第17話 シャオと食堂の女王
緑原学園、食堂にて。
背の低い、小柄な茶髪の少女が、席に座り自分の顔より巨大などんぶりを両手で抱え、ゴッキュゴッキュと中のスープを飲んでいた。そしてプハーッと幸せそうに顔を離し、空になったどんぶりをドンっとテーブルに置くと、きちんと両手を合わせて一礼。
「また記録更新したねえ〜」
そんな彼女の食べっぷりを厨房から見ていたおばちゃん達が、わいわいと楽しそうにストップウォッチを止めると外に出て、壁に貼り付けられたメニューのパネル横に移動すると、そこにかかったホワイトボードに書かれていた時間の記録を消し、今の記録で書き換える。と、例の少女が厨房へ食器を返しにきたので、そのままおばちゃんの一人は彼女に話しかける。
「おめでとう、記録更新よ!」
ニコニコとおばちゃんにそう称えられるが、少女は何が?と言わんばかりに首を傾げた。
「よくわかんないケド、今日も美味しかったヨ!」
そう言って食器を返却カウンターに置き、少女はおばちゃんに手を振ると、食堂から出で行った。
「相変わらず小蘭ちゃんの方は記録に興味ないわねえ〜」
あらあらうふふ、と微笑ましそうに少女の姿を見送っていると、入れ違いで食堂にやってきた別の女子生徒がジッとホワイトボードを見ていた。そして、やる気に満ちた顔を見せると厨房に残ったおばちゃんの方に、受付カウンターから身を乗り出さん勢いで注文をした。
「おばちゃん!『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』一つくれ!」
元気よく頼む女子生徒を見て、少女を見送っていたおばちゃんが今度はくるりと女子生徒の方を見ると、やはりあらあらうふふと微笑む。
「道瑠ちゃんは打って変わって負けず嫌いねえ〜うふふ、見てて飽きないわねえ」
厨房のおばちゃん達も同じようにニコニコ顔で、女子生徒の注文の品を作り始めた。
*
「お前本当によく食うよなあ……」
また別の日の食堂にて。
目の前でずるずると巨大などんぶりから大量の麺をすする小蘭を見て、樹と鵺一はドン引き顔をする。
「見てるこっちが腹いっぱいになってくるな……」
鵺一が紙パックの野菜ジュースを飲みながら顔を気持ち悪そうに歪めると、その台詞はいかにも心外だと言わんばかりの顔で、口からはみ出た麺をすすり飲み込んでから箸の先を二人に向ける。
「むしろお前らガ少食過ぎなんダヨ!!男子高校生ダロ!?もっとごはん食べないト大きくなれないヨ!!」
樹の前に置かれた、普通の量のうどんを食べ終わった後の器を見て、そう説教を始める小蘭の箸を構える手を「行儀悪いからやめなさい」と樹がすっと下ろす。そして樹はため息をつくと、隣に座る鵺一の背中をバンバンと叩き出した。
「どこが小食!?鵺一をよく見ろ、こいつも運動部だから結構食う方なんだぞ!?」
力任せに叩かれて振動する鵺一の目の前には、樹の言う通り完食された定食メニューの食器がからんと置かれている。ちなみに内容は、大振りのトンカツ二つに豚汁、山盛りのキャベツの千切りとシーザーサラダにご飯(山盛り)だ。
「これを小食扱いするお前の食う量が異次元なの!!」
と、樹は今度はビシッと小蘭が抱えるどんぶりを指差した。
特注品と思わしき人の顔より大きい巨大サイズのどんぶりに、山どころかもはやタワー並みに盛られた大量の麺と、器の縁ギリギリまで注がれたスープ、更に大量の具材が乗っかった緑原名物『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』。そんな物量の暴力が凄まじいラーメンを小蘭は涼しい顔で毎回ペロリと平らげる。こうして食事中に会話している今だって、物量の塊の半分以上は既に彼女の胃の中に消えているのだ。
それだけではない。今回の小蘭はこの物量の塊だけでなく、鵺一と全く同じメニューの定食も完食している。その上であの物量ラーメンを食べているのだ。どうなってるんだこいつの胃袋は。宇宙か?
