-肆-
「はい。一年前になります。」
やせ細った女性…幸音さんは、小さく「そう。」と呟き窓の外へ目を向けた。
本日は暖かな小春日和である。視線の先で柔らかな光に照らされた木々が風で揺らめき、そろそろコートもいらないですねと母と話したほどの暖かさだ。そういえば祖母はこんな日が好きだった。
「正直、この日記帳をどうするのか親族間で意見が別れました。祖母と共に眠らせることや、大事に保管すること。むしろ処分してあげたほうがいい、なんて。その中で出た一つがあなたに返すことです。」
「…返す?」
傍らで立ったまま話を聞いていた不機嫌そうな女性が、相変わらず不機嫌そうに呟く。まるで迷惑だと言わんばかりの眼差しだ。
「これは祖母の一部。学生時代の祖母が、この気持ちをあなたに伝えたがっているんだと思ったんです。無念はずっと心に住み着いて、精算できないままとうとう亡くなってしまった。」
やせ細った幸音さんの膝へ日記帳を乗せると、彼女は再びこちらへ顔を向けた。深く刻まれたシワと垂れ下がった頬。これまでの苦労がそこに刻まれている。
けれど、祖母と同年代だと知らなければずっと若く見えるだろう。
「祖母の気持ちを受け止めるのも断るのもあなたの自由です。……それでは。」
この日記を捨てるのも保管するのもこの人の自由にする。その約束も親族には取り付けてあった。
あぁ、これでわたしの役目は終わりだ。祖母のたった一度の人生は、これでようやく終わるのだ。
「…さようなら、麻耶」
〈終〉




