第15話 華音くんの恋愛呪術教室
はいどうもコンニチハ。冥崎翔だ。
ここは緑原学園の高等部1-C教室。今は放課後。いつも通りの放課後。いつも通りあのバカ集団に絡まれている放課後。
まあ、バカ集団とワイワイやるのは楽しい時もある。でも、今の俺は一人になりたい。とても一人になりたい。だのにこいつらはそういうのを察しない。察する能力が全員壊死してんのかってくらい察しない。察してくれない。なのでとても困っている。
「オラァ天才少年の鉄槌を食らえ!ドロー2!」
ドヤ顔で叫んでいるのは天才馬鹿の神原樹。
「フッフッフ……甘いネ!ワタシも重ねさせてもらうヨ、ドロー2!」
更にドヤ顔でカードを重ねたのはカタコト馬鹿の李小蘭。
「ならば俺も回避させてもらおう。更にドロー2だ!」
その上に更に更に追加でカードを乗せたのは剣道馬鹿の如月鵺一。
「これぐらい乗り越えなきゃ燃える恋なんてできないのだわ!愛里寿も更にドロー2なのだわ!」
頓珍漢なことを言って更に更に更にカードを重ねたのは恋愛馬鹿の小森愛里寿。
「残念ですが、僕も持ってるんですよね……ドロー2!」
大変なことになっているところにダメ押しでカードを追加したのは眼鏡馬鹿の把間慎太郎。
以上の馬鹿五人が育てた爆弾に俺も無言でドロー2を重ねると、順番がぐるりと一周して発破をかけた神原の元に戻り見事爆発した。
「ぐ、ぐああああ!!なんでお前ら全員ドロー2持ってんだよ!!12枚とかなんなんだこれ!!どうなってんだよ!!」
捨て札を指差しぎゃあぎゃあと喚く神原だったが、そんなことよりもツッコミたいことが先にある。
「というか俺の席で勝手にウノ始めるな!!俺もしれっと参加してんじゃねー!!」
なんとも自然な流れで急に俺の席を囲んで始まったウノに、俺はバシッと手札を机に叩きつけながらツッコんだ。しかし、俺以外の馬鹿五人は俺の反応にキョトンと不思議そうにするだけだ。
「いやいや何言ってんだよ翔。そこにウノがあったらウノするだろ」
と言うのは天才馬鹿。
「そーダヨ!ウノは暇つぶしにもってこいだカラ」
と言うのはウノを持ち込んだ本人のカタコト馬鹿。
「それよりも翔、お前ウノって言ってないぞ。そのままあがれると思うなよ」
と俺が机に叩きつけた残り一枚の手札を見て今する必要のない指摘をしたのは剣道馬鹿。
「もう!ノリ悪いのだわ!そんなんだから秋江ちゃんに気付いてもらえないのだわ!」
と一人前と同じように今する必要のない指摘をしたのは恋愛馬鹿。……って。
「ううううるさいな!!!ししし四ノ季は今関係ないだろ!!!」
ななななんで四ノ季が出てくる!?いやいやいやいや四ノ季は今関係ないだろう!!というかなんで小森は俺が四ノ季を好きなこと知ってんだ!?ソッコーでバレた神原達ならまだしもこいつの前でそんな素振りしたことあったか!?にしたって別にノリは関係ねえだろ!!まだデートに誘えてないのに!!まだ結婚もしてないのに!!
駄目だ、不意打ちで四ノ季の名前を出されると動揺しちまう。落ち着け、落ち着け。今は四ノ季の話じゃないだろ、ウノの話をしてんだ俺は。負けるな、頑張れ俺。こいつらのペースに乗せられんな。なんか眼鏡馬鹿が同情の眼差しでこちらを見ている気がするが気のせいだ。幻覚だ。無視だ無視!
「とにかく!毎回毎回俺の机に集まんなって言ってんだよ!お前らにはおたすけ屋の部室があるだろ?そっちに行けそっちに!」
しっしっと馬鹿五人を手で払って散るように催促するが、馬鹿は馬鹿だったので散ってくれなかった。それどころか、俺の発言がいかにも心外だとでも言うように眉をひそめて詰め寄ってきた。
「何言ってんだよ、一人ぼっちで寂しそうな翔くんのためにオレ達集まってんだろうが」
「そうダヨー!ボッチでかわいそうだから遊んでやってんのニ、その言い草はないんじゃナイノ?」
「誰がボッチだ!余計なお世話だから!」
ボッチボッチ言いやがってこいつら!俺はボッチじゃねえ、一人が好きなだけだ!とにかく、俺を放っておいてくれる気はないらしい。クソ、今日は一人になりたい気分なのに。いい加減察して解散しやがれ馬鹿どもめ。
そんな俺の念には当然気づかない馬鹿五人にどうやったらお帰り願えるか悩んでいると、教室の引き戸がガラリと開けられる。
「おたすけ屋の方にいないと思ったら、やっぱりこっちにいたんですねぇ〜」
声を聞いた途端、俺の頭が真っ白になる。
「あ、慎太郎くんと愛里寿ちゃんもいたですか〜。ちょうどいいですぅ、お菓子持ってきたのでみんなで食べませんかぁ〜?」
ニコニコと女神級の微笑みを携え、高級そうな菓子箱を持って教室に入ってきた彼女に、俺の緊張は天元突破。
「あら、冥崎くん。どうしたですかそんなタコみたいな顔色して……」
話しかけられた、俺に、話しかけた、四ノ季が、あの四ノ季が、俺に、話しかけ、はな、しの、おれ、話しかっ
「あぷぁ俺あのぅプ違ういゃごめん帰、ごゆっくり!!!!」
ア゛ーーーーーーー!!!!四ノ季ーーーーーーー!!!!絶対四ノ季と結婚するんだ俺はーーーーーー!!!!
