五月と灯り4
前回に比べて短めです。
関を呼び出してから数日、やっと河野の都合のいい日が出来て署に来てもらった。
「はじめまして、ご足労感謝いたします。池田です」
「鈴木です」
「はじめまして、河野です」
バッチリと化粧をしたこの女性が容疑者の一人、河野和香だ。
肩を出したなんとかショルダーとかいう服に細身の白いパンツを履いている。ティーカップを持つ指先はネイルで煌めいていた。
服装は二十代そのものだが、肌のシワは年齢通りの四十代に見える。無理のある若作りだったが、顔には出さず警察手帳を見せた。
結論から言うと、怪しかった。
何かを隠しているのか怯えているのか分からないが、視線が左右を行き来しては一口お茶を飲む。
鈴木に目線を向けると、彼女は小さく頷いた。少し詰めてみるか。
「河野さんの愛犬、お名前何でしたっけ?」
「クリスティーヌです」
「可愛らしい名前ですね。で、その愛犬との散歩コースに毒草があるのご存知ですよね?」
河野は目を瞬かせると「そうだったんですか…!?」と手を口元にやった。
演技だとすれば白々しいが、本当に知らなかったんだろうか?
「知らなかったんですか?」
「え、ええ……。知っていたら大事な子の散歩コースにはしないです」
「本当に?」
「もちろんです」
心外だ、とでも言うように河野が眉を潜める。気分を害したのは嘘ではなさそうだ。ただ信用はできない。
近隣住民への聞き込みで、最近野草について調べているのは分かっている。わざわざ本まで買ったと言っていたのだ。
ニリンソウに見せかけてトリカブトを採ることなど容易だろう。
「そうですか。最近野草について調べていると聞いていたものでてっきり知っているものだと」
河野の顔がさらに歪む。
「最近テレビで流行ってるんですよ、たまたまです」
そうなのか? 思わず鈴木を見れば、しっかりと頷いた。
「それは失礼しました」
まあ、流行に乗って見ていたらトリカブトのことを知って犯行に移した、という可能性もゼロではない。
途端、彼女の頬に涙が伝った。
「異変に気づいた時に病院に連れて行っていれば……」
「何か違和感でもあったんですか?」
「帰る少し前から、呂律が回らなくなったり、気持ち悪いとおっしゃっていたんです」
トリカブト摂取の初期症状か。やはり、カップか何かに付着していたとしか思えないが……。
「その時は、いい気味としか思ってなかったんです。それがこんなことに……」
ポケットからハンカチを取り出して本格的に泣き出してしまった。嫌いな奴が死んだら清々するだろうに、彼女は違うのだろうか。
鈴木が河野の肩を抱き、慰めるように軽く叩く。
「最後に一つだけ。佐々木さんの家に居た、滞在時間はどのくらいですか?」
「……二、三十分くらいです」
灰皿に煙草を押しつけ、感情のままに舌打ちをした。すぐさま次の煙草に火をつけ肺に思いっきり吸い込む。
「証拠が出ないですね」
「ああ、時間的には犯人は河野だが、全く証拠がない」
本当に腹立たしい。完全に証拠隠滅など出来るはずがない。ましてやただの主婦だ。
「そもそもの条件から見直してみますか?」
鈴木の言葉にテーブルに散らばった調書をかき集める。
被害者の佐々木は高血圧だが、心筋梗塞になる確率は低い。
検案でアコニチンを検出。トリカブトとは限らないが、手軽に手に入り有名なのはトリカブト。
アコニチンは摂取後三十分程で効果が出て死に至る。
……ますます河野が怪しいじゃないか。
「決定的な証拠はなにもないですね」
気が抜けたのか鈴木まで椅子にもたれてため息をつく。ぴっちり結んでいた髪の毛も少し荒れていた。
もう、河野の家にあるはずの野草の本と散歩コース、溢れるほどある確執の状況証拠だけで追い詰めてみるか?
半ば諦めてかき集めたトリカブト関連の事件をまとめた資料をザッと眺める。
「テトロドトキシン?」
過去に起こった事件だ。テトロドトキシンとアコニチンを同時に服用することで、死亡までの時間を遅らせることができるらしい。
「鈴木! 容疑者の中でフグを買った者が居ないか調べてくれ。俺は司法解剖を依頼してくる」
血液さえあれば毒の有無の判別くらいはできるらしいが、後手後手にまわるくらいならがっつり調べてもらおう。
それらしい理由を並べ立て、上司である三田さんに送りつける。ついでに佐々木の家に何かないか徹底的に探ることにした。
池田さんは流行に疎いです。