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第5話 激走!緑原グランプリ!

 とある日の放課後、高等部1-Cの教室にて。

 机を四つほど並べ、その上にサーキットの走路を模したような紙のシートを置き、さらにその上を小さな車の形をしたおもちゃが三台爆走する。


「インだ!インを攻める!」


「ふざけんなよ小蘭!ぶつかってくんな!」


「文句は鵺一に言ってくだサーイ!鵺一がインにくるカラ避けてるだけデース!」


「あのさあ」


 一人並べられた机と対になる椅子に座り、スマホをスイスイと触ってスタユニを遊んでいた翔が、我慢ならないといった表情で熱戦を繰り広げる樹、小蘭、鵺一の三人に言った。


「俺を巻き込まないでくれる!?」


 並べられた四つの机の内、翔が座っている机は翔のものだった。


「なんだよ翔、別にいいじゃんかぁー。だってオレらの机近いんだもん。図解すると


 小蘭 鵺一

 オレ 翔


 って感じだからさあ」


「どこに対しての図解なんだそれ!?」


 謎の図解を入れる樹にツッコミつつ、翔はスマホを仕舞うと三人が走らせている車を目で追いかける。


「で?それ何を走らせてるんだ?」


「ミニカーのラジコンダヨー!この間のお礼に貰ったノ!」


 小蘭は動かしていた自分のミニカーをヒョイと持ち上げ、手元のリモコンと一緒に翔に見せた。小蘭の車は、ピンクで小さめの可愛らしいボックスタイプ、いわゆるミニバン型の車だ。


「ミニバンのラジコンなんて珍しいな」


 翔は小蘭からミニカーを受け取るとあちこち回して色々な角度から鑑賞する。


「そりゃまあ、普通のミニカーを走れるように改造してもらったやつだからなー。オレのはこれ!」


 そう樹が得意そうに出してきたのは、真っ黒な車体に鋭くカットしたようなシャープなデザインが特徴のランボルギーニ。レーサーカーではなく格好のいい高級車を選ぶあたり、なんとも樹らしい。

 翔は樹のミニカーも同じように受け取り、じろじろと観察する。しかし、手のひらにギリギリ収まるサイズのミニカーにモーターなりレシーバーなり積み込んでラジコンにしてしまうとは、現代の技術はすごいなと改めて関心してしまう。

 そう翔が鑑賞会を続けている横で、鵺一だけが別の行動をしている。なにやらミニカーをカラカラと軽く振っているようだ。


「むう、動かなくなってしまった」


 鵺一はしょんぼりしながら、スタンダードな青いレーサーカーのミニカーを机に置き、リモコンを操作する。ガーと何かが回る音が聞こえるものの、鵺一のミニカーはピクリとも動かない。


「もう壊したのかよ鵺一ィ、相変わらずゴリラだなぁ」


「なにやってんダヨ鵺一ィ、ゴリラの握力ここで発揮すんなヨ」


「誰がゴリラだ、500㎏の握手で即死させんぞ」


 そう握手をしようと仕掛ける鵺一から、小蘭は大げさに避けて逃げる。


「まあまあ、しょうがないからクロー先輩に直してもらいに行こいででででやめろやめろやめろ痛い!!握力!!お前の握力でオレの左手が死ぬ!!」


 小蘭に逃げられた鵺一は、樹の提案を無視して樹の左手を握りつぶした。悶絶する樹を無表情で眺めていたかと思えば、急に鵺一は明後日の方向を向く。


「ちなみに俺の握力は右が72、左が68だ。樹の左手どころか、リンゴも握りつぶせるぞ」


「急にどこ見て言ってるんだ。さっきからどこに対してのお知らせなんだよ」



 *



 中央棟三階、美術室。の、準備室兼倉庫。

 スパナやドライバー、何かの部品のようなパーツや明らかに何かの液晶画面のようなパネルなど、ごちゃごちゃと工具やら部品やらジャンク品が広げられた床に、どかりと座って工具でパーツを繋げていた男子生徒の元へ、樹達三人が会いにきていた。


「そうか……壊れたのか……」


 薄いクリーム色に緑のラインの上着と、脇に白いラインが二本入った緑のズボンの緑原学園ジャージを身につけた、少し長めで癖が強い跳ねた黒髪、白の地に縁に緑色が入ったヘアバンドをつけ、後ろを申し訳程度に短く括り、左目を前髪で隠した男子生徒が、ボソボソと小さい声で応答した。


