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第3話 姉と弟と俺と私

「と、言うわけですぅ~」


「前回やったその便利な入り方を今回もするな」


 第三放送室。前話でしたやりとりを、秋江と樹がそのまんま繰り返していた。

 ……前話って書くなって?いいんだよ、この物語では前話という概念が登場人物達にもあるので描写としても正しいし、伝わるもんなんだよ。ギャグコメディだからな!

 それはさておき、このままだと第三者に内容が伝わらないので、樹からいい感じに秋江に説明するよう誘導してもらう。


「で、何だって?何の騒動だって?」


「ですから、その騒動の発端である怪奇現象の噂の真相を確かめてほしいのですよぅ」


 今、緑原学園で持ちきりの噂があった。ここで七不思議を思い浮かべたそこのあなたは一旦それを忘れてほしい。それとは別の、最近になって突然広まりだした噂だ。

 とある中等部の生徒が、呪いをかけられているらしい。その呪いとは、見た者によって性別が変わると言うもの。胡散臭い話ではあるが、実際にそれを体験した生徒が複数人出ているようで、そのお陰で信憑性が増したのか、その生徒を探し出し体験しようと試みる野次馬根性丸出しの生徒達が連日押し掛け、中等部がちょっとしたパニック状態になっているようだ。


「私達は高等部ですから関係ないっちゃ無いんですけどぉ……お父さんが結構気に病んでて。そのうち傷害事件が起きたらどうしようって……」


「そんなレベルで人が殺到してんの!?この学園に野次馬どんだけいるんだよ!」


 樹は目眩を覚えた。


「ですから、お父さんの心配を無くすために、噂の解明と解決をお願いしますぅ」


「まぁ、理事長の心配もわかるし、いいぜ。理事長のために一肌脱いでやるよ」


 快く頷き依頼を受領すると、秋江から今わかっている情報を貰う。といっても、先ほどの噂の中での情報が全て、という感じではあるのだが。


「うーん、これ以上のことを知りたいのであれば、実際に体験したって奴に話を聞くしかねえのか」


 樹が唸ると、秋江が座るソファの後ろで座布団を敷き、その上に座ってずっといつものブラウン管テレビで格ゲーの一人モードを黙々とプレイしていた小蘭が、初めて反応を返す。


「情報収集に行くノ?小蘭チャンの得意分野ネ。任せろヨ」


 そう言い立ち上がりながらゲームの電源を切ると、樹の座る奥のスチールデスクへ近寄り、樹が秋江の話をメモしていた紙を目で読む。


「行くにしても人数多い方がいいから、鵺一を待とうぜ。今日来るっつってたし」


 樹はメモを小蘭に手渡し、手元で読むように促す。


「では、私はこのあと用事があるので失礼しますです。よろしくお願いしますぅー」


 秋江はそのままソファから席をはずし、室内から出ようと引き戸に手をかけた。と、同時に引き戸ががらりと外から開けられた。


「あら、鵺一くん」


「秋江か。来てたのか」


 鉢合わせるような形でやってきた鵺一に軽く会釈をすると、秋江は放送室から出ていった。その彼女と入れ替わるように、今度は鵺一が中に入ろうとする。


「にしても、生徒の性別が入れ替わるなんテ、誰が言い出したんだローネ」


 鵺一の手が止まった。


「しかも特定の生徒だけなんだろ?そいつに女装癖があるだけなんじゃないか?」


 鵺一が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「アレ、鵺一ィ。ちょうど良かったヨー。あのネ、今依頼ガ……」


 入り口で固まっている鵺一に気づいた小蘭が、そう言い終わらないうちに、鵺一は引き戸を勢いよく閉めその場から走り去ってしまった。突然の鵺一の逃亡に、樹も小蘭もなんだなんだと目をぱちくりさせる。

 そして同時に、ハッとひとつの結論へ達した。


「あいつまさか!?おい!鵺一を止めるぞ!仲間として引き止めねえと!!」


「当たり前だヨ!女装癖止めないと鵺一の将来が危ないヨ!!」


 そうして二人は慌てながら引き戸を開けて、鵺一の行方を追いかけた。



 *



 鵺一は廊下をひたすら爆走していた。中等部一年の教室へ向かって。

 中等部は相変わらず人混みが出来ていたが、鵺一はそんなのお構いなしに野次馬を押し退け、とある教室に辿り着くと中を見渡す。そして、目標を見つけたのか、廊下に出ようとしていた一人の生徒を待ち伏せするかのように、出てきた瞬間に腕をつかむ。


「ちょっとこい!!」


 そう有無を言わせないまま、鵺一はその生徒を人気の無い体育館裏まで引きずり連行していった。

 目的地に辿り着くと、ようやく生徒の腕を放し、解放する。


「おい昴、お前またやったのか」


 鵺一に昴と呼ばれた黒髪のショートボブの生徒は、すぐさま首を振って否定する。


「ちょっとちょっと!私は昴じゃないんですけど!人違いしないでよね!」


「んなの知ったことか」


 女子生徒の否定を鬼のような形相で一蹴すると、鵺一は剣道着の袴の懐から、何かを取りだし生徒に見せた。

 その瞬間、女子生徒の瞳孔が大きく見開く。



 *



 樹は、メモを片手に校庭をうろついていた。

 今は放課後の部活動の時間だ。校庭ではサッカー部や女子バレー部が、掛け声と共に部活に打ち込んでいる。

 第三放送室から飛び出したあと、鵺一の方は小蘭に任せて、樹は噂の当事者を探していた。

 まずは実際に体験したと言う生徒を何人か見つけ、話を聞いた。ほとんどの生徒は、とある日は男子だったのに別の日は女子に見えただの、気づいたら性別が変わっているように見えただの、勘違いや見間違いを噂に合わせているような、いまいち信憑性にかけるものばかりだった。ただ一人だけ、噂とは少し違う体験談を、やけに詳細に語った。

