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第4話 ゲームは1日48時間まで

 放課後の緑原学園の食堂の一卓に、数人の生徒が集まっていた。

 テーブルの上に二台のスマートフォンが向かい合わせに置かれ、それぞれの画面を同じように向かい合わせに座る二人の男子生徒がスイスイとスワイプしている。その様子を、周りの生徒が覗き込むようにして見学していた。

 と、片方の生徒の手が止まった。それと同時に、ギャラリー達から小さく感嘆の声が上がる。


「負けたー!参りました」


 手を止めた生徒が、ワーッと手をあげて降参のポーズをとる。そして目の前に置いた自分のスマホの画面を数回タップしてから、目の前に座るもう一人の生徒に笑いかけた。


「いやー、把間に教えたのは俺なのに、今じゃもう把間の方が強いな!」


「あっはっは、それほどでもあるかな!」


 把間慎太郎がどや顔でそう返すと、「調子に乗りやがってー」と周りの生徒に笑われながら頭を小突かれた。


「俺もプルトみたいに強くなりたくて動画漁ってるのに、強くなれないなー」


 負けた生徒はスマホをひょいと持ち上げると、動画サイトのアプリを立ち上げ、とあるチャンネルの動画のリストをバーっと遡りながら呟く。


「いやいや、お前がプルト真似るとか無理だろ!プルトは人気プロゲーマーなんだぞ?」


「せめて僕に勝ってから言って欲しいセリフですね」


「てめっ、言ったなー?」


 ケラケラと負けた生徒をからかい、からかわれた方も笑いながら返す。そんな他愛もない会話を交わしていると、最初に負けた生徒をからかい始めた生徒がスマホをスルリと横から割り込むようにテーブルの上に置いた。


「おし!次は俺とやろうぜ!」


 ギャラリーの中の一人が、負けた生徒を押し退けるようにどかすと慎太郎の目の前へ座りスマホを取り出しテーブルに遅く。望むところです、と慎太郎も自分のスマホをタップし、対戦の準備を整えた。



 *



「はーい!オレの勝ちー!こういうジャンルでオレが負けるわけねえっての!」


「ふざけんじゃネーヨ!卑怯なデッキ使いやがっテ!もうそれ使うの禁止!!」


 高等部三階の1-Cの教室でも、一つの机を向かい合わせに囲んで座る小蘭と樹が各々のスマホをいじりながら対戦をしていた。その様を、小蘭のとなりに座る鵺一が不思議そうに眺めている。


「なあ、お前らはさっきから何をスイスイとやっているんだ?」


 そう尋ねた鵺一に、樹と小蘭は食い気味に「知らないの!?」と驚き、その反射で勢いよく立ち上がった。


 今、緑原学園では『STARDUST(スターダスト) REUNION(リユニオン)』、通称『スタユニ』という対戦型スマートフォンゲームが流行っていた。ゲーム内で手に入るユニットと呼ばれるキャラクターと、サポーターと呼ばれるアイテムを集めてデッキを作り、他のプレイヤーとオンラインで対戦ができるという、実際のカードゲームをそのままスマートフォンのアプリにしたようなゲームだ。

 配信が開始されたのは今より1年ほど前なのだが、これが見事に大当たりし、今や公式で大会が開かれるほどに人気のゲームになった。その大会が、少し前から開催される度に様々なメディアで大きく取り上げられるようになり、そのぐらいの時期から緑原学園の生徒達も興味を持ち始め、みんな遊び始めるようになった。

 ベースがカードゲームであるため、男子の間でしか流行っていないのかと思いきや、ゲームで使えるキャラクターにはかわいいデザインのものや、所謂「イケメンキャラ」も多数いたせいか、女子の間でも知らない生徒の方が少数派になってしまうくらいに流行していた。


 そんなトレンドのゲームを鵺一は知らなかったわけだ。なので樹と小蘭は思わずああいう反応をしてしまった。二人は鵺一にゲームの概要を軽く説明する。


 対戦の勝利条件は単純だ。相手のキングマスと呼ばれる陣地に到達すれば勝ち。

 縦6マス、横5マスで展開されたバトルマス、そして手前と奥の列の真ん中に出っ張るようについている1マスのキングマスがあり、自分のキングマスを相手から守りつつ、相手のキングマスにユニットを移動することができれば勝ちだ。

 ユニットカード10枚、サポートカード15枚の計25枚で組んだデッキを使い、バトルフィールドにユニットをコストを消費して配置し、そのユニットを動かして相手のユニットを攻撃したり、同じくコストを消費してサポートカードを使って自分が有利になる効果を発生させたりと、ターン制でお互いに攻防を繰り返し、相手のキングマスの先取を目指すのだ。

 尚、とても強いユニットをマスにずっと居座らせることで半永久的な守備が出来ないように、自分のキングマスには自分のユニットを置くことは出来なくなっている。


 と、ここまで説明すると、小蘭は自分のスマホを鵺一に渡した。試しにやってみろ、ということらしい。

 小蘭の指示通りに画面をタップすると、ピロン、と樹のスマホの方で音がした。樹の方と対戦のマッチングをしたらしい。そのまま小蘭に教わりながら、樹のデッキと対戦を進める。


 まず、自分のデッキからランダムに五枚カードが手札として配られる。それと同時に、コストと呼ばれるものが五つ溜まった。最初は五つ分使えるらしい。その後、先攻と後攻がこちらもランダムに決められ、樹が先攻になった。

 樹は自分のキングマスのひとつ前のマスに、西洋のファンタジー作品によくあるような、鎧をガッチリと装備した騎士のユニットを配置する。


「今樹が置いたのはネ、攻撃は強くないケド体力が高いユニットダヨー。そういうタイプのユニットは、ああやって防御のために置くといいんダヨー」


 小蘭が解説しながら、ユニットには体力、移動力、使うスキルごとの攻撃力、そして配置するために必要なコストが設定されていることを画面を指差しながら説明する。その間に樹が騎士の二マス前に、今度は小さなデフォルメされた黄色いドラゴンのユニットを置く。


「あれは逆に攻撃が強いけど体力がないユニットダヨー。相手に攻めに行くときに使うといいヨ。

 それから、自分のユニットを置ける範囲ってお互いに決まっててネ、

 樹の場合はちょうどあの騎士とドラゴンがいる横列までが範囲ダヨ。自分のキングマスの前の横三列の範囲ネ」


 小蘭が説明を終えると、鵺一に番が回る。鵺一は今までの小蘭の説明を頭のなかで繰り返しながら、まずは樹のドラゴンの目の前に、中華帽をつけて中華鍋をかかえた巨体のパンダのユニットを置く。こいつも騎士と同じく防御型だ。

