14 魔族来客
伯爵の城で過ごす冬は、シンディにとって、初めての経験だった。
暖炉の薪は山と積まれ、毛皮のコートに毛布の寝所。
冬なのに、緑の葉物野菜が食卓にのぼる。
「地下に、氷の倉が有って、肉や野菜を凍らせて保存してあるの。葉物野菜は少し萎びるけど、遜色無い程度でしょ?」
「そんな事が出来るのですか?魔法って・・」
望めば、夏に氷の入った果実水を飲む事も出来るらしい。
「ここは、天国ですか?」
「いいえ、家畜小屋よ。知っているでしょう?」
シンディの驚きに、セベッタが毎回なネタで返す。
正直言って、結果的にではあるが、自分だけ、こんな家畜生活をしているのが、村の家族や知人に申し訳ないとも感じていた。
しかし、伯爵様の好みや、小鬼で知った定員の問題もあるのだと、シンディは思考を切り替える事にした。
洗い場で、セベッタと洗濯をしていると、アテンシアが執事長のゼグベストを連れて、洗い場にやって来た。
ゼグベストは、羊獣人なので、あまり早くは走れない。
アテンシアの後を、必死についてくる。
シンディ達の前まで来ると、息を整えながら、身だしなみを整えた。
「今しがた、先触れが参りました。近隣領主のカルデリア様が、明日にも御見えになるそうです。皆さんも、用意をなさって下さい」
「今年も、あの人食い虎が来るの?」
「セベッタ。御客様に、その様な呼び方は、お止めなさい」
「申し訳有りませんでした、ゼグベスト様」
セベッタは頭を下げるが、悪びた様子はない。
アテンシアも不満そうだ。
「あのう、カルデリア様とは、どの様な御方なのですか?」
「シンディは、初めてのなのでしたね。カルデリア・ヌン・リスマルク伯爵様は、隣の領主で、毎年、冬になると、当家が人族から仕入れた食材を、購入にいらっしゃる、虎獣人の御方です。当家は人族領に面しているので、その様な材料を仲介しておるのですよ」
説明が終わると、ゼグベストは水場を後にした。
執事長が去った後に、シンディは聞きにくい事を聞いた。
「セベッタさん、『人食い虎』って、どう言う意味ですか?」
「そのままの意味よ。リスマルク伯爵は、人族を好んで食べるのよ。私達を見て、あからさまにヨダレを垂らしていたわ。」
「同じ様に人族を贄とする伯爵様でも、当家とは大違い」
アテンシアが付け加えた。
「隣の領主様に、私達がする準備って、何か有るんですか?」
「今日の晩餐は、シンディだったわね。御主人様に鋭気を養っていただく為に、今日はダブルス。セベッタさんも一緒に晩餐になっていたたくわ」
シンディの質問に、アテンシアが答え、セベッタが頷く。
「御主人様が、隣の領主に舐められない様に力を蓄えるんですね?」
「虎の舌はザラザラしてるから、舐められると痛いわよ」
セベッタのギャグは、少し分かりにくかった。
◆◆◆◆◆
基本的に、この城での魔族客は、獣人が行う。
ただ、会食の形をとるために、アルフヘイゼ伯爵も、目の前で血を啜る関係上、シンディ達も参加となってしまう。
昼過ぎに来た、リスマルク伯爵には、夜行性のアルフヘイゼ伯爵の代わりに、兵を統率する四将軍が対応する。
日が沈む迄の間繋ぎだ。
ファルデール北将軍
ミーシェル東将軍
ゾーギス南将軍
シャーライン西将軍
いつもは城に来ない、領地防衛の要が揃い踏みだ。
それぞれが、標準より大型の熊獣人、人狼、牛獣人、歩く死体と、種族は様々だ。
魔族は、爵位が上がれば上がるほど、戦闘力も高くなるので、リスマルク伯爵が暴れた時の対応でもある。
伯爵は、到着後に軽食を取り、将軍達と世間話で時間を繋ぐ。
そして、日が落ちると、アルフヘイゼ伯爵が目覚めて、先ずは取り引きとなる。
「アルフヘイゼ伯爵、ごきげんよう。本年も取り引きをよろしくお願いする」