*
顔を真っ赤にして、明らかに文章になっていない言葉を発しながら自分の荷物すら忘れて教室から飛び出していった翔を、秋江以外の五人は生暖かい目で見ていた。
「あいつさあ、本当に分かりやすすぎるよなぁ」
「分かりやすい上にビックリするほどヘタレダヨネェ」
そう樹と小蘭はウンウンと頷き合うと、次に秋江を見る。当の秋江は今の翔の奇行に関して「なんです?なんなんです?」と訝しげな顔をしていた。
「流石に、ここまで気づかれないのも不憫ではありますけどね」
秋江の鈍感すぎる反応に、慎太郎は翔に対する同情の言葉とともに乾いた笑いを浮かべた。それには気付いたのか、秋江は慎太郎に首を傾げながら尋ねる。
「気づかないってなんです?誰が気づいてないんです?」
本気で何に気づいていないのかわからないような顔でキョトンとする秋江に、流石に本当のことを教えるのは翔のことを考えると気が引けた。一応翔本人的には秋江が好きということは秋江にはバレていないことになっている。いやまあ、なっているも何も奇跡的なすれ違いにより本当にバレてはいないんだが、とにかく本人の意思を汲むと勝手に教えるのはちょっとなあ、という感じである。
そうやって答え渋る彼らに秋江は少しイライラしてきたのか、ねえねえとしつこく慎太郎を文字通り指で突き始める。ドスドスと腕を突かれた慎太郎は困った顔を樹達に向けて助けを求めたが、樹と小蘭と鵺一は即座に慎太郎から顔をそらす。三人に助ける気はないらしい。
「秋江ちゃん、翔くんはね、恋をしているのだわ!」
と、愛里寿がしれっと助け舟を出した。
「恋?誰に恋してるんです?」
「それは本人に聞いた方が早いのだわ!愛里寿達からは教えられないのだわ〜」
そこはきちんと本人に配慮をするものの、ニヤニヤと楽しそうに答える愛里寿は、流石ブレないというべきか、他人の恋バナにワクワクして首を突っ込むいかにもイマドキの女子という感じだった。そんな愛里寿とは対照的に、秋江は恋バナに追及はするもののそれほど内容に興味はないようで、「そうですか〜」と白けた顔になると話題を終わらせた。
「可哀想だな翔。相手に全く興味持ってもらえないなんて」
あまりにもあんまりな秋江の様子に、恋愛に疎い樹も流石に遠い目をした。
「ふぅん、誰だか知りませんが冥崎くんの好意を踏みにじるなんて、酷い人もいるもんですねぇ〜」
我関せずな顔でそう言う秋江に、一同は「お前だ」と心の中で総ツッコミをした。勿論心の声なので秋江に聞こえるわけもなく、彼女は涼しい顔で菓子の封を切り始めると、そういえばと何か思いついたような顔をした。
「恋と言えば、恋愛成就のおまじないとか昔流行ってましたよねぇ〜。本当に効力があるかは知りませんけど、冥崎くんにかけてあげれば応援できそうじゃないですかぁ〜?」
完璧にその場の思いつきで会話してるなと確信できるくらい、秋江は適当に話を切り出す。当然、樹や小蘭、鵺一、慎太郎はその提案に乗る気は無かった。が、ここには恋愛馬鹿がいることを忘れないでほしい。
「それ、名案なのだわ!」
ひとり目を輝かせてノリノリで身を乗り出す愛里寿に、全員が呆けた顔になった。
「翔くんてばヘタレすぎて全然進展がないのだわ!だったら、おまじないでもなんでも使って無理やり進展させるしかないのだわ!」
やる気に満ち溢れている愛里寿だったが、そもそもそれを言い出した秋江が面倒臭そうに顔をしかめていることには気づいていなかった。
「おまじないを使うったってどうすんだよ?翔にやらせんのか?やらねえと思うぞ」
呆れ気味な樹のツッコミを受けて、愛里寿は言葉を詰まらせる。翔はどこかドライというか、おまじないに頼るようなキャラには見えない。更にヘタレだ。恋愛のおまじないなど教えたところでやらないだろう。かといって意中の相手の秋江にやらせるのも無理なのは明らかだ。秋江は翔が好きな相手が自分だということに気付いていないのだ。その状態で頼んだとしてもやってくれないだろうし、すごく不審に思われるだろう。
「だいたいさ、そういうまじないとか何か知ってんのか?知らないなら、やらせる以前の問題だぞ」
更に樹がツッコむと、愛里寿はムッとした顔をするとプンプンした。
「知ってるのだわ!好きな人の名前を書いた紙をペンの中に入れておくと恋が成就するとか、好きな人の名前を書いた消しゴムを使い切ると恋が叶うとか、いっぱいあるのだわ!」
「翔が絶対やらなそうなやつばっかダネ」
愛里寿があげたおまじないの内容に、小蘭が白けた顔でボソッと呟く。あくまで独り言のつもりで言ったのだが、愛里寿はバッチリ聞こえていたようで更に彼女はプンプンする。