 鵺一は早速動いて攻撃をしようとした。が、移動ボタンも攻撃ボタンも見当たらない。


「えっとね、置いたばかりのユニットは移動も攻撃も出来ないんダヨー。動かして攻撃できるようになるのは次のターンからナノ」


 小蘭が再び説明を入れる。そういうことなら、と鵺一はパンダの右隣にもう一体、長靴を履いた猫のようなユニットを置いた。


「今、鵺一はコストが2のパンダと、コストが1の猫を置いたから、コストを3使ったヨ。ほら、ここの数字が減ってるデショ?他に何かしたかったら、コストが2以内のものじゃないと使えないヨ」


 小蘭が指差す「cost」と書かれた部分を確認すると、確かに数字が減っていた。この数字内で行動を調整しないといけないようだ。

 残り三枚の手札を眺め、特にできることはないと小蘭に伝えると、小蘭はここを押せと画面の左端のボタンを指差す。誘導されるままに鵺一がそのボタンをタップすると、画面に演出が走り、自分のターンが終了した。そしてまた、樹に順番が回る。あのボタンはターンを順番を進ませるためのボタンのようだ。


 樹の二ターン目。黄色いドラゴンが右にスッと動き、鵺一が置いた猫の目の前にくる。そして画面が黄色いドラゴンと猫が向かい合わせに立ち睨み合うような、そんな絵になると、黄色いドラゴンが口をガパリと開き、勢いをつけて炎を吐き、猫を攻撃する。

 猫の体から「-60!」と数字が飛び出ると、猫はそのまま倒れ、パン!と弾けるように消滅してしまった。一連の演出が終わり、再びフィールド画面に場面が戻ると、猫はフィールド上からも消えていなくなっていた。倒された、ということだろう。


「おい、猫がワンパンされたぞ!?」


 動揺する鵺一をよそに、黄色いドラゴンにカードが回るようなエフェクトがかかる。その演出が終わると、「ATK UP!」の文字が表示された。


「うーわ、樹ってば攻撃力上げてきたヨー。今みたいに、コストを消費してサポートカードを使うことも出来るんダヨ。攻撃力とかを上げたり下げたり、相手を吹き飛ばしたり、行動不能にすることもできるネ」


 小蘭がそう解説をしている間に、樹は自分の番を終えて鵺一に番を回す。

 あなたの番です。と文字がスライドする演出が終わると、コストの数字が二つ増え、手札もデッキから二枚補充された。鵺一は早速、残っているパンダをドラゴンの目の前へ動かし、ドラゴンを攻撃する。と、画面にルーレットが現れた。


「ユニットには弱攻撃スキルと強攻撃スキルがそれぞれあってネ、どっちで攻撃するかはこうやってルーレットで決めるノ。さっきのドラゴンは強攻撃が当たったんだネ。

 でも、見たらわかるケド、ミス!の部分が当たったら攻撃を外しちゃうから気をつけてネ」


 小蘭の言う通り、ルーレットの中には赤く塗られた「中華ボンバー 40」と書かれた部分が六分の一ほど、その両脇に「パンダキック 10」と書かれた青い部分がそれぞれ九分の七ぐらい、灰色の地に「ミス! 0」と書かれた部分が残りの十八分の一と言った配分で置かれていた。

 鵺一はタップをして、そのルーレットを回す。カラカラカラという効果音付きで勢いよく回り、二秒ほどで勢いが弱まると針が青い部分に差し掛かったところで止まった。

 するとルーレットが画面から消えて、先ほどのようにパンダとドラゴンが対峙する場面に切り替わる。

 パンダがドラゴンによたよたと近づき、バシッとキックをお見舞いする。仰け反るドラゴンから、「-10!」と数字が飛び出し、再びフィールドに場面が戻る。

 その状態で、小蘭がドラゴンを指差して見て、と鵺一を誘導する。ドラゴンの中心から少し下辺りに、今まで表示されていなかった緑色のバーが現れていた。少し減っているところを見ると、どうやら残りの体力を表すバーのようだ。攻撃を与え、体力が減ると表情される仕組みらしい。


「って、あまり減ってないじゃないか!もう一発攻撃を……」


「それは無理ダヨ鵺一。一度動いたり攻撃したユニットは、もうこの番では動かせないヨ。でも困ったネ、相手は攻撃力が上がってるシ、このまま殴りあったらこっちが負けるヨ」


 小蘭曰く、攻撃力アップは次の攻撃の与ダメージが二倍になるというもの。パンダの体力は180。もう一度強攻撃を出されても耐えはするが、彼女の言う通りこちらの攻撃で削りきる前にこちらが倒される。

 何かいい手札は無いのか、と鵺一は手札を確認する。すると、面白い効果のサポードカードを持っていることに気づく。消費するコストは三つと大きめだが、今は四つ持っているので使用できる。


「よし、こいつにこれを使ってみるぞ!」


 鵺一はカードをタップし次にかけたい対象であるパンダをタップする。と、パンダの四方に黄色の四角いエフェクトが発生し、キン!とバリアがかかるような演出が走る。


「あっ、てめ、カウンター張りやがったな」


 樹の方から声が上がる。鵺一が今パンダに付けたカウンターの効果は、一度だけ相手の攻撃をそのまま相手に跳ね返すと言うもの。つまり、今攻撃力を上げたドラゴンでパンダを攻撃すれば、そのままダメージがドラゴンに跳ね返り、運が悪ければドラゴンが自滅してしまうだろう。鵺一はここで番を樹に回す。


「くそ、オレ、コスト残ってねえんだよな……」


 そう樹は舌打ちすると、ドラゴンを一、二、とパンダの左隣になるように動かし、攻撃を仕掛けずに待機させる。どうやら、パンダを無視してキングマスを直接狙いに行くようだ。そのまま樹は自分の番を終える。

 三度鵺一の番になり、手札とコストが補充された。と、小蘭が鵺一に耳打ちする。鵺一はわかったと言うように頷き、パンダで左隣にいるドラゴンを攻撃する。

 攻撃ルーレットで、今度は「中華ボンバー」が当たり、ドラゴンに40のダメージが入った。ドラゴンの体力が一気に削れ、バーがごっそり減ったものの、まだ微妙にメーターが残っている。しかし、あとは弱攻撃一発だけでも倒れそうだ。

 鵺一はそこで番を終えた。


「ふははははは!そこで番を終えるとは馬鹿め!初心者だからって手加減しねーからな!出でよ!!アポカリフォーォォス!!!」


 番が回ってくるや否や、樹が勝ち誇ったように高笑いしながら、パンダの目の前に、影を纏った黒い龍体に、その鱗が怪しく青く煌めいた、仰々しくも明らかにレアだとわかるような大きな海蛇のようなユニットを召喚する。そして、パンダの左隣で今にも死にそうになっている黄色いドラゴンでパンダを攻撃した。

 いつもの攻撃演出に画面が切り替わると、ドラゴンは最初と同じようにパンダにブレスを吐く。しかしパンダのカウンターバリアがそれを跳ね返す。攻撃力も倍になっていたドラゴンは、120のダメージを跳ね返され倒れた。

