第2話 探し物ランデヴー
「と、言うわけですぅ〜」
焦げ茶の髪を緩く三つ編みお下げにした、大きな眼鏡をかけた女子生徒が、にぱっと笑いながら告げる。
「いやどういう訳だよ!」
すかさず樹が当然のツッコミを入れた。
緑原学園中等部の四階にある第三放送室。
もう使われていないはずのこの教室は、今や「おたすけ屋」の本拠地として占領されている。
その本拠地に、いわばお得意様の一人である女子生徒が訪れていた。
「だから、昨日どこかで落し物をしてしまって、今日の昼休みも探したんですけど見つからないので見つけて欲しいって言ってるじゃないですか〜」
「言ってねぇだろ!ここに来て開口一番お前なんつったよ?「40秒以内に全員中庭に集合しろ」だぞ?」
樹は大きく呆れたように首を振る。そんなやり取りをいつものソファとスチールデスクで繰り広げている後ろで、小蘭と鵺一は軍手を用意していた。こういった横暴な依頼が彼女から来るのはいつものことなので、大人しく従ったほうが早いのだった。
「相変わらず人使い荒いんだよ秋江さんはよ」
そう樹に秋江と呼ばれた女子生徒は、またにぱっと笑った。
「そんなに褒めても何も出ませんよぅ〜」
「褒めてねえっての!!で、何を失くしたんだよお嬢様は」
樹が少し嫌味を混ぜて、秋江に尋ねる。
この依頼人、樹達と同じく高等部一年の四ノ季秋江は、ここ緑原学園の理事長の娘だ。また、この理事長はとてもとてもお金持ちだった。なので、本当の意味でもお嬢様である。しかし、
「うーん、庶民の樹くんに教えてもわかりますかねぇ〜?でも、わからないと推理できませんもんね、困りましたぁ〜」
と、にっこり笑ってはいるが、顔に黒い影を落としながら嫌味を返す程度には性格があまりよろしくなかった。
「あ?なんだ喧嘩か?」
「言いたいことがあるなら言いやがれです」
「もー!二人ともやめろヨ!樹は喧嘩売らないデ!秋江も意地悪しないノ!」
静かに火花を散らし始める二人の間を遮るように、小蘭が割り込んで話を進めさせた。
「ペンダントを失くしたんですぅ。銀のチェーンで、パールが付いたシンプルなものなんですけどぉ……」
秋江の話によると、そのペンダントは姉から貰った大切なもので、昨日の朝、間違えて定期と一緒に制服のポケットに入れてしまい、そのまま登校してしまったそうだ。
バスに乗ろうと定期をポケットから出した時に中に入っていることに気づき、バスを降りる時にもまだ中にあったことは確認していた。
「バス停は学園の目の前なので、そんな短い距離で落とすとは思えませんけど探してみてもやっぱり無かったし、届け物として届いてないかも確認したんですけど、届いてないみたいで」
「てことは、まだどこかに落ちたままになってるか、盗られたかだな」
秋江の話を聞いて、樹がふむ、と大まかに状況を絞る。
「安心しろ秋江。もし盗られていた場合はその犯人を俺が八つ裂きに」
「鵺一ステイ、ホーム」
一人勝手に息巻き物騒な発言をしだす鵺一を樹が軽く諌め、話を戻す。
「落とした場所に心当たりはあるのか?」
「それがわからないから困ってるんですよぅ」
秋江は言葉の通り、困ったようにため息をつく。
「昨日は一限から移動教室で、中央棟の理科実験室に行って次は教室に戻ってきて三限は体育で体育館に向かってその次はそのまま音楽室に行って昼休みは図書館に行って五限は外で地形を見る地理の授業やって掃除で中庭に出て放課後はここでお茶するために中等部に来て、それから帰る時にポケットを改めて確認したら無かったんですよ」
「「「お前ふざけんなよ!!!!!!!」」」
秋江の昨日の行動を聞くと、樹がバンっと強めにスチールデスクを叩いたのを合図に三人は一斉に勢いよく立ち上がった。
