12 行儀作法
空荷になった馬車は、脚が速いので、日が落ちる前に城に着く事が出来た。
これからが、彼女達メイドの本業なので、遅れる訳にはいかないのだ。
最悪は、メイドだけ単騎で走り帰る事も有ると言う。
ルドラが男冒険者達に時間を掛けなかった理由の一つに、それがある。
メイドを遅らせるなどの失態があり、護衛の任を解かれれば、月に一度の旨い飯を喰うチャンスを失うので、ガイセル以外の人狼は、実力や特技を示すのに必死だ。
競争率が高い。
そんな利益目当ての成果もあり、メイド達は無事に本来の仕事を終える事が出来た。
今日の生贄だったアテンシアをベッドに寝かせ、シンディとセベッタは、食事を取りながら話していた。
「街に出た感想は、どう?」
「賑やかで楽しい面もありますが、どちらかと言うと、ウルサイ感じですね」
僻地の農村で生まれ育ち、城に隔離されているシンディにとって、人混みは、想像以上に疲れる場所だった。
「こちら側から見ると、本当に人族って、無作法で争い事が好きな生きものよね。まだ角狼の方が躾が出来てるわ」
それは、領地内の狼に限られるのだが、野良狼を人族の盗賊と考えると、人族社会の一員である今回の冒険者は、あまりに品が無さ過ぎたと言える。
「躾と言えば、先代メイドのヤーシャ様は、元宮廷料理人だけあって、食べ方の躾が厳しかったわ」
ここに来て、多少はテーブルマナーを学んでいる最中のシンディは、その大元に興味がわいた。
「あれですか?何でもナイフとフォークを使って食べなくちゃいけないって感じですかね?」
「地方によって、基準は様々だけど、テーブルマナーの基本は、他者に迷惑をかけない事と、人間らしくする事」
「人間らしく?」
「逆に言うと、獣の様な行為をしない事ね」
「空腹でも、所かまわずに食べないとか、発情していても無闇にメスのお尻を追い掛けないとか?」
シンディの脳裏に、串焼きを食べながらナンパしてきた冒険者達の姿が浮かんでいた。
「それもだけど・・・」
セベッタのテーブルマナー話が始まった。
◆◆◆◆◆
獣も、高貴な存在も、共に食べなくては生きて行けない。
獣との違いは、その手法にあるといっても過言ではない。
これは遠回しに、平民と貴族の違いをも意味しており、手法とは具体的に『行儀作法』として、行動に移される。
文化や環境によって差違はあるが、無作法には以下のような傾向がある。
獣は礼節を重んじない
獣は手を使わない
獣は口を運ぶ
獣は食い千切る
獣は食い散らかす
獣は所構わず食べる
・礼節を重んじて食べる
命を提供してくれる食材になってくれた者と、作ってくれた者に感謝を表す行為をする。
ある地方では、食前や食後に祈る行為をする。
そして、命を大切に扱い、命を奪った者は、生き延びた感謝を込めて食べる。
・手を使って食べる
・食品を口に運ぶ
・食品を喰い千切らない
ケダモノは、手がないので食品側に口を持っていき、喰い千切るしかない。
しかし、手がある者は、手や道具を使って、食べることによって差異を明確にする。
汁物を除き、必ず手や道具を介して食品を口に運び、食品側に口を持っていかないようにする。これはスープの飲み方等に代表されている。
また、フォーク等を使うのが困難な骨付き肉等は、基本的に指で一口大に千切って食する。
『手で食べる』と言う行為は、一見、無作法に見えるが、口で喰い千切る方が無作法であり、パンをフォークで食べる者がいないのを考えると理解に苦しくない。
・食い散らかさない
手がない獣は、細かい作業が出来ない。
だから、食べる時に散らかるし、細かく残ったりする。
また、歓迎などで大量に出された時を除き、食品に対する感謝も込めて、食べ残しをしない様にする。
・食べる時間と場所をわきまえる
食材を持ち帰れない獣との差異を明確にする為に、食事と場所を定めて食べる。
不定期に食べるのは、食品の吸収効率にも影響する。
◆◆◆◆◆
「言われてみれば、確かにソウですね」
シンディは、内容を聞いて感心する。
楽な事を極めていくと、確かに獣と変わらなくなる。
『伯爵様の側仕えとして、恥ずかしい事は、控える様に』とは以前から言われていたが、他家の使用人が台所に来て、犬の様な食べ方を見たら、確かに主の評判も落ちるだろう。
だが、怠惰な存在は、楽な方へ楽な方へと堕ちてゆく。
やはり、強い意思が無ければ、他者による規制が必要で、階級社会は、知性体が知性体で有り続けるのに必要なのかも知れない。