 今のは、パンダのカウンターを消すためにわざと犠牲にしたのだろう。


「さーあ鵺一!オレのアポカリフォスはドラゴンよりも攻撃は高いし体力も多い!次の番でそのパンダなんか八つ裂きだーー!!」


 勝ちが見えたのか、嬉々として物騒な発言をする樹は番を終えると、にやにやとドヤ顔を鵺一と小蘭に向ける。もはや画面など見ていない。

 しかし、そんな樹に、鵺一と小蘭は更にニヤァと怪しい笑顔を返した。

 パンダが一つ後ろへ下げられ、アポカリフォスとパンダの間に空きマスが生まれる。そこに、何かが配置された。


「馬鹿は貴様だ樹ィィィ!!」


「そーダヨ!くらえ小蘭ちゃんの切り札!美しき革命の聖女、ジャンヌゥゥゥゥゥゥ!!!」


 小蘭が声を張り上げると同時に、配置された時にかかる円形のエフェクトがパァンと弾け、光の中からブロンドの長い髪をなびかせ、蒼い鎧を身につけた凛とした女性が、白地の周りに金の房をあしらったような旗を天高くかがけて現れる。


「お前、ジャンヌなんか持ってたのかよ……!さっきは出してこなかったじゃんか!」


 樹から驚きと戸惑いの声が上がるが、小蘭はニヤニヤするだけで答えない。

 だが、ジャンヌは置かれたばかり。攻撃を仕掛けることは出来ないどころか、置いた場所も樹のアポカリフォスの目の前だ。それをわかっているのか否か、鵺一は番を終える。


「はん!やっぱり馬鹿はお前らだ!パンダを盾にジャンヌを召喚すりゃいいものを……!オレのアポカリフォスで聖女なんか貫いてやる!」


 番が回ると樹はアポカリフォスにサポートカードを使った。攻撃力二倍のカードをまだ持っていたようだ。そしてすぐさま、強化したアポカリフォスでジャンヌを攻撃する。画面が二体が対峙する戦闘画面に切り替わり、アポカリフォスが大きく巨体をうねらせ、ジャンヌの頭上から尾を叩きつけた。

 が、ジャンヌがそれをヒラリとかわし、「ミス!」と文字が表示される。


「なんでだァァァァァ!!!」


 その瞬間、樹の絶叫が教室に響き渡った。鵺一はビクッと肩を跳ねらせたが、小蘭は今の流れでだいたい何が起こったか察していた。


「あいつルーレットでミス当ててやーんノ!ウケるネ(笑)」


 樹は、アポカリフォスの攻撃ルーレットで爆死したようだ。


 他にできることなどないにも関わらず、往生際の悪い樹の意味のない粘りによりなかなか番を終えず、とうとう制限時間により番が強制的に終わらされ鵺一の番に変わる。

 相変わらず鵺一と小蘭はニヤニヤしたままだ。


「鵺一くぅん、さっき言った通りにやっちゃっテー」


「先輩うぃーす」


 明らかに馬鹿にしたようなやり取りを見せると、鵺一が手札からサポートカードをジャンヌに使用する。

 それは樹が使っていたような攻撃力を倍にするものではなく、パンダにかけたカウンターのような防御系でもなかった。


「これでジャンヌの攻撃は貫通するヨ!」


 小蘭は高笑いしながら鵺一に「ヤレェェェ!!」と号をかけた。

 ジャンヌとアポカリフォスの戦闘画面に切り替わり、ジャンヌが再び天高く旗を掲げる。するとその先に光が集まり、旗が金色に輝き輪郭をぼやかしていく。パァンと光が弾けると、そこには白く輝く美しい聖槍が握られていた。

 ジャンヌはその聖槍をクルクルと回し、アポカリフォスに狙いを定め一気に貫いた。

 アポカリフォスは苦しそうなうめき声をあげ、「-500!」という表示を出しながら倒れると、サァ、と体が砂が崩れるように消えていった。

 更に、その二マス後ろにいた、樹のキングマスを守るように塞いでいた騎士にも「-200!」とダメージが入り、そのまま倒れフィールドから消えた。貫通攻撃とは、目の前の一体だけではなく直線上三マスに攻撃が入るのだった。


「お、オレのアポカリフォスがァァァ!!」


 樹はやってられねえと言わんばかりにスマホから手を離す。


「馬鹿ダヨネェ、樹は。さっきのターンで逃げれば良かったノニネ。ジャンヌは闇特攻持ちダカラ、アポカリフォスは確実に倒せるヨ。強攻撃を当てたのはさすが鵺一って感じダケドネ」


「お陰で門番みたいなやつも倒せたしな」


 では、と鵺一は更に手札からサポートカードを選び、残ったコスト1を支払い、パンダに対して発動する。その効果の内容は、ユニットをキングマス以外の好きな位置にワープさせるというもの。そしてワープ後には、一マスだけ移動か攻撃を仕掛けることが出来た。

 であれば当然、鵺一が選んだ移動先は、樹のキングマスの目の前。


「俺達の勝ちだな、樹」


 鵺一は樹のキングマスにパンダを置いた。



 *



「で、ここまで長い文章でゲームの内容を説明したわけだけど、それをやった理由は後でわかるとして、とにかく!今はこれが流行ってんだ」


「本当にな。『こういうルールのゲームが流行っている』で終わらせたら五行で終わったのにな」


「うるせえ!もうそこはいいだろがよ!触れんな!」


 あまりして欲しくない会話を交わしながら、三人は他にどんなユニットがいるのか確認しながら鵺一にもゲームのダウンロードを勧めたりと雑談を続ける。


「……今の、騎士を生贄にしてアポカリフォスの特性発動させれば良かったのにな」


 突然、樹の背後で声がした。


「アポカリフォスの特性は、味方を一体生贄にすることで致命的なダメージを受けても一度だけ耐えれるやつだろ?それで猶予をもうけりゃ良かったんだ。そうすりゃジャンヌの攻撃を受けても耐えられたし反撃もできた」