「ほんと……なんでそんなに食っても太らないんだお前……体内ブラックホールか?」
再び大きなため息をついて、樹と鵺一は若干気持ち悪くなってきたのかテーブルにグダッと伏した。
「誰がブラックホールダヨ、小蘭ちゃんはホワイトホールダカラ」
よくわからないことを言いつつも、小蘭は食事をそのまま続けると、物量の権化を全て胃の中に収め完食した。
きちんと手を合わせて小蘭がご馳走様の挨拶をし終わると、厨房の方からわあわあと食堂員のおばちゃん達の声が聞こえてくる。
「あら〜、今日は記録更新ならずねぇ」
「残念ねえ〜やっぱり邪魔されてたからかしらねえ〜」
「そうよねえ〜あの男の子達が話しかけるから、箸が止まってたものねえ〜」
残念だわ〜、邪魔されなければねえ〜、とチラチラ自分達を見ながらヒソヒソするおばちゃん達の声に樹と鵺一はキレ顔になる。
「ハァァァン!?何が邪魔したからだ〜!?食事ぐらい自由にさせろってんだ、なあ鵺一!?」
「全くだ!食事は見世物じゃないぞ!」
そうひとしきり二人でプリプリしてから、スッと樹は表情を素に戻すと小蘭に話しかける。
「そういや、お前また記録抜かれてたぞ。興味ないかもだけど一応」
樹の言葉に、何が?と言いたげに首を傾げる小蘭を見て、樹がついついと食堂の入り口近くの壁に貼られたメニュー表のパネルを指差す。そのパネルの隣にかけられた、手書きで時間が書いてあるホワイトボードに気づくと、小蘭はようやく合点がいった。
「道瑠センパイデショ?あの人負けず嫌いダカラ、すぐ塗り替えてクルノ」
そう言いながら小蘭はカタンと席を立ち、空いた食器を厨房に返すため、どんぶりの中に定食の器を重ねると、よいしょと持ち上げてそのままカウンターへと向かっていく。樹と鵺一も同じように自分達が食べた後の食器をトレイに乗せて、小蘭の後に続きながらカウンターに食器を返却した。
「しかし、お前もお前だけど先輩もよく食うよなあー」
食堂を出て渡り廊下を歩きながら、三人は雑談を続けた。
「知ってるか?お前と先輩があまりにもラーメンで競い合うもんだから、『食堂の女王の座争奪戦』なんて呼ばれてんだぞ」
「フーン」
樹がどこかワクワクしたような顔で小蘭に力強く語ったが、当の小蘭はさも興味がないように適当な相槌を打つと自身の髪の房をいじり枝毛を探し始めた。
「女王か……ここに男子の挑戦者が乱入した場合、女王ではなく王になるのか?」
鵺一の完全にズレた感想も、聞く気があまりない小蘭は一切無視して見つけた枝毛をぺりぺりと裂く。その様子に、鵺一は急にプンプンしだす。
「何してるんだ!枝毛は裂いたらダメだろう!髪が痛むぞ!」
「そっちかよ怒るとこ!!」
どこまでもズレた反応をする鵺一にたまらず樹もツッコむと、鵺一は心外そうな顔をする。
「そっちとはなんだ。枝毛を馬鹿にしたら駄目だ」
そこまで言うと、鵺一はハッとして眉を下げる。
「ああ、すまん。樹にはわからない話だったな、お前髪ないし」
「はあああ!?枝毛ぐらいわかるっつの!!つーか髪ないとか言うな!オレがハゲみたいだろ!短髪だ短髪!!」
若干イラっとする表情で同情の眼差しを向ける鵺一に案の定樹は怒った。
「というかお前男子のくせに髪長いんだよ!!毎回鬱陶しい!切れや!!」
「切るわけないだろう。いつか俺は自分の髪で髷を作るんだ。それまでは切らん」
「なんで髷!?時代錯誤もいいとこじゃねえか!とにかく切れよ、お前のその房振り向いた時とかたまにオレの顔にバーンって当たって邪魔なんだよ!」
「それは避けられない樹が悪い。運動神経の無いお前が悪い」
「はい怒った〜。樹くんガチギレしました〜。もういいそのしっぽみてえに結んでるとこ引っこ抜いて落ち武者にしてやるから貸せクソロン毛!!」
「だからクソロン毛じゃないと言ってるだろう!ミディアムヘアだ!!」
「うるさいヨ!!!!」
ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めた馬鹿男子二人に、前を歩いていた小蘭が振り向くと正義の鉄拳をそれぞれの鳩尾に叩き込んだ。馬鹿二人は見事に沈んだ。
「廊下では静かニ!あんまり騒ぐト撫子サンか生徒会長にまた怒られるデショ!!ワタシ達、もうスッカリ問題児扱いされてるんダカラネ!?」
そうして小蘭が至極真っ当な説教を腹を抱えたまま蹲る男子二人に浴びせていると、ふいに背後から視線を感じた。
その視線の正体を確認しようと小蘭が素早く振り向くと、隠れて様子を窺っていたのか、壁から顔を出してこちらを見ている男子生徒と目があった。
男子生徒は「あ」と声を漏らすと、一応壁に引っ込んで隠れた。
「いや隠れてモ手遅れダヨ、加藤クン」
呆れた顔でため息をつく小蘭の後ろで樹と鵺一もようやくゆっくりと立ち上がる。それに合わせるように、加藤も改めて壁の陰からニュッと出てきた。
「どうしたんだ加藤くん。なんか用?」
樹にそう尋ねられると、加藤は樹をじっと見る。続けて鵺一を見て、最後に小蘭を見て、そうして少し間を置いてから、ダッと小蘭に詰め寄った。