「やらせるのだわ!翔くんはむしろこれぐらいでもするべきなのだわ!ヘタレすぎるから強引にでも進ませなきゃつまんないのだわ!」
ぎゃあぎゃあと喚く愛里寿の声はキンキンと教室に響き渡り、樹と小蘭と慎太郎はうんざりとした顔で耳を塞いで金切り声を遮断する。と、それまで黙っていた鵺一がポンと手を叩いた。
「まじないなら、プロに頼めばいいんじゃないか?」
はあ?と今度は鵺一以外の全員が呆けた顔になる。それを気にすることなく鵺一は淡々と続ける。
「まじないと言えば聞こえはいいが、要は呪術なわけだろう?だったら、俺たちの知り合いにはその道のプロがいるわけなのだから、プロに頼めばいい話だ」
樹は思わずなるほどと納得しかけたが、すぐに首を振った。
「いやいやいや何言い出すんだ鵺一、こんなくだらないことに本物を使う必要ないだろ」
そんな樹の否定を間髪入れず愛里寿がかき消した。
「名案も名案なのだわ!!プロが誰だか知らないけど、翔くんはもう催眠術とかそういうのに頼ったほうがいいのだわ!そういう処置を頼むべきなのだわ!」
俄然やる気になった愛里寿は、そうと決まれば、と教室から飛び出す。
「愛里寿は翔くんを探して連れてくるのだわ!だからそのプロを紹介してほしいのだわ!」
バタバタと走り去る愛里寿を見送る鵺一を、樹と小蘭は「余計なことを言いやがって」と恨めしそうに睨んだ。
*
七光内高校、正門前。
緑原学園のような立派な門ではなく、そこから見える中庭にも池などはなく桜の並木が生えているだけのシンプルな作りになっているこの学校は、緑原学園のすぐ近所にある公立高校だ。樹達はここに通う「その道のプロ」に会うべくやってきていた。
「今度は何に巻き込むつもりなんだよ、お前らはさ」
むすっとした顔で文句を垂れる翔の両腕は、鵺一によって背中に回され拘束されていた。秋江の襲来により教室から飛び出したものの、荷物を忘れたことに気付き、取りに戻ろうと教室に入るタイミングを廊下で伺っていたところに愛里寿と鉢合わせてしまい、逃げる間も無く捕まり七光内まで連行された。
今正門前にはそんな愛里寿と翔以外に、「その道のプロ」と話をつける役として樹と小蘭、翔を抑える役として鵺一、もはやただの野次馬根性でついてきた慎太郎が「その道のプロ」が出て来るのを待っていた。秋江は案の定、話しているうちに興味が失せたようでついてこなかった。今回に関してはその方が都合は良かったので助かったが。
「今回はオレ達だってあんまり乗り気じゃないんだよ、でもやる気満々の人が一人いるから……」
はあ、と深くため息をつきながら、樹はチラリと愛里寿を見る。その様子で色々と察したのか翔も抵抗を諦め遠い目でため息をついた。そんなことをしているうちに、呼び出された「その道のプロ」がゆっくりと正門から出てきた。
「なあに〜?揃いも揃って。俺になんか用〜?」
ふああ、と欠伸を隠す気もさらさら無い様子の「その道のプロ」こと二ノ宮華音は、欠伸で出た涙を拭いながら寝ぼけ眼で樹達を見やる。と、その中に知らない顔がいることに気づき、首を傾げた。
「ん〜?誰、この人」
そう彼が指をさす先は翔。
「いや華音お前、翔とは会ってるはずだぞ?5話で」
そんな華音の反応に首を振るのは樹。
「あれ、そうだっけ?5話って言ったら小蘭の邪魔したことしか覚えてないんだけど〜」
「邪魔っテ、やっぱり妨害したっていう自覚あったんダナ!!テメェ!!」
華音のカミングアウトに噛み付いて咄嗟に首を掴む小蘭を、慎太郎がまあまあと諌めながら引き剥がしにかかる。
「その道のプロって、この人のことだったのね」
「ああ、愛里寿は7話で会話してるもんな」
華音の首を締めたままなかなか離れない小蘭に慎太郎が悪戦苦闘しているのを見ながら、7話を思い出して頷く愛里寿に、樹も同じように7話を思い出し同意する。
「5話とか7話とか何言ってるんだ?何の話してんだ」
翔は話についていけず困惑した。
「ゲホ、で、俺に何の用なの?緑原でまた何か出た的な〜?」
やっと小蘭から解放された華音が咳き込みながら話の進展を促すと、愛里寿がそうだったのだわ!とそれに応じた。
「実はここにいる翔くんに恋のおまじないをかけてあげてほしいのだわ!あなたはその道のプロって聞いたのだわ!」
「誰〜?そんな変な設定を俺につけたの〜」
うええ、と華音は嫌そうな顔をグリンと素早く樹達に向けて訴えかけると、樹達も素早く目を逸らした。そしてそれに負けず劣らずのスピードで、翔が食い気味に「はああ!?」と声を張り上げ目を見開く。
「何だそれ、聞いてねえぞ!というか余計なお世話だから!」