「そーなんすよ!鵺一ってばゴリラだからさー。だからクロー先輩、また直して欲しいっす!」


 クロー先輩こと高等部三年の姫宮九郎(ひめみやくろう)は、そうヘラヘラと笑う樹の、湿布を包帯でグルグル巻いて固定したせいでサイコガンのようになった左手をジッと見つめる。


「その左手も……ゴリラのせいか……?」


「クロー先輩もこうなりたいんですか?」


 ゴリラ扱いにムッとした鵺一が少し強めに圧をかけると、九郎はヒヒッと卑屈そうに笑う。


「俺みたいなゴミ……そうなっても誰も困らないし……したいならすればいいんだ……ヒヒッ」


 九郎の負のオーラで、一気にあたりの空気がどよんと重くなる。


「鵺一ィ駄目ダヨ、クローセンパイは樹の明るいバカと違ってネガティブなんだカラ、大事に扱わないと空気がどんどん重くなるヨ」


「むう、そうだったな。樹のノータリンと違ってクロー先輩は繊細だから丁重に扱わないとな」


「お前ら聞こえてんだよ!誰がバカでノータリンだ!我一位ぞ?中間試験学年一位ぞ?」


 わあわあと喚く(頭いいバカ)は放っておいて、鵺一は壊れたミニカーを九郎に渡した。


「すみません、いつも色々と直してもらってばかりで」


「いいんだ……俺の方こそ色々と……助けてもらってるから……ミニカーも……元々はこの間の礼だしな……」


 どうやら、このミニカーを改造したのは九郎のようだ。

 あたりに散乱する工具、それから様々なジャンク品からわかる通り、九郎は所謂メカニック系の人間だった。美術準備室を根城にしているのは、実は九郎が美術部員だからであるのだが、デッサンや油彩画よりも彫刻などの立体物を作る方が好きで、さらに言えばこうして工具で機械をいじる方がもっと好きなため、普段の部活動には出ずに準備室に引きこもり機械をいじる幽霊部員のような存在となっていた。

 そんな生徒、さっさと退部させてしまえという話なのだが、彫刻のコンクールや学生向けの大会に作品を出すと必ず佳作以上を取ってくるダークホースなため、特例として放置されているらしい。

 というより、あくまでも大会云々は顧問の先生の言い分であって、正しく言えば九郎があまりにも根暗で卑屈であたりに暗いオーラを撒き散らすので気味悪がられて放置されているだけだったりする。まあ、誰とでもすぐに打ち解けられる樹、小蘭、鵺一の三人には関係ない話だが。

 そんな数少ないまともにコミュニケーションを取れる三人に、九郎は度々パーツの調達などを依頼しており、ミニカーもそのお礼として渡したようだった。


「ああ……モーターが車輪から外れただけだ……」


 九郎は受け取ったミニカーをあちこち触ったり車輪を回したりと軽く確認してそう判断を下すと、工具入れの中から一番細いドライバーを取り出し、ミニカーの底部のネジを外していく。カチャカチャと分解し、中に積んだモーターの接合などをテキパキと直していく様子を見ながら、そういえばと樹が何かを思い出したように呟いた。


「さっき、翔もラジコンやりたそうだったよな」


 少し前の教室での翔の反応を思い浮かべながら、小蘭も確かにと同調する。


「もう少し人数が揃えばレース出来そうだよネー。同じようなサイズのラジコンあったら翔も誘おうヨ」


「いやー、ラジコンとなると無いんじゃないか?手のひらサイズのものなんて。引いて手を離したら進むタイプならあるかもしれないけどさ」


 樹は自分のランボルギーニのミニカーを手で前後にカラカラ動かしながら首を振る。小蘭が少し残念そうな顔をすると、鵺一のミニカーを直しながら九郎がゆっくり呟いた。


「もっと……ラジコンミニカーの数を増やしたいのか……?それぐらい、お安い御用だ……ヒヒッ」


「「神様だー!!」」


 樹と小蘭は目を輝かせながら同時に叫ぶ。


「じゃあさ、これから翔呼ぶからそいつにも作ってやってくださいよ!いや、どうせなら秋江も慎太郎も呼ぼうぜ!」


「そんでレース!レースやるヨ!」


「おい待てお前ら!まずは俺のミニカーをきちんと直してもらってからだぞ!聞いてるのか!」


 黙々と作業をしていた九郎にワッと捲し立て、びっくりさせて手を止めさせる二人を、鵺一がそう制しながら襟首を掴んで思いっきり引き剥がした。



 *



「さあ始まりました!第一回緑原学園グランプリレースゥゥゥ!!」


 中央棟美術室前の廊下。

 樹、小蘭、鵺一の三人が、床にそれぞれランボルギーニ、ミニバン、綺麗に直してもらったレーサーカーのミニカーを足元に置き、リモコンを構えて廊下を塞ぐように横一列に並んでいる。