 その生徒は、放課後にとある男子生徒と二人で、先生から頼まれた荷物を倉庫に運んでいた。なんでもない談笑をしながら倉庫に荷物を運び終えると、彼は倉庫にかかる時計で今の時間を確認した。そのあとに用事が入っていたらしく、間に合うかどうか確認をしたかったとのことだった。そして時間を確認し終え、終わったから帰ろうともう一人の生徒に声をかけると、その生徒の様子がおかしくなっていた。受け答えが若干ぎこちなく、会話の端々に女言葉が混じっているような気がしたと言う。倉庫に来るまでは全く普通だったのに、明らかに不自然な話し方になり、最終的に用を思い出したから先に帰ってと逃げていってしまったようだ。

 その日からその生徒はたびたび性別が入れ替わるようになったらしい。他の生徒達もその現象に気づき始め、気味悪がり始めた。そして、彼が今の話を広めて、あの噂が生まれたそうだ。少し話が違うのは、そういう設定をつけないと理解できない出来事だったのか途中で脚色されたらしい。


 樹はこの話を聞きながら「ファンタジーかよ」と内心呆れていたが、皮肉なことにこれ以上の有力な情報は誰に聞いても出てこなかった。

 とりあえず重要そうなポイントはメモを取り、最後にその様子がおかしくなった生徒の名前を訪ねる。が、彼は口をつぐんでしまった。その態度に、まさか今までの話は創作で嘘だったのかと疑ったが、口をつぐんだ理由はそうではないようだった。


「名前……は、その名前で呼ぶと怒るときもあるから……」


 どうやら名前まで変わるらしい。では両方の名前と特徴を教えてくれと頼んでみたが、それも渋られてしまった。噂を予想以上に大きく広めてしまったことへの、彼なりの贖罪なのかもしれない。

 名前は諦め、特徴だけでいいから教えてくれと頼むと、それは教えてもらえた。しっかりメモし、今度はその特徴を元に、目撃情報を集めて探しているところだった。


「黒髪のショートボブ……候補が沢山いすぎるんだよなあ……」


 樹は入手した特徴を元に頭の中の生徒一覧を検索する。が、いかんせん候補が多すぎる。やはり名前を無理矢理聞き出せば良かったと後悔したが、あの生徒の様子じゃそれでも教えてくれなかっただろう。


 ま、過ぎたことは仕方ない!と気持ちを切り替えて、樹は校庭から食堂側へ移動する。

 先ほど部活をしている連中から、黒髪のショートボブの男子生徒がここを通ったと教えてもらった。噂の内容的には性別はあまり関係ないのだが、女子よりも一致する生徒が少ない男子の方から洗ってみようと思い、男子に絞って聞き込みをしていたのだ。樹は一旦そこを確認してみることにした。

 しかし、黒髪のショートボブ、黒髪のショートボブか……。案外、本当に鵺一が髪を纏めてそう見えるようにして、女装していたりして……。あの鵺一の態度を見ていると、あながちその可能性も否定できない。

 もしくは、高等部にいる芸人の片割れの先輩な可能性もあるが、あの人は性別がはっきりしていないだけで入れ替わっている訳ではないし、そもそも黒髪のショートボブじゃなくてただのショートだ。誰のことかわからないって?そのうち物語に出てくるから、気長に待っててくれ。


 と、視界の端に、黒髪のショートボブが映った。


「黒髪のショートボブいたァァ!!」


 見つけた反射で樹が大声を出すと、周りにいた生徒が何事かと一斉に振り向く。当然、黒髪のショートボブの生徒も例外ではなかった。

 その顔は、よく見知った顔に似ていた。


「鵺一!!やっぱりお前女装癖があったんだな!?何で言ってくれなかったんだよ、悩みなら聞くぞ!?」


 驚く黒髪のショートボブの生徒に樹は詰め寄り、両肩を掴むと言い聞かせるように揺さぶった。すると生徒は抵抗し出し、ぐいっと樹を押し退ける。


「あの!人違いですっ!僕は鵺一兄さんではありませんっ!」


「は?兄さん?」


 ポカンとする樹に、黒髪のショートボブの生徒は一呼吸おいて自己紹介をする。


「僕は昴です。如月鵺一の弟の、如月昴(きさらぎすばる)。あの、あなたはもしかして樹さんですか?兄さんからよく話は聞いてます」


 そう一礼する昴に、樹は困惑を返す。それもそのはずで、樹は鵺一に弟がいたことを知らなかった。姉がいるのは知っていたが、まさか弟もいたとは。確かに、雰囲気は鵺一に似てはいるが、よく見ると目は鵺一よりも大きめでくりっとしていて、まだ少年の面影が残る中性的な顔立ちだ。