「ふざけんじゃネーヨ!!!そんなん全部探さないとダメなパターンのやつじゃネーカヨ!!!探し終えるのに5000兆年かかるワ!!!どんだけ広いと思ってんダヨこの学園!!!」
流石の小蘭もこれには言葉遣いも荒くなる。彼女の言う通り、この学園は中高一貫校なのもあってアホみたいに敷地が広かった。そんな広い学園を隅々まで巡るような時間割が存在することにも驚きだが。
ギャーギャーと文句を言う小蘭に、秋江はやれやれと首を振った。
「ですから全部投げるのはアレなので、少しでも範囲を絞れるように、私も昼休みに探したって言ってんですぅ〜」
秋江はわざとらしく口を尖らせる。それは無視して樹は秋江が昼休みに探した場所を聞いた。返ってきた答えは「裏庭」だった。
「お前の昨日の行動範囲外じゃねえか!!!探し物ナメてんのか!!!」
本日二回目の、樹による机バーンが炸裂した。
「だー!もういい!さっさと手分けして探すぞ!」
樹はこれ以上は埒があかないと判断して席から立ち、鵺一から軍手を受け取ると手に嵌めながら指示を出す。
「小蘭は中等部と体育館!鵺一は高等部と図書館!オレは中央棟と中庭!秋江は校庭!もし早く終わって手が空いたら誰かの手伝いに行ってくれ!それじゃ解散!」
「「ラジャー!」」
そうして、各々が持ち場に向かおうとした中、ただ一人ぽかんとする生徒がいた。
「ちょっと待つです。なんで私も探さなくちゃいけないんですかぁ?」
秋江の発言に、まさに部屋を出ようとしていた三人が一斉に振り向いた。
「「「お・ま・え・が落としたんだろ!!!!」」」
*
【高等部担当・如月鵺一】
鵺一は樹達と別れると、まずは高等部の三階に向かう。
この学園では一年の教室は三階にあり、学年が上がるにつれて二階、一階と配置が下になっていた。ちなみに四階は高等部用の特別教室ゾーンになっている。この作りは中等部校舎でも同じだ。
三階にたどり着くと、鵺一は早速秋江の所属するクラスの教室を探した。
一応、鵺一と秋江はクラスが違うので、まだ教室に残り、喋ったり自習をしていたりする生徒達に軽く断りを入れてから中に入る。
しかし、教室内にはやはり無かった。残った生徒達にも秋江のペンダントを見かけていないか特徴を伝えながら聞いてみたが、揃って首を振られた。
鵺一は短く礼を言うと、教室を後にした。
「流石に教室には無かったか。音楽室にも無かったしな……。かと言って、この調子じゃ図書館にも無さそうだな。食堂もついでに探してみるか」
鵺一は、一度四階に上がり高等部用の音楽室を探し、そこにも無いことを確認すると、昨日秋江が使ったであろう、昇降口から秋江の教室までの移動経路を逆から辿り、その道中に何か落ちていないか確認しながら、高等部一階から中央棟へ続く廊下にある鉄製の大扉を、キイ、と音を立てて開け外の渡り廊下に出る。
この高等部から伸びる渡り廊下は、校庭脇にある、一階が食堂、二階が図書館になっている施設へと伸びていた。また校庭側から見た渡り廊下の向こう側は中央棟の裏手、通称「裏庭」になっており、その更に奥に武道場と体育館が少しだけ見切れている。
鵺一は渡り廊下でも足元にペンダントが無いか注意しながら進み、食堂に入って直ぐ脇にある階段を登り図書館に向かう。
カウンターで返却本の確認をしていた司書の先生に軽く事情を説明し、ペンダントが届いていないか、それらしいものを見なかったか尋ねてみたが、やはり首を振られた。
鵺一もぐるりと図書館内を探してみたが、どこにもそれらしきものは見当たらない。そのまま食堂へ降りて、同じく厨房のおばさんに尋ねてみながら探してみたが、おばさんの答えは司書の先生と同じで、食堂内でも見つかることはなかった。
「さて……どこに助太刀に行くか」
