15 嵐の前兆
リスマルク伯爵の馬車は、夜のうちに出ていた。
虎は本来が夜行性だし、凍らせた肉が溶けない様に、冬の夜間に移動する為だ。
シンディは、食欲が無かった。
当然、元気もない。
自分達が食べている食材の多くが、あの冷凍奴隷と同じ場所で冷やされていたかと思うと、酸っぱいものが込み上げてくる。
肉のブロックが、人族の指に見えた事もある。
「シンディ、少し休みなさい」
恐らくは、誰もが通った道なのだろう。セベッタ達は、優しかった。
ベッドまで付き添ったアテンシアが、ベッドの脇でシンディの髪を撫でながら話し始めた。
「経験者として、少し言っておくわ。貴女が死んでも、だれも助からないし、新たな家畜が増えるだけよ。貴女が選ばれなくとも彼等の大半は、ああなっていたし、別の娘が貴女と同じ苦痛を味わうだけ。貴女が悪かったのかしら?伯爵が悪かった?魔族が悪い?奴隷商?奴隷制度?貴女を売った家族?飢饉を起こした神様?」
「・・・・・・誰が悪いの?」
「分からないわ。みんなが悪いのかも知れないし、誰も悪くないのかも知れない。ただ、判る事は私達が、ここで生きていく事が、被害を最低限に抑える手段だと言う事よ」
アテンシアが出ていって、ベッドでシンディは思い出す。
豊かな生活が続いて、自分の気が緩んでいた事を。
奴隷商に連れ回されていた頃には、醜悪な趣味の為に奴隷を買って嬲り殺していた貴族を見た。
知識欲の為に、生きたまま人体を切り刻む医者達を見た。
病気になり、打ち捨てられた奴隷を見た。
奴隷、家畜である事は、今も変わらないのだ。
アテンシアの言う通りに、せめて自分達だけは、豊かな生活である事を喜ぼうと。
頭で解かっていても、心が落ち着くまでには、やはり数日が掛かった。
「もう大丈夫なの」
「大丈夫。仕事は出来ます」
「でも、伯爵様の晩餐は、しばらく控えた方がよさそうね。ゼグベスト様にも言っておくわ」
メイド仲間は、とても優しい。
人生経験も豊富で、包容力もある。
この環境ならば、心身共に余裕が出てくるのもあるのだろう。
田舎の農村では、こうは行かないのだろう。
仕事をしながら、シンディは考えていた。
数ヶ月で既に身体に教え込まれた作業は、思考を自由にしても勝手に行えてしまう。
『ここは、天国なんて都合の良い所なんかじゃない。私達メイドもだけど、小鬼や他の魔族、領主様だって、いろんな環境や制限と戦っている』
そう思いながら、シンディは洗濯を続けていた。
「そう言えば、隣の領主様が、変な事を言っていたわね?教会がどうとか」
セベッタの言葉か、シンディの思考を中断させる。
「教会が騒ぐと、何かあるのですか?」
「教会は人族至上主義で、魔族の絶滅を叫んでいるわ」
「教会が攻めて来るのですか?今更、戦争を?」
「教会は、武器を取らないわ。他者を扇動して武器を持たせ、戦わずして軍部内での地位や発言権を得たいのよ」
「小狡い奴等なんですね」
「どこにでも、小狡い奴は居て、私が奴隷に堕ちたのも、そんな奴等の陰謀よ。教会は、そんなのを国単位でおこなっているの」
シンディも、村長にアル事ナイ事を吹き込んで、他者を見下していた者が居た事を思い出した。
「戦争が起きるんでしょうか?」
「分からないわ。人族にも調和派や平和主義者は居るし、軍隊も縮小していたはずだし」
セベッタは、元商家の娘らしく、ある程度は政治にも詳しい。
政治の動きで、売れる商品も変わるからだ。
「人狼も居るから、人族の情報収集や、裏工作もする筈だけど・・・」
「御互いに、領土が広がるのはメリットが有るけど、戦死による国民の減少は労働力の減少にも繋がる。魔族には本末転倒なのだけど、人口過剰な人族は、就職先や出世を餌にした、良い口減らしになるから、厄介なのよね」
人族の情報に長けており、今は魔族側に居るセベッタの話しは辛辣だ。
「なぜ、静かに暮らせないのかしら?」
「自由と身勝手の区別がつかないで、好き勝手にやりたいんでしょう?特に男は!」
「・・・辛口!」
シンディの兄は優しかったが、セベッタの男性関係は最悪だったのだろう。
彼女が同性愛に走る原因になったのかもと、シンディは感じた。
伯爵と彼女達メイドの関係は、言葉も交わさず、極めてドライなので、セベッタも許容出きるのだろう。
女性だけの同僚と、ドライな男性関係。
彼女には、天国に一番近い場所と言えるのかも知れない。
「私達の平和な生活を脅かすなんて、滅びろ!人族」
そう叫ぶセベッタを、シンディは乾いた笑いで見るしかなかった。
夜の馬車移動は、灯りを持った小鬼ライダースが先行して、馬を誘導します。
馭者も夜行性なので、夜道に問題はありません。