 樹は、そう正直に昴に告げて人違いをしたことを謝る。しかし鵺一と間違えたとはいえ彼は黒髪のショートボブの男子生徒であることに間違いはない。そのまま、本題へ移る。


「ところでさ、今、とある生徒の性別が入れ替わるって噂について調べてるんだけどさ、昴くんは何か知ってたり……」


「ぼっ、僕は無関係ですっ!」


 樹が言い終わらないうちに、昴が食い気味に否定を入れた。なんだか怪しいが、誤魔化そうとしていると言うよりは、うんざりしている風にも見えた。だからといって、この明らかに何か知っていそうな態度を取ってきた以上、手がかりを逃す訳にはいかない。


「そう言われちゃうとますます怪しく見えるんですけど?ねえ、本当になにも知らないの?」


「知りません!そもそも、あれはコスモが……」


「コスモ?」


 樹に聞き返されて気づいたのか、昴はバッと口を両手で塞ぐ。その動作で口を滑らせてしまったことはバレバレだった。


「ねえ、コスモって何――」


 樹はそう言いかけて、昴の表情が先ほどよりかなり焦ったものに変わっていることに気づく。そして、その視線が明らかに樹ではなく別の何かに向けられていることも。


「昴くん?どうしちゃったの?」


「ひぃっ!ごめんなさい!ごめんなさーーーい!!」


 昴は泣き叫びながら樹に背を向けると逃げ出してしまった。何が何やらわからないまま、樹は自分の背後に何がいるのか確認しようと振り返


「おいコラぁぁぁぁぁぁ!!!待てやぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ることすらできないまま爆走する鵺一に轢かれた。



 *



 樹が鵺一に轢かれるより少し前、小蘭が鵺一を探して高等部校舎をうろついていた。

 あのあと剣道場も体育館も、鵺一が行きそうな場所は一通り回ってみたのだが、どこにもいないどころか目撃情報すらなかった。


「あいつ本当にどこ行ったんダヨ……教室にもいないシ……」


 あちこち探し回ったせいか、少しぐったりしながら廊下を歩いている小蘭に、そっと近づく男子生徒がいた。


「おい、そこのお嬢さーん。今一人ィ?って……うげ、お前は」


「あ、一話で犯人だった黄色の人ダー」


「そういうメタい発言やめよう?一応二年ぶりって言う設定なんだからさー?」


 一話で犯人だった三人組の一人、今は高等部の三年となった黄山が苦笑いでそう返すと、すぐさまニタニタと薄気味悪く笑う顔に切り替え話を続ける。


「まーそんなのいいからさー。お金貸してくんなーい?へへ、断ればどうなるかわかってるよねー?」


 小蘭は表情を全く変えずに、首を振って流暢な中国語を喋りだした。


「我不知道」


「は?」


「说着不明白。你愚蠢吗?应该做用一回痛的所想,并且那个以后变成了停学谨慎处分这样的设定吧?为何反复一样事?愚蠢吗?」


「ちょ、何、何言ってるかわかんねえ!つーかお前ペラペラ日本語喋ってだろ!?日本語喋れよ!」


「ニホンゴ、サッキ、ワカラナクナッタ」


「あーてめ、わかった。俺をバカにしてるなー?」


 黄山は自分の頭上をくるくると指差す。どうやら、キレた、という表現らしい。


「女だと思ってりゃ……図に乗んなクソガキがァ!」


 そう叫ぶや否や、黄山は大きく拳を振りかぶり小蘭めがけて振り下ろした。

 バキッという鈍い打撃音。その直後に倒れたのは、小蘭ではなく黄山だった。何が起こったかわからない黄山は、大きく腫れた右頬を擦る。そこを何かに殴られたことだけは確かだった。


「校則、第二十八条。校内での金品の略奪行為は罰則の対象となる」


 小蘭の前に、黒髪に腰まで伸ばしたポニーテール、その結んだ付け根に水色のリボンを結んだ女子生徒が現れる。


「そして第十九条。校内での暴力行為も罰則の対象となる。ただし、私だけは正義執行のために例外とする」


 紺のカーディガンを羽織り、その左腕に「風紀委員」の腕章を掲げ、竹刀を構える姿は正に「侍」。凛としたその侍は、竹刀をビッと廊下の床にへたりこむ黄山へと突きつけた。


「あ、あなたは……!風紀委員長の如月撫子(きさらぎなでしこ)……ッ!」


 如月撫子。黄山の言う通り、風紀委員会の委員長であり剣道部主将の高等部三年の女子生徒だ。そして、名前からもわかる通り鵺一の実姉である。ここまで言えば察すると思うが、あの弟にしてこの姉あり。彼女もまた、主将の名に恥じぬぐらい、めちゃくちゃ喧嘩が強い。


「すっ、すいませんでしたーーーーっ!!」


 黄山はすぐに飛び起き、その場から一目散に逃げていった。


「小蘭、大丈夫だったか?」


 黄山を追い払うと、撫子は心配そうに小蘭に声をかけた。小蘭は何事もないことと感謝の意を撫子に伝えた。その様子に撫子は「当然の事をしたまでだ」と鵺一にそっくりな顔で笑った。


