第18話 突撃!隣(の校舎)の放送部!
「では、俺は今日は剣道部に行くから。また明日」
とある日の放課後、緑原学園高等部1-C教室にて。
いつも通りに授業が終わった後、鵺一が今日はおたすけ屋には出れない旨を伝えて剣道部へと向かっていく。
「掛け持ちって大変だよネー。剣道部は緩い方だけどサ」
ガラリと教室の戸を閉めて去っていく鵺一の背を見つめながら、小蘭がポツリと呟く。
「まー、オレたちのは別に部活でも委員会でもなんでもないしな。有志のボランティア団体みたいなもんだから」
感想に感想を返してから、樹は「さてと」と席を立ち上がる。
「じゃ、オレたちも行こうぜ。オレたちは鵺一と違って暇人だしさ!」
荷物を抱えて小蘭にも移動を促す樹だったが、小蘭は席から立たずに座ったまま、ジトッと樹を見ていた。
「……なんだよ?」
そんな小蘭に樹が怪訝な顔を見せると、小蘭はジト目のまま口を開いた。
「鵺一と違って暇人って言うケド、樹も部活掛け持ちしてたヨネ?」
小蘭の指摘に、樹はギクッとする。
「樹は全然部活に行かないケド、いいノ?放送部ダヨネ?今まで散々そう言って実況してナカッタ?」
更なる指摘に、樹はギクギクッとする。
「い、今はいいだろその話!ほ、ほら、さっさと第三放送室に行こうぜ!」
小蘭との会話を強引に切り上げて、樹がそそくさと教室を出ようとした瞬間。ガラリと教室の引き戸が大きく開けられ、仁王立ちの教師が立ちはだかった。
「コラー!神原くん!今日と言う今日は部活に出てもらいますからね!」
「ゲッ、お前が放送部の話するから和田センセーが来ちゃったじゃねーか!」
和田先生と呼ばれた、頭をシニヨンにしてまとめ上げ、ブラウスにスカーフ、タイトスカートといった、いかにも先生な風貌の女性教師は、そのままズカズカと教室に入ると鞄を抱えてオロオロする樹の腕を引っ張った。
「人のせいにしない!いいから来なさい!」
「ギャーーーッ!人攫いーーーッ!」
ジタバタ抵抗する樹だったが、所詮モヤシだったので虚しく和田先生に引きずられて行った。
「なあ、今の放送部の顧問か?」
ポツンと一人残された小蘭がしばらく引き戸を見て呆けていると、一連の騒動をうるさそうに隣の席で見ていた翔に声をかけられる。
「そうみたいダネ。和田センセーが放送部の顧問だったんダー」
「和田センセーつったら国語の先生だよな。なんか納得」
うんうん、と一人で頷く翔から視線を逸らして、小蘭は再び開けっ放しの引き戸を見つめる。心なしか、うずうずしているようにも見えた。
「折角の機会ダヨ、これはあとヲ──」
「あとをつけるしかないのだわ!!!」
小蘭の台詞を奪いながら、後ろから愛里寿がガッと小蘭の肩に手をつき乗り掛かってきた。
「面白そうな匂いがぷんぷんしてるのだわ!なら乗るしかないのだわ、このビックウェーブに!」
「さっすが愛里寿ゥ!わかってるネー!」
好奇心に目を輝かせながらキャイキャイとはしゃぎ出す女子二人を尻目に、翔は我関せずな顔で立ち上がるとそのまま鞄を手に取りその場から立ち去ろうと足を踏み出す。が、途中で腕を掴まれ、動きを強制的に止められた。
「ヨッシャ!早速あとを追跡するヨ!三人デ!」
「和田ちゃん先生なら、見学です!って言えば許してくれると思うのだわ!」
翔の心底嫌そうな顔を完全にシャットアウトして、女子二人は盛り上がる。
「おい、俺を巻き込むな」
「ワタシ帰宅部ダシ、暇してるからちょうどイイヨ!」
「愛里寿も家庭科部が今日はない日なのだわ!他の部活の見学、一度やってみたかったのだわ!」
「無視すんな!おい!俺だって今日電脳部があるんだけど!」
至極真っ当な抗議をするも、女子二人は聞く耳を持たず、そのまま翔の両腕を掴み引きずっていった。
*
高等部四階、第一放送室。
中等部と対称的な造りになっている高等部校舎にも、放送室が存在した。というより、今学園でメインで使用しているのは高等部の放送室だった。
小蘭、愛里寿、そして凄く嫌そうな顔を続ける翔の三人は、放送室の扉前にやってきた。