 ボサボサで少し緑がかった黒い短髪に、太い眉毛。左目の下に白い絆創膏を貼った男子生徒が、話しかけると言うよりは、独り言のように呟く。


「ま、ルーレットを外すようじゃ意味ないけどな」


 それだけ言うと男子生徒は三人から離れ、教室から出ていった。その姿を見送りながら、小蘭は首を傾げる。


「樹ィ、もしかして冥崎(めいさき)くんと知り合イ?」


「いや?今まで話したことすらねぇな。あいつもスタユニやってんのかな」


 三人は初めて言葉を交わしたクラスメイトが去った引き戸をしばらく見つめてから、再び視線を手元のスマホに戻した。


「で、鵺一はダウンロード終わったのか?終わったなら今度は協力モードやろうぜ!」


「ああ、今の明らかに『長い文章で説明をする必要があった理由』っぽいやりとりの間にダウンロードは終わったぞ。いつでも付き合ってやろう」


「だからもうそこには触れんなっつっただろうがァァァァァ!!しかも今の別に理由じゃねえんだわ!!!忘れろ!!」


 バァンと樹が勢いよく机を叩き立ち上がると同時に、教室の外から三人に向かってバタバタと男子生徒が慌てたように中に入ってきた。


「やっぱり教室にいた!あ、あの!助けてください!」


 ゼェゼェと息を切らしてやってきたのは、慎太郎だった。



 *



「で?次は誰が相手よ?」


 緑原学園から少し離れた、小さなショッピングモールの中に休憩スペースとして設けられたフードコートの一角で、緑原の制服を着た男子生徒が青ざめた顔でスマホを見つめる。その画面には「LOSE」の文字が赤く光っていた。


「はーあ、スタユニ強いって言ってたから相手したのにさぁ、弱すぎてがっかりだわ」


 明るめの茶髪を長く無造作に伸ばした、襟口と袖、そして裾と前に付いたファスナーの部分を縁取るように緑のラインが入った、いわゆるファスナー式の学ランの男が退屈そうに首を振る。


「一番強いって言ってた眼鏡くんも負けた途端ビビって逃げちゃったみたいだし?もう完全に君らの負けっしょ」


 ニタニタと薄気味悪く男は笑うと、呆然として画面を見つめたままの男子生徒に、何かを催促するかのように手を差し出す。


「はーい、じゃ、約束通り賞金払ってねー」


「待てよ、まだ終わってない……!」


 呆然とスマホの画面を見続ける生徒の後ろから、同じように緑原の制服を着た生徒が二人、男に向かって抵抗の声をあげたが、だからぁ、と男に遮られる。


「君も君も、そこの君も、そして眼鏡くんだってみんな負けたじゃんか。もう無駄なあがきはやめて全敗したこと認めなよぉー」


「で、でも!お金を払うなんて聞いてないし、最初はそう言ってなかったじゃんか!」


 生徒の一人がそう反論するも、男はそれを聞き終わらないうちにガアンとテーブルを蹴り飛ばし乱暴に倒した。ガシャンと大きな音を立てながら、テーブルは地面に打ち付けられる。


「おいおいおーい、勝者に金払うのは当然だろーが……これ以上ワガママ言うなら、ボス呼んでやろうかァ……?」


 低くドスを効かせた声で、前髪の隙間からこちらを睨みつける男の威圧感に、生徒達はヒッと喉を鳴らした、その時。


「待った待った!まだこちらには勝負できる人間がいますー!」


 そう叫びながら慌てたように慎太郎が樹達を連れてフードコートに戻ってきた。


「話は聞かせてもらった。いきなり勝負を仕掛けておいて、後から理不尽なことを言ってカツアゲしてるそうじゃんか。このスタユニの天才が懲らしめてやんよ」


 樹は倒れたテーブルを起こし、近くから椅子を一つ持ってくるとその椅子にどかっと座り、スマホをテーブルの上に置いた。

 男は敵意むき出しの樹の様子を鼻で笑った。


「カツアゲだなんて人聞きが悪いねぇ。勝者に賞金払えっつってんの。ま、君が勝てたらチャラにしてあげてもいいけどな」


 男はニタァと口角を釣り上げ、同じように自身のスマホをテーブルの上に置く。


「さあ、勝負と行こうかァ」


 静かに睨み合いながら火花を散らす樹と男を見て、鵺一は何か納得したように手をポンっと打つ。


「なるほど、これが『長い文章で説明する必要があった理ゆヴッ」


 全て言い終わらない内に小蘭に思いっきり鳩尾をエルボーでど突かれ、鵺一は口を塞がれると同時に沈んだ。



 *



「うそ、だろ……」


 樹は自分の画面を呆然と見つめていた。そこには、赤い『LOSE』の文字が光っていた。


「残念だったねー。んじゃ、君も賞金払ってねー」


 ニヤニヤと笑う男に、樹はキレた。


「ずるいずるいずるいずるい!!!今の絶対!!絶対に不正だ!!不正だーーーーーーーーァァァァァ!!」


 子供のように駄々をこね出した樹に小蘭も便乗して騒ぎ出す。


「どう見ても不正ダヨ!!出したユニットの数と使えるはずのコストの数が合わないモン!!ずるいヨ!!コスト無限なんじゃないノ!?ズルダヨ!!!」


 ギャアギャアと騒ぐ二人に、やれやれと男は首を振った。


「証拠は?俺がズルしたって証拠はどこにあんだ?俺のコストなんてそっちからじゃわかんねえし、そもそも誰も俺の画面見てないっしょ?まあこっちの手の内晒すことになるから見せないけどー」


 そう男は言うと、樹の目の前に手をかざした。


「五万だ。一人五万ずつ持ってこい。今すぐは可哀想だから、三日後にまたここに持ってこいよ。持ってこなかったら……どうなるかわかってるよなぁ?」



 *



「僕のせいで巻き込んじゃって、本当にごめんなさい……」


 翌日。

 放課後になると、すぐに高等部の1-Cの教室に慎太郎が顔を出しに来た。


「慎太郎は悪くねえよ!あの不正野郎が悪い!」


 頭を何度も繰り返し下げ続ける慎太郎に、樹は首を振りながら、頭をあげるようにと肩を叩く。


「でも、どうしよう……。他のみんなはもう諦めて従うことにしたらしいですけど……」


「オレは従わねえぞ!後から金よこせだなんて理不尽すぎる!」


 オロオロとする慎太郎の言葉に、樹は更に首を大きく振るとそう言い切った。


「つーか鵺一!お前があそこであいつしばけば解決できただろ!」


 樹は、昨日はやけに大人しくしていた鵺一につっかかる。鵺一は普段こそ悪さをしている連中に対して「始末すればいいんだな」の精神で竹刀を振り回しに行くバーサーカーだ。そこは姉の撫子譲りというかなんというか。

 だが、昨日はそんなことをせず、ただじっとしていた。それが樹は気にくわない。


「俺があそこで手を出せば、援軍を呼ばれて更に酷い事になっていたかもしれないぞ。樹と小蘭だけだったら暴れていたが、慎太郎や他のみんなに危害が及んでしまっては駄目だろう」