「アノ、ところで撫子サン。鵺一を探してるんだケド、見なかっタ?」


「鵺一?いや、知らんな」


 撫子は小蘭の問いに、さも興味がないと言ったようにしれっと返した。


「それより、弟は弟でも昴の方を見ていないか?ああ、昴は今年入ったばかりの中一の弟なんだが……」


 今度は撫子が小蘭に尋ねる。が、小蘭は昴と言う人物の顔を知らず、またこれまでにそれっぽい人物にも会っておらず心当たりがなかった。それを撫子にそのまま伝えると、撫子は困ったようにため息をついた。


「どうしてその昴クンを探してるノ?」


 特に強い興味があったわけではないが、撫子が困っていそうだったのでその人探しを手伝おうと、探す理由をそれとなく訊いてみる。と、撫子はさらに困ったように苦笑いを返した。


「いやな……ほら、例の噂、お前も知っているだろう?性別が変わる噂だ。そのせいで中等部が連日大騒ぎになっているんだが……その噂に、昴が関わっているんじゃないかと疑っていて……」


 撫子の話を遮るように、悲鳴が轟いた。


「イヤァーーーーーッ!!追いかけてこないでーーーーーッ!!しつこいのよーーーーーーッ!!」


 その声と共に、黒髪のショートボブの女子生徒が撫子と小蘭の間を駆け抜ける。


「昴!?こんなところにいたのか!」


「えっあれが昴くんナノ?女の子だったヨ?人違いじゃナイノ?」


「む、女子だと……!?」


 混乱する小蘭と撫子の元に、続けざまにドドドドと駆けて来る人物がいた。


「ま、ち、や、が、れぇぇぇぇぇぇ!!!」


 二人を避けるように、撫子の頭を台に馬跳びをし、そのまま女子生徒を追っていった剣道着のその生徒は、どう見ても如月鵺一だった。


「鵺一!?ドーシテ!?というかあいつ何やっテ……」


 と、小蘭は隣で撫子が台にされたままの体勢でふるふる小刻みに震えていることに気づいた。嫌な予感がする。


「第九条、廊下は……廊下は……」


 あ、まさかこれは。


「廊下は走るなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ですよねー!といった感じで撫子が怒りながら二人を追いかけていった。そんな彼女も走っているが、おそらくこれも「自分は例外」なのだろう。

 一人残された小蘭は、過ぎ去った嵐が遠ざかっていく様をぽつねんと見送った。遅れて、荒い息づかいが聞こえてくる。振り向き確認すると、汗をだらだらと垂れ流し、ゼーハーと息を切らしながら走ってくる樹がいた。


「しゃ、小蘭……ゼー……そ、そっち……ゼー……そっちは、どう……ゼー……」


「一旦落ち着けヨ樹、死にかけてんゾ」


 小蘭の言葉に甘えて、樹はしばらく廊下にうずくまり息を整える。自分を轢いた運動神経抜群の鵺一を、樹は怒りに任せて追いかけて来たらしいが、この天才少年は速さもスタミナもなかった。当然追い付くどころか、オーバーヒートさせられてしまった始末である。


「で、小蘭。鵺一は……まあ見つかったんだけど、行方わかる?」


 呼吸が戻り、まともに喋れるように回復した樹は、立ち上がると改めて小蘭に確認をする。


「それがネ、昴クン?を追いかけていっちゃったんダヨネ。撫子サンも一緒ニ」


「昴くんを?しかも撫子さんも行ったのか?どうなってんだ?」


 首を捻る樹に、小蘭は一つ付け加える。


「でもネ、その鵺一の追いかけてた子、明らかに女子だったんダヨ。撫子サンは昴クンは弟だって言ってたノニ、その子を見た瞬間昴クンだって断定してテ……」


「頭こんがらがってくるな……」


 樹は、小蘭の今の情報も踏まえて、これまでにわかっていることをまとめる。

 噂の話は、脚色はされているものの実体験の話ではあった。

 様子がおかしくなった生徒は、黒髪のショートボブが特徴。名前はわからない。

 如月昴という男子生徒が、何かを知っているようだった。コスモ、という何かも関係していると口を滑らせた。


 そして、整理の対象を鵺一の方に移す。

 鵺一は、この噂を聞いたとたん何処かへ行ってしまった。鵺一も噂について、何か知っている可能性が高い。

 そのあとからずっと鵺一は誰かを追いかけている。その理由はわからないが、樹や小蘭に全く気づいていない様子から、とにかくその対象を捕まえることに必死のようだ。

 そして、鵺一が追いかけていたのは女子生徒だったと判明した。更に、撫子さんはその生徒のことを性別が違うにも関わらず、昴だと即断定していた。


 ん?なんか繋がりそうだな?でも、何かが足りない。繋がりそうで、繋がらない……!

