第1話 転生?転移?・・・いえ、左遷です。
皆さんこんばんは、お越しいただきありがとうございます。
早速、第一話を投稿させていただきます。
ここで補足させて下さい。
主人公はシングルの母に育てられています。
元々は姉と父がおりましたが、姉は主人公が小さい頃に行方不明。
父は会社の倒産で自殺。という設定になっています。
プロローグでその辺ズラズラと書いていたのですが長すぎたので
バッサリカットしたらカットしすぎました。
ごめんなさい。
「よろしく頼むよ。」
局長は柔らかな物腰で、しかし拒否は認めないという目つきで亜莉朱を見る。
亜莉朱は戸惑いながらもなんとか疑問をぶつけることにした。
「あの・・・なぜ私なのでしょうか?私のような事務畑の人間ではお役に立てないかと。」
その疑問に、局長は小さく手招きし、声を少し潜めて亜莉朱に説明を始める。
「君さ、大学二年の頃かな?語学研修合宿やったでしょ。あのときすごく成績が良かったからね。その実力を見込んで先端島に言ってもらうのさ。それに・・・」
その説明に納得できない亜莉朱はさらに食い下がる。
「お待ちください!語学研修と技術畑の調査課とどう結びつくのですか!それに語学研修と言ってもカルバート公用語とかいう何処の国で使われているかよくわからないような言葉です。私は教授に気に入ってもらいたくて参加しただけで、良好な成績を収められたのも偶然です!その結果が離れ小島の課長補佐に左遷だなんて・・・!」
亜莉朱がそう撒くし立てると局長は顔色を変えずに手をひらひらと振り言った。
「話は最後まで聞きたまえ。実はね、あの先端島にはかなり大きな池がある。湖といった方がいいのかな?とにかくその湖はねとても綺麗で湖面も鏡のように反射しているんだ。」
局長がとりとめのない話を始める。
「そこの湖がね、異世界とつながっているんだよ。カルバート帝国って言うこの世界とは全く違う国にね。語学研修のカルバート公用語はその国の標準語なんだよ。そして研修開始以来の短期間で異常な好成績を収めた桐嶋君、君に白羽の矢が立ったのさ。」
亜莉朱は唖然としていた。
『は?何を言っているんだこの人は。異世界?カルバート?そんなどこぞの小説じゃあるまいし、そんなのあり得ない。そもそもそんなことがあれば大騒ぎになっているはずだ。』
亜莉朱は、そんな嘘をついてでも飛ばしたいということなのだろうと思い至った。
「ふう、ありえませんね。そんな嘘をついてまで私を飛ばしたい。そうおっしゃるんですね」
もはや諦めるしかない。そもそも辞令が発布された以上、公務員に覆すことは出来ない。
局長は席を立ち、背後の窓の方を向いて亜莉朱に話し始めた。
「君は今まで良くやってくれたよ。それはそれは、本当に良くやってくれた。ただね、出る杭は打たれる。そして、出すぎた杭は抜かれる運命にある。それが公務員というものなんだよ。話しは以上だ。自分の仕事に戻りなさい。とはいっても、もう君の仕事は荷物をまとめること以外に残っていないと思うがね。」
局長は最後まで亜莉朱の方を向かず、窓に向かって話すだけだった。
そして亜莉朱は小さくお辞儀をしてトボトボと局長室を後にした。
局長室を出た亜莉朱は真っ白だった。ただ現地の言葉を理解できると言うだけで土木事務所とは名ばかりの職員数0人の僻地へ飛ばされることになったのだ。おまけにこの件の詳細は最重要機密事項として口外厳禁と言われている。
オフィスに戻ると同室の職員が亜莉朱の方を見る。気の毒そうな顔、ざまあみろという顔、ホッとしている顔、そのどれもが自分でなくて良かったという顔だった。
亜莉朱はため息をつきながら、席に着くと課長が声をかけてきた。
「まあ、なんだ、組織だからな、いろいろあるさ。ああ、辞表ならいつでも受け取るから机の上に置いておいてくれ。」
そう言って、亜莉朱の肩をポンとたたいて自分の席へ戻っていった。さっきまでのごますりは何だったのかと言うほどの手のひら返しだ。
その日から亜莉朱の仕事は私物の整理だった。机の上には体よくたたまれた段ボールが置かれている。さっさと荷物を詰め込んどけ。ということなのだろう。