「「おいテメェそれどういう意味だ」」


 慎太郎達を心配して暴れなかったのはいいが、樹と小蘭は別にどうでもいいと答えた鵺一に二人はガッと詰め寄る。すかさず慎太郎が間に入り、落ち着いて、と二人を制した。


「喧嘩してる場合じゃないですよ!払わないならどうするんですか!」


 深刻そうに訴えかける慎太郎に、樹は「そんなの決まってるだろ」と呆れたように返す。


「あいつのスマホに爆弾仕込んで殺してやる」


「落ち着いてって言ってるでしょ!!」


 さらりと物騒な発言をする天才少年の両肩を掴むと、慎太郎は大きく揺さぶった。


「何言ってるんだ慎太郎。オレは落ち着いてる。だからあいつのスマホに爆弾仕込む」


「落ち着いてない!頭の良さはどこ行ったの!?帰ってきて!」


「大丈夫ネ慎太郎。証拠は残さずやる(殺す)カラ」


「大丈夫じゃない!ルビが不穏!!頼むからみんな落ち着いて!!殺人は良くないよ!!」


 慎太郎の言葉をうるさいという風に大きく手を振りかき消すと、樹はうんざりしたように声をあげた。


「だぁってあんなの不正じゃん!!!毎回毎回手札全部使い切ってさ!!コスト無視じゃん!!さらに高レアばっか!!どう考えてもあんなの」


「チートだな、それ」


 突然会話に割り込んできた声に、四人が振り返る。そこには、ボサボサで少し緑がかった黒い短髪に、太い眉毛。左目の下に白い絆創膏を貼った男子生徒が立っていた。


「デバッグ用の機能を外部のツールを使って無理やり発動させたんだろうな。外部ツールを経由されると特定が難しいから、そうやって運営から逃げてるってわけ」


 樹はじろりと、男子生徒を見やった。


「また立ち聞きかよ冥崎」


「またっていうか、単純にお前らの声が大きいだけだよ」


 冥崎は嫌そうに顔をしかめた。


「で?チートに負けて怒ってんの?そんなの相手にするだけ無駄だし、さっさと忘れた方が賢いぞ」


 淡々と告げる冥崎に、樹も鬱陶しそうに顔を歪める。


「そう簡単に言うけどな、こっちにはそうもいかない事情があんの!っていうか昨日といい今日といい、お前なんだ?やけにスタユニ詳しそうだし……」


 とそこまで言いかけて、ハッとした顔つきになる。その表情に察したのか、小蘭と鵺一も顔を見合わせてから樹の様子を伺う。慎太郎も何かを期待するかのように冥崎の顔を見つめるが、その冥崎は一人ピンとこないで訝しげに四人を眺める。すると、樹は思い直したように首を振った。


「いや、関係ない奴をさらに巻き込むわけにはいかねえな。ただでさえ不良が絡んでるんだし」


 樹の言葉に小蘭と鵺一と慎太郎もそうだなと言わんばかりに頷き、冥崎から視線を外し会話に戻っていく。


「でもどうするヨ?五万なんて用意できルノ?」


「だから金は渡さねえって言っただろ!あいつに爆弾握らせて殺せば全部なかったことになる」


「神原君はいい加減爆弾から離れて!?」


 作戦会議なのか、相談なのか、それとも漫才なのか、いい案が浮かばず暴走する四人の会話を端で聞いていた冥崎が、しばらくしてもう一度会話に割り込んだ。

 その発言に、四人は目を見開いた。



 *



「おいおいおーい?俺は金を持ってこいって言ったんだけどぉ?」


 男から言い渡された約束の日。樹達は例のフードコートの一角に集まっていた。

 テーブルを挟んで男と向かい合うように、ボサボサで少し緑がかった黒い短髪に、太い眉毛。左目の下に白い絆創膏を貼った男子生徒が座っていた。


「だから、俺に勝ったら金を渡す。最後のチャンスぐらいくれたっていいだろ、負ける気ないんならさ」


 淡々と、冥崎が男にそう告げると、男は馬鹿にしたように声を上げて笑った。


「お前さあ!わかってんの?お前も負けたら賞金渡すんだぞ?お友達から聞いてるはずなのにわざわざお布施に来てくれたの?ありがとなぁ!」


 笑い続けながら男はスマホを取り出しテーブルの上に置き、勝負を受けてやろう、と言うようにこいこい、と手を招く。冥崎はその挑発に対して表情を変えることなく、同じくスマホとタブレットを取り出しテーブルの上に置いた。

 そのまま黙々とマッチング画面までゲームを進める冥崎の背中を、慎太郎とカツアゲの被害にあった生徒達は後ろから心配そうに見つめる。

 樹達も正直不安だった。冥崎は自ら、チートとわかっている相手に対して勝負を挑むと言い出し、自分も連れて行くように樹達に申し出た。何か策があるのかと思ったが、本人には「そんなものはない」ときっぱり言われてしまった。ますます不安だ。本当に大丈夫なのだろうか?


「じゃあ、勝負といきましょうかねえ!」


 マッチングが終了し、男の声とともに、対戦が始まる。今回はお互いのスマホ同士だけでなく、冥崎が持ち込んだタブレットも観戦モードで繋ぎ、それを樹に渡して外野も試合を見やすいようにしてくれた。と言うより、冥崎は外野に邪魔されたくないからこれで見ろ、と渡したようだった。

 まずは男の番からだ。男はまずキングマスの目の前である三列目の真ん中のマスに、暗い緑色に白い斑点模様のクジラを置く。そして、自陣の一列目に、赤黒い毛並みに赤い爪を携えた狼を置いた。


「……お前、チート使ってるんだって?」


 男の番が終わると、自分の手持ちを確認しながら冥崎が男に話しかける。


「お前がコスト無限のチートを使ってるって聞いた。そこまでして勝ちたいのか、それとも金が欲しいのかはわかんねえけど、本当だったら雑魚だな」


 そう吐き捨てるように言うと、冥崎は狼の目の前に城の形をしたロボットのようなユニットを置く。

 男は冥崎の挑発に、うっすらと青筋を立てながら低い声で舌打ちをする。


「雑魚だなんて言ってくれるなァ……それに俺はチートなんざ使っちゃいねえっての、証拠もねえのに適当なことほざいてんじゃねーぞ」


 画面から目を離し、睨みつけてくる男の態度にも、冥崎はやはり表情を一つも変えずにスイスイと操作を続け、番を終えた。


「はん、無視とはいい度胸じゃねえかよ。その鼻へし折ってやる」


 男は得意気にサポートカードを赤い狼に使った。攻撃力倍のカードだ。そうして強化された狼で、冥崎の城型ロボットに攻撃を仕掛けた。


「ま、まずいですよ!あの狼ってコスト4のレアでしょう!?攻撃力倍の状態なんかにされたら、体力が多めの城でも一撃でやられますよ!?」


 慎太郎がそう捲し立てながら何故か鵺一の肩を揺さぶる。スタユニにまだ詳しくない鵺一はされるがままにガクガクと揺さぶられるだけだった。

 そうやって外野が息を飲み見つめる画面の先で、狼が城を攻撃した。カキン、と黄色く光る四角いエフェクトが展開され、狼の攻撃を跳ね返した。狼は「-320!」の表示を飛ばしながら倒れた。