まだ鵺一に腕を掴まれたままバタバタと足で抗議の意を表す翔を見ながら、更に華音は嫌そうに顔を曇らせる。
「ほら〜本人嫌がってんじゃん〜。そもそも俺、恋のおまじないなんて知らないし〜」
面倒臭そうに欠伸をする華音に、愛里寿はそこをなんとか!と食い下がった。
「だって翔くんクソヘタレすぎるのだわ!この際おまじないじゃなくて呪いでもいいから強制的に動かさないと秋江ちゃんとの仲なんて進展しないのだわ!見ててもどかしいのだわ!!」
「だからそれが余計なお世話なんだよ小森ィィィ!!頼むからこれ以上俺が四ノ季を好きなことを人にばらすんじゃねェェェ!!」
顔を真っ赤にしながら必死の形相で意を唱える翔と、それを物ともせずにいかに翔が秋江に対してヘタレでダメダメかをぶちまけ暴走する愛里寿を華音は交互に見ながら、再び欠伸をすると頭をかきながら二人の言い合いに割って入った。
「そっか〜翔は秋江が好きなんだ〜」
「バッッッ……!というかもう呼び捨てかよ!!」
「確かに呪い系なら俺ん家の分野だよ、それでいいなら面白そうだから協力してあげる〜」
「ほんと!?ありがたいのだわー!!」
「聞け!?話を聞け!?余計なお世話だっつってんのさっきからァ!!」
翔の声を完全に無視して話を進める華音と愛里寿を見て、今度は樹達に助けを求めるべく視線を向ける。しかし樹達は顔を背けたままだ。もうツッコむことすら諦めたらしい。
「つーか、お前絶対こういうの乗り気じゃなさそうなのに、意外とノリノリなんだな」
ぐぬぬと顔を歪ませて助けろオーラを全開にする翔と目を合わせないように、樹はすすすと華音に近づくと腕で軽く脇を小突いてひそひそと話しかける。それに華音は「ん〜」と軽く返事をすると、まだ眠いのか欠伸をしながら続けた。
「だってさあ、あの秋江を好きだっていう猛者が現れたんだ。これ以上ないくらい面白案件すぎるでしょ〜。だから特別に俺も首突っ込ませてもらう〜」
珍しくニヤリと華音は笑うと、ここじゃなんだし、と近くの公園へ移動を一同へ促した。
*
七光内第一公園。
七光内高校のすぐ近くにあるこの小さな公園は、放課後の七光内生がふらっと立ち寄る寄り道ポイントになっていた。とはいえ遊具もしっかり置いてある公園なので、幼稚園生や小学生などの小さな子供が遊んでいるかと思いきや、彼らは少し遠くにある、遊具もここより多く配置された大きい公園まで遠征して遊んでいるようで、ここにくるのはもっぱら駄弁りながらぐだぐだと時間をつぶす七光内生の方が多かった。
今は少し遅い時間に来たためか、七光内生も含めて他の利用者は見当たらず、樹達しかいなかった。ぐるりと円を描くように置かれた、タイヤを縦に半分埋めたような足場に、樹達は一人一か所ずつ腰掛けている。本来はポンポンと飛び移って遊ぶ遊具なのだろうか、足場には小さい足跡がいくつかついていた。
「で、翔は秋江に告白したいんだっけ?」
黄緑色に塗られた足場に座る華音が、改めて翔を見ながら確認を取ると、翔ではなく小豆色の足場に座る愛里寿が大きく頷いた。
「そうなのだわ!付き合う付き合わないは置いといても、せめて秋江ちゃんが好きだという意思くらいはいい加減ハッキリ見せた方がいいのだわ!」
ふんす!と息巻く愛里寿とは対照的に、深緑色の足場に座る当の翔本人は頭を抱えている。
「無理なんだよ……言えるわけないじゃん……緊張してまともに喋れないのに……無理なんだよ……気付けよ……馬鹿かよ……」
ボソボソと呪詛のように文句を呟く翔を見て、華音は翔の何がダメなのか大方察した。
「こいつずっとこんな感じだからさ、どうにかしたいっていう愛里寿の気持ちもわかんなくもねえんだよな」
黄色の足場に座る樹はもう反対するのも面倒くさくなったようで、諦めて会話に混ざりつつ頭を捻る。
「華音、なんか積極的になるお札とかソーイウノないノ?」
同じく話に付き合うことに決めた小蘭が、桃色の足場に座って手足を伸ばしながら尋ねる。
「あるにはあるよ〜。でも、いきなり本番で試す〜?」
それに淡々と答えるも、即実戦は翔のメンタル的にどうだろうと華音は首を傾げながら待ったをかける。確かにいきなりはハードル高いよなあ、と一同がうーんと黙ったところで、青い足場に座りずっと黙っていた鵺一が、またもやポンと手を叩き発言する。
「ならここで練習すればいいじゃないか。華音は術の練習、翔は告白の練習だ」
一石二鳥だし名案だな!と自分で自分に感動する鵺一に、もう何度目かの全員の呆け顔が向けられる。
「いやいやいや、華音はいいけど翔の練習はどうやるんだよ?一人で告白練習とか地獄だぞ?」