食堂から再び渡り廊下に出ると、鵺一は校庭、中央棟、中等部のどこに向かうかを考える。中等部は探す場所はかなり絞れるはずなので、手伝いに行かなくても大丈夫そうだ。逆に一番大変そうなところは広い校庭だろうか?しかし中央棟と言うより、中庭には池がある。もし池の中まで探すことになれば樹一人じゃ無理だろう。
「……樹はまだ中央棟を探しているだろう。中庭を俺が先に探すか」
次の目的地を決め、渡り廊下から高等部校舎に戻ろうと足を進めた時、視界の端で何かが鋭く光った。
思わず鵺一はその光が見えた方向に振り向く。
「おい……マジか……」
*
【中等部担当・李小蘭】
小蘭はひとまず、おたすけ屋の教室内、中等部の女子トイレ、秋江がおたすけ屋に来るために使ったであろう階段に場所を絞り、ペンダントを探してみた。
しかしどこにもそれらしきものは見当たらず、他の教室内も残っている生徒に見かけていないか軽く聞いて確認してみたが、やはりそんなものは見てないと言われるだけだった。
「はーあ、こんな調子ジャ本当に5000兆年かかっちゃうヨー」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、小蘭は次の担当場所である体育館へ向かうために、中等部一階から中央棟へ続く廊下の近くにある大扉を開けて、体育館への渡り廊下に出る。
中等部側から続くこちらの渡り廊下は、主に体育館や、その隣にある武道場へ行くための通路となっており、「裏庭」にも通じていた。
小蘭は渡り廊下を文字通り渡り、体育館を覗く。中ではバスケ部が男女別れて練習中で、バッシュがキュッとなる音と、ボールが床で跳ねる音が響いていた。
部活動の邪魔をしない程度に、壁際で休んでいたバスケ部員を小蘭は手招きし、ペンダントについて聞いてみたが、少なくとも今朝の朝練の時にはそんなものなど落ちていなかったと言う。
小蘭は礼を言うと、体育館を出た。
「結局どっちも空振りだったヨ。うーん、誰を手伝いに行こうカナ」
渡り廊下に戻り、両腕を頭の後ろに回しながら、空を見上げて次の行動を考える。
高等部担当の鵺一も、自分と同じで捜索場所を限定できるから直ぐ終わるだろうし、秋江はどうせまた作業を全部押し付けられるので手伝いに行きたくない。なら消去法で樹かな。と、小蘭が中央棟へ向かおうと歩き出すと、裏庭から声が聞こえてきた。
「ミケー、ミケちゃーん。ミケやーい」
声につられて小蘭が裏庭を見ると、女子生徒が誰かを探しながら名前を呼びかけていた。
「誰か探してるノー?」
小蘭が渡り廊下の手すりに寄りかかりながら、女子生徒に声をかける。
「あ、小蘭ちゃん。そうなの、ミケを探してるんだけど見なかった?」
「ミケ?」
「ええと、最近学園に出入りしてる野良猫で、ミケって名前は私が勝手につけたんだけど……。おかしいなあ、いつもならこの時間は裏庭にいるはずなのに」
そう首をひねると、女子生徒はミケへの呼びかけを再開した。
それを見ながら、自分も物探しを再開するか。と軽く伸びをしてから校舎に戻ろうとした瞬間だった。
「コラァァァァァァァ!!!大人しく捕まれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
聞き覚えのある声が遠くから響いてきたと同時に、橙色の何かがビャッと小蘭の目の前に飛び出してきた。
一瞬目があったそれには、首元にキラリと光る何かが付いていた。
そいつがすぐに目の前からいなくなると、今度は黒い何かが目の前に飛び出してくる。
鵺一だった。
「鵺一!?高等部探索は終わったノ?ってか何してるノ!?」
「小蘭いいところに!アイツを追ってくれ、見つけたんだ!」
小蘭に気づくと、鵺一はそうとだけ言い「待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!」と叫びながら橙色の何かを追いかけていった。
ぽかんとする小蘭の横で、今の流れを見ていた女子生徒が一言告げた。