「現在他の参加者のマシンはメンテナンス中ということで、まずはテスト走行をしたいと思います!」


 司会者じみた喋り方で樹が高らかに宣言すると、両隣の小蘭と鵺一が「イエエエエエエイ!!」と少し怖いくらいのハイテンションで拳を振り上げ熱狂する。


「テスト走行とは言えレースはレース!このタイトルを制するのは誰か!その王者を決める戦いが今、始まります!というわけで、3!」


 樹のカウントダウンが始まると同時に、三人はリモコンをしっかりと構え直す。


「2!」


 アクセルボタンに、ゆっくりと指がかかる。


「1!」


 そして、その指に意識を集中させた。


「GO!」


 開始の合図とともに、それぞれが勢いよくアクセルボタンを押し込みスタートダッシュを決め、三台のミニカーが飛び出していった。

 かなりのスピードで廊下を走るミニカーを、三人も走って追いかける。中央棟から中等部へ続く曲がり角に入り、一足先に樹のランボルギーニが曲がっていき中等部へ進もうとしたが、その先にいた誰かの足にぶつかり、勢いよくひっくり返った。


「貴様ら……何をしている……」


 額に青筋を浮かべた撫子が、ひっくり返ったランボルギーニを軽く踏みつけながら三人を睨みつけていた。

 ぴぎゃ、と目を丸くしながら三人は慌ててミニカーの操作をやめ、なんとかその場を取り繕うとする。


「き、奇遇っすね撫子さん!い、いやぁーちょっといいもの手に入れたからテストしようとですねえー」


「そ、そうダヨー!ちょっとダケ!ちょっとだけ試そうと思っただけだカラ!」


 しかし、撫子の青筋は消えるどころか増えていく一方だ。


「貴様ら、ここがどこだかわかっているのか?貴様らは病院の廊下でも車を全速力で走らせるのか?」


 撫子のランボルギーニを踏みつける力が強くなったのか、メキ、と音がした。


「そ と で や れ」


 バキッ、という音と共に、撫子が低く言い放った。


「ア゛ア゛ア゛ア゛オレのランボルギーニィィィィ!!」


 樹のランボルギーニが砕け散った。



 *



「さあ始まりました!第ニ回緑原学園グランプリレースゥゥゥ!!」


 緑原学園中庭。昇降口の前で縦に並んで、リモコンを構える生徒が五人。その彼らの足元には、1から5の番号のステッカーが貼られたミニカーが同じように並べてられている。


「司会進行は先程撫子さんにランボルギーニを粉砕された、一応放送部のオレ、神原樹!そして解説役は!」


「面白そうなので私、四ノ季秋江が務めさせていただきますぅ〜」


 並んだ生徒の横で、樹と秋江が筆箱をマイクに見立てて握りしめ、まるでなにかの番組風に意気揚々と喋り出す。そんな二人の後ろには、念のため工具箱を抱えた九郎が、昇降口の段差に腰掛けてスタンバイしている。


「では!出場者の紹介に参りましょう!」


 特に観客がいるわけではないのだが、樹はそのままの調子で選手の紹介へ移る。


「エントリーナンバー1!中国娘だけど滞在期間が長すぎてほぼ日本人!いい加減カタコトやめろ、李小蘭!」


「おいてめー樹ぶっ殺すぞ!!」


 1のステッカーが貼られたピンク色のミニバンのミニカーを足元に置いた、雑な紹介に瞬間的に流暢な日本語になる小蘭を無視して、樹は次の紹介を続ける。


「エントリーナンバー2!中身は残念なのにモテまくるイケメン!お前ばっかりモテやがってクソが顔面爆発しろ、如月鵺一!」


「そんなんだから樹はモテないんだ」


 2のステッカーが貼られた、一般的な形の、鋭い形に後ろに羽根のようなものがついた青いレーサーカーを足元に置いた、樹の私怨まみれの紹介に鵺一が呆れ気味にやれやれと首を振った。


「エントリーナンバー3!すぐ面倒ごとに巻き込まれる苦労人!頼むから巻き込まれないよう自衛してくれ、把間慎太郎!」


「巻き込まれないようにできるならとっくにそうしてるし大体原因は君らですからね」


 3のステッカーが貼られた、後ろのコンテナが食パンのような形になっている、パンの移動販売トラックのミニカーを足元に置いた、慎太郎が何か諦めたような遠い目をして答えた。