樹からもっともなツッコミを貰った鵺一だったが、そんなの決まってるじゃないか、何言ってんだこいつとでも言うかのようにキョトンとした顔をすると、薄茶色の足場に座る人物の肩をガッと掴んでグイッと樹の前へ引っ張り出す。
「練習相手なら慎太郎がいるじゃないか。俺達の中では一番まともだし、見た目も秋江に近いぞ」
そう自信満々に慎太郎を推す鵺一だったが、推された慎太郎は複雑な顔をしていた。
「如月くん、僕のこと眼鏡で選びましたよね?見た目って今言いましたもんね??」
ジトッと見てくる慎太郎を鵺一は無視した。
「ああー確かに一番秋江に近いわ。眼鏡だし」
「神原くんも眼鏡で納得しないでくださいよ、性別が違うでしょ」
同じように慎太郎を樹は無視しながら頷く。それを見て話がまとまったと判断した愛里寿は、よし、と両手を顔の横でパンと合わせた。
「じゃあ早速やるのだわ!華音くん、よろしくなのだわー!」
「あいあいさ〜」
愛里寿の言葉を、ゆるーく敬礼をしながら華音は承諾する。
「いやよろしくねえわ!まだ気持ちの準備ができてねえんだよこっちは!ほっといてくれっつってんの!!」
「僕まだ練習台になること納得してないんですけど!?勝手に話進めないでくださいよ!?」
どう見てもこれから練習を始める流れだったにも関わらず、まだ文句を言い続ける男子二名。わあわあと騒いで抗議をする二人にだんだんイライラしてきた華音は、学ランのポケットからシャッと一枚札を取り出し握りしめると、「てい!」と思いっきり振りかぶってからその拳を札ごと翔の鳩尾に叩き込んだ。
ドス!という鈍い音。その音と共に、翔は今何が起こったのか理解する間も無く眼球をぐりんとひっくり返し、白目を剥いて崩れ落ちた。
唖然とする、華音以外の全員。
「か、か、か、華音くん!?何してんの!?殺人はよくないよ!?」
思わず樹は華音に駆け寄り肩を掴むとガクガクと揺さぶるが、華音はけろりとした顔のままだ。
「だっていつまでもぐちぐちぐちぐちウザい〜。試してから言えって話〜」
ガクガクし続けたままそうぬかす華音に、樹は「だからって限度があります!!」と説教を始める。その隣では小蘭と鵺一が倒れた翔に呼びかけていた。しかし反応はなく、完全に伸びている。流石にこれはまずいと、ようやく我に戻った慎太郎が救急車を呼ぼうと、スマホを取り出すべくブレザーのポケットに手をかけたその時。むくり、と翔が起き上がると、慎太郎の手を取りポケットから離し、そのまま自分の胸元まで持ってくると両手で包むように握りしめる。そして片膝をつくと、まるで王子様のようにキリッとした顔つきで慎太郎を見上げた。
「え、何、なんですか」
突然の翔の行動に思いっきり戸惑いビビる慎太郎だったが、そんな彼を安心させようとしたのか、今まで聞いたことない優しい声で翔が語りかけはじめた。
「僕のために心配かけて済まなかったね。君はとても美しい心の持ち主だ。僕はそんな君が好きだ。君さえ許してくれるのなら、僕と夫婦になってほしい──」
「二ノ宮くん!!二ノ宮くん!!!君、君ッ冥崎くんに何したんですか!!!!?!?」
翔のあまりの豹変ぶりに、鳥肌をブワッと立ててすぐ手を振り払うと慎太郎は怒り気味に華音に説明を求めた。
「何って、「王子っぽくなる術」をかけたんだよ〜」
そう言って華音は握りしめていた拳を開き、札を見せる。そこには「帝」という字が筆を使って少し崩し気味に書かれていた。殴った時に発した掛け声の「てい!」は「帝!」だったようだ。というかなんでそんな札があるんだ、どこで使うんだ。
とりあえず説明には納得した樹、小蘭、鵺一だったが、初めて華音の術を見た愛里寿は、開いた口が塞がらなかった。
「ほ、本当に呪いが発動したのだわー!!本物だったのだわー!!」
「まあね〜。俺、本物の陰陽師だからこれぐらいラクショ〜」
興奮混じりに感嘆の声をあげる愛里寿に、華音はふふん〜と鼻を擦る。それを受けて、愛里寿はお約束通り乙女フィルターを展開させた。
「ほ、本物の陰陽師……!なんてダークファンタジーな設定……!妖溢れる艶やかな夜に紡がれる妖艶な恋……!あ、だめ、ダメよ愛里寿!愛里寿にはもう心に決めた人がいるでしょうーッ!」
キラキラとしたフィルターの影響を近距離でモロに受けた華音は、睫毛を通常の三割増しでバサバサさせながら嫌そうな顔を樹達に向けて愛里寿を指差す。
「ねえ〜この子の方が俺より術とか使えそうなんだけど〜」
珍妙な妖怪を見たかのような反応を見せながら、まだ妄想世界から帰ってこない愛里寿のリボンをドスドスとつつく華音に、樹が見かねてやめてやれと声をかけようとしたのを慎太郎の悲鳴が遮る。