外にある放送中のランプは点灯していなかったが、扉に聞き耳を立ててみると、中からうっすら声が聞こえてきたので人はいるようだ。小蘭が代表して放送室の扉をコンコン、とノックすると、すぐにパタパタと中から扉に近づく足音が聞こえ、ガラリと引き戸が開けられる。
現れたのは、放送室に向かったと思われた樹でも和田先生でもなく、桃色のカーディガンを萌袖にして着用した、黒いセミロングヘアの糸目の女子生徒だった。
「あらぁ、珍しいお客さんですこと。こない大勢でどうしたん」
「アレ、生徒会の人?なんでここニ?」
小蘭がびっくりした顔を見せると、女子生徒は袖を口元に持ってくると、細い目をさらに細めてクスクスと狐のように笑う。
「うちがここにいるん、そないおかしぃ?生徒会は委員会扱い、生徒会とは別に部活に参加してもかまへん決まりどす。野球部兼任もおるしなぁ」
はんなりした雰囲気で淡々と述べる女子生徒に、翔はどこか胡散臭さを感じて顔をしかめる。その横で、愛里寿はうんうん頭を捻っていた。
「うーん、この人、お侍様と生徒会長の裁判の時は見なかったのだわ。本当に生徒会の人?」
「えらい疑われてんなぁ」
愛里寿の疑問に女子生徒は再びクスクス笑う。
「うちは濱小百合いいます。生徒会会計の高等部3年どす。よろしゅう〜」
そう言いながら小百合は手をフリフリしてから、思い出したように話を続ける。
「自己紹介しとる場合やないね、君ら何しにきたん〜?生徒会絡みの用事やろか?」
「違うヨ!放送部に用があって来まシタ!」
小蘭の返答に、小百合は、ん?と首を傾げ怪訝そうな顔をした。
「放送部に?えらい珍しいなぁ。どう言ったご用件か聞いてもよろしぃ?」
「見学させてほしいのだわ!他の部活がどう活動してるか気になってたのだわ!」
今度は愛里寿が元気よく答えると、小百合はさらに首を捻った。
「うーん、部の掛け持ちは容認されとるし、問題はあらへんのやけど……今は大会に向けて原稿や台本書いとるだけやし、見ててもおもろないと思うのやけど……」
そうして引き戸の前で小百合が渋っていると、放送室の中から女性がひょこっと顔を出した。
「濱さんどうしたの?そんなに唸って……あら?」
「和田センセー!」
小蘭に名前を呼ばれると、和田先生はにこりと笑顔を見せてから、小百合の脇から出て声をかけた。
「みんな揃いも揃ってどうしたの?先生に用?」
「それが、部活の見学に来たらしいんです」
小蘭たちが答えるより先に小百合が答えると、和田先生は先程の小百合と同じように首を傾げた。
「見学?李さんはわかるけど、冥崎くんと小森さんはもう違う部活に入ってるよね?」
うーん?と訝しげに小蘭たちを見る和田先生に、小蘭たちは「もしかするとこれは追い返されるパターンのやつでは?」とハラハラした。が、それは杞憂に終わった。
「あ、神原くんがちゃんとやってるか様子を見に来たのね!」
少し前の樹誘拐時に、そばに小蘭がいたことを思い出したのか、和田先生は一人で納得してポンと手を叩いた。
「そういうことなら構いませんよ。しっかり監視してあげて!」
さあどうぞ!と言わんばかりに入り口を開けて中に入るよう促されたので、小蘭と愛里寿はその通りに従う。
「じゃあ、俺はこれで……」
と、翔が一人その場から帰ろうとしたので、女子二人はガシッと両側から腕を拘束し、強制的に連行した。
*
高等部校舎の第一放送室は、おたすけ屋の部室?である第三放送室と違い倍の広さがあった。とはいえ、半分は機材と放送スペースで埋まっており、放送部が作業をするスペースは第三放送室と同じぐらいだった。
そんな作業スペースでは、数人の生徒が原稿用紙に何か書いては書き直し、備え付けのテレビで何かのドキュメンタリー映像をメモを取りながら見ていたり、各々が何かしら手を動かしていた。
忙しそうな放送部の様子を見て、思わず立ち尽くしてしまった小蘭たちに「慌しくてすまんなぁ」と小百合が少し眉を下げながら声をかけた。
「さっきも言ったけど、今は大会に向けてドキュメンタリー番組を作っとるんよ。だから原稿書いたり、番組構成考えたりでバタバタしててん」