亜莉朱はもう、どうでも良くなってしまい無造作にポイポイと私物を段ボール箱に放り込んでいった。そんなとき数人の男女が亜莉朱に声をかけてきた。
「よお、異動らしいな?」
一人の男が話しかけてきた。大学時代の同期であり、入省同期の人間だ。詰まるところ出世競争のライバルというやつだ。亜莉朱が無視していると男はさらに話を続けた。
「聞いたぜ?先端島だって?いいところじゃねえか。空気はうまい、海は近い、人もいないし今までのしがらみを全部捨ててのんびり出来るぜ?」
それに呼応するかのように他の二人が口々に話す。
「すごいわ、その年で課長補佐だもん。わたしなんて未だに主任だよ?」
「おいおい、主任って言ったって人事院の主任だろ?俺らの人事権がっちり握ってんじゃん!まあそういう俺も人事院に主査として出向だけどな。」
口々に出るのは嫌味ばかり、『そうか、こういう世界だったっけ・・・。』亜莉朱はなんとなくどこか遠い出来事のような感覚で嫌味を聞き流していた。
2021年4月1日 夕刻
先端諸島 先端島
国土運輸省 先端諸島開発局 先端島土木事務所
「やっとついた・・・。飛行機に乗って船に乗って・・・さらにボートって。遠すぎるわよ」
片道何時間かかったのか、いろいろと乗り換えてやっと港に着いたと思ったら、事務所まで延々歩く羽目になり、結局事務所に着いたのは終業時刻を過ぎた夕刻だった。
目の前にあるのは妙に建物だけはしっかりしている薄汚れた平屋の事務所だ。亜莉朱は本省を出るときに受け取った鍵で通用口を開けて建物の中に入る。中は少々かび臭いが綺麗に掃除されていた。
奥には亜莉朱にあてがわれた部屋がある。10畳ほどの広さの課長室だった。
「課長補佐なのに。」
亜莉朱はそうつぶやく。なんでも電気代を節約するために課長室を使えとのことだ。課長補佐の席だと誰もいない大きなオフィスのエアコンを回さないといけないから、小さな部屋を使えと言うことだった。
課長室はブラインドも何もなく、窓から真っ赤な夕日の光が部屋の中に差し込んでいる。
亜莉朱がそんな夕日を眺めていると、ふつふつと湧き出る感情に我慢しきれなくなった。
「馬鹿にしてる・・・馬鹿にしてる!馬鹿にしてる!!馬鹿にしてる!!」
「ふざけんじゃないわよ!私はキャリアよ!東都大法学部卒よ!!それがなんで!!
・・・・・・こんな・・・・職員も誰もいない・・・僻地に・・・!!」
怒鳴り散らしていると悔しさから、涙があふれてくる。怒鳴れば怒鳴るほど、涙が止めどなく流れ落ちる。
「私は今まで努力してきた!誰にも負けず!自分を律して!とにかく努力してきた!なのに・・・なのに・・・。」
亜莉朱は入省時に母親に向けて言った言葉を思い出す。
「母さん、出世して稼げるようになったら、都内の小さなマンションを買うから一緒に住もう!」
目を輝かせて言う亜莉朱に母親は苦笑して言った。
「亜莉朱、無理はしないでね。笑って暮らしていければお金がなくたってなんとかなるわ。私の一番は亜莉朱がいつも笑っていること、ただそれだけ。忘れないで。」
母親からの返事は実に母親らしいものだった。
ネジが何本かぶっ飛んだ天然の母、亜莉朱なんてキラキラネームを付ける母、姉が行方不明になったあと異常に過保護になった母。父の自殺後に何としても亜莉朱は私が守るわ!と親としての強さを見せた母。亜莉朱はそんな母を思い出す。
「お母さん、私・・・帰りたい・・・私の今までの努力は一体何だったの?こんな何もないところで終わってしまうの?」
着任して最初の亜莉朱の仕事は、努力した結果待っていた不条理な悔しさと、故郷にいる母を思ってただ泣くことしか出来なかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
読んでいただけると分かるように話の展開はかなり遅いです。
出来るだけ場面場面をイメージしやすいよう細かく描いて
行きたいので、このようなテンポの遅い話になってしまっています。
それでも、お付き合いいただける方がいらっしゃればぜひ、よろしくお願いします。
なお、第二話は6/13 21:00 投稿の予定です。