「それよりも冥崎くんを!!冥崎くんを早くなんとかして!!」
慎太郎がそう叫ぶのも無理はない。翔はいつの間にか慎太郎の両手をがっしり掴んで近くに寄り添うと、小首を傾げて慎太郎の顔を慈しみを込めた眼差しで覗き込んでいる。
「照れなくても良いんだよ、大丈夫。これからは僕がいるからね」
「大丈夫じゃない!!」
対する慎太郎は、キラキラした翔に絶対目を合わせるものかと顔をブンブンと振り、拒否の態度を示している。よく見ると、小蘭と鵺一がそれぞれ慎太郎と翔の体を掴み二人を引き離そうと踏ん張っている。が、翔の抵抗力が強すぎるのか、ビクともしない。
「華音!流石にかわいそうだし、あと最高にあの翔気持ち悪い!なんとかしてやれ!」
「確かに、ちょっとやりすぎたかも〜」
樹の言う通り、このままだと慎太郎がかわいそうだと判断した華音は、制服のポケットから新しい札を取り出し握りしめ、慎太郎に熱い眼差しを向けたままの翔の頬を拳with札で「棘!」とぶん殴る。
ボゴ、と再び鈍い音がして、翔は白目を向いてグラリと体を崩す。そのまま気絶するのかと思いきや、すぐさまガッと足を出してその場に踏みとどまり、意識を取り戻すと慎太郎に向けて顔を上げる。
「なんだよさっきからうるさいやつだな!そんなに俺が嫌ならどっか行けよ!」
今までの王子様キャラはどこへ吹っ飛んだのか、犬歯を露わにして文字通り牙を剥きキャンキャン吠えだした。
「なんだよバカ!こっちはこれだけ……ッ!気付けよバカァ……」
と、だんだんしおらしくなると、プイ、と顔を軽く背けて頬を赤く染めた。
「二ノ宮くん!!二ノ宮くん!!!!」
「え〜、ツンデレも趣味じゃないの〜?」
翔の反応に当然の如く寒イボを立てて華音に詰め寄る慎太郎に、華音はめんどくさそうな顔で頭をかくと、また新しい札を制服から取り出し握りしめる。
「仕方ないなあ、熱!」
と言いながら、華音は札を指で器用に挟んだまま今度は翔に思いっきりビンタする。ビタァンという音に合わせて翔の顔が勢いよく回転したが、すぐにぐりんと前に戻ってくるとガッと慎太郎の方を掴む。
「君がッ!!!好きだッ!!!幸せにしてみせるッ!!!だから俺と付き合えッ!!!」
暑苦しい表情で叫ぶ翔の気迫に負けじと慎太郎がまた悲鳴を上げた。
「二ノ宮くん!!!!」
「熱血もダメなの〜?注文多いなあ〜」
やれやれと言うような腹立つ顔で首を振ると、華音はまた新しい札を制服から取り出そうとする。ゴソゴソとポケットをまさぐり札を探している間にも、暑苦しい翔はどんどん慎太郎に交際を攻め寄っており、慎太郎もどんどんげっそりした顔になっていく。そしてさっきから他の四人が傍観に徹していることに気づくと、慎太郎はすぐさま彼らに怒りの表情を向けた。
「ちょっと!!神原くん達も見てないで助けてくださいよ!!」
「いやあ、助けたいのは山々なんだけど、なんか楽しくなってきてさ」
そう白状した通り、樹、小蘭、鵺一はなんだかワクワクしたような目で騒動を見ていた。
「ここまでガラリとキャラ変わるんダネ、次どうなるか楽しみダヨ!」
樹以上にワクワクした様子の小蘭に同調するように樹も頷く。挙句鵺一は「次は侍キャラが見たい」など言い出す始末だ。
「侍はないや、今度波姉ぇに頼んで作ってもらうね〜」
そんなお客様の声が聞こえていたのか、華音はそう付け加えながら目当ての札をようやく取り出した。
「どんどん行くよ〜、傲!」
ドカ、と翔の背中を殴った瞬間、メラメラと燃えていた翔の目が、フッと人を見下したようなものに変わる。
「俺様と結婚すれば、好きなものを好きなだけ買ってやるぞ」
「二ノ宮くん!!!!」
高圧的な態度の翔の俺様トークと、もはや天丼になってきた慎太郎の悲鳴を聞き、ワクワクした顔の樹達は専門家ぶりながら「うーん」と吟味した風なリアクションを入れ、感想を言い始める。
「ザ・俺様って感じでムカつくな」
「こーいうのが一番モテないんダヨ」
「確かにムカつくね〜」
おたすけ屋の意見を素直に聞きいれた華音は、また新しい札を試すべく札を挟んだ手で翔の頭をスパンと叩いた。
「はい次〜、影!」
「君が……闇の中にいる俺を照らしてくれたんだ……君になら、心を開いてもいい、かな……」
「二ノ宮くん!!!!」
今度は慎太郎にすがるように手を取る翔に、慎太郎が体全体をバタバタさせて否定の意思表示をするので、華音はチャッと素早く新しい札を構える。
「次、色!」
ブス、と札を握った手で翔の頬を思いっきり突くと、翔は前を開けたワイシャツの下に着たTシャツの襟元に指を入れ、くい、と少しはだけさせる。すると、愛里寿の乙女フィルターとは別の、どことなく赤っぽくてバラの花びらのようなものが見えるフィルターが辺りに展開された。