説明を受け、なるほど、と頷く一同から和田先生は外れると、ズカズカと放送部の一番奥、窓側の席で原稿用紙と睨めっこする部員の元へと向かっていく。
「で、そろそろ原稿覚えた?あなたなら楽勝でしょ?」
そう話しかけられた部員が原稿用紙を顔の前から下げると、面倒くさそうに眉間にシワを寄せる樹の顔が出てきた。
「なんでオレがこれ覚えなきゃいけないんすかー?別に読むのオレじゃなくてもいいじゃんー!」
「あなた放送部員でしょ!少しぐらい部活動に貢献しなさい!」
文句を垂れる樹に和田先生がガミガミ叱り始めたのを見て、小蘭はため息をつくと小百合の袖を引っ張る。
「ネ、濱センパイ。アレ、アイツでいいノ?」
樹たちを指差しながら小百合に尋ねると、小百合は「心配あらへん」という風にニコニコと首を振った。
「確かになあ、神原くん、あんまり部活に来ぉへんし、態度もクソ悪いんやけど、悔しいかな、実況とかナレーションは部員の中で一番上手なんよ」
そう言われると、確かに樹はスラスラと実況をすることが多かった。そもそもミニカーレースや大食い対決でも率先して実況を始めていたぐらいなので、自信があったのだろう。そんな感じでナレーションもスラスラ言えてしまう様子が容易に想像できる。
嫌々ながらも一応きちんと活動に取り組む樹を見ているうちに、小蘭は少しうずうずとし出した。そんな小蘭の様子に小百合は気付くと色々察した。
「……撮影、体験してみる?」
はんなりと微笑みながら誘う小百合に、小蘭はぱあっと顔を輝かせる。
「やりたいやりたい!やりたいのだわ!」
小蘭の横で全く同じ顔をしながら、愛里寿も元気よくアピールした。
「ちょうどな、カメラの撮影テストしよかな思てたんよ。だからそれに付き合うてもらう形になるけど……それでもええんやったら」
「「やるやるーー!!」」
身を乗り出して即答する二人に、小百合は細目を更に細めてにこりと笑むと、他の部員が作業を続ける机の上にポツンと置かれた、ハンディカムビデオカメラを手に取った。
「ふふふ……体験を経てそのまんま部員になってくれれたら……予算もあーっぷ、機材も新調、ウィンウィンどすなあ……ククク」
一瞬だけ狐のように怪しくがめつい黒い顔を出しながら、ボソリと呟いた小百合の言葉は、小蘭と愛里寿だけでなく、他の誰にも聞こえなかった。
「……さて。お嬢さん方は体験してくれるみたいやけど、そこの少年はどないします?」
すぐに元の細目のはんなり顔に戻ると、小百合は小蘭と愛里寿ではなく翔の方へ体を向ける。が、先ほどまで翔がいたであろう場所には、彼はいなかった。
「アレ?翔どこ行ったノ?マサカ帰っタ!?」
小蘭と愛里寿も翔の不在に気付いて、キョロキョロと部室内を見渡す。と、愛里寿がバッと機材がまとまっている、いわゆる「放送スペース」を指差した。
その先には、放送部員に説明を受けながら興味深そうに機材を眺める翔がいた。
「で、ここで映す映像を切り替えられるんだよ。事前に映像をデータ化してここに入れておく必要があるけどね」
「なるほど、これで複数の映像を切り替えることができるのか……テレビでパッと切り替えられてる理由はこれか!」
小百合は、更に予算が増えそうだと悪い狐の顔をした。
*
「ほな、撮影始めますえ」
緑原学園の校庭。高等部校舎と水平になるように広がった、整備されたグラウンドに小百合、小蘭、愛里寿はやってきた。
「それじゃあ、自由に動き回ってもらってもよろしおす?」
ハンディカムビデオカメラを手元に構え、校庭に立つ被写体二人を映すと、小百合は指示を飛ばす。
「了解ダヨ!イェーイ!撮ってルゥ!?」
「愛里寿映ってる?お母さん見てるかしら!?」
カメラを向けられた小学生のように女子二人はピースサインをしながらぴょこぴょこする。
「うーん、もっと大きく動いてもろてもええ?」
「ウオオオオオオ!!」
「フヌウウウウウ!!」