 あと少し。その間にはまりそうなピースを、樹は記憶の中を思い出しながら探る。何か、何か繋がりそうなものは。これさえあれば、繋がるというものは……そうか、これか。


「小蘭、お前はもう戻ってていいぞ。オレも一つ確認してきたら戻る。そこで答え合わせをして、犯人を探そう」


 樹は小蘭にそう言うと、来た道を戻るように走り出した。



 *



「はあ!?如月姉弟が犯人だったァ!?」


 中等部四階、第三放送室。確認したいことを終えてそこに戻ってきた樹を待っていたのは、小蘭だけではなかった。如月撫子、如月鵺一、そして如月昴の三人が、樹を待っていたのだった。

 彼らは樹が戻ってきたことに気づくと、樹を引っ張り奥のスチールデスクの椅子といういつもの定位置に無理矢理座らせる。何がなんだかわからない樹は、同じように困惑した顔でソファに座らされていた小蘭を見るが、小蘭は更に困惑した顔を返すだけだった。

 そうして二人を座らせて、撫子が軽く咳払いをしてから告げたのが、先ほどの樹が叫んだ内容だ。

 素っ頓狂な声を上げる樹に、撫子と鵺一は引きつり笑いをしながら説明を始める。

 同じように姉兄の後ろで、冷や汗をダラダラと流し続ける弟、昴に、鵺一が声をかけてぎこちない会話をすると、いきなり昴がばっと鵺一から視線を外し、樹が座る奥のスチールデスクに置いてあるポットを凝視する。よそ見のつもりらしい。

 すると、昴が視線を外している間に鵺一と撫子がコソコソと入れ替わる。昴がよそ見をやめ、視線を元に戻すと、鵺一が撫子になっていた。


「と、言うわけだ!」


「あ、あれー!兄さんが姉さんになってるー!(棒読み)」


 どうだ、とでも言わんばかりにやりきった顔をする鵺一と撫子に対して、樹と小蘭は白けた顔で茶番を見つめていた。


「それでごまかせると思ってんのか」


「ワタシ達のことナメすぎダヨ、バカにすんじゃネーヨ」


「おい姉さん、二人とも納得しなかったぞ!」


 鵺一が信じられないと言わんばかりの表情で撫子に伝える。撫子も同じように衝撃を受けたように目を見開いていた。

 この姉弟、あの説明で納得させられると本気で思っていたようだ。


「鵺一と撫子さんが何を隠したいのかはわかんねーけど、そこの昴君が今回の騒動の犯人だってことはわかってるんだ。オレはむしろ昴君にご説明願いたいね」


 唖然とする鵺一と撫子はひとまず放っておき、樹は昴に問いかける。

 ヒッと軽く息を飲む昴を庇うように、すぐさま上の二人が口を出した。


「何を言ってるんだ!昴は関係無いだろう!」


「そうだぞ樹!流石に俺も怒るぞ!」


「だー!うるさいうるさい!姉兄はすっこんでろー!」


 ぎゃあぎゃあと抗議する姉兄を制し、元々樹が小蘭に伝えるはずだった、そう判断した証拠を全員に説明する。


「いいか、まず噂の大元を辿ったら、噂とは違う話が出てきたんだ。その話では「黒髪のショートボブの生徒」の性別が変わるというところまで分かった。でも、これだけだと候補が多すぎるよな?」


 と、樹は話を一度区切ると、全員の反応を確認する。小蘭だけが、同調して頷いてくれた。他の三人は苦い顔をしたままだ。樹はそれを無視して説明を続ける。


「で、これは偶然だったんだけど、たまたまオレが最初に見つけた「黒髪のショートボブ」が昴くんだった。当然、特徴が一致しているわけだから話を聞いたんだけど、噂に話をしたとたんわかりやすく動揺して、更に「コスモ」というワードまで溢してくれた。この時点で、とても無関係とは思えないよな?」


 この説明を聞いて、鵺一と撫子は目をカッと見開き昴へ何かを訴えかけるように視線を送る。昴は、俯いて黙っているだけだった。


「ええと、あたかも昴くんだけがやらかした風にしてるけど、鵺一も撫子さんもやらかしてるんだからな?

 鵺一、お前は「女子生徒」を追いかけてたんだよな?撫子さん、その女子生徒のことをあなたは「昴くん」と呼んだんだよな?」


「それがなんだと言うんだ?勘違いしただけだろう」


 撫子は眉をひそめてそう返す。だが、樹は生意気そうに笑いながら首を横に振り、したり顔で話を続ける。


「いいや、あなたはそれが「昴くん」だとわかっていたからそう言った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からそう断言できたんだ。

 その証拠に、最初に噂を教えてくれた生徒にもう一度確認しに行ったんだよ。君が言う性別が変わる黒髪のショートボブの生徒って、「如月昴」のことなんじゃないかってね。

 オレの推理通り、大当たりだった。それどころか「コスモ」が女子になった時の名前だってことも教えてくれたよ」


 撫子と鵺一の顔が強張る。やはり鵺一もこの事を最初から知っていたようだ。ここまで来れば、もうあとは結論を突きつけてやるだけだ。樹はまるでどこかの裁判のゲームのように、くらえ!と言わんばかりに勢いよく、でもしっかりと昴に指先を向ける。


「つまり!如月昴はおネエだった!おネエを隠しきれず、たまに発散しないと駄目だったんだ!コスモは所謂源氏名、だから性別も人も変わっているようでその実変わってなんかいなかった!仕草と雰囲気に騙されてるだけで、最初から男のままなんだ!」