 カウンターバリアが発動したのだ。


「なっ、テメェいつの間に……!」


 仕留める気満々でいた男は、動揺を隠せないままガタッと席を立ち冥崎を睨みつける。冥崎はそんな男を嘲笑った。


「勝つ気でいるならちゃんと画面見てろ、雑魚」


 そう、さらに男の神経を逆撫でする。

 どうやら先程の挑発は、男の意識を画面からそらすためにわざとやったようだ。


「……そんなに死にてえのかテメエ。上等だ、城ごと潰してやらァ!」


 完全に頭に来た男は、城の前列を壁を作るかのように三体のユニットで塞いだ。城の目の前に一体。その両隣に一体ずつ。そうやって並んだ三体は、どれもが一目で高レアリティだとわかるように、派手なデザインをしていた。


「ありえないですよ!あんな高コストのユニットを一度に出せるはずがない……!というか、さっきのサポートカードでコストは使い切ってるはずなのに!」


 慎太郎は鵺一を更にガクガクと揺さぶりながら、男のチートに声を荒げる。


「あの野郎、本当に卑怯な奴だ!オレ達の時も五体同時に出してきたし、高レアばっかポンポン出しやがって!爆弾だ!爆弾で殺せ!」


「爆弾じゃぬるいヨ!毒殺ダヨ!今から毒をあいつに塗りたくって殺すヨ!!」


 前回やられたことを未だに根に持っているのか、樹と小蘭の発言が更に過激になる。しかし男はそんな外野の声など知らないと言わんばかりに高笑いしながら番を終えた。


 冥崎は、回ってきた自分の番をそのまま飛ばして男に順番を返した。

 冥崎以外の全員の動きが止まる。


「あっひゃひゃひゃひゃ!!なになに?ビビって戦意喪失しちゃったァ!?こりゃ傑作だわ!!」


 男は大げさに体を反らせて爆笑する。その一方で、樹と小蘭は冥崎に「何してんの!?」と問い詰めている。


「ま、いーわ!んじゃ、ちゃちゃっと決着つけてあげるなァ」


 笑いをこらえながら、男は画面をタップし、攻撃力倍化のサポートカードを城の目の前に置いた白銀の鎧を身につけた、大きな戦士に使う。


「ばいばーい!」


 そして、攻撃の画面に切り替わると、戦士は持っている紅蓮に輝く大剣を城へ突き刺す。「-360!」の表示が現れ、城はそのまま崩れ去った。

 ように見えた。


「これだからニワカは」


 と、場面がフィールド画面に戻り、城を中心に爆発が起こる。爆風に巻き込まれた三体の高レアユニット達は、各々の体から「-9999!」と数字を飛ばすと、全員倒れてフィールドから消え去った。

 その演出が終わると、フィールドに残っていた煙が晴れ、城が何事もなかったかのように場所を変えず姿を現した。


 何が、起きた?


 今まで見たこともない演出に、樹達も、男も、全員が目を丸くする。

 その中でただ一人、冥崎だけが得意そうな顔をしていた。


「この城はな、体力が多い分攻撃力がとても低い防御型なんだけど、面白い特性を持ってるんだ。『相手ユニットの撃破に成功した場合、次に攻撃を受けた時にダメージを軽減、かつ誘爆する』ってな」


 冥崎はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、トントンと城を指し示すように、自身のスマホの画面を指で叩く。


「この誘爆って即死攻撃でさ、自分の周囲8マスにいるユニットは敵味方問わず即死すんだ。だから、お前が安い挑発に乗って前に並べてくれてよかったわ。わかってる人間なら、城を出されたら遠距離で処理しようとするはずだからな」


「て、テメェ……!」


 ギリギリと苦虫を噛み潰したような顔で歯ぎしりをする男に、冥崎は更に吐き捨てた。


「高レアばっか出せば勝てると思ってんじゃねえぞ、初心者さん」


「ほざけ!」


 男は癇癪を起こしながら、乱暴に画面を叩くと誘爆で倒れたユニットがいた位置にまた三体の高レアリティのユニットを置く。何を言われようと高レアリティで叩き潰そうとするスタンスは変えないようだ。

 しかし、配置直後はすぐに攻撃ができない。いくらチートを使っていようとも、そのルールシステムまで書き換えることはできなかったようだ。だが、男は先程とはうってかわって余裕そうに笑みを浮かべた


「高レア三体潰したから何?また置けばいい話じゃん?城はもう誘爆しないんだろ?体力だってほとんど残ってねえし、強がんなくていいんだぞ、クソガキ」


 だから次で殺す。必ず殺してやる。と言いながら、ニタニタと男は冥崎をおちょくるように指差す。

 それでも、冥崎は表情を変えないどころか、男を無視して回ってきた自分の番を淡々とこなす。


「もう一度同じ手を使ってもいいんだけど、カードはまだ来ないし、繰り返すのも芸がないしな……」


 そうブツブツと呟きながら、冥崎は城を右に1マス動かすと、城が元いたマスにユニットを新しく配置した。

 ボウ、と青白い炎がマスに現れ、派手に燃え上がる。そしてその炎が一瞬にして消えると、中から黒い衣装を身に纏った、白髪の渋い初老の男が現れる。手には、ドクロをあしらったような派手な装飾の鎖鎌を握りしめて。


「あれは、冥界の王ハーデス!」


 ややっ、と慎太郎が眼鏡をクイッと持ち上げて反応する。どうやらすごいユニットのようだが、そのすごさがいまいちよくわからない鵺一は首を傾げる。よくわからないが、冥崎も高レアリティのユニットを出したということだろう。

 そのまま冥崎は番を終えると思いきや、城のユニットをハーデスにスライドする。

 城はハーデスに吸収されるように消えると、ハーデスに薄く虹色に輝く丸いエフェクトがかかる。

 その演出に、男が顔を引きつらせた。


「おい、あれはどういう状態なんだ?」


 男と同じように、あの演出の意味を知っている樹や小蘭、生徒達は、興奮気味にタブレットの画面を覗き込む。が、唯一意味を知らない鵺一は、慎太郎にその意味を尋ねた。


「あれは『無敵状態』ですよ!」


 慎太郎もまた、興奮気味に答える。


「ハーデスの特性で無敵になったんです!このユニットは生贄を捧げることにより防御系のバフがかかるのですが、その生贄のユニットが何体敵を倒していたかによってバフの内容が変わるんです。

 一体も倒していなければ、次のダメージを一回だけ軽減、一体倒していれば、次のダメージを一回だけ半減、二体以上で次のターンの間はずっとダメージ半減、三体以上で次のターンの間は無敵になるんですよ!」


「無敵っていうのは、つまり」


「次のターン、ハーデスにダメージが入ることはありません!」


 慎太郎と鵺一の会話を背に、冥崎はしたり顔で自分のターンを終え、男に回した。


「小癪な……!このクソガキがぁ!」


 男はハーデスの前にいるユニットは動かさず、その両隣にいたユニットを一つ前のマスへ進め、ハーデスを三方向から囲むように配置する。そして、その動かしたユニットがいた場所に、新たに二体の高レアリティユニットを置いた。