小百合の要望に応えて、二人は女子からぬ雄叫びをあげながら走り回る。小百合はやっと満足そうな顔をすると、走ってブレまくる二人を映すためにカメラをせわしなく動かした。
そんな撮影の様子を見ながら、樹は機嫌悪そうに顔をしかめた。
「なんでオレまで外に連れ出されんの!撮影のテストならオレいらないだろ!」
ブツクサ文句をたれる樹に、連れ出した張本人の和田先生が再び説教を飛ばす。
「なんで、じゃないでしょう!あなたも部員なんだからこういう活動には協力しなさい!」
そう言ってから、和田先生はビッと走り回る二人を指さした。
「それに、ナレーションの練習にもなるはずよ。ほら、試しにあの二人に対して適当にナレーションをつけてみなさい」
まるで水族館で回遊しているイワシの群れのように忙しなく動き回る女子二人を見つめながら、樹はため息をつくと様子を見ながら適当な解説を入れ始めた。
「一年の中で一番活発になる時期は、意味もなく走り回るようになります。それは相手に対する威嚇行動ではないかと言われており、周囲に自分たちは危ないやつだと認識させるための行動と言われています。しかし、中には威嚇目的ではなく、何も考えずに走り回る個体もおり、今撮影している二匹はまさに何も考えずに動いている馬鹿な個体……」
「コラーーーーー!!聞こえてんダヨ馬鹿樹ィィィィィ!!!」
解説という名の悪口を遮り、馬鹿な個体の片方がドドドドドと樹目掛けて突進すると、直前でダンッと踏み切り飛び蹴りをかます。樹は転がりそれを避ける。
「ギャーーッ!!馬鹿な個体に襲われています!!このように気に喰わない相手に対しては攻撃的にもなるようです!!暴力の塊です!!」
「その実況解説ヤメロ!!!!!」
場所が変わろうといつも通りぎゃあぎゃあと喧嘩(一方的)を繰り広げる二人に、小百合はカメラを向けてこれ以上ないくらい楽しそうに笑顔を輝かせる。
「いやぁ、うちが欲しかったんはこれぐらいの激しさやわぁ〜。喧嘩って見てるとどうしてこんなにワクワクするんやろかぁ〜」
ウッキウキで6話ぶりに繰り広げられるハムスターの喧嘩を撮影する小百合の姿を、動きを止めた愛里寿は「うわぁ」とドン引き顔で見ていた。
「濱先輩ってお淑やかそうで素敵って思ってたけど、性格がちょっと難ありすぎるのだわ……翔くんもそう思わない?」
そう、愛里寿はなんだかんだでカメラのテストにもついてきた翔がいる方へ振り返りながら問いかけたが、翔からは返事が返ってこない。それもそのはずで、翔はこれまでの流れなど一切見ていなかった。
「これはレフ板と言って、これで光を反射させて対象を照らすんだ。特に外なんかは太陽光だと眩しすぎるから、わざとレフ板で反射させてちょうどいい感じにしたりすることもあるよ」
「なるほど、外なのに陰影が強くない写真はそうやって回避してたのか……」
大きな白い板やスポットライトなどに囲まれて、翔はその道具を外に運んだであろう放送部員の解説を聞きながら興味深く頷いていた。
「翔くん……カモられてるのだわ……」
愛里寿の言うとおり、翔に説明を続ける放送部員の顔は、部室を出る前の小百合と同様に悪そうな顔になっていた。
*
「撮影も終わったし、最後は編集やねぇ」
たっぷりカメラのテストを終え、外から第一放送室に戻ってきた一向は、カメラのデータをパソコンに移して流し、モニターで映像を確認する。
小蘭と愛里寿が意味もなく走り回っていると、突然小蘭が方向を切り替え突進する。カメラが小蘭を追従すると、端にいた樹に飛び蹴りを繰り出しており、それを避けた樹にさらに追撃をかける様子を映した。樹は追撃も避けて逃げながら解説を続け、更に怒った小蘭が腕を振り回しながら樹を追いかける。そうして喧嘩を続け、最終的に二人とも和田先生から怒鳴られ叱られる様子が収められていた。
「なんなのだわこの映像」
愛里寿でさえ思わず顔をしかめたほどには意味不明なこの映像を、小百合が今度はパソコン内の映像編集ソフトで開いて編集できるようにセットする。
「ほな、まず最初に今回は音声を消しときましょ。動きがわかればええし、動物番組とかも撮影中の音声はほとんど入ってへんしなあ」