「あ、ミケ」
「えっ、鵺一が見つけたのってミケの方ナノ!?」
*
【中央棟担当・神原樹/校庭担当・四ノ季秋江】
「で、なんでお前はオレについてくんだよ。校庭探せっつったろ!」
秋江が昨日使ったという特別教室を探し、失くし物は落ちていないことを確認して中庭に出ようと中央棟を降りる樹の後ろをニコニコとついてくる秋江に、樹は足を止め振り向き喚く。
「だって校庭なんて探しても意味ないですもん〜もし落ちてたら誰か届けてますってぇ〜」
落とした本人のくせにへらへらと笑う秋江に、樹はだんだんイライラしながら中央棟の一階にたどり着くと、そこにある昇降口へ向かい靴を履き外に出る。
「中庭ですかぁ〜。でもそこにも無いと思いますよぅ」
後ろから同じように下駄箱から靴を取り出し履き替えて外に出てきた秋江がほけほけと言うので、樹はついに掴みかかった。
「てーめぇ!探す前からそう言うこと言うなっての!!探さねえとわかんねーだろ!!」
「いや、無いですよぅ。だって探しましたし」
「だーかーらー……は?今なんつった?」
秋江は樹の腕を振りほどくと、にっこりと笑いながら言った。
「だから、探しました。昨日の放課後に、私が行った場所は全部探したんですぅ。理事長特権で残った職員総出で探して、それでも出てこないし届け出も無くて、唯一行っていない裏庭も探しても出てこないからおたすけ屋に推理を要請したんですよぅ〜〜〜」
「そういうことは先に言え〜〜〜???」
なんでも無いようにそう告げた秋江に、同じようににっこり笑いながらさも当然のツッコミを樹は返すと、すぐさま怒りの表情にコロリと顔を変えて一気にまくし立てる。
「そういう権力の使い方もどうかと思うけど探したなら探したって先に言え!!!オレらの行動無意味じゃねーか!!!すでに探して無かった場所探してもそりゃ出てくる確率ほぼゼロに決まってんだろ!!」
「でも改めて探すことにも意味はあると言えばありますしぃ〜、何より三人とも最後まで話聞かずに遮って行っちゃうから〜」
「最初に言えや!!!」
樹はやる気が失せたのか、嵌めていた軍手を外して地面に叩きつけた。
「つーか行動範囲全部探してないなら、盗られたんじゃねえの?行動範囲外なんて探してももっと見つかんねーと思うぞ?」
「ところで話は変わるんですけど、最近野良猫が出入りしてるんですよぅ、うちの学園」
「オレと会話のキャッチボールをしろ、頼むから」
会話の暴投を連発する秋江に、樹は若干困り気味に返す。しかし野良猫か。確かに最近、学園で猫を見かける気がする。名前もつけられていたような。
「昨日からその野良猫を見てないんですよねぇ。いつもならこのぐらいになってくると、裏庭か中庭に出てくるんですけど」
「呼べば出てくるんじゃねえの?ええと確か名前は」
「「ミケェェェェェ!!!!」」
今まさに言おうとした名前を叫ぶ声に驚いて、その声のした方へ樹と秋江は振り向く。
高等部校舎の裏に広がる校庭側から、引きつったような表情でこちらに走ってくる、橙に白の縞模様が入った猫「ミケ」と、その後ろから鬼のような形相で猫を追いかける小蘭と鵺一がいた。
「ちょ、お前ら何してんの!?探し物は!?」
樹の質問には答えず、小蘭はミケに飛びかかる。しかしミケはヒラリとそれをかわし、小蘭はその勢いのまま顔面から地面にダイブした。ちなみに中庭の地面は石タイルで舗装されている。つまりそういうことだ。
ミケは倒れて動かない小蘭の頭を踏んづけて踏み台にすると池の石垣に登る。と、鵺一がそのタイミングを見計らってミケをガシッと捕まえた。
「やっと捕まえ……ぎにゃっ!?」
ミケは鵺一に掴まれながらも、器用に体をくるりと鵺一に向けると思いっきり鵺一の顔を引っ掻いた。鵺一は思わず変な声をあげながらミケを離す。その隙に、とミケは鵺一から脱出すると、たたたと中等部校舎の裏の体育館の方へ逃げて行った。