 ちなみに慎太郎は、昨日もおたすけ屋の三人の「ボールペンアート大会」に巻き込まれて赤ボールペンだけを全部ダメにされている。


「続いてエントリーナンバー4!知り合ったばっかだから特に悪口が思いつかない!冥崎翔!」


「「「やっぱり悪口だった(のかヨ)(のか)(んですね)!!!」」」


 樹の暴露に、翔の前に紹介された三人が一斉にツッコむ。しかし樹は完全にシカトを決め込んだ。


「代わりに翔選手には意気込み聞いちゃおうかな!どーっすか、意気込みのほどは!」


 4のステッカーが貼られた、エメラルドグリーンの丸っとしたプリウス型のミニカーを足元に置いた翔に樹は話を降るが、翔から反応は返ってこない。不思議に思った樹は、翔の様子をじっくり確認する。と、翔はさっきからじっと樹の方を見て動いていなかった。それどころか、なんかちょっと頰も赤くなっていないか?

 小蘭、鵺一、慎太郎の三人も、翔の視線の先に気づいたようで、ニヤァと顔を緩め出した。

 ははん、そういうことね。


「ごほん、改めましてエントリーナンバー4!試合中に一目惚れとは何事だ!しかし当の本人は全く気づいてないぞ、冥崎翔!」


「っひゃわぁ!?!?!?ななななななな何言い出すんだ!?」


 ズバリと樹に言い当てられわかりやすく動揺する翔の反応で、予想は確信に変わった。だかその様子を見ても、いまだに気づかない当の本人、樹の隣にいる秋江は「誰です?誰に一目惚れしたんです?」とキョロキョロしている。


「学園のお嬢様を選ぶなんテ、いい趣味してんジャン翔ゥ〜」


「いい機会だ、想いを伝えたらどうだ〜?」


 翔をニヤニヤしながら小突いてくる小蘭と鵺一を、翔は顔を真っ赤にしながら追い払う。


「そ、そんないきなり海の見えるコテージに連れ出して結婚してくださいなんてプロポーズをしたいとか、子供は二人欲しいとか言えるわけないだろ!!」


「「こいつやべえ!!」」


 あまりのガチさに小蘭と鵺一は顔を引きつらせながら翔から飛び退いた。


「……おい、私の紹介はまだか?」


 茹で蛸のように蒸気を吹き出す翔の横で、今までの流れなど我関せずという顔で自分の番をウズウズしながら最後の一人が待っていた。


「はいはーいお待たせしました、エントリーナンバー5!オレのランボルギーニを壊してオレの出場権も奪う!なんでいるんだ!如月撫子!」


 樹の雑な紹介にむふん、と得意気な顔をする撫子の足元には、5のステッカーが貼られた、どこからどう見てもパトカーのミニカーが置かれている。


「撫子……頑張れ……」


 これまでずっと黙っていた九郎が、選手紹介が開始されてから初めて口を開く。九郎のギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声援に、撫子は嬉しそうに「任せるがいい」と手を振って答えた。

 と、すすすと樹が小蘭と鵺一の後ろに近づき、二人の肩を掴んでヒソヒソと話し出す。


「撫子さんってクロー先輩が関わってると積極的に絡みに来るよな」


「姉さんと先輩は幼馴染だし、クロー先輩が性格に難有りな人だから保護者的なあれなんだろう」


「保護者っていうよりモンペって感じだけどネ」


「確かに撫子さんって、クロー先輩のこと自分が守るべきお姫様みたいに思ってそうだし、実際そうにしか見えないよな、姫宮なだけに」


「何をコソコソ話しているんだ?スタートはまだか」


 内緒話を続ける三人を流石に訝しんできた撫子に、三人は「なんでもないでーす」とパッと解散する。


「では!今回のコースの紹介でっす!」


 元の立ち位置に戻ってきた樹は、まず目の前に見える中庭の池と、昇降口のある校舎の端から垂直に伸びる高等部校舎の間の広場を指差した。


「最初に池と高等部校舎の間を抜け、校舎が途切れたところで右折。そのまま校舎をぐるりと周り、校庭脇の歩道を走ります。曲がるポイントにはカラーコーンを置いたので目印にしてください!」


 それで、と樹は続ける。


「食堂へ続く渡り廊下が見えたら、右折して渡り廊下を横断し、裏庭を走ります。もし人が通っていたら止まって通り過ぎるのを待ってくださいねー。轢いたら悪いのは車側です」