「遠回しにワタシたちガ野生動物と同じダッテ悪口言ってル?」
さらっと流した毒にめざとく突っかかる小蘭は無視して、小百合はパソコンから繋がるマウスをカチカチと数回クリックしてソフトを操作する。そして最後にプレビュー再生で編集結果を確認すると、あっという間に映像から音声が消え、無音で一連の流れが再生された。
「すごーい!はやーい!今の!今のどうやったのだわ!?」
「魔法??魔法カナ!?」
数秒もたたないうちに音声を消した小百合に、女子二人は解説を求める。しかしそれに答えたのは小百合ではなかった。
「今のは映像から音声を切り離して、音声だけ消したんだろ。映像編集の初歩中の初歩だな。あと切り離さなくても映像の音声をミュートにするって形で消すこともソフトによってはできたりするな俺はいつもそっちでやってるまああんまりやる機会はないけどなゲームは音入ってないと意味ねえし解説で一時停止するときぐらいだなそれやるの」
突然オタク特有の早口でベラベラと饒舌に解説をしだした翔に、小蘭と愛里寿は若干引き気味の顔をした。
「何コイツ、急ニ……」
「最初興味なかったのに、ちょっと怖いのだわ……」
「お前らぶん殴るぞ」
女子の言葉にムスッとする翔を見ながら、小百合はまたまた一人黒い顔をする。
「なるほどなあ、あの少年は機械好きと見たわぁ。うまく引き込めれば、部員が三人も増えて、予算もアーップ。ええ感じやわぁ〜」
クックックと笑ってから、小百合はくるりと顔の向きをパソコンの画面から、部室内の放送ブースへと変えた。
「ほな、次のステップに行きますえ。ということで神原くん、ナレーションの吹き込みをよろしゅう〜」
「だァァァかァァァらァァァ!!なんでオレがやらなきゃいけないんだっつの!!」
放送ブース内にある、ニュース番組で使うような立派なマイクが置かれた席で、無理やり座らされたのであろう樹が不機嫌顔で喚いた。
「つーか今更だけど、なんでコイツらがいるんだよ!体験ならコイツらにやらせればいいじゃないっすか!」
本当に今更ながら、樹は小百合の後ろに控える小蘭たちをビシッと指差すとギャアギャアと抗議する。
しかし上級生は首を横に振るのみだった。
「そういう訳にはいきまへん。センセから神原くんにやらせるように言われたしなぁ」
「そうですよ!あなたこういう練習にも来ないんだから、今日は た っ ぷ り 練習してもらいます」
そう言って樹の後ろで仁王立ちする和田先生の強すぎる圧に、樹は負けて抵抗をやめた。
「はあ……さっきと同じこと言えばいいんすよね……」
わざとらしく大きくため息をついてから、樹は口を開く。
「一年の中で一番活発になる時期は、意味もなく走り回るようになります。それは相手に対する威嚇行動ではないかと言われており、周囲に自分たちは危ないやつだと認識させるための行動と言われています……」
先ほど校庭で披露したアドリブナレーションを、一言一句違えることなく反復する。が、今度はゆっくりと、聞き取りやすいスピードで声を当て、文の終わりもわかりやすく区切って読み上げていった。
「流石、編集側の都合も理解してくれとるわぁ。……話はちゃんと聞いとるんよなぁ、来ないだけで」
ふう、と小百合がため息をついている間にも、樹はスラスラとナレーションを読み上げる。そうして全ての言葉を完璧に再現すると、吹き込みが完了したことを嫌そうな顔をすることで全員に伝えた。
「はあ……。全く、どうしてちゃんとできるのに部活には真面目に来ないのよ……」
眉間に皺を寄せ頭を痛そうに抱える和田先生は見て見ぬ振りをして、もういいだろ、と言わんばかりに樹はブースを飛び出すと放送室内の荷物置き場に置かれた自分のカバンを引っ掴む。
「はい!オレの仕事終わり!お疲れ様っしたァー!お先です!!!」
「あ!!こら!!待ちなさい!!まだ本番用の原稿の読み合わせが終わってないわよ!!」
そう部室から颯爽と出て行った樹を、和田先生は慌てて追いかけて行った。
「んもう、神原くんも和田センセも相変わらずドタバタうるさいんやからぁ」