「どうだ?俺と、いけないことしてみないか?子猫ちゃん」
「……!!!……、……!!」
あまりのあまりさに言葉をなくした慎太郎に変わって、小蘭が声を張り上げる。
「華音ーーッ!!これはダメ!!危ナイ!!慎太郎だろうが秋江だろうがダメ!!翔の黒歴史にナル!!」
「もうなってんだよなあ」
ボソッとツッコむ樹は置いておき、自分でやったくせに自分でドン引きしている華音も流石に無しだと判断したようで、すぐに次の札を取り出し翔を殴って変える。
「はい、厨!」
「お、俺に近づくな!この疼く左手がッ!解放される前にッ!それでも俺と、いると言うのか?ははは!物好きなやつだァ!」
「中二病はモテそうにねえなー」
「じゃあ、爽!」
「はは、髪についてたよ、かりんとう☆」
「なんかセリフおかしくナイ?こんなんじゃ性格が良くても無理ダヨ」
「えー?じゃ、堅!」
「全く、散々俺を振り回しおって、校内だったら説教を入れるところだ。だいたい何なんだ陰陽術とは!そんな摩訶不思議なもの信じられるか!」
「ただの文句を言う堅物になったな」
「それはダメだね、病!」
「俺と付き合ってくれないなら、ここで首切って死ぬから」
「二ノ宮くん!!!これが一番怖い!!!目が本気なんですけど!!!」
樹、小蘭、鵺一、慎太郎にかわるがわる感想を言われながら、どんどん華音は翔を札で殴り性格を変えていく。しかし、なかなか良さそうな性格になってくれず、積極性は出ているはずなのだがなんか気持ち悪い感じになってしまう。それでもめげずに、流れで結局秋江役になった慎太郎の好反応が出るまでこの茶番を続けていたが、それをずっと見守っていた愛里寿はだんだん顔を曇らせていくと、とうとう爆発したのか声を張り上げた。
「だめだめだめ!!もうやめなのだわ!!」
腕をブンブンと頭上で振りながら華音と翔の間に割って入ると、華音に中止の合図を送る。そしてそのまま華音に詰め寄った。
「王子様や俺様になったところで、無理矢理迫ってるだけなのだわ!ちゃんと相手に伝わらなきゃ意味ないの!華音くん、素直になる札はあるかしら!?」
愛里寿の剣幕に華音は若干押されつつも、最後の質問に答える。
「ん〜、あるけど……」
「それを翔くんに打ち込むのだわ!」
早く!と急かす愛里寿の気迫に少しびびった華音はおたおたと札を探して取り出すと、ピッと指で挟み構えてから翔に「直!」と投げ飛ばす。ピタッと額に札が貼りつくと、ヘビーメタルバンドがやるような、腕を上げ腰を落とした挑発的なポーズを取っていた翔がゆっくりと腕を下ろし腰を元の位置に戻していった。そしてハラ、と額の札が落ちると、すう、と目の光り方が本来の翔のくすんだような感じに戻っていく。
「ふざけんなよお前ら、俺で遊びやがって……」
いつもの気怠げな声のトーンに戻り、恨めしそうに全員をギロリと睨む。どうやらいつもの翔に戻ったようだ。
「いやあ、翔くん百変化って感じで面白かったからつい」
なはは、と悪びれる様子もなく笑う樹に翔は軽蔑の眼差しを向けた。
「デモデモ、これで秋江に告白スル自信ついたんじゃナイノ?」
「つくか、んなもん。馬鹿が」
翔の威圧に笑顔が苦笑いに変わった樹の代わりに、小蘭がフォローを入れてみたが食い気味に否定された挙句罵倒された。そして翔はそのまま続ける。
「だから言ったろ、俺には無理なんだよ。今までゲームばっかやってて、ゲーム無しじゃ人とまともにコミュニケーションも取れやしない人間だぞ。だから確かに札の力で強引に仲良くなる方が楽かもしれない。でも札で変わった俺は俺じゃないんだ。出来るなら、本来の俺のままで仲良くなりたいんだよ。だけど俺はどうしても素直になれないし、素直になろうとすると緊張しちまって伝えたいことも伝えられなくなるから駄目なんだよ」
翔にしては珍しい長台詞に、愛里寿と華音以外の全員がポカンとした。翔本人も話し終わった後、それに気付くと驚いたように口を手で塞ぐ。
「あれ、俺、今、何言って……」
狼狽る翔に、愛里寿が嬉しそうににっこりした。
「そう!翔くんに足りないのは素直さなのだわ!秋江ちゃんの前だと緊張するのは確かにある意味素直だけど、それを克服するためにももっと素直になるべきなのだわ!」
ふふん、とお姉さんぶりながら翔に指を振る愛里寿に、樹達はなるほど確かにと力強くうなずいた。
「愛里寿の言う通り、翔って確かに素直じゃなかったよな、最初の時も外から言い逃げしたし」
樹の言葉がぐさりと翔に刺さった。
「ダヨネ、こっちが困ってる時モ、最初から心配だったって言ってくれればいいノニ、馬鹿にするようなこと言ってきたシ」