「「は?」」


 途中まで焦ったような顔をしていた撫子と鵺一が、一気に顔をしかめた。


「神原、貴様は馬鹿か?馬鹿なのか!?昴がおネエ、だと!?そんな性癖に目覚めているわけがなかろうが!」


「今のは最高に頭悪いぞ樹!昴にそんな趣味はないことは俺達がいくらでも証明できる!というか名誉毀損だぞ!」


「あー!あー!うるせー!うるせー!どう考えてもこれがスマートな結論になるんだよ!小蘭だってそう思うだろ!」


「いや、びっくりするぐらい頭悪すぎるカラ。おネエはナイ」


「お前までそっち側につくのかよ小蘭のアホーーーーーッ!!」


 すっかり、樹VS如月姉弟(と小蘭)の構図になりながら、両者ともギャーギャーとお互いの主張を喚き散らす。

 しばらくそれが続いた、その時だった。


「……もういいです!姉さんも兄さんも、もういいから!」


 突然昴が声を張り上げ、場を制した。

 全員黙ってしまい、しんと静まり返った室内で、昴がぽつりぽつりと話し始めた。


「そうです。僕が犯人です。犯人、て言い方は納得いかないけど……好きでそうなったわけじゃないから……。けど、僕がこの騒動の原因です。理由は、僕が二重人格だから」


「二重人格ぅ?」


 昴の告白を訝しげに聞いていた樹と小蘭は、疑いの眼差しを向ける。しかし昴はそれも見越していた。何度も同じ経験をしてきたからだ。

 昴は撫子に声をかけ、コンパクトミラーを貸してくれるように頼み、それを受け取る。そして、ミラーを開き自分の姿をはっきりと鏡の中に写す。

 自身の網膜に自身の姿を焼き付けた瞬間、体内を強い電撃が走るが如くの衝撃が襲いかかる。がくん、とうな垂れた直後、ばっと顔を上げ、先程とは別人のような鋭く強い視線で樹達を見据えた。


「これが答えよ。鏡を見たらスバルはコスモに、コスモはスバルに入れ替わる。ふふっ、だからあながちおネエって言うのは間違いじゃないかもね。でも私達は二人で一人なの。それが他の人は理解できないから、気味悪がってそういう噂を流したんでしょうね」


 そう、「コスモ」は悲しそうに目を伏せた。



 *



 時は少し遡って体育館裏。


「やっと捕まえたぞ」


「全く、あちこち逃げ回りやがって」


 ぜぇはぁと息を切らし、鵺一、撫子の如月姉弟は肩を大きく揺らす。二人が般若の形相で睨みつけているのは、大逃走の末に確保した、末っ子の昴。

 昴は観念したのかペタンと地べたに座り込み、少し涙目になりつつ鬼と化した姉兄を見上げるだけで、抵抗はもうしなかった。


「お前、まだ治ってないんだな……」


 はあ、と大きく息を吐き、撫子は息を整えると、しゃがんで昴に目線を合わせ、スカートのポケットからコンパクトミラーを取り出し昴に鏡を見せた。

 その瞬間、昴が大きく目を見開いたかと思うと、さっと立ち上がり、ズボンについた土汚れを軽くはたき落とすと姉と兄をしっかりと見据えた。


「病気扱いなんて失礼ねぇ。私だって妹みたいなもんでしょ」


 明らかに昴とは違う、ハキハキした口調。

 そして、女っぽい仕草。


「……やっぱり、お前が原因か。コスモ」


 撫子にコスモと呼ばれたそれは、でしょうね、とイタズラっぽく笑った。


 如月昴は、臆病者だった。

 如月家は代々剣道師範の家系であり、厳しい祖父に撫子も鵺一も剣道と精神を鍛えられてきた。

 当然、昴も同じように祖父に教えを受けた。が、彼は姉や兄と違い、臆病で、非力で、喧嘩が苦手なすぐ泣く子だった。

 それは外でも同じ。少しからかわれただけで泣く昴は、いつしか「女男」と言われるようになっていった。それがある日祖父の耳に入ったのか、いつもより厳しく指導を受けた。それでも、昴は泣くだけだった。


「昴は優しい子だから、剣道が苦手なんだな」


 そう言って、姉の撫子はいつも昴を慰めてくれた。兄の鵺一も何も言わなかったが、いつも指導の後はアイスをくれた。

 昴はそれが申し訳なかった。出来ない自分のせいで、出来る姉兄に気を使わせてしまっていることが忍びなかった。


 ああ、僕はなんて駄目な男の子なんだろう。男なのに泣き虫だし、弱いし、痛いのが怖い。

 これじゃあ本当に女の子だ。

 僕が本当に女の子だったら、痛いのも怖いのもしなくていいのかな。

 女の子だったら、姉さんや兄さんにも迷惑かけないのかな。

 女の子だったら、泣き虫ってからかわれることもないのかな。

 女の子だったら。

 女の子だったら。

 女の子だったら。


 女の子だったら、もう、怒られないわよね。


「スバルは変わろうとはしている。だけど、鏡を見たらやっぱり自分は女っぽいんだと思い込んで自衛本能から私を呼び出しちゃうの。お爺ちゃんもみんなも、見た目もナヨナヨ女っぽくなりおって!って怒ってたものね」


