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螺旋階段の毒  作者: 諫早
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五月と灯り2

「紅茶を一ついただけますか」

吉田シヨ(よしだしよ)、五十七歳。佐々木家に勤める家政婦だ。ちらほらと黒髪の残る白い髪で、同年代の自分の母と比べても皺が多いように見える。

メニュー表を指す手はあかぎれで酷く荒れていて、水仕事の多さが伺えた。この席に来るまでに杖を使っていたが、スムーズな足取りを見るとひどく足が悪い訳では無いのだろう。


「お呼びしてしまってすみません」

「大丈夫ですよ。佐々木さん、のことですよね?」

「そうです。発見された十八時の一、二時間前にどなたが家に行ったかご存知ですか?」

「その日、私は午前しか家に居なかったんですが……確か、お昼に水野さんと、夕方は関さんと河野さんに会うとおっしゃってました」


吉田さんの目線は左横を向いていた。確か……左を向くのは過去のことを思い出している時。嘘はついていなさそうだ。

鈴木がちゃんとメモを取っているのを目の端で見て、テーブルの隅に置いていた録音機の電源が入っているのを確認する。

「三人について詳しく聞いても良いですか?」

「もちろんです」

「まずは河野さんと佐々木さんはどういう仲ですか? 第一発見者ですよね」

「三軒先に住んでいる方です。愛犬家なのですが、鳴き声や散歩ルートについて佐々木さんとよく口論しているのを見ていました」

ありがちな近隣トラブルだ。大抵の原因は親バカな飼い主か神経質過ぎる隣人に二分化される。


「吉田さんから見て、犬の鳴き声に不満はありましたか?」

「いいえ、全く無いです。最近では散歩ルートを変えて、家の前を通らなくなったくらいです」

「それで解決したんですね?」

一瞬目を伏せた。その動きで解決しなかったことが伺える。

「どうして?」

急に入ってきた鈴木をひと睨みすると無言で小さく頭を下げた。


「近くを通るだけで獣臭いから、さっさと捨てろと……よく怒鳴っていました」

「動物愛護に引っかかるような話ですね」

「私は全く分かりませんでしたし、家の前に落ちている毛も明らかに河野さんの犬ではありませんでした」

「眼科行った方が良かったですね」

「鈴木」

「すいません」

同じことを思ったが言って良いことと悪いことがある。だが、吉田さんは目を瞬かせてくすくすと笑った。

「本当ですね、お伝えすれば良かったわ」

「頑固な人だったんですね。次は、関さんについてお話しいただけますか?」

話を聞く限り、河野は殺害に十分な動機を持っている。しかし、それだけで決める訳にもいかない。動機を持っている人物は大勢いるのだ。


「関さんはお隣に住む方です。今までは関わりがほとんど無かったのですが、一年半ほど前に奥さまと別居してからは……」

「関わりだしたんですね」

口ごもった言葉を続けると吉田さんは頷いた。続きを促すように見つめる。

「佐々木さんは、遅くまで電気が点いていて不愉快と文句を言っていましたが、カーテンを閉めれば光は入らないような距離なんです」

そういえば。まるで住人と分厚い壁を作っているかのように、左右の家と数メートルは離れていたな。

「そもそも日付が変わる頃には電気を消してくださっていたのに。佐々木さんは神経質なんです」

「そうみたいですね。しかも酷く自己中心的なところがある」

そうなんですよ、と吉田さんが何度か頷いている。文句を言うことで少し緊張が解れてきているらしい。ぽろぽろと言葉が出てきた中に重要なことがあるかもしれない。

ちらりと録音機を見た。録音できる最大時間は三時間。まだまだ大丈夫だ。


「関さんとの確執はそのくらいですか?」

「いいえ。やっぱりお仕事をしているので留守にしていることが多く、よく佐々木さんが勝手に宅配物を受け取るみたいです」

「何それ最悪ですね」

「鈴木」

「すいません」

「時代錯誤ですよね。それで、受け取ってやったんだから荷物と引き換えに何かお礼を持ってこいと。確か、あの日もそんな用だったと思います」

佐々木の家に宅配物は無かった気がする。ということは、関はあの日、家に来ている。

「そういうことはよくあるんですか?」

「数ヶ月に一度くらいでしょうか。あまり頻繁では無かったと思います」

「ありがとうございます。最後に水野さんについて教えてください」

「水野さんは、佐々木さんと唯一仲の良い方でした」

驚いた。あれだけ全員から酷評されていて、仲の良い人が居たのか。いや、流石に一人くらいは居てもおかしくはないか。

「では、何か口論をしに来る訳では無いんですね?」

「そうです。一緒にゴルフをしているので、週に一度程、ゴルフの話をしに水野さんがいらっしゃいます」

「喧嘩した姿を見たことはありますか?」

「いいえ。彼が佐々木さんに何かする理由が無いと思います」

確かに、話を聞く分には水野に何か理由は無さそうだ。それに、昼頃に来て毒を盛ったならばもっと早く死んでいるだろう。


「ありがとうございます。当日の状況と佐々木さんの交友関係が分かりました。また、何かある際はご協力お願いします」

「大丈夫ですよ、こちらこそ佐々木さんのことをお願いします」

では。と伝票を持って立ち上がる吉田さんを制す。

「こちらで払います」

遠慮する吉田さんを鈴木と二人で止め、承諾しつつも何度も頭を下げる彼女を見送る。


肩の力が抜けたとばかりに息をついて珈琲を口にすれば、すっかり冷め切っていた。

鈴木がメモをした内容を見ながら状況を再確認する。あの話通りならば、水野と吉田さんは恐らく犯人では無いだろう。関が何か食べ物を持ってきていたのであれば、河野か関に絞られそうだ。

「なんだか酷い人なんですね」

「そうみたいだな」

「次は河野さんと関さんに聞き込みですか?」

「わかっているじゃないか」

一度帰ったら連絡先を調べてアポを取ろう。ただ被害者である佐々木の話を聞きたい、と。容疑者ではないと油断させる為に。




「三田さん、今いいですか?」

「なんだよ」

数コールの後に出た三田さんは欠伸を返した。日が落ちたばかりだと言うのに寝ていたのだろうか? 今日は非番ではなかった筈なのに。

「今調書を見てたんですけど、シンクに置いてあった食器残ってますか?」

「食器? カップ二つだよな?」

「そうです、それです。そのカップの指紋を取ってください」

「あー、それなら今日明日には終わるな」

「もう調べてもらってたんですか?」

「まーな。結果分かったらメールするよ」

「お願いします」



その夜、三田さんから一通のメールが届いた。

「佐々木と河野の指紋を検出。が、毒は検出されず……か」

カップがありがちな毒の盛り方だと思ったが、予想が外れた。

他に毒を盛る方法はあるだろうか……

煙草に火をつけ、状況を再確認する為に調書を手にとった。

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