「何が無敵だ!次で殺してやる!」


 そのまま男は三枚のサポートカードを使い、攻撃力をがむしゃらに上げ、手札を使い切った。


「ハッ!無敵なら1ターン待てばいいだけの話だ!もうお前の負けだ!諦めろ!」


 男は凶悪な笑みを浮かべ冥崎に降参しろと強いる。しかし、冥崎はうるさそうに顔をしかめるだけだった。


「いいからさっさと順番回して」


「はい?まだ悪あがき?無駄だってーもう勝てないんだから早く降参しろって」


 既に勝った気でおちょくってくる男のセリフを遮るように冥崎がドンっとテーブルに拳を振り落とすと、男を睨みあげながら低い声で命令する。


「さっさと回せ」


 その気迫に少し押されたのか、男は舌打ちしながら自分の番を終えて順番を冥崎に回した。

 冥崎はすぐにいつもの無表情に戻ると、何事もなかったかのように画面をスイスイといじる。


「ところでさ、コンビネーションカードって知ってる?」


 ピタ、と手を止めた冥崎が、その場にいる全員に問いかけるように呟いた。


「特定のユニットにしか使えない専用のサポートカードなんだけどな、そのユニットがフィールドにいて、かつ召喚したばっかじゃない時にしか使えないんだ」


 冥崎が手札から一枚カードを選んでタップした。


「ただな、その分強い効果を持っていてコストも結構かかるんだ。だから俺はまず最初にこれを使う」


 そう言って冥崎が発動させたサポートカードは、「無料引換券」と書かれたカードだった。


「無料引換券って、使うとコスト無しでもう一枚カード使えるんだっけ?」


 樹がそう小蘭に確認すると、小蘭は頷く。なるほど、そういうことか。

 そのやりとりが後ろでされている中、冥崎はもう一枚カードを選び発動した。


「受け取れ、『姿隠しの兜(ヘルムオブダークネス)』」


 その声と共に、ハーデスが漆黒に鈍く輝く兜を受け取り装着する。と、画面全体に闇が広がり、全て真っ暗になり何も見えなくなった。刹那、画面が一瞬白く点滅し、パッと明るさが元に戻る。と、ハーデスの周りにいた五体のユニット全員が、「-9999!」の表示と共に崩れ消えた。


「な、なんだよそれぁぁぁぁ!!」


 突然の全滅に、男は取り乱しながらテーブルを力任せに叩く。


「ハーデスにこの兜を使うと、自身の周囲8マスの敵を即死させるんだよ。神話の逸話通り兜で姿を消して攻撃したんだろうな。ただまあ、強すぎるからコストも本来は7使うんだけどさ」


 冥崎は淡々と男に何が起こったか説明をしながら、ハーデスを2マス前に動かす。動かした先の目の前には、男のキングマスを守るクジラがポツンと置かれていた。


「しかも、今のはユニット自身の攻撃じゃないから、兜を使った後に動かしてなければちゃんと動かせるんだよな。ということで」


 と、冥崎は当然のようにハーデスでクジラを攻撃する。男が今まで出したユニットの中で唯一レアリティが高くなかったクジラは、ハーデスが繰り出す青白い炎を食らうと「-120!」の表示を出して倒れた。


「ところでさ、俺の計算が正しければ、今のが10体目のユニットだよな?普通、デッキに入れられる10体のユニットが全滅するなんて中々ないんだけど、そうなった場合はもう何もできないから、キングマスを取られてなくても負けになるんだったよな」


 男の顔からは、完全に笑顔が消えていた。

 そんな男に、冥崎は悪そうにニヤリと笑う。


「俺の勝ちだ。ざまあみろ」


 わあっ、と後ろで見ていた外野が冥崎を囲んで肩を組んだり頭をわしわしと撫でたり、よくやった!という喜びを行動でぶつけ出した。冥崎は少し鬱陶しそうに手で払いのけるが、払いのけてもすぐに再開されてしまう。


「すごいです!すごいです!チート相手に勝っちゃうなんて!冥崎君ってめちゃくちゃ強いんですね!?」

 

 慎太郎は相変わらず興奮気味にガクガクと今度は冥崎の肩を掴んで大きく揺する。


「鮮やかすぎだろ!!何もかもが計算されててさ!天才だ!お前は天才だーー!」


 樹も冥崎をべた褒めしながら、慎太郎が揺すっている肩とは逆の肩を掴んで揺する。

 小蘭と鵺一、そして他の生徒達は、代わる代わる冥崎の頭を撫でたり叩いたりを繰り返し、冥崎を讃えた。

 ただ一人、黙り込む生徒を除いて。


「やっぱり、間違いない……あの戦い方、そしてデッキ構成、何よりその対戦中の声!」


 何かを確信した生徒は、そのままの勢いでツカツカと冥崎に詰め寄ると、問いかけた。


「お前、『プルト』だよな?」


 冥崎の表情が、しまった、というような表情に変わる。と同時に、樹もびっくりしたような顔に変わった。


「えっ、プルトって確か……スタユニ公式の大会で三連覇中の、あの動画配信もやってるプロゲーマー!?」


 樹が確認のために呟いた概要を聞き、全員が思わずバッと冥崎の方へ向く。


「……内緒な?」


 冥崎は少し困ったように手を合わせた。

 その反応で、更に全員の興奮が爆発しそうになったその時。


「ッッッざけんなテメェ!!」


 ガァン、といつかの時と同じように、テーブルが勢いよく蹴り倒され、激しい音を響かせる。またもや全員が驚き、ビクリと肩を跳ねらせてから音のした方へ振り向く。そこには、当然というべきか、男が鬼のような形相でこちらを睨んでいた。


「何が「俺に勝ったら」だ!大会の優勝者ダァ?勝てるわけねーだろテメェ!ふざけんな!そっちこそチートじゃねえか!賠償金だ賠償金!!」


 そう畳み掛けてくる男に、慎太郎や生徒たちは前回と同じようにヒッと喉を鳴らす。が、冥崎の表情は全く変わらない。


「ズルしといて勝てないと癇癪起こすとか、つくづく底辺だな。俺が出てきたのはお前がゲームを利用して金稼ぎなんてセコいことするから、お灸を据えにきたんだよ」


 冥崎は怯むことなく、真っ直ぐ男を見る。


「お前のせいで、スタユニを嫌いになってほしくない。純粋に楽しんでいるユーザーにはそういう目にあってほしくない。お前がただチートでマウント取りたいだけなら無視するだけだけど、実害出てるなら話は別だ」