「先輩!俺にはもう先輩しかいないんです!!」
「ハッ、エッ、なに急ニ!?」
唐突な告白に、それを受けた小蘭だけでなく樹と鵺一も「は!?」と思わず目を丸くする。話の流れも場の空気も完全無視の進展について行けず呆けている三人を見て、加藤は自分の言葉に綾があったことに気がつくと真顔ですかさず訂正を入れた。
「いや俺は昴とコスモ一筋なんで。間違っても小蘭先輩みたいな平地の暴れん坊将軍を好きになることなんてないです。断じて。絶対に。世界が滅んでもあり得ませんから」
「チョット表出ろお前ゴラァァァァ!!」
先程の反応とは打って変わってガチギレした小蘭が、乱暴に加藤の胸ぐらを掴んでガクガク揺すり出したので、慌てて樹と鵺一は引き剥がしにかかった。
「まあまあ加藤くん!それより小蘭に用があるんだろ!?その話しようぜ!?」
まるで喧嘩中の猫のようにフシャーと爪を立てて暴れる小蘭を羽交締めにして加藤から引き剥がしながら、樹が加藤に用件の催促をすると、加藤は何事もなかったかのようにケロリとした顔で頷いて小蘭に詰め寄った訳を話した。
「小蘭先輩って、大食いですよね?いつも食堂にあの巨大ラーメンの早食い記録残ってるし。それを見込んで、お願いというか、依頼したいことがあるんですよ」
「ワタシに依頼?」
引き剥がされた後も抵抗を続け、加藤に掴みかかろうとじたばた暴れていた小蘭はピタリと動きを止め怪訝な顔をして加藤に聞き返す。すると、加藤はどこからともなく折り畳まれた紙を取り出すと、パッと目の前で開き掲げて見せた。そこにはラーメンや炒飯、餃子などの写真と値段が書かれていて、見たところ、どこかのラーメン屋のチラシのようだった。
と、加藤はその中の炒飯をビシビシと指差し声を荒げる。
「これ!!この大盛り完食チャレンジを俺の代わりにクリアしてほしいんすよ!!」
加藤がそういう通り、チラシに載っている炒飯は普通の量の10倍はあるような盛りつけ方をされており、炒飯というより山だった。そんな山に重なるように、「ギガ盛りキリマンジャロ炒飯」と料理名が書かれている。
「んん?加藤くん炒飯好きナノ?なら自分で食べればイイジャン」
何故自分に頼んでくるのかわからないと顔をしかめる小蘭に、加藤は続けて炒飯の写真の少し下に書かれた小さな文字列をグイッと見せる。
「狙いは炒飯じゃなくてこれです、これ!俺はこれが欲しいんです!」
その文字列『時間内に食べきれば賞金10,000円!記録更新で遊園地のペアチケットプレゼント!』の後半部分を、加藤はバシバシ叩くように指差しながら興奮気味に訴えかけた。
「コスモが言ってたんです、久しぶりに遊園地行きたいなーって。それってつまり俺への誘いなわけじゃないですか!でも二人で遊びに行けるほどの金が今はなくて、どうしたもんかと思ったらこれを見つけたんすよ!だからもうこれは絶対手に入れて二人で遊園地デートしなきゃいけない。そうして俺達は結ばれて……」
「鵺一!鵺一!顔!顔!」
「その顔はダメダヨ鵺一!イケメンが台無しダヨ!!」
ベラベラと妄想を語る加藤に、鵺一の顔がどんどんどんどん険しく般若のようになっていくのを、樹と小蘭は慌てて諭した。
「とにかく!これを俺とコスモと昴のために手に入れてください!!」
と、妄想の世界から戻ってきた加藤は改めて小蘭に頭を下げて依頼を投げた。が、小蘭は全くやる気が起きなかった。なぜこの三人?のデートのために自分が動かねばならんのだ。一緒に行くわけでもなし、関係ない話だ。炒飯は確かに美味しそうではあったが、今は炒飯の気分ではない。どちらかといえば今は寿司が食べたい。まわらないやつ。
「悪いケド断るヨ。今は炒飯の気分ジャナイシ、何よりワタシ関係ないモン」
そう言って小蘭は樹と鵺一に「行こう」と目配せをして、その場を去ろうと加藤の脇を抜けようとした。が、加藤はシャガッと小蘭の進行方向へスライドし、ブロックした。
「お願いしますよ先輩!一回チャレンジしたけど、俺にはこの量食うの無理だったんです!ハンバーガー4個でお腹いっぱいになっちゃう男なんですよ!?」
「まあまあ食ってんな!」
樹のツッコミは無視して、加藤は小蘭に再び頭を下げる。だが小蘭は首を縦に振ることはなく、イラッとした顔でもう一度加藤を避けようとする。しかし、またもや加藤はシャガッと小蘭の進行方向へスライドしてブロックする。仕方がないので反対へ避けると、やはりシャガッと小蘭の進行方向へスライドしてブロックする。
そうやってしばらく小蘭と加藤がカバディを続けていると、加藤がやれやれといった顔で首を振り、小蘭にメニュー表ではなく別のものを制服のポケットから取り出し突き付けた。
「しょうがないっすねえ、引き受けてくれるならこれをあげようと思ったんですけどねえ」
ひらひらと見せつけるように小蘭に突き付けたのは、一枚のチケットのようなもの。パステルチックな可愛らしいデザインのロゴに、無料招待券の文字。小蘭は目を見開いた。
「駅前のスイーツバイキングの無料券をあげようと思ったのになあー引き受けてくれないならこれは無しっすねー」
