01 口減らし
メインタイトルろんぐばーじょん(没)
吸血鬼伯爵のメイド ~飢饉で奴隷落ちしましたが、その後は吸血鬼の喰い物になり、比較的幸せに暮らしています~
夏が終わる頃。
作物の育成に目処が立ち、収穫の予測ができる時期。
予想される収穫量によっては、口減らしが行われる季節。
口減らしが必要な時は、労働力にならない老人から処分される。
いや、自ら、杖を手に魔の森へと歩を進める。
大切な子供や孫を生き延びさせる為に。
次に処分されるのは、まだ労働力にならない子供だ。
複数居る場合は、末の子供から奴隷商に売られる。
森で魔物に喰われて死ぬよりはマシだし、自分で死を選ぶ事も出来る。
せめてもの親心だが、誰も望んで我が子を奴隷に売る者はいない。
苦汁の選択なのだ。
そんな時期だから、村々を奴隷商が巡回してくる。
奴隷商に売られるのは、口減らしや罪人、借金の形など様々だ。
今年は猛暑が続き、いくら河に水を汲みにいっても間に合わないほどだった。
村では暑さのせいで、倒れて死んだ人まで居る。
そして、作物の葉は日焼けして枯れ、半分程になった。
秋の収穫量は多くを望めない。
私の村は魔の森に近く、無闇に畑を広げられない。
森を切り開くと、獣の数が減って肉類が手に入らなくなるし、魔の森に近付くと、魔獣が徘徊しはじめて、獣が減ったり村人に被害が出たりする。
我が家の家族は四人だ。
祖父母は、私が小さい頃の飢饉で、森に消えた。
姉は嫁に行き、残っているのは両親と跡継ぎの兄テイロス。そして、私シンディだ。
母は閉じ籠もり、父と兄は黙って泣いていた。
理解している。
村では、様々な理由で奴隷商に売られていく人々を見てきた。
畑の作物の具合を見れば、秋や冬にはどうなるか予想がつく。
食料を買うだけの蓄えもない。
村全体が、猛暑の被害を受けている。
領主は、税はシッカリと取っていくが、辺境の農村を助けたりはしない。
神様は決して現れない。
助けはない。
選択肢は限られている。
「この娘は何歳だ?」
村の広場で奴隷商が父に聞く。
「シンディは、今年で15歳になる」
「ほう。15歳ね?立派な大人だな。働き手として高く売れるな。女としても使えるし」
奴隷商の言葉の後半に、父の顔が歪む。
社会的には、14か15で成人し、すぐに結婚する。
数年で子供を産んで育て、50歳くらいで死ぬのが、この村の様に辺境の地では普通だ。
「じゃあ、私は高く売れるのね?」
私が発した言葉に、父は驚き、奴隷商はニヤケていた。
家族の為に、少しでも多くのお金を残したいと思う私と、そんな私を不憫に思う父親、扱いが楽になると喜ぶ奴隷商。
一番困るのは、抵抗して暴れる奴隷だ。
暴力による躾が必要になるが、傷物になると価値が下がる。
この奴隷商が提示した金額は、他の奴隷商が商談していた相場よりも幾分高かった様で、父は他の奴隷商と比べる事なく、契約書にサインをした。
三人三様の感情の中で、お金の入った袋が手渡され、私に鉄の首輪が付けられる。
父が耐えきれず、一瞬だけ頭を伏せた。
馬車の一部に作られた檻に向かって歩きながら、何度も振り返る私を、じっと見つめる父と、その背中に顔を埋める兄。
「もう一度、お母さんに会いたかったなぁ」
呟いた言葉は、父には届かなかっただろう。
馬車には、何人もの奴隷が、既に乗っていた。
性別も年齢も様々だが、皆が気力の無い、死んだ様な目で、新入りの私を見ている。
たぶん、今の私も同じ様な目をしているのだろう。
檻に入ると、年長の女性奴隷が、水とパンを手渡してくれた。
これで、家族も私も、当面は飢える事だけは無いのだろう。
家族と離れるのは辛いけど、死ぬ事の無い、現状では最善の選択肢と言える。
檻の隅に腰を下ろすと、私は水を飲み、堅いパンにかじり付く。
奴隷商は二人組で、二台の馬車で商売をしていた。
奴隷どうしで結託しないように、一つの村からは、一人しか買わないらしい。
村の広場には、他の奴隷商や行商人の馬車が停まっているが、私を買った奴隷商は、そそくさと身支度を始めた。
檻の鍵を閉め、水の補給を終えると、奴隷商の馬車は私の生まれ育った辺境の村を離れた。
走り出した馬車から後ろを見ると、父と兄が、いつまでも立って見送っている。
私は、檻の隙間から手を伸ばした。
「さようなら、私の村。さようなら、私の家族」
道が、細く曲がりくねった部分に差し掛かると、そんな家族の姿も見えなくなり、伸ばした手は項垂れ、私の視界は涙で歪んで見えなくなった。