 そして、と更に樹は続ける。


「そのまま直進し、今度は体育館への渡り廊下が見えたら、またまた右折して渡り廊下を横断します。注意事項は以下同文!」


 最後に、と更に更に樹は続ける。


「体育館と中等部校舎の間を直進し、校舎が途切れたところで右折し中庭に戻ってきてください。中等部側の並木を大きく避けて右折し、池と並木の間の広場を抜けて昇降口前に戻ってくるとゴールです!要は右回りで校舎群の外周一周しろってやつですね!」


 コースの説明を終えると、ごほん、と咳払いをしてから樹はマイク(に見立てた筆箱)を構えなおし、バッと空を指差しながら左腕を天高く振り上げた。


「では!緑原学園グランプリレース、いよいよ開始いたします!みなさん、準備はよろしいですかァ!行きますよ!3!」


 高らかにカウントダウンを始める樹の声に合わせて、出場選手達はリモコンを構えなおした。


「2!」


 アクセルボタンに、ゆっくりと指がかかる。


「1!」


 そして、その指に意識を集中させた。


「GO!」


 開始の合図とともに、それぞれが勢いよくアクセルボタンを押し込みスタートダッシュを決め、五台のミニカーが飛び出していった。その後を、それぞれのミニカーの操作主が駆け足で追いかけていく。


「みなさん一斉に飛び出して行きましたねえー。では、我々も追いかけましょう!」


 走り去っていった五人を遠目に、樹が秋江と九郎についてくるように声をかけると、秋江は目を丸くしながら言った。


「え〜?私は走らなくて済むと思って解説役申し出たんですけどぉ〜」


「いいから行くんだよ!!」


 渋る秋江を後ろから押すように行けと催促して、無理やり現場へ向かわせた。秋江が動いたのを確認して、クロー先輩も行こう、と樹が話しかけると、九郎はゆっくり腰を上げ、現場の方へと歩き出す。


「……神原」


 と、九郎がボソリと樹に話しかける。


「次俺のこと姫扱いしたらドライバーでお前の右目ほじくり出す」


 普段のようにどもることなく、流れるように低い声でそう言われた樹は、ぴゃっ、と自分の右目を手で守った。



 *



 池の横を抜けた、高等部校舎の端。

 そこにポツンと置かれていた赤いカラーコーンを目印に、五台のミニカー達が猛スピードで次々と曲がって校舎の裏側に回り、校庭の脇を直進していく。


「さあさあさあ!第1コーナーをみなさん順調に曲がって行く!第1じゃねえだろ、っていうツッコミは聞こえません!さて、現在トップは誰だ?」


 猛スピード、といっても所詮手のひらサイズのミニカー。難なく追いついた樹達は第1(第1ではない)コーナーの外側から、先頭を走るミニカーの車種を確認する。

 今の先頭は、4のステッカーが貼られたエメラルドグリーンのプリウスだ。ということは。


「現在トップは翔!翔選手です!やはりプロゲーマー、リアルのレースゲームも強いということでしょうかね、解説の四ノ季さん!」


「冥崎くんのことよく知らないし興味ないんですけど、まあそういうことなんじゃないんですかぁ〜?」


「てっきとうだなおい」


 秋江の雑すぎる返しにツッコミをいれつつ、実況、解説組は戦況を見守る。

 翔のプリウスは、ぶっちぎりのトップで校庭の脇の歩道を爆走する。その後を2のステッカーが貼られた青のレーサーカー、そのすぐ後ろには5のステッカーが貼られたパトカーが控えている。2位と3位は如月姉弟が独占中だ。とは言え、そんなに間を空けずに1のステッカーが貼られたピンクのミニバン、3のステッカーが貼られたパンの移動販売トラックが続いており、1位の翔以外はほとんど団子状態だった。