「引き受けてヤンヨ」
「「チョロいなお前!!」」
予定調和の如く食い気味に承諾の返事をした小蘭に、これまたお決まりのように樹と鵺一が声を揃えてツッコんだ。
*
放課後、緑原学園近くの商店街。
加藤に連れられ、小蘭と樹、鵺一の三人は件のラーメン屋へやってきていた。それほど広くない店内には、8つほどのカウンター席と三つのボックス席。カウンターの奥の厨房には、黒いタオルを頭に巻いた、いかつい風貌のおじさんが麺の湯切りをしている。きっとあの人が店主だろう。
と、店主は四人の来店に気づくと顔を向ける。そしてその中に加藤の姿を見つけると、ニヤリと不適に口角を上げた。
「おう坊主!またチャレンジしにきたのかい。だがあの感じじゃ坊主にゃまだ無理だ」
がっはっはと豪快に笑う店主に、加藤はムッと顔をしかめた。どうやら一度チャレンジしたと言う話は嘘ではなかったようだ。
「そう馬鹿にできるのも今のうちっすよ、今日は助っ人を連れてきたんだ」
「助っ人ォ?」
加藤の言葉に店主は眉を潜めながら、加藤の連れに視点を動かす。そして一瞥すると、ははは!と再び豪快に笑った。
「なんだなんだ、そいつらが助っ人だって?面白い冗談だなぁ!そっちの茶髪はいかにももやしっぽいし、そっちのイケメンの兄ちゃんはガタイは良さそうだがまだまだ細い!悪いが、兄ちゃんらにもウチの大盛り炒飯が食えるとは思わんよ」
「誰がもやしだゴルァ!!」
ただもやしとディスられた樹が店主に怒るのを無視して、加藤はやれやれと肩を竦めた。
「まさか!このもやし先輩が助っ人なわけないでしょ、俺より運動できなそうなのに」
「おいこらクソ加藤てめえ表出ろ、天才少年の鉄槌下してやるから出ろ、出ろ!!」
さらっと加藤にもディスられた樹がまたもやキレるが、やはり無視して加藤は話を進める。
「助っ人はこの人っすよ!」
そう自信満々に加藤が示したのは、もやしとディスられた男子高校生よりもっと小柄で華奢な女子高校生の小蘭。店主は彼女を見ると、さらに加藤を笑い飛ばした。
「ははは!気でも狂ったかい坊主!そんなかわいい女の子じゃ尚更食えるわけねえだろう!」
「はん、言ってろ!先輩、このおっさんにギャフンと言わせてください!」
どこまでも余裕そうな店主をギロリと睨む加藤は、小蘭に想いを託す。が、当の小蘭は全くやる気のない顔をしていた。
「鵺一ィ、ワタシ帰りたくなってきたヨ。食べるノ変わってくんナイ?」
「すまないな小蘭。俺は昼に食べた定食がまだ残っていてお腹いっぱいだ」
バッサリ代役を断られたので、小蘭はため息をついた。
*
「じゃ、『ギガ盛りキリマンジャロ炒飯』のルールを説明するからな」
店主はボックス席の一つに四人を通すと、しばらくしてからテーブルに山のように盛り上がった卵や刻みネギが混ぜ込まれた炒飯をドスンと運んできた。明らかにチラシの写真よりも山が高いように見えたが、気にしたら負けな気がした。
「クリア条件は、この約3kgの炒飯を制限時間60分以内に完食すること。見事完食できたら代金はタダ。30分未満の完食で賞金、記録更新で更に遊園地のチケットをプレゼントだ。食い切れなかった場合はもちろん代金をいただくぞ。飲み物はお冷やならおかわり自由だ」
店主の説明を聞きながら、小蘭は改めて目の前の炒飯を確認する。あまり乗り気ではない上に炒飯の気分ではないのだが、もうこうなったらこれを食べ切るしかない。と、小蘭の隣に座る樹がシュビッと手を上げた。
「はい質問!今の記録はどれぐらいなんすか!」
「おっ、いい質問だな茶髪の兄ちゃん。今の記録は9分46秒だ」
「「9分!?」」
樹と鵺一は記録を聞いて驚き声がひっくり返った。3kgの炒飯を9分で完食?10分でもすごいのに10分を切った人がいるんですか?もはやその人は人間じゃないのでは?どこかの丸い桃色の宇宙……。
「先輩、いけるっすよね!先輩なら10分切れるっすよね!」
愕然とする樹と鵺一をよそに、加藤は向かい合わせに座る小蘭に声をかける。山盛りの炒飯が壁になり、加藤からは小蘭の表情が見えない。だが、小蘭は涼しげな声で一言だけ答えた。
「余裕」
そのまま小蘭はレンゲを手にとり小皿を構える。それを合図にして、店主が手持ちのストップウォッチをカチリと押し込もうとした瞬間。
「ちょっと待ったァァァ!!」
店の奥の、明らかに店主一家の居住スペースに続いているのであろう扉が乱暴に開け放たれ、一人の女子が店内に飛び込んでくる。
黒い前髪をパッツンと切り揃え、動きやすそうに後ろにまとめポニーテールにしている、小蘭と同じ制服を着た女子は、ズカズカと小蘭達が座る卓に近づくとビシッと小蘭を指差した。
「よく来たな李!そしてよくそれを注文したな!ちょうどいい機会だ!アタシと勝負しろ!」
「あ、天内先輩!?つーか、先輩いまどっから出てきたんすか!?」
突然の先輩の登場に、名指しされた小蘭ではなく隣に座る樹がびっくりした顔で叫ぶと、その先輩である道瑠はふふん、と得意そうに胸を張った。
「アタシがここにいることは別におかしくはないぞ!なんてったってここはアタシの家だしな!」