残ったのは、二人分の屍だけだった。
「ねえお前ら本当に何してんの」
その屍を、冷めた目で樹は見下ろした。
「いてて……くそ、また逃げられた」
「おう鵺一。お前のその自慢の美形フェイスが猫の引っ掻き傷で台無しだぞ」
「しぶといやつネ、絶対捕まえてやるヨ」
「おう小蘭、お前の顔も……ってグロッ!?お前顔面血だらけでぐちゃぐちゃだぞ!?この話のヒロインにあるまじき顔になってっけど大丈夫か!?」
鵺一(軽傷)と小蘭(重傷)の顔の心配をしつつ、樹(無傷)は二人に改めてミケを追いかけていた理由を尋ねた。
「なんだ樹、気がつかなかったのか?ミケの首輪に」
「ミケの首輪ァ?……ちょっと待ってろ、思い出すから」
そう告げると、樹は脳内で先ほど見た逃走劇の映像を記憶の引き出しの中から取り出しチェックする。
首輪、首輪……。確かにミケはつけている。拡大して詳細を確認してみよう。……って、あ。
「ミケの首輪……これ完全に秋江のペンダントっぽくね?」
「相変わらずお前の記憶力どーなってんダヨ、競馬のビデオ判定カヨ」
顔面の血を持ち歩いていたハンドタオルで拭いながら言う小蘭のセリフと被り気味に、秋江が「なんですってぇ!?!?」と大きな声を出した。
「今すぐその猫捕まえて挽肉にしてやるです。もしもしお父さん?残った職員全員集めて中庭に集合させて欲しいです」
「おいやめろやめろ!!嫌な権力の使い方すんな!!」
すかさずスマートフォンで父親である理事長に連絡を取り始めた秋江から無理やりスマートフォンを取り上げると、樹は全員に一旦落ち着くように言った。
「いいか、野良猫は警戒心が強いんだ。無闇矢鱈に追い回しても、かと言って人海戦術を実行しても余計警戒して最悪学園外まで逃げちまうぞ。だからここは「待ち」をしよう」
樹はニヤリと不敵に笑った。
*
ミケは裏庭に戻っていた。
いつもなら、毎日のように相手をしてくれる女子生徒に構ってもらう時間なのだが、今日は得体の知れない二人組に追いかけられて散々だった。おまけに首がチクチクして落ち着かない。
無駄に走ったせいか、お腹も空いてきた。食べ物でも探すかな。そう思い、裏庭の木の上から下の様子を伺い、降りようとした。すると、何やらいい匂いがしてきた。
その匂いに思わずガバッとミケは反応してしまう。だって、だってこの匂いは……。
_人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人_
> マタタビにゃーーーーーーーー!!!!!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
本能のままに木の下に降り、ミケは匂いのする方へ走り出す。しかしマタタビの香りの発生源は、かなりの速さで動いていた。
「おい!おい!なんで俺がマタタビまみれにならないといけないんだ!!」
捕獲作戦を発表後、何故かおたすけ屋の本拠地、第三放送室内の棚の中にあったマタタビスプレーを全身に振りかけられた鵺一が全力でミケから逃げる。
「いいぞ鵺一ィー!お前も今猫みたいだぞ!どーぞ!」
「わけわからんこと言うんじゃない!どーぞ!」
耳につけた、放送室時代の備品であるインカムから届いた樹の雑な応援に、鵺一は悪態を吐く。
そして樹はというと、中央棟の屋上から鵺一とミケの鬼ごっこを見ていた。
同じくインカムを耳につけて、鵺一に次のチェックポイントを指示する。
「よしよし、そのまま体育館の方に出て回ってこい!そして、中庭の並木までなんとか追いつかれないように来てくれ!どーぞ!」
「了解した!どーぞ!」
鵺一は樹の指示通りに裏庭から体育館脇へ回り、そのまま中等部校舎の裏を通って中庭に出る。後ろを確認すると、ミケはまだ必死に追いかけてきている。ミケに対するマタタビの力は相当なものだったようだ。