 と、独走していたプリウスが急に止まった。


「おーっと!?1位のミニカーが止まってしまいました!トラブルでしょうか!クロー先輩、出番じゃないすか!?」


「いや……マシントラブルというより……選手の身体トラブルのようだ……」


 そう九郎が指差す先には、完全にスタミナが尽きたのか、息切れを起こしながら四つん這いにへたる翔の姿があった。

 そんな翔の横を、後ろにいた四人が無情に走り抜いていった。


「なんと翔選手!本人のマシントラブルで一気に最下位です!オレよりスタミナない奴がこの世にいたぞ!!ヤッタアアアアアアアァァァァァ!!!」


 よくわからない歓喜の声をあげる樹の実況を遠くに聞きながら、


「どうして……従兄姉(いとこ)二人は足が速くてスタミナもあるのに……所詮俺は、冥王星ってこと、か、グフッ」


 そう翔は呟いてとうとう地面に潰れた。

 慌てて九郎が駆け寄り、翔の状態を確認すると、黙って首を横に振り、樹に向けて腕で大きくバツ印を作る。


「おっとここで!メカニックのクロー先輩からストップがかかりましたァー!翔選手、自分自身のマシントラブルにより無念のリタイアです!」


 樹のアナウンスの通りに、翔は九郎に肩を担がれながら近くのベンチへと運ばれ、レースから離脱した。


「ではレースに戻りましょう!現在のトップは鵺一選手ですか!おっと、撫子選手がそれを抜く!如月姉弟、接戦のようです!」


 翔から如月姉弟へ注目を移し、樹は実況を続ける。

 その通り首位は鵺一と撫子の如月姉弟のミニカーが、抜いたり抜かれたりを繰り返して争っていた。先程見た時よりも少し間を空けて、小蘭のピンクのミニバン、慎太郎のパン屋のトラックが続いている。後ろの二台は、前を走る二台に対して決して追いつけない距離ではない。しかし、差が縮まる気配はなかった。


「首位争いは如月姉弟の争いになってますねえー。解説の四ノ季さん、どう思いますか?」


 樹のただ単に投げただけの問いかけに、秋江はそうですねえーと少し考えるそぶりを見せてから答えた。


「あの姉弟は後ろの小蘭ちゃんと慎太郎くんより圧倒的に運動神経がいいから、多少飛ばしても速さについていけるおかげで速いんじゃないですかぁ?」


「ざっつだなおい」


 だがまあ、その通りな部分はあるのかもしれない。現に翔は飛ばしすぎて自分がついていけなくなり自滅している。


「さあ!そうこうしているうちに先頭グループが次のコーナーへ差し掛かりました!ここを曲がり渡り廊下を通り抜けるといよいよ裏庭ゾーンです!」


 再び高等部校舎が途切れ、食堂の入り口へ続く渡り廊下が見えたところに赤いカラーコーンが置かれている。先頭を走る鵺一と撫子は、リモコンのスティックをぐいっと右へ傾け、それぞれレーサーカーとパトカーを綺麗に右へと曲がらせる。


「なお、安全を期して渡り廊下では昴くんに交通整備をお願いしております!」


 樹の紹介を受けた、渡り廊下の端で暇そうに裏庭を眺めていた昴が、それを合図に渡り廊下を塞ぐように立って交通整備を始めた。


「はーい、気をつけて通ってくださーい。姉さん、兄さん、頑張ってね!」


 末弟の応援に、弟バカな姉と兄は「任せろ!」とハモりながら振り向き昴に得意げな表情を見せる。しかし昴はすぐに青ざめた顔になった。


「ちょっ、姉さん達前見て、前ッ!」


 昴の注意に咄嗟に反応して前を向くも時すでに遅し。

 少しコースからずれた二人は仲良く裏庭の雑木に顔面からぶつかった。


「あちゃぁ……」


 昴が少し呆れ気味に伸びた二人を眺めていると、小蘭と慎太郎が渡り廊下を通り抜け、バカ姉兄に見向きもせずに抜かして行く。

 その後から九郎がまた慌てた様子で鵺一と撫子に近づくと、翔の時と同じように黙って首を横に振り、樹に向いて腕で大きくバツ印を作った。


「なんとなんと!まさかの如月姉弟、弟トラップにより二人仲良くリタイアです!どこまで弟バカなんだ!」


 樹が大げさに如月姉弟の脱落をレポートする横で、秋江は白けた顔をした。


「というかリタイア多すぎじゃないですかぁ?まじめにレースしやがれです」


 ごもっともである。


「さあ!勝手に自滅したアホ姉弟は放っといて、残りの選手を追いかけましょう!現在トップは慎太郎!慎太郎選手です!」


 起きない如月姉弟を九郎と昴が二人掛かりでコースから外側に運び出しているのを尻目に、樹と秋江はレースを続ける小蘭と慎太郎を追いかける。いつのまにか慎太郎が小蘭を抜かし、先頭に躍り出たようだ。躍り出たと言っても、もはやレースには二人しか残っていないので、先頭かビリかの二択しかないのだが。

 そうこうしているうちに、二人は現在の順位を保ったまま体育館の方へ進んでいく。校舎から体育館の入り口へと伸びる渡り廊下が見えたところで右に曲がり、二つ目の渡り廊下を通過し、いよいよ中等部校舎の裏側の直線へ。