「リスマルク伯爵。こちらこそ、取り引きをいただき、ありがたく思う」
二人の伯爵は、秘書の差し出す書類を確認し、サインをする。
双方の秘書が書類を再確認して、書類入れに納める。
両伯爵は立ちあがり、固く握手を交わして微笑みを浮かべる。
アルフヘイゼ伯爵が、そのままテーブルへと誘う。
会食の始りだ。
そこには、沢山の肉料理が並ぶ。
種類は豊富だが、殆どがレアの切り身。
まず、会食は乾杯から始まる。
飲食は、血しかとらないアルフヘイゼ伯爵も、礼儀としてワイングラスを取る。
「「魔王陛下に栄光あれ!」」
声を合わせ、グラスを掲げると、共に一気に飲み干す。
そして席に着き、リスマルク伯爵が肉料理に手を伸ばす。
飲み込む様に、次々と肉を平らげていきながら、彼はアルフヘイゼ伯爵の回りに目をやる。
「ほうっ、死んだ人族の補充はできたらしいな。良きかな良きかな」
ひと言述べると、再び肉を取り、咀嚼を始めた。
リスマルク伯爵の視線は、目新しいメイドであるシンディで止まった。
関心はあるが、名前を聞きはしない。彼にとってはステーキが一枚増えたに過ぎないのだ。
アルフヘイゼ伯爵は、視線でアテンシアを呼び、その首もとに牙を立てる。
奴隷商との取り引きの時の様に、伯爵の膝に頭を沈めるのを見て、リスマルク伯爵は、再び食べるのを止めた。
「アルフヘイゼ伯爵。やはり、生肉の仕入れは難しいのか?」
「難しくはないが、あくまで当方の都合だ。悪いが、他を当たってはくれまいか」
二人の会話を耳にして、アルフヘイゼ伯爵の後ろに控えていたセベッタの顔が、ピクリと動く。
アルフヘイゼ伯爵は、それに気付いてはいるが、あえて気付かぬ振りをしていた。
「貴公の食べかけでも・・・・いや、無理は言うまい」
リスマルク伯爵は、シンディに目をやって話しかけたが、途中で止めて、視線を肉料理に戻した。
短時間で食事が終わってしまうアルフヘイゼ伯爵は、サイドテーブルに置かれたワインを口にしながら時を過ごす。
リスマルク伯爵も食事を終えた様で、ナプキンを使い口元を拭っていた。
「時に伯爵よ、人族の中央で騒ぎが起きている事は、聞き及んでいるか?」
「リスマルク伯爵も、なかなか情報通だな。教会が騒いでいる件かな?」
「その通りだ。人族領に面している貴公も、用心する事だ。当方も助力は惜しまない」
「心配していただき、感謝する」
「今日は、御馳走になった」
席を立つリスマルク伯爵に駆け寄り、握手をするアルフヘイゼ伯爵。
共に従者を従えて、出口へ向かった。
セベッタとシンディは、アテンシアを連れて、自室へと向かった。
アテンシアをベッドに寝かせ、彼女のドレスをランドリー室へと運んだシンディは、窓の外に見慣れぬ動きを見つけて、足を止めた。
シンディ達のエリアは、城の裏側に有り、倉庫や搬入出の場所に近い。
見ると獣人達が、荷馬車に大きな白い塊を積んでいる。
ランプの明りで良くは見えなかったが、時おり、光の当り具合で、荷物の様子が浮かび上がった。
「うっ!まさか、そんな・・・」
シンディは、目を見開き、口元を押さえた。
獣人達が積み込んでいたのは、凍った人族だった。
それも、見知った顔だ。
この城にシンディが来た時には、合計十名の奴隷が一緒だった。
シンディが選ばれた事で、彼女は、他の九名は人族領へと帰ったのだと思っていたのだ。
「人食い虎・・」
セベッタの言葉か思い出された。
シンディは、恐怖に震え、涙を浮かべながら、セベッタの待つキッチンへと走った。
「セベッタさん、人族が荷馬車に積まれて・・・・」
「見たのね。まぁ、遅かれ早かれ知る事だけどね。ここは天国?いいえ、家畜小屋よ。知っているでしょう?」
昨日の会話の意味を、シンディは改めて知る事となった。
走る速度は人間は時速45キロ、羊は時速13キロくらいらしい。