「中庭に出たぞ樹!どーぞ!」
「OK!並木に突っ込んでくれ!どーぞ!」
言われた通り、鵺一は校門から道沿いになるように中庭に植えられた並木の中に入る。同じようにミケも並木の中に入っていった。
「よし……目標が到達するまであと五メートル……」
樹は、ミケにだけ意識を集中させる。
「四……三……二……一、今だ小蘭!どーぞ!」
樹がそう叫んだ瞬間、並木の中の一本の木の上から、ミケをめがけてガシャンとゲージが落ちてくる。
動物は垂直の動きに弱い。ミケも例外ではなく、上からの襲撃にとっさに反応できず、ゲージの中に閉じ込められてしまった。
「ふはははは!小蘭ちゃんお手製トラップで無事捕獲完了ネー!!どーぞ!」
木の上からインカムをつけ、ロープを持った小蘭が得意そうに高笑った。更に一つ上の枝にゲージに繋げたロープを引っ掛けて、滑車の原理でミケの上からゲージを落としたのだった。
*
「間違いないですぅ、これは私のペンダントですよぅ!」
木から降りた小蘭が、ミケがこれ以上逃げないようにゲージをしっかりと押さえつけている間に他の三人が中庭に集合し、改めてミケの首輪を秋江に確認してもらう。
やはり、ミケの首輪が目的のものだった。
「わぁぁん!見つかってよかったですぅ!!これで姉さんに顔が合わせられますぅ!!」
鵺一がマタタビまみれの上着を脱いで、一旦校舎内に隔離してしまったためか、興奮状態からすっかり落ち着いたミケは、ゲージから出されても暴れることなく大人しくして、秋江にペンダントを外される。
ミケは首から物がなくなるとスッキリしたのか、首を軽く振ったあと、ニャア、とまるでお礼のように鳴いた。
「でもなんでミケがペンダントなんてつけてたんだ?流石に拾って自分でつけるなんて芸当出来そうにないしな」
そうだよな、と全員が頭をひねっていると、先程裏庭でミケを探していた女子生徒がやってきた。
「ミケ!やっと会えたよー……って、神原くん達だ。ミケと遊んであげてたの?」
女子生徒は「ミケー」と呼びながらミケの頭を撫でる。ミケは気持ちよさそうに女子生徒の手に頭を自分から擦りつけていた。相当彼女に懐いているようだ。
もしや、彼女ならペンダントのことについて何か知っているかもしれない。
「あの、ミケの首にこのペンダントが付いてたんスけど、何か知ってるっスか?」
樹は秋江が持っているペンダントを指差しながら、女子生徒に尋ねた。
「あーそのペンダント。確かにミケが付けてたよ。昨日放課後に裏庭で会った時にはもう付いてたかなあ」
「先輩が付けたんじゃないんスよね?」
「私は付けてないよ。あ、でも昨日はもう一人ミケを構ってた男子がいたからその人かも……あれ、私もしかして変なこと言った?」
顔を強張らせる四人に思わず女子生徒が尋ねると、四人は「情報ありがとうございました!」と一斉に裏庭へ飛び出していった。
一瞬にして残された女子生徒とミケは、ぽかんと彼らの背を見送ったあと、顔を見合わせて、なんだったんだろう、とお互い首を傾げた。
*
裏庭では、一人の男子生徒がミケを探していた。
「あの猫どこ行ったんだ……いつもなら裏庭にいるって聞いたのに……」
「猫なら中庭だぞ」
後ろから聞こえた声に男子生徒が慌てたように振り返ると、樹、小蘭、鵺一、秋江の四人が立っていた。
「なるほどなァ、拾った高そうなこのペンダントをそのまま盗もうと思ったけど、人がいて見られたら困るから猫につけて後で回収しようって魂胆かー」
そう、秋江のペンダントを見せながら披露した樹の推理は図星だったのか、男子生徒はビクリと肩を跳ねらせる。そしてしどろもどろになりながら言い訳を始めた。
「う、うるせえ!ペンダントは裏庭のゴミ捨て場に落ちてたんだ!捨てられたものを自分のものにするのは勝手だろ!?」