そう高らかに道瑠は宣言すると、初耳だと言わんばかりにぽかんとする一同からくるりと向きを変えて、カウンターの向こうでストップウォッチを持ったままニヤニヤする店主に吠えた。
「というか親父!これアタシが後で食べるって言った分出してねーか!?アタシ腹減ってんだけど!!アタシの分は!?」
ギャアギャアと抗議する道瑠に、店主、もとい道瑠の父親はまあまあ、となだめるように手を動かす。
「落ち着け道瑠。流石にお客さんに冷えた飯は出さねえ。あれはさっき一から作ったやつだ。」
そう言うと、父親─いやもうめんどくさいから店主のままでいいや─は、カウンターの奥の厨房スペースにドン、と置かれた、食材保存用と見られる大型の冷蔵庫をガパッと開けると、中からラップに包まれた大盛りの炒飯、『ギガ盛りキリマンジャロ炒飯』を取り出した。
「ほらよ!お前の分はここにちゃんと用意してある!」
「流石親父!!早く寄越せ!!」
「わかったわかった、今レンジでチンするからな!」
和気藹々と家族の会話をする天内親子に、ずっとスタートの合図を待ったままの小蘭達から代表して樹が大きく息を吸い込み、ツッコミの準備をした。
「厨房でレンジでチンすんなよ!!向こうの居住スペースでやってくんない!?」
*
「よし、では道瑠の分も用意できたし、改めてチャレンジを始めるぞ」
席を入れ変え、横並びに座る小蘭と道瑠の前に、それぞれ大盛りの炒飯がでん、でんと並ぶ。
彼女達が各々レンゲを手に取り構えたのを確認すると、店主が声高らかに宣言した。
「いくぞ!『ギガ盛りキリマンジャロ炒飯』チャレンジ、スタート!」
カチリと店主の持つストップウォッチが押し込まれたと同時に、二人の女子はレンゲをチャーハンの山にがっと突き刺し、大きくすくって口へ運び始めた。
「さあ始まりました炒飯早食い対決!見てても暇なので、この神原樹くんが実況したいと思います!!」
バクバクとチャーハンを食べる小蘭と道瑠の、テーブルを挟んだ向かい側の席。道瑠に席を取られた樹が移動し、席を詰めて男子三人が並んで座りながら二人の勝負を見守っていた。
「というわけで両者ともに好調な滑り出しですが、解説の如月さん、この勝負の見所はどこでしょうか?」
樹は丸めたおしぼりを縦に握ってマイクに見立てながら、同じようにおしぼりを握る鵺一に話を振ると、鵺一はいかにもわかっている風に意味ありげに頷いた。
「そうですね、早食い対決ですから、いかにお冷を使って流し込めるか、がポイントだと思いますね」
うんうん、とコメンテーターっぽくわかった顔で頷く鵺一に「なるほどー!」と相槌を打つ樹。そんな男子二人に挟まれて少し狭そうにギュムっと座る加藤は、すごく嫌そうな顔で呪詛のように「隣にいるのはコスモと昴、隣にいるのはコスモと昴、隣にいるのはコスモと昴」とボソボソ早口で呟き、現実逃避をしていた。狭い席に男三人、しかも自分より背丈もある先輩に挟まれているのだ、無理もない。
一方、女子二人はそんな彼らの茶番など見向きもせず、ひたすら炒飯をすくっては口に運び食べ続けている。咀嚼の回数も少なく、一口をそのまま吸い込んでいるかのようだ。もっと味わって食べるとかできんのか。
と、道瑠が手を止め、口の中にお冷やをゴクリと流し込み、中のものを一緒に喉の奥へ仕舞い込むと、プハーと息を吐きながらニヤリと笑う。
「まだまだだな、李!全然アタシより遅いじゃねーか!やっぱりアタシの方が強いってことだな!」
わははは!と得意げに笑う道瑠の器と小蘭の器の山は、確かに道瑠の言う通り一拳分小蘭の方が高く残っていた。
「嬢ちゃんもいい食べっぷりだがな、記録更新は無理そうだな!なんせ、あの記録はこのチャレンジを始めた時に道瑠が出したものだ、道瑠を越えられないなら意味ねえな!」
「うっわ大食いの身内の記録載せるとか……つまり記録破って賞品もらったやつはいないってことじゃん……」
同じようにがははは!と笑う店長に、樹は実況という体を忘れて素の感想を漏らした。
「しかしいいのか天内先輩、そんなふうに休んで。その間も小蘭は食べ続けているぞ」
自慢げに胸を張る道瑠だったが、鵺一の指摘通り手は止まっていた。そんな余裕をかますほど、小蘭を舐めきっているのかと思ったが、道瑠はいやいや、と首を振ると質問に答えた。
「あのな、早食いっつったって休まず食うってわけじゃねえんだよ。口の中のもん無くすために途中で少しは休まねえと。ハムスターじゃねえんだからよ。ほら、李だって手ェ止まってんだろ?」
そう道瑠が顎で小蘭を示すと、確かに手が止まっていた。しかし、道瑠と違って冷や汗を流していた。
「無理すんなよ李、アタシは運動部だし普段日頃からバクバク食ってっから余裕だけどよ、お前確か帰宅部で運動もしてねーだろ?運動しないでエネルギー溜めてる状態じゃ、苦しくなって当たり前だな!」
わはは!と笑う道瑠に、鵺一は「運動しててもあの量を完食できるとは思えないんですが」という思いを込めた目を返した。
すると突然、小蘭がダンっとレンゲを握りしめた拳を机に振り下ろした。