 それに、と冥崎はちらりと樹達を見る。


「他人に迷惑かけたくないって自分達で解決しようとしてたし、そういう良識のある奴らにスタユニで嫌な思い出作ってほしくないしな」


 プロゲーマーのプルトは、度々配信動画の中で「ゲームは競い合うことはあっても基本は楽しむもの。悔しかったり悲しかったりしても、最後に楽しかったと思えれば勝ちだ」と語っていた。その言葉と今の冥崎の言葉が重なり、樹達は改めて、今目の前にいるのは本物のプルトだと認識する。


「ごちゃごちゃうるせえ!いいから金だせっつってんだろぉぉぉ!!」


 と、男は半狂乱になりながら、冥崎に向かって拳を振り上げる。流石の冥崎も焦った顔で咄嗟に防御の体勢を取る。ゴッと鈍い音が響いたが、それは冥崎に拳が向かった音ではなかった。


「いてぇ!!テメェ、手ェ出しやがったな……!」


 冥崎がゆっくり防御を崩すと、冥崎と男の間に立ちふさがるように鵺一が立っていた。手の指をキッチリ揃え、手刀を胸元に構えるように立ちながら、腹を押さえて地べたに座り込む男を冷たく見下している。


「鵺一!バカ!前回、慎太郎達への報復が怖いから手ェ出さないっつってたのに!」


「何してんノ鵺一ィ!この前の発言と行動が矛盾してるヨ!?」


 すぐさま樹と小蘭が慌てた顔で鵺一に近づき一気に捲し立てると、鵺一は今気づいたかのようにハッとした表情になった。


「いい度胸じゃねえか……そんなに抵抗すんならボスを……響弥さんを呼んでやるよ……響弥さんにボコられちまえ!」


 ヒハハハと狂ったように笑いながら、男はスマホを手に取り流れるように番号を入れると誰かに電話をした。


「もしもし!響弥さん!あの」


「うん、見てたよ」


 すぐ近場で電話に答える声が聞こえ、全員がその声の方を見る。フードコートのすぐ隣のテーブルに、スマホを耳に当て電話に答える、肩ぐらいまでの金髪に耳には派手な銀のカフスに赤いピアス。白いワイシャツを着崩した、まるでどこかのモデルかと見間違うぐらいの「イケメン」という言葉がぴったり当てはまる青年が、こちらを見て笑いながら手を振っている。

 青年は電話を切りスマホを仕舞うと、こちらに近づいてきた。


「響弥さん!ちょうど良かったっす!こいつら生意気なんすよ!だからシメちゃってください!」


 響弥(きょうや)さんと呼ばれた青年は、ニコニコと細めていた目をゆっくり開き、カラコンでもしているのか真っ赤な瞳を覗かせる。


「そうだね、わかった」


 そう言うと、響弥はまだ座り込んだままの男の鳩尾を思いっきり蹴り飛ばした。

 男は突然の痛みに声も出せずにうずくまる。


「負けた分際でイキがるな。テメーは負けたんだよ、ぐちゃぐちゃ言って俺に頼るんじゃねえ」


 赤い瞳を見開き、苦しむ男を見下ろしながら吐き捨てる響弥に、一同は恐怖を覚える。ジリジリと腰が引け、思わず逃げ出したくなるほどの威圧感。生徒の一人が今にも逃げ出そうと足を一歩後ろに下げた瞬間、響弥が今度はこちらの方に視線を向ける。思わずビクつく一同だったが、響弥はニッコリと最初の笑顔に戻っていた。


「バカがごめんね。こいつと何約束してたかは知らないけど、勝ったのは君達だから無視していいよ」


 そうニコニコ笑いながら告げると、響弥は男をそのまま置き去りにしてフードコートの出口へと向かって行った。その時、鵺一とすれ違いざまに、鵺一にしかわからないように囁く。


「お姉さんによろしくね」


 響弥が出て行くと、慌てたように男は立ち上がり「響弥さん待ってください!」と小走りに響弥を追いかけて行った。そうして不良達が出て行ったのを見届けると、一同はハアと大きく安堵のため息をついた。


「そうか、あの人が『響弥』か」


 鵺一の小さな呟きに、樹と小蘭が「なんだ?」と反応する。


「姉さんが言っていた。最近、この地区の高校に通う不良達を一人残らず倒してトップに上り詰めた男がいるって。それがさっきの響弥だ」


「マジデ!?あの人が不良の首領(ドン)ナノ!?」


 小蘭の驚く声に、鵺一はゆっくり頷く。


「響弥さん、か……」


 樹は、響弥が去って行った方角をしばらく見つめていた。



 *



「にしてもまさか有名プロゲーマー様がクラスメイトだったとはなー!」


 フードコートがある、小さなショッピングモールからの帰り道。家の方向が違う慎太郎と生徒達にしこたま礼を告げられてから別れ、同じ方向に帰る樹と小蘭、鵺一に囲まれるように冥崎は三人から構われる。


「その、あんま言いふらさないでくれよ?目立ちたくないんだ」


 冥崎は鬱陶しそうに三人の手を払いのける。


「構われるの苦手なんだ。一人でいる方が楽」


「そっか、だからいつもボッチだったんだネ。友達いないんダ」


「う、うるせえ!余計なお世話だ!」


 そう叫びながら払いのけても手を伸ばしてくる小蘭の腕ごとバシッと叩き落とす。が、やはり三人は笑いながら手を出してくる。


「まあまあ、友達ならもうオレ達がいるからいいじゃん!な、鵺一!」


「ああそうだ。助け合ったんだからもう友達だ」


「はあ!?何だその理論!?」


 ぶっ飛んだことを言う樹と鵺一に、思わず冥崎はツッコむ。しかしそんな冥崎のことなど全く気にせずに樹達は話を続けた。


「だからさー、今度からは後ろからボソッと言わずに、がっつり話しかけてくれよな、冥崎……いや、(かける)!」


「なっ、急に変な呼び方すんなよ!」


「あれ?お前の名前って『冥崎翔(めいさきかける)』だろ?」


 キョトンと返す樹に、そう言うことじゃない、と冥崎は訴えかけるが、この三人は全く取り合う気がない。


「ってことで今度オレのデッキにアドバイスくれよな、翔!」


「ワタシのデッキにもアドバイスちょーダイ!翔!」


「初心者の俺にオススメのデッキを教えてくれ、翔」


 翔、翔、と三人に言い寄られ、冥崎――翔は、大きくため息をつきながらも、まあこいつらならゲームを楽しんでくれそうだし、付き合ってもいいか。と軽く微笑んだ。

こんな長い文章をよく最後まで読んでくれたな。

ああ、すまない、私は前話振りの撫子さんだ。


今回はちゃんと読んでも対戦のくだりは分かりづらいと思う。情報が多すぎるし何より私も途中で混乱したからな。

だから、活動報告の方に解説を載せることにした。私と一緒に確認したい奴は読むといい。


しかし、響弥、お前まで出てくるとはな……他校の生徒だろうと、必ず風紀の名にかけてお前を成敗してやる……。

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