はーあ、やれやれ。と小百合が大振りに首を振ると、その流れを見ていた小蘭と愛里寿も同意して強く頷くのであった。
「って、アレ?翔ハ?」
ふと、一緒に映像の編集画面を見ていたはずの翔がいなくなっていることに小蘭が気づく。
「えっやばこのマイク……。性能良すぎていい意味でキモい……。ノイズこんなにシャットアウトできるのやば、さすが放送のプロ……。えっ、いくらすんのこれ。メーカーは?オレでも買えるなら買い替えたい、大会の賞金まだ貯金して残ってたはず」
いつの間にか放送ブース内に瞬間移動し、放送部員の説明を聞きながら樹の使っていたマイクを嬉々として眺める翔を、女子二人はもう放っておくことにした。
*
「こうして出来たのがこの映像ってワケ!」
次の日の放課後、おたすけ屋の部室に置かれたテレビには、小蘭と愛里寿が映った件の映像の編集版が流されていた。
映像はその日のうちに完成し、あとはそれをデータロムに焼くだけになった。が、大会に向けて準備を進めているのもあって、焼く作業をするために機材を一つ消費するのは効率が悪かったため、小百合がデータを
家に持ち帰り、自分のパソコンに移して焼き、今日わざわざ教室にまで届けててくれたのだった。
「はいココォ!このカット見テ!見ろヨ!ここの小蘭チャン、チョーーーー(中略)ーーーーォカワイイデショ!!!」
自分が綺麗に映ったシーンが流れると、こうしていちいちバンバンとテレビ近くの壁を叩きながらアピールをする。
「ハイ!もっかい見テ!よく見テ!ハイ!」
「何回見せる気だお前」
何度も何度も同じシーンを繰り返し見せられ、鵺一はうんざりした。
「そんナノ何回でも見せるに決まってんダロガヨ!!!美少女小蘭チャンの女優デビューダゾ!!?!?見ろヨ!!!!!ホラ!!!!!」
そう興奮気味に鵺一に自慢する小蘭だったが、そんな彼女に鵺一は少し引っ掛かりを覚える。
「まあ、デビューはいいんだが……そのデビューがこの映像で本当に良かったのか?」
鵺一の疑問に、小蘭はキョトンと首を傾げる。
「ハ?ドユコト?」
「いや、ナレーション……」
そう鵺一が指摘したように、映像に合わせてつけられているナレーションは昨日収録したものから一切変わっていない。
つまり、誰がどう聞いても樹による小蘭たちの悪口が流れているだけだった。
「お前は本当にこれでいいのか?」
再度確認をする鵺一に、小蘭はチッチッチ、と口で言いながら不敵に指を振った。
「わかってないネー、鵺一ィ。ナレーションがなんダヨ。それ以上に小蘭チャン可愛く撮れてるだろーガヨ!」
わっはっはっはー!と上半身をのけぞらせ小蘭が得意そうにだか笑うのもそのはずだった。
樹が放送部から逃走したあと、実際に映像にナレーションを重ねて確認をしてみたわけだが、小蘭と愛里寿はどこか物足りなさを感じてしまい、追加でシーンを撮ろう、と今度は自分たちの自称激かわショットを撮影し出したのだ。
意外にも小百合も乗り気で付き合ってくれ、そうして撮った追加分は最初の映像の合間合間に差し込みアップショットのように編集して仕上げたのだった。
……なお、昨日はそのまま逃亡に成功した樹だったが、今日も小百合がデータロムを届けにきた際に放送部に連行されて行き、帰らぬ人となった。
「愛里寿もめちゃくちゃ可愛く撮れて喜んでたシ!シャオ&アリスとしてアイドルデビューも待ったなしカモ!?そしたら!フロレアと共演できちゃうカモ!?!?イヤー!参っちゃうナァァァァ!!」
アーッハッハッハ!と今日日聞かない高笑いをする小蘭に、鵺一は複雑な顔をした。
「お前がそれでいいなら……もう何も言うまい……」
そう言ってやれやれとため息をついた。
*
ちなみに放送部の大会用の映像は、二週間後無事に完成し提出され、優秀賞を獲得した。
その後更に一週間の間は、樹の喉がお亡くなりになっていた。
緑原学園は放送委員会ではなく放送部です。映像研究部に近い。
校内の生徒による放送は、生徒会から放送部に委任されている扱いです。




