16 勇者襲来
『メイドの章』最終話です。
アルフヘイゼ伯爵領は、いたって平和だった。
近年続く、日照りによる収穫減も、備蓄分で乗り切り、今年は最初から乾燥に近い作物を多目に育てる計画と、水源の確保が重視された。
薪として伐採した木々は、植林を行い始めている。
新入りのシンディも、既に二年目を迎え、料理を任される様になっていた。
人族の街へも、人狼達と行ける程になって、半人前を越えた辺りの春。
「そう言えば、街で噂が広まっています。人族の国で新たな勇者が誕生し、魔族領を目指していると」
情報収集が得意な、人狼のラインドールが、アルフヘイゼ伯爵に報告していた。
「勇者?これはまた、懐かしい名前が出てきたな」
勇者とは、以前の魔族と人族の戦いで、人族の先頭に立って戦った者が呼ばれた呼称だ。
「私も聞きました。常人にあらざる力で剣を振るい、如何なる武器も魔法も弾く鋼の肉体を持つとか?」
ガイセルの報告に、アルフヘイゼ伯爵が、眉間にシワを寄せる。
「以前の勇者とは、少し違う様だが?」
「はい。しかし、短命な人族に、数百年前の勇者を知る者は無く、教会も記録との差異を隠蔽して、今回の勇者を後押ししている様です」
「教会が戦時利権を得る為に、仕立てあげた者か?こいつを旗印に討伐軍でも再編するつもりだろうか?」
追加報告を聞き、伯爵は想定される可能性を模索する。
為政者としては、対策を準備しなくてはならない。
王都で騒がれた勇者が、魔族領に至るのには、半年近くはかかるだろう。
アルフヘイゼ伯爵は、武具の手配と、兵役の計画をたて始めた。
「先ずは、魔王陛下への連絡と、近隣領主への通達。それから、防衛配置の再編成だな。城へ四将軍を呼べ」
「承知致しました」
執事が伯爵の側仕えが書いた手紙を受けとる。
「すぐに、軍編成で攻めてくる事はないだろうが、その勇者が力を示す為に、小数精鋭で魔族領に侵攻してくる可能性はある。カイゼル、引き続き軍と勇者の動向を監視させろ。シンディの件を含めて」
「御意」
人狼は、口減らしの対象になる増加分を、行商人として人族領に潜入させ、情報収集をさせていた。
時折、アルフヘイゼ伯爵領に帰っては来るが、メイド達と毎月出掛けているラドの街に、書簡の形で情報交換が行われている。
◆◆◆◆◆
そして、秋。
人族領と魔族領の境に立つ武装した一団があった。
「ここが、アルフヘイゼ領か?待ってろシンディ!」
次回からは『偽勇者の章』が始まります。
本日13時公開です。