「……マダ負けてないシ」
ボソリと呟くと、お冷やのグラスを乱暴に掴んで一気に口の中へ流し込む。そうやって強制的に口内リセットをかけると、キレ散らかした顔で道瑠にぐわっと牙を剥いた。
「ハァーン!?帰宅部ですケド何カァ〜〜!?中国郊外の大一族舐めんなヨ!!親戚の集まりに中国行くト毎回大量のご馳走出てくるんダヨ、コチトラァァァ!!毎回完食してんダヨ!!舐めんなヨ、コラァァァ!!」
樹と鵺一は思った。それは大一族だから人数的な意味で大量に料理を出しているのであって、決して小蘭一人分として出しているわけではないのではと。しかしあの口ぶりなら小蘭は毎回一人分として食べてしまうのだろう。結果さらに料理を増やさないといけない小蘭の親戚に、二人は合掌した。
「ははは!そうこなくちゃなァ!張り合い甲斐がないってもんだ!」
小蘭の啖呵に道瑠はニヤリと口角を吊り上げると、レンゲを構えてチャレンジを再開する。
小蘭の方が少し多く残った状態のまま、互いにバクバクと炒飯を口に運んでいたが、道瑠の方が休憩した分ハイペースだ。いや、そもそも小蘭が最初からペースが遅いようだった。胃袋ブラックホールな彼女が、さっきは冷や汗を流していたのだ。明らかに物を詰め込むのに手間取っている感じだった。二人をじっと見ていた樹は小蘭の様子が妙に気になり、ふと今日の小蘭の行動を思い返してみる。と、あることに気がついた。
「ちょっと待て!!そういや今日こいつ昼に『超大玉びっくり大容量保存版ラーメン』食べてんじゃん!!」
ガタンと立ち上がった樹に、鵺一もハッとする。
「なんか調子悪そうだなって思ったらそういうことか!ラーメンのせいでこいつ胃袋の容量が少なくなってんだ!」
「は?先輩昼になんてもの食べてるんすか?俺の依頼舐めてるんですか?やる気あるんですか?」
樹の指摘に、ようやく現実逃避から戻ってきた加藤が、ジトッと顔をしかめて小蘭に毒づきだす。
「俺は真剣なんすよ!真剣にこの依頼をしたのに、そんな中途半端な意思でやられたらたまったもんじゃない!もっと真面目に取り組んでくださいよ!真面目にやれ!」
小蘭の事情を知らずに依頼をしてきたくせに偉そうにやいやいガーガー文句を飛ばす加藤に、流石に小蘭もキレた。
「うるさいヨォォォ!!ワタシの都合トカほとんど無視してたくせにヨ!!食べられないアンタの為に頑張ってんダロ!!そこまで言われる筋合いないんですケドォォォ!!調子に乗るなヨ中一風情ガ!!」
「俺に怒鳴る暇あったら口と手動かしてくださーい」
目を鬼のように吊り上げて加藤に怒る小蘭だったが、当の加藤はさらりと受け流したので、小蘭は更に激怒する。
「ギィイイいい!!テメー絶対記録更新して土下座させるからナ!!そして絶対スイーツバイキングに行ってヤル!!スイーツ食い散らかしてヤル!!!」
「結局まだ食うのかお前は!!」
怒りの先の感情がやはり食欲だったので思わず樹はツッコんだ。
そんな横槍は無視して、小蘭は再びレンゲで炒飯をすくい、口へ運び出す。バクバクと、最早やけ食いの如き勢いで、咀嚼、飲み込み、次の一口へ。咀嚼、飲み込み、次の一口へ。咀嚼、飲み込み……。
「ん?なあ、鵺一。なんかあいつ、ペース早くなってね?」
「確かに……いや、確実に早くなっている!口元をよく見ろ樹!」
小蘭に少し違和感を抱いた樹は、何かに気づいた鵺一に言われた通りに小蘭の口元を観察する。レンゲに乗った炒飯が口元へと近づき、それを食べようと口を開ける。その瞬間、ヴォン、と音を立ててレンゲ上の炒飯が消え、同時にゴクンと小蘭の喉が動き、何かを飲み込んだ。
「こ、こいつ、炒飯を胃の中へ直接転送しだしただと……!」
ヴォン、ヴォン、と次々炒飯を胃の中へ瞬間移動させる小蘭に、樹と鵺一、店主は目を見開く。
「な、なんて嬢ちゃんだ……まさか、ワープ食いの使い手だったとは……!」
「ワープ食いってなんすか」
わなわなと拳を震わせる店主の様子に、一人ついて行けていない加藤は頭をひねる。と、がははは!と急に道瑠が笑い出した。
「わーふふいとは、なはなははふなぁ!はははいおはいひゅーにひんはは!ほえへほほあはひおはいはういふははひい!」
「天内先輩、あんた一応女子なんだから口に物入れたまんま喋んないでください」
たまらず樹が正論を返したぐらいには口に物を詰め込んでハムスターのようになりながら喋る道瑠だったが、流石に喋りづらかったようですぐに飲み込み口内を空っぽにすると、ビッと指差しながら再度小蘭に語りかける。
「だが甘いな!アタシだってワープ食いぐらいできる!それよりも更に上の音速食いもなあ!」
道瑠の発言に、全員がざわついた。
「お、音速食い、だと……!?」
「まさか音速食いの修得者がいたとは……!」
「道瑠、お前いつの間にそんな高みまで……!」
「だから音速食いってなんすか」
加藤の疑問は無視して道瑠はドヤアアアアという効果音付きの清々しいほどウザいドヤ顔を見せつけた。
「さあ、ケリをつけよう李!アタシも本気で行くぞ!」
そう言って道瑠がレンゲを構え、炒飯をひとすくいした瞬間。