「おい秋江、裏庭行ってないっつってたけど、ゴミ捨て場に落ちてたんですって。話がちげーぞ」
「そういえば昨日の掃除の後に、掃いてまとめたゴミを捨てにゴミ捨て場行ったです」
「あとでおたすけ屋から大事なお知らせがあります。が、今はそれは置いといて……」
と、樹は言葉を切ると、ポケットから小さいリングノートを取り出し、サラサラと何かを書くとちぎって秋江に渡した。
ではあとはご自由に。と樹が軽く手を振ると、小蘭と鵺一と共に裏庭から去っていく。
裏庭に残されたのは、男子生徒と秋江だけだ。
「な、なんだよ。なんか文句あんのかよ」
秋江はそれには答えず、にっこりと笑って樹から貰ったメモを読み上げる。そこに書かれていたのは樹が記憶していた男子生徒の個人情報と、万引きを繰り返している犯罪経歴についてだった。
サーと、男子生徒の顔が青くなっていく。
「万引きについては学園側も保護者側も知らないみたいですねぇ〜。生徒の証言のみって感じですかぁ〜。でもこれ、チクったらどうなるんでしょう〜」
「や、やれるもんならやってみろよ!証拠がなければ信じてもらえねえから無意味だろうがな!」
男子生徒は途中で証拠の提示をされた訳ではないと気づいたのか、強気に出た。しかし秋江の表情は一切崩れなかった。
「私から先生に言えばね〜。でも、理事長から言えばどうでしょう〜?」
「……なん、だって?」
秋江の発言に一瞬固まると、やっと秋江の正体を理解した男子生徒は嫌な汗をかき始め、ガタガタと震えだす。
薄く目を開き、ニイ、と秋江が微笑んだ。
「相手が悪かったですね。理事長の娘である私から物を盗ろうなど、百万年早えんですよぅ」
その目は完全に笑っていなかった。
*
「てことで、彼は無事停学になりましたぁ〜。これから過去の万引き事件全部洗って、あまりに悪質だったら退学になるそうですぅ〜」
「オレは弱みを握ってなんとかしろって意味で情報渡したのに、お前の権力の使い方マジ怖えんだけど」
次の日、第三放送室でお茶をしながら秋江が結果の報告に来た。
しかし、にこにこと胡散臭い笑顔でサラリとこのお嬢様は恐ろしいことを言うもんだ。
「権力が怖いとか、何言ってるんですかぁ〜?私のこの後ろ盾のお陰で、こんな部活でも委員会でもないわけわからん活動が認められてるっていうのに〜」
秋江が少し脅迫めいて言ってくる。だがこれは実際にそうなので流石の樹も下手に反論できない。秋江がここを気に入ってくれているから、理事長も娘の為にとこの活動を容認してくれているのだ。理事長娘に甘すぎだろ!
「ああ、前に言ってた強いコネって、やっぱりこれのことだったんですね……」
同じように暇を持て余していてお茶をしに来ていた慎太郎が、遠い目で秋江を見つめた。
「そんなことより!無事ペンダントも見つかったので報酬を持ってきたんですよぅ!駅前の洋菓子店で買ったバームクーヘンですぅ!」
「おお!待ってましたヨー!秋江が買ってくるお菓子はみんな美味しいもんネー!」
小蘭が興奮気味に秋江の肩を叩いた。秋江はそれに「急かさないでほしいですよー」と笑いながら返すと、自身の鞄からバームクーヘンを取り出そうと中を確認する。
そしてしばらく、ごそごそとまさぐった後、あれ?と首を傾げた。
「どうした?」
「あのぉー、えっとぉー」
様子がおかしいので鵺一が声をかけると、秋江はバツが悪そうに、バームクーヘンはまだかと待つ四人に告げた。
「今度はバームクーヘンをどこかに置いてきちゃったみたいですぅ〜。今日は荷物ごとの場所移動が多かったからうっかりぃ〜。と言うわけで40秒以内にここにいる全員中庭に集合しろです」
最後は笑顔になってそう告げる秋江に、四人は顔を見合わせ頷いた。
「「「「お前ふざけんなよ!!!!!!!」」」」