけた木の実は、少量づつ食べながら歩いた。
川を見つける為には、距離を歩くしかない。
渇く喉が口呼吸となり、更に水分を失っていく。
二回目の夜は苦痛だった。
何より、喉の渇きで身体が火照り、自分の小便を飲んだ程だ。
意識は朦朧とするが、痛みと熱さで、なかなか眠れない。
気が付くと、朝だった。
去年、初めて酒を飲んだ翌朝の二日酔いを思い出す程の、苦痛と激痛が全身を襲っている。
虚脱感と、頭痛と、全身の痛みで、何がなんだか判らない。
機械作業の様に、樹を降りて幹に付けた傷を確認し、足を引き摺る様にダラダラと歩く。
渇きで、気が狂いそうだった。