すくったはずの炒飯が消失した。
「なっ!?」
超次元的な出来事に、加藤以外全員身を乗り出しレンゲを凝視する。と、ゴクンと飲み込む音が聞こえた。
「わははは!これが音速食いだ!」
再びドヤ顔を披露する道瑠に、小蘭も手を止め目を見開き驚愕する。一体何が起きたと言うのか。
「この人、一連の動作を音速で行ったと言うのか……?動きが速すぎて、レンゲに入れた瞬間消えたように見えたのか……!」
この中で動体視力がいい方と思われる鵺一が、驚いた表情のまま呟く。だが鵺一の見解は概ね正しそうで、納得できた。こんなところまで「音速の暴君」なのか、この人は。
「負けるな小蘭!お前にはワープ食いがある!まくれまくれ!!」
「ウォォオオオ、スイーツはワタシのもんダァァァァ!!」
樹に尻を叩れ、小蘭もワープ食いで道瑠に対抗する。しかし、口元から胃へワープするワープ食いと、レンゲから胃の中まで音速で動作をスキップする音速食いでは、圧倒的に音速食いの方が速かった。
両者ともにみるみる量が減っていくが、音速食いの道瑠の加速にワープ食いの小蘭はついていけず、あっという間に道瑠側の炒飯が残り一口の状態になった。
「行けぇ道瑠!このまま大きく記録更新だ!」
興奮気味に腕を振り上げる店主に、樹達はもうダメかと諦め、道瑠の勇姿を見届けることにした。そうして全員の注目を浴びる中、道瑠は最後の一口を食べようとレンゲをひとすくい──
しなかった。
突然、バターンと道瑠が机に突っ伏す。いきなりの展開に、全員が驚いてあんぐりと口を開けていると、道瑠が女子らしからぬ低い声で唸り始めた。
「グゥオォオオォアアァアア……!!親父ィィィィィィ……!!炒飯に何入れたァァァァァ……!!」
顔を伏せたまま、何かに抵抗するようにギリギリと拳に力を込め指を食い込ませる道瑠の様子に、店主は心配そうな顔をしながらも首を傾げた。
「何って、いつも通り作ったぞ?いつも通り焼飯と卵と刻みネギと旬野菜……」
そこまで言って、店主の顔色が一瞬で変わった。
「しまった!!ナスを抜くの忘れてた!!すまねえ道瑠!!」
店主の発言に、その場にいた全員が一斉に道瑠に振り向く。
「アタシは、ナスが、ダメなんだよ……」
そう遺言を残して道瑠はがくりと力尽きた。
*
結局道瑠は復活せず、競う相手もいなくなった小蘭はそのままワープ食いを続け、特になんの面白みもなく完食した。完全に消化試合だったが、チャレンジは成功したわけだ。少なくともこれで代金は払わなくて済む。
問題はタイムだ。30分はおそらく余裕で切っているだろうが、それが目標ではない。今の記録の更新、これが今回の目標だ。
「じゃあタイムを発表するぞ」
店主は小蘭が食べ終わるとカチリとストップウォッチを押し込み、それ以降画面を見ないように握りしめていた。それをゆっくりと解放し、全員が緊張した面持ちを向ける中、画面を確認する。
と、店主はニヤリと口を歪ませた。
「ははは!完敗だ嬢ちゃん。お前さんの記録は9分24秒!道瑠の記録を20秒も縮めやがった!お見事!」
「ヨッシャアアアアアア!!」
ミッションコンプリート!と言わんばかりに小蘭は男らしく咆哮をあげながらガッツポーズをする。
「見たか男子ドモ!小蘭チャンにはこれぐらい朝飯前ってコトヨ!!」
どやさ!と目の前に座る男子達に決めポーズを向けるが、何故か男子達はぐったりとしていた。
「お前さあ……あの量食い切って元気とか化けもんなの……?」
「見てて途中から俺達が気持ち悪くなってきた……もう当分チャーハンは見たくないな……」
「俺は最初から最後まで男に挟まれてたことが気持ち悪いっす」
各々の理由でグダッと疲弊する三人に、小蘭はやれやれと首を振った。
「全く、男子のくせニ根性無ェナ」
「がはは!嬢ちゃんの言う通りだ!ま、それを言うなら道瑠もだがな」
笑いながら店主が席に近づき、机の上にトン、と茶封筒を置いた。
「約束の景品だ。遊園地、『コズミックワールド』のペアチケット!受け取ってくれ!」
「わーい、謝謝……」
「あざーーっす!!」
と食い気味に、小蘭が受け取ろうとするよりも早く加藤がチケットをかっぱらった。
「さて、こいつは店の奥で休ませるから、嬢ちゃん達も帰んな」
店主は未だに小蘭の隣で突っ伏したままピクリとも動かない道瑠をひょいと持ち上げ背負うと、そのままよっこいしょと店奥の居住スペースへと向かう。
「ご馳走様デシター!次は普通に食べに来るヨ!」
「おーう。そん時は坊主達も食ってけよな!」
そう言ってニコニコとご機嫌顔で店を出る小蘭に続いて、違う意味でホクホク顔の加藤が席を立ち、最後にまだ気分の悪そうな顔をする樹と鵺一がお冷を飲んで気持ちをリセットしてから店を後にした。
*
「先輩あざーっす!無事チケットも手に入れて、これでコスモ達をデートに誘える!」
ラーメン屋を後にし、近くの小さな公園に移動すると、一気に元気が戻った加藤がくるくると回り喜びの舞を披露する。
「はいはい、それはよかったな……」
隣で険しい顔をする鵺一の様子をうかがいながら、樹は相槌を返した。と、小蘭がガッと加藤の肩を掴み、回転を止める。