「二台とも無事渡り廊下を通過し、レースも佳境へ!この直線で慎太郎選手は差を広げることができるのか!それとも小蘭選手が再び抜き返すのか!」


 樹の実況にも思わず熱が入る。そんな樹の横で、突然秋江が待ったをかけた。


「このままレースが無事終わるとでも思ったんですか〜?こんな何も展開がなくつまらないまま終わらせなんかしませんよぅ!発動せよ、ジャマートラップですぅ!」


 そう秋江が黒い笑みを浮かべながら叫ぶと、撫子を運び終えて追いついてきた九郎が、いつの間にか持っていた、ミニカーのものとは違うリモコンの大きなレバースイッチを、ガシャンと下げた。

 すると、コースの所々に不自然に置かれていた短い土管のようなものから、ぽぽぽんと水風船がミニカーめがけて次々と発射される。


「うわーー!?ナニコレナニコレェッ!?」


「ちょ、ちょっと!危ないじゃないですかッ!」


 突然の爆撃に、小蘭と慎太郎は動揺しつつもリモコンのスティックをくいくいと器用に動かし水風船を避けていく。


「えっちょっとこれなに!?オレも聞いてないんだけど!?」


 樹も聞かされていなかったのか、このトラップにびっくりした様子を見せ実況を中断する。そんな樹の様子を見ながら、秋江が得意げに胸を張った。


「勝負にはスパイスが必要ですよぅ!だから九郎先輩に協力してもらって、コースに爆撃を仕込んでおいたんですぅ!」


「四ノ季に頼まれてな……昔いっときの勢いに任せて作った……水風船投擲マシンを……設置させてもらった……」


「にしたって置きすぎだろうが!!」


 樹の言う通り、水風船投擲マシンは1メートル置きに設置されていた。そんな短い間隔で置かれている大量のマシンから、ほぼ無限に水風船が発射されコースにバチャバチャと着弾しては炸裂していく。

 小蘭と慎太郎は、あたふたしながらミニカーを操作し水風船を避けていく。そうして、あと少しでこの直線地帯を抜けてコーナーに入れる、というところで、二台のミニカーの目の前に水風船が発射され破裂した。


「わっ、嘘でしょ!?」


 流石に反応できなかったのか、慎太郎が操るパン屋のトラックのミニカーは水爆弾により濡れた路面にタイヤを取られ盛大にスリップし、その勢いで校舎の壁に激突する。慎太郎は急いでミニカーの様子を確認しに駆け寄り、リモコンをガチャガチャと動かすがミニカーは反応しない。慎太郎は九郎の方へ向くと、手を招いて九郎を呼び寄せた。


「ここで慎太郎選手、とうとう本当の意味でのマシントラブルです!クロー先輩が修理に入ります。が、小蘭はもうゴール直前だ!間に合うのか!」


 九郎が工具箱を開きミニカーを直し始めたが、樹の言う通り小蘭は最後の水爆弾トラップを華麗に避け校舎を曲がり、中庭まで戻っていた。中等部校舎の前の並木を避けるように直進し、並木と池の間の通路の入り口に置かれた赤いカラーコーンを曲がる。


「あーっはっはっは!!小蘭チャンの圧勝ネ!優勝はいただいたヨ!!」


 高笑いをしながら池の横を走る小蘭の後ろから、ミニカーを直してもらった慎太郎が池の入り口のカラーコーンから再スタートをする。どうやらミニカーは車軸がズレただけのようですぐに直せたようだ。しかし、差が広がってしまい、且つ小蘭がゴール直前の為か、特別措置として池のカラーコーンからの出発を許可された。


「まだ!まだ終わってませんよ!」


 ボタンを強く押し込みアクセル全開で、慎太郎のパン屋トラックのミニカーが小蘭のピンクのミニバンのミニカーに迫って行く。しかし小蘭も負けじとアクセルボタンを更に押し込み、逃げ切る気満々で飛ばす。