小蘭の言葉も刺さった。
「ゲームの時も素直になるどころか、ひねくれ全開で相手を煽っていたしな」
鵺一の言葉も刺さった。
「そうですよ、自分も一緒にやりたいなら、遠くからじっと見てないで入ってくればよかったんですよ。僕達が遊んでるといつもジッと見てきて、それじゃわかんないですって」
トドメに慎太郎の言葉が脳天に突き刺さって翔は膝から崩れ落ち、地面に四つん這いになるとがっくりと頭を落とした。
「どうせ俺はヘタレだよ……。人と仲良くなる方法すら知らないチキンだよ……」
そう、どよんとうなだれる翔の両肩を華音と愛里寿がぽんと叩く。
「大丈夫よ翔くん!これから素直になればいいのだわ!さっき愛里寿達に本音を言ったみたいに!」
「そうそう〜。今は札の力で素直になってるから、言いたいこと全部言った方がいいよ〜」
翔は二人の言葉に少し考えるように顔を上げると、ゆっくり立ち上がって軽く息を吐き深呼吸をする。そして、覚悟を決めたように目に力を戻すと、一気に捲し立てた。
「俺は四ノ季と仲良くなりたい!お前らみたいに四ノ季と仲良くなりたい!正直四ノ季と仲がいいお前らが羨ましい!いきなり求婚は無理だとしても、せめて友達として今より仲良くなりたい!」
それから、と翔は続けた。
「お前らとも俺は仲良くなりたい。こんな素直じゃない俺の為に色々してくれるし、ゲームの相手だってしてくれるし。たまにウザいと思う時もあるけど、お前らとバカやるのは正直楽しいし、お前らのおかげで閉鎖的だった俺の世界は広がったんだ。だからもっと色々やりたいと思ってる!」
翔の思いの丈をぶつけられた樹達は、なんだか自分達の方が恥ずかしくなり「おおぅ」と照れたような反応をする。対する翔は今まで溜め込んでいた物をやっと吐き出せたのか、どこかスッキリしたような顔になっていた。
「いい……いいのだわ……!不器用男子が自分の感情を相手に晒すこのシチュエーション……最高なのだわ……!」
そんな中ぐへへ、といつも通りときめいて乙女フィルターを展開させトリップする愛里寿。ブレない彼女にまだ慣れていない華音は、顔を引きつらせてドン引きした。
そんな二人はさて置いて、翔は改めて樹達を見ると、頭を下げた。
「俺、四ノ季にちゃんと気持ちを伝えてみようと思う。だから、その……」
「わかったヨー!秋江はワタシ達が呼び出してあげるヨ!」
翔の言葉が全て出るより先に、小蘭がお願いを汲み取って承諾する。それを受けて翔が「ありがとう」と更に深々と頭を下げると、小蘭に続くように全員が翔に声援を送った。
「秋江は手強いだろうが、頑張るんだぞ」
「鵺一くんの言う通りなのだわ!キツい返事が返ってくるかもしれないけど、伝えることに意味があるのだわ!」
「がんばれ〜。秋江に負けるな〜」
「気張れよ!ついでにオレ達のこともこれから名前で呼んでくれよな!」
最後に樹がそう背中をぽんと叩くと、急にぐりんと生気のない顔を翔は樹に向けて淡々と言った。
「それはまた話が別」
「そ、そうか……」
そんなやりとりの横で、慎太郎は散々翔の練習台にされた自分のことを誰も気遣ってくれないことに遠い目をしていた。
*
翌日。
人気のない、中央棟二階の多目的室。今日はどこの部活も委員会もここを使用する予定はなく、文字通り空っぽだ。
そんな多目的室に、二人だけがいた。冥崎翔と、呼び出された四ノ季秋江のただ二人きり。
まだ春の匂いを残す爽やかな風が、中庭の並木の若葉とともに窓から優しく教室へ吹き込む。白いカーテンがふわりふわりと柔らかくそよぎ、太陽を優しく遮って、静かな教室に暖かな光を落とす。
と、翔が口を開いた。
その言葉に、秋江は目を大きく見開く。
*
「友達とすら思われてなかった……」
中等部四階の第三放送室。おたすけ屋の本拠地で、翔はソファに座り真っ白に燃え尽きていた。
「まさかそこまでだったとは……秋江はやっぱり秋江だったな……」
そんな翔の背中を両側からさすって慰める小蘭と鵺一を見ながら、いつものスチールデスクの席に座る樹は机の上に肘をつき組んだ両手に顎を乗せながら苦笑した。
「まあよかったじゃん〜。文字通り「お友達から」始めることにはなったんでしょ〜」
他校の生徒のはずなのに素知らぬ顔でおたすけ屋に遊びにきている華音が、座布団を枕にゴロンと床に寝そべったまま翔の報告を振り返る。
昨日の約束通り、多目的室に秋江を呼び出してもらった翔は、秋江に自分が秋江を好きだと言うことを緊張しながらも精一杯伝えた。
『いきなり付き合ってくれとは言わない。だけど、友達としてもっと仲良くなれたら、とは、思