「依頼は達成したデショ、ダカラ早く報酬よこせヨ」
「先輩どんだけ食うんすか、たくさん食べる女子ってモテないですよ」
「うるさいヨ!」
ギャーギャー騒ぐ小蘭に加藤は半ば呆れ気味に鼻で笑うと、制服のポケットから例のものを取り出す。
「でも報酬は報酬ですからね。約束通りこのスイーツ食べ放題のチケットは先輩に……」
「あれ、兄さん達こんなとこで何してるの?」
加藤は小蘭にチケットを渡す手を止める。そして勢いよく声がした方に体を向ける。
「コスモ!!!!俺に会いにきてくれたんだな!!!!」
バビュンと声の主の方へすっ飛んでいくと、先ほど手に入れた茶封筒を突き出した。
「コスモ!!遊園地行きたいって言ってたろ!!ちょうど『コズミックワールド』のペアチケットがあるんだ!!一緒に行こう!!」
「僕、今昴だけど……」
「昴!!俺と遊園地行こう!!」
「問答無用なんだね……」
と、昴は加藤がもう一つ封筒を持っていることに気づいた。
「あれ、そっちは違うの?」
「こっちか?こっちはこれから先輩に渡す用のスイーツバイキングのチケットだ」
「えっ!?スイーツ!?」
加藤の答えを聞き、昴は目の色を変えた。が、すぐに首を振る。
「いやいや、駄目だよね人の物欲しがっちゃ。悪いけど、遊園地もやめとくね。コスモもそこまで行きたいわけじゃないと思うし」
じゃあね、と昴はくるりと背を向け帰ろうとする。が、加藤が素早くスバルの腕を掴み、引き留めた。
「えっ、何?加藤くん」
「スイーツバイキングのチケットあげる」
「「えっ?」」
加藤の言葉に、昴と小蘭がそれぞれ別の意味を込めてハモった。
「本当にいいの!?」
「良いわけねェダロ!!何勝手なこと言っちゃってんノォ!?ワタシのデショォォ!?」
ダンダンと地団駄で抗議する小蘭を一切無視して、加藤は昴にスイーツバイキングのチケットを渡す。
「チョットォォォォ!!!?!?」
「うるさいな先輩。先輩には代わりに遊園地のチケットあげますから、それでチャラでしょ」
「チャラじゃネェェェェ!!ってヤメロ!チケット押し付けんナ!」
ぐいぐいとこれまた問答無用といった感じで加藤は遊園地のチケットを小蘭に押し付け、無理やり受け取らせた。
「ありがとう加藤くん!」
「いいってことよ」
怒り暴れ狂う小蘭にとうとう樹と鵺一が出動して取り押さえた隙に、加藤は昴の元にギュンッと戻ると、かっこつけてキザっぽく返した。そしてさらにキメ顔で言葉を続ける。
「というわけで昴、これから俺とスイーツバイキングでデートに……」
「これで姉さんに喜んでもらえるよ、ずっと行きたいって言ってたから!」
加藤のセリフを食い気味に遮って出てきた昴の発言に、加藤は呆けた顔になる。
「早速帰って姉さんに渡すね!」
「いや、あの、昴」
「九郎さんと一緒に楽しんでくるよう伝えるよ!」
「や、だから」
「本当にありがとう!じゃあね!」
流れるようにつらつらと礼を述べると、昴はさっさとその場から去ってしまった。後に残されたのは、呆けた顔で昴が去った方向に虚しく手を伸ばす加藤と、爆笑する樹だった。
「よかったな加藤くん、よろこんで、ふふっ、もらえてさ……ぐふっ」
明らかに笑いを堪え切れていない様子で、樹は加藤の肩をポンと叩く。
「ま、次頑張れよwwwwww」
「笑いながら言わないでください!!」
「いやこれは無理wwwwww今まで避けてた草の表現も解禁しちゃうぐらいには無理wwwwwwだっはっはwwwwww」
一応小説なので自重していた草を大量に生やしながら笑い転げる樹に加藤は顔を真っ赤にして抗議し続けた。そんなやりとりの横で、遊園地のチケットを渡されてしまった小蘭は、ぐぬぬ、とチケットを握りしめ、これをどうしようかと睨み付ける。と、そんな小蘭にもぽんと肩に手が置かれた。思わず振り返ると、鵺一がニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……何ダヨ」
「いや、お前も頑張れよ、と思ってな」
「ハア?」
何を言ってるんだこいつは?と顔をしかめる小蘭に、鵺一は手を立ててこっそり続ける。
「樹をデートに誘う口実になるぞ」
「ヒャア!?!?!?」
突然の核投下に、小蘭は背後にきゅうりを置かれた猫のように飛び上がる。バクバクと脈打つ心臓を押さえながら、改めて樹の方を見た。
(誘ウ?ワタシガ?樹をデートニ?樹と二人っキリ!?)
ドキドキと胸がさらに高鳴る。眺める樹は、相変わらず爆笑を続けて加藤をバシバシ叩いている。笑いすぎて涙を流し、どんどん引きつった笑いへ変わっていき過呼吸になりかけていた──
プチン、と小蘭の中で何かがはじけた。
「コンナッ!!デリカシーの全くないヤツッ!!誰が誘うかヨッ!!誘うもんカーーーッ!!!」
そう叫ぶと小蘭は公園から走りだした。
「しゃ、小蘭!?どうしたんだ、小蘭ーー!」
小蘭の急な逃亡に慌てる鵺一をよそに、樹はまだ笑い続け、最終的に加藤から飛び蹴りを喰らい擦り傷だらけになった。
ワープ食いって何