「もう諦めろヨ慎太郎ォー!ここを曲がれば小蘭チャンの優勝ネーッ!」


 池の端にたどり着き、昇降口が目の前に迫る。最後の赤いカラーコーンを小蘭は曲がり、あとはスタート地点へ戻るだけ。

 すっかり体力が回復して昇降口前に戻ってきていた翔が小蘭に気づくと、ここ、ここ、とスタートした場所を指差し導く。

 小蘭はその誘導に従い、指定された場所を通過した。


 通過、したかった。


「あー小蘭!探したんだよー」


 あともう少しでゴールする、というところで、翔の後ろからぬっともう一人男子が出てくると、まさに小蘭が今通過しようとしたスタートラインを立ち塞ぐように動いた。

 当然、いきなりの妨害に咄嗟にハンドルをきれず、小蘭のミニカーは見事に男子にぶつかりひっくり返った。


「アアアアアアア!小蘭チャンの優勝伝説ガァァァァァ!!」


 ひっくり返ったミニカーを元に戻す小蘭に、慎太郎が追いつくと、そのまま小蘭達をスルーして無事にゴールした。


「まさかのどんでん返し!謎の男子にゴールを妨害された小蘭選手を見事追い抜き、慎太郎選手が優勝を手にしましたァァ!!」


 樹と秋江の実況解説組も、実況を続けながら昇降口前へ戻ってきた。


「第二回緑原グランプリレース、優勝を納めたのは慎太郎選手となりました!解説の四ノ季さん、どうでしたか!」


 締めに入ったのか、樹が秋江にレースの感想を求めた。


「慎太郎くんが水風船を食らったのは皆さんのアンケートのおかげですぅ。私は満足ですぅ!もし小蘭ちゃんが勝ってたら水風船のくだりも優勝者も逆」


「はーい!!第二回緑原グランプリレース、これにて閉幕です!ありがとうございましたー!」


 変なことを言い出した秋江が最後まで言い終わらないうちに樹が遮り無理矢理レースの実況を強制終了した。そのタイミングで、工具箱の中身を片していたのか、九郎も遅れて昇降口前に戻り、更に気絶から復活した鵺一と撫子、そんな二人をずっと介抱していた昴の如月姉弟も戻ってきた。


「酷いヨ!邪魔さえなければワタシが優勝してたんダヨ!どうしてくれるんダヨ、華音!」


 小蘭はそう喚きながら、華音(かのん)と呼んだ、松葉色の少し長め髪で、前髪を真ん中で分けている、レースを妨害してきた男子の襟首を掴んで引き寄せる。


「うー、だってさー、俺、外部生だからこうして捕まえないと、小蘭達に会えないじゃんー」


 そう言う華音の制服は、確かに緑原のものではなかった。襟口と袖、そして裾と前に付いたファスナーの部分を縁取るように緑のラインが入った、いわゆるファスナー式の黒地の学ラン。一目で他校の生徒だとわかるものだった。


「おや、二ノ宮(にのみや)じゃないか。息災か?」


「撫子さんじゃんー、ひさしぶりー。俺は元気」


「元気そうで……何よりだ……」


「クロー先輩は相変わらず暗いねー」


「華音くん、また勝手に敷地に入ってきたですか?先生に見つかったらアウトですよぅ」


「平気平気、まだ見つかったことないから。秋江は心配性だなー」


「二ノ宮くんのおかげで優勝できました。李さんの邪魔してくれてありがとう二ノ宮くん!」


「慎太郎、それは俺じゃなくて、アンケートに票を入れてくれた人にお礼を言」


「やめろやめろォ!!」


 それぞれに返事を返すも、慎太郎とだけ変な会話をし始める華音を樹が無理矢理中断させる。

 その和気藹々とする様子に、翔だけが首を傾げた。


「なんだ、知り合いなのか?」


「ああそっか、翔は高等部から入ったから知らないんだな」


 翔の疑問に樹は合点が行くと、改めて華音を翔に紹介する。


「こいつは華音。二ノ宮華音。緑原には中等部の時だけいたんだ。なんか金の都合で高校は近所の七光内(ななこうだい)高校に行っちゃったんだけど」


「よろしくー」


 紹介された華音は翔に緩く挨拶をした。


「で、何の用で来たんだよ華音」


 ひと段落したところで、樹は本題に入った。


「オレ達を探してたんだろ?どうせまた姉達から匿って欲しいとか、仮眠の場所におたすけ屋の部屋を貸せとかそう言う話だろ」


「そうそれー。眠いから部屋貸して」


「家に帰って寝てくれ!」


 華音の要件を樹はぴしゃりと一蹴すると、それに合わせるかのように小蘭もしっしっと華音を追い払うように手を払う。妨害されたことをまだ引きずっているようだ。


「まあそう言わずにー。と言うか、今回はそれだけじゃなかったりするしね」


 と、華音は少し姿勢を正して樹と小蘭、そして鵺一と、三人に順番に顔を向けてから一呼吸入れて続けた。


「おたすけ屋、君達に依頼がある」


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