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10 同性愛者

「セベッタさんに襲われるって、どう言う意味ですか?」

「あぁ、まだ聞いて無いのね?彼女は同性愛者だから」


同性愛者とは、性的衝動をおぼえる対象が、異性ではなく同性の人達だ。

御貴族様には、一部に居ると、奴隷仲間からは聞いていた。

その為に、少年奴隷を買うと言う貴族も見た。


「まあ、生贄メイドは処女ばかりだからね。でも、彼女も無理強いはしないと思うよ。アテンシアも拒んでいたし、同性愛より吸血の方が刺激的らしいから」


シンディは、首を触って思い出していた。確かに、あの刺激に優る興奮は、無いかもしれない。


「ルドラさんも、血を吸われた事が有るんですか?」


彼女は、自らの首もとを見せるが、傷の様なものは無い。


「伯爵は、私達の様な亜人よりも、人族の血がお好みなのよ。まぁ、吸えない事は無いみたいだけど、より美味しい方が良いのは、理解できるわ」


そう言うとルドラは、シンディ達の持ち込んだ昼食の籠をチラ見した。

シンディも、その視線に気が付き、『あぁ』と納得する。


材料は殆ど同じでも、調理の方法で、食感や味は大きく変わる。

同じお酒でも、原材料の品種が少し違うだけで、味が変わるために、凝る人は大枚叩いて限定品を購入する。

ヤギの乳より、牛の乳を好む人がいる。

もっとも、シンディが乳やお酒に種類が有るのを知ったのは、この領地に来てからだが。


この領地では、沢山の種類の作物が多く収穫されている。

勿論、労働力も大量に投入されているが、元より人族と魔族では、基礎体力も効率も違う。

特に、食事や休憩を必要としない不死者を多用している当地では、単純労働力は計り知れない。

今回の様に、過剰生産された物を、売却できるほどだ。

共栄圏と化した領地内では、通貨も必要がない。


「そう言えば、この荷物を売って、お金を稼ぐって聞きましたけど、そのお金って何に使うんです?」


何回か、村々を回ったシンディは、通貨のやり取りを見た覚えが無かった。


「人族の土地でしか入手出来ない物の購入や・・・・」


ルドラは、言葉を途切ってシンディを指差す。


「えっ?私?」

「定期的に、新しいメイドを購入する資金にするのさ」


確かに奴隷商は、お金が入った袋を受け取っていた。

もし、魔族に独自通貨があっても、人族の商人には持て余すだろう。


そんな話をしながら、人族領に向かい、荷馬車は進む。


途中で何回か、角狼に乗った小鬼達が近寄ってきたが、匂いを嗅いで離れて行った。

しばらく、森の中を並走しているのは、知能の無い魔獣から守ってくれているらしい。


シンディは、本当に恵まれた環境に居る事を痛感していた。


途中で馬を休め、アテンシアの用意した昼食を皆で食べてると、森の木々が様相をかえてきている事に、シンディは気が付いた。


「旨い飯を食ったら、いよいよ敵陣に進行だ!」


隊長のガイセルが、そう言うと、人狼達は身体に液体を振り掛けはじめる。


「あぁ、これ?調合した人族の体臭よ。私達は綺麗すぎるから」


ルドラが教えてくれたが、確かに村に居た頃のシンディは、七日に一度の水浴びくらいしかしなかった。

人狼の匂いも有るのだろうが、普通の冒険者も、かなり臭っていた記憶がある。


「淋しくなかった?」


再出発の直前に、セベッタがシンディに掛けよってきた。


「あのぅ、私は女性とキスする趣味はありませんから」


シンディが、そう言うと、セベッタはルドラの方を睨み、その後、少し脱力していた。


「いい同僚でいましょうね」


セベッタの切り替えが早かったのは、アテンシアにも振られた経験があったからだろう。


人狼チームがクスクスと笑っている。


少し膨れっ面のセベッタを乗せて、荷馬車隊は人族領へと差し掛かった。


街道に入り、幾つかの村を横目で見ながら、馬車は進む。


シンディは、途中で奴隷商の馬車を見掛けた。

乗っていた奴隷姿の自分を幻視したが、首を振って振り払う。

一つ歯車がズレていたら、自分は娼婦やバラバラ死体になっていたのだ。

ここでメイド服を着ていたのは、隣に立っていた娘だったかも知れない。


奴隷商の馬車を見ていたのに気付いたルドラが、シンディに問いかける。


「ここで飛び降りれば、元の生活に戻れるわよ。伯爵様の『家畜』から解放されるわよ」


シンディは、思いっきり首を左右に振った。


こんな幸運は、万が一にも無いのだ。

細い運命の糸が、たまたま上手に繋がった幸運を捨てる勇気など、誰に有るだろう?

シンディは、奴隷商の馬車を見て、『伯爵様の家畜』と呼ばれる幸せを、再確認していた。


ルドラは、そんなシンディを見て、微笑んだ。

実は、彼女達が伯爵の元を逃げたら、誰が伯爵のディナーに指名されるかわかったものでは無いのだ。

下級魔族が吸血鬼の餌食になっている地域は、実際に存在するとルドラは聞いていた。


つまり、シンディ達を大切にするのは、彼女達自身の為でもあるのだ。


シンディにセベッタの事を、前もって教えたのにも、要らぬ仲違いをして、メイドに逃げられない様にする為で、決して親切心からではない。


まぁ、言わぬが花である。


街道を通り、少し大きな街に出た。


「ここが、商取り引きをする、ラドの街よ」


貴族街程ではないが、流通の要らしく、商人の姿や馬車を多く見掛ける。


途中で、先頭の馬車が止り、セベッタが脇からシンディを呼んだ。


「たぶん、手続きの勉強だと思うわ」


ルドラに言われて、シンディは馬車を降り、先頭の馬車に乗り込む。


狭い御者台に三人がギュウギュウ詰めで、シンディと身体が密着したセベッタは、笑みがこぼれている。


「いい同僚、いい同僚」


セベッタは呪文の様に唱えるが、実害は無い。


三人を乗せた荷馬車は、大きな商会の停車場へと入っていった。


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