 コスモは、呆れたように首を振った。


「私だってお姉ちゃんやお兄ちゃんに迷惑かけたくないのよ!でもスバルのそれは、簡単には治らないわ。私を生み出すくらいなんだから」


「それはわかっている。昴もお前くらい、ハキハキ言ってくれれば良かったんだがな……」


 撫子は深いため息をついた。


「緑原の中等部に入りたいと自分から告げたと母さんから聞いた時は、もしや、と思ったが……しかし、こうして騒ぎになってしまった以上、隠せんぞ?またお前達から、人が離れていくことになるかもしれない。また……いじめられるかもしれない」


 撫子は心配そうにコスモを、その中にいる昴を見つめた。

 昴の中でコスモが生まれた時、撫子と鵺一は正直戸惑った。しかし、大切な弟なことに変わりはない。だから二人はコスモを受け入れた。それは彼らの家族も同じだった。祖父は厳しい人だったが非情にはなれなかったようで、コスモの話を聞いて泣き出してしまったほどだった。

 だが、家族以外はそうではなかった。学校の友達は、コスモを見て気味悪がり、ほとんどが離れていった。残った一部は、昴のことをますます「本当の女男」といじめた。怒ってコスモが出てくるも、それもいじめを加速させるだけだった。

 そのうち、昴は学校へ行かなくなった。

 だから、そんな昴が緑原に行きたいと言い出したと聞いて、撫子は乗り越えたんだと安心した。しかし、今こうして目の前にコスモがいる。どうしても、最悪の

事態が撫子の頭をよぎってしまう。


「……私だって、スバルの為にも出て来たくなかったわ。でも、スバルが呼ぶんだもの。お姉ちゃん、私だって、どうしたらいいかわかんないよ!」


 コスモは、昴と真反対の人格だった。

 臆病でオドオドした昴とは違って、ハキハキした怖いもの知らずの女の子。昴のようにすぐに泣かないはずの彼女が、今にも泣きそうな顔をしていた。

 コスモは昴が変わろうとして緑原に来たことはわかっていた。だから彼のためにも本当は出てきちゃいけない。出ていっても昴のフリをしたところでぎこちなくなるだけだ。コスモはスバルではないのだから。

 だが、やはり彼はすぐに克服できるはずもなく、コスモに助けを求めた。コスモはその度に昴の為に鬼となるか、守護者となるか、その選択をいつも迫られ、すっかり憔悴してしまっていたようだ。


「はあ……確かにそうだな。どうしたものか……」


「かと言って未解決のままにするのも、うるさい奴が出てくるはずだ。主に樹」


「神原はうるさいからな……」


 うーん、と撫子と鵺一は頭を捻る。と、同時に何かを思いついたのか、一瞬で悪そうな顔になる。お互いにそれに気づくと、ニタァ、と悪人のような笑みを浮かべた。


「鵺一、今私と同じことを考えてるな?」


「ってことは、姉さんもか」


「ふ、流石私の弟だ」


 コスモは姉兄を見て、嫌な予感がしていた。



 *



「で、あの三文芝居って訳ね」


 如月兄弟の話を聞き終わると、樹も小蘭もそれ以上はなにも言えず黙ってしまった。

 予想以上にデリケートな話であったことに驚きつつも、鵺一が昴の事を教えてくれなかった理由がこれなんだろうと納得もしていた。


「なあ、神原。やはり私と鵺一が犯人だったと言うことにして、手を打ってくれないか。噂の大元の奴にも、無理矢理辻褄を合わせて納得してもらえるように動いてほしい」


 撫子が樹に頭を下げてそう頼み込む。その横で、同じように鵺一も「頼む」と頭を下げた。


「そうやって隠しても、また同じ騒動が起こるだけだぞ。オレはヤだね!」


 樹はふいっとそっぽを向いて、拒否の態度を示す。


「そうダヨ、そうやって隠し続けても意味ないヨ?むしろワタシ達が周りに教えちゃうカラ!」


 小蘭の言葉に撫子と鵺一の顔が青くなる。


「な、何を言い出すんだ小蘭!?そんなことをしたらどうなるかわかっているのか!?」


 撫子は小蘭の肩を掴むと大きく揺さぶり、必死に訴えかける。が、小蘭は考えを改めるつもりは無さそうで、それどころか樹までもがその発案に乗り気だった。


「おい、コスモ!お前からも言ってくれ、そんなことをしたら、昴もお前も……」


 鵺一がコスモにも二人の阻止を促す。しかし、コスモには届かなかった。


「……そうね、隠せないなら、治らないなら。いっそのこと知ってもらった方がいいわ」


 姉兄と違い、コスモはこの提案に賛成のようだった。撫子と鵺一はコスモの様子に唖然として固まる。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん。心配してしてくれて、守ろうとしてくれてありがとう。でもね、言ったでしょ?スバルは変わろうとしているって。これはそのための一歩。スバルと、そして私、コスモが変わるために必要なことなの」


 それに、とコスモは付け加える。


「これで相変わらず気味悪がるやつなんか、こっちからお断りすればいいのよ!そうやって相手をうかがうのはもうやめるわ!今度はこっちがうかがってもらう番!……でも、相手が酷い事をしてきたときは、その時は助けてね、お姉ちゃん、お兄ちゃん」


 コスモはにっこり笑うと、撫子から借りたままのコンパクトミラーを自身の前で再び広げる。鏡に写った自分の姿をもう一度網膜にしっかりと焼き付けると、がくん、とうなだれすぐにゆっくりと顔を上げる。先程までの強い目付きは消え、少し弱気な目付きと入れ替わった。人格が昴に戻ったようだ。


「昴、今の話……」


 撫子が心配そうに昴に声をかけると、昴は心配無用という風に首を軽く振った。


「大丈夫、中で聞いてた。コスモが僕のフリをしてくれなかった理由って、この事を考えてたからなんだろうね……」


 昴は、撫子から樹と小蘭の方に視線を動かすと、ゆっくりうなずいた。


「樹さん、小蘭さん、僕の事を徹底的に広めてください!それで僕を気味悪いと思う人達とは自分から距離をおいて気にしないようにします」


 力強く笑う昴に、樹と小蘭も笑いながら頷いた。

 その後ろで、


「うう……昴……いつの間に強くなって……」


「立派になったな……姉さん、今日は赤飯炊こう」


 撫子と鵺一は我が弟の成長に感動して泣いていた。


「あ、ソーダ昴クン!入れ替わった時に今のままだとパッと見じゃどっちかわからないヨネ?制服もよく見たら男子の制服のままだもんネ。だからいいものあげるヨー」


 そう言うと小蘭は放送室内の棚に向かうと、適当な引き出しを開けて中を探す。そこからかわいい紙袋に包まれた小さめの何かを取り出すと、昴に手渡した。



 *



 次の日。


 中等部一年のとある教室で、ざわめきが起こっていた。中の生徒達が視線を集中させているのは、黒髪のショートボブに、ウサギの耳のように先端を立てた白いリボンカチューシャをつけた()()()()

 その生徒に、一人の男子生徒がおそるおそる近づき声をかける。例の噂の大元の男子生徒だ。


「よ、よう、昴……いや、もしかしてコスモ、か?あの、俺、謝りたくて……ええと……と、ところでそのカチューシャ、似合ってるな」


 昨日樹に散々根掘り葉掘り聞かれたせいか、面白半分とはいえ自分が広めてしまった噂により昴はおかしくなってしまったのだと思い込み罪悪感にさいなまれた彼は、オドオドと話しかける。

 すると昴はクスクスと笑うと、彼に振り向き優しく微笑む。


「あら、似合ってるだなんて照れるわ。そうよ、私はコスモ。謝るだなんて、別にいいのよ。カチューシャのこと誉めてくれたから、それだけで満足。ありがと」


 周りにほわっと花を散らすように笑うコスモを見て、男子生徒の中で何かが目覚めた。



 *



「私は解決してほしいって言ったんですぅー。なんで悪化してるんですかぁー?」


 それから更に数日後の第三放送室内。樹と小蘭と鵺一によって、例の噂は本当で、更に如月昴は二重人格者だという事実は広まりに広まった。二重人格者であること、そしてその二つ目の人格が女子だと言うことに、嫌悪感や気味悪さを覚えてからかう生徒はいるにはいたが、最強のセコムである撫子が片っ端から成敗していったようで、今はその被害を聞くことはなくなった。それどころか、緑原学園というのは昴以上の変人がごろごろしている学園なのか、初日は戸惑っていた生徒達も、三日もするとあっさりと受け入れてしまったようだ。

 そんな適応力の高すぎる学園だったため、昴は平和に過ごせているらしい。ただ、逆に野次馬は増えてしまったのだが。

 秋江が不機嫌そうに口を尖らせるのも、それが原因だろう。よくなるどころか悪化したため、理事長はとうとう胃腸薬を常に机の脇に置くようになったらしい。


「でもまあ、負の方向に悪化したんじゃなくて、正の方向に悪化しただけマシですけどぉ」


 秋江はそう嫌みっぽく言うと、紅茶をすすった。


「正の方向、ねえ……全部が全部、そうだったら良かったのにな」


 どこか遠い目をして樹がそうぼやくと、小蘭と鵺一もはぁ、とため息をついた。

 なんのことです?と秋江が首をかしげると同時に、勢いよく放送室の引き戸が開けられる。


「鵺一兄さん!樹さん!小蘭さん!助けてください!」


 そう声をあげて飛び込んできたのは、右腕に白いリボンを巻き付けた如月昴。

 その後ろから、男子生徒の声がする。


「昴ぅ!逃げないでくれぇ!今日もかわいいぞぉ!」


「やめてよ!スバルは男だって言ってるのに!コスモに言ってよ!」


「コスモも昴も同じ一人の人間なんだろ!コスモのお前も、昴のお前もかわいいぞぉぉぉ!」


「やだぁぁぁぁ!!兄さん助けてぇぇぇぇ!!」


 騒ぐ昴と男子生徒の様子に、秋江は察した。どうやら噂を最初に広めた男子生徒は、コスモによって目覚めてしまったのだ。確かに昴は中性的な顔立ちなので気持ちはわからなくもないが、当の本人は非常に嫌がっている。


「兄さぁぁぁぁん!助けてぇぇぇぇ!!」


 昴の叫び声を聞きながら、樹と小蘭、鵺一は再び大きくため息をついた。

※小蘭の中国語

「わからないと言っています。あなたはバカなんですか?一話で痛い思いをして、そしてそのあと停学謹慎処分になったという設定のはずでしょう?なぜ同じことを繰り返すのですか?バカなのですか?」

を、エキサイト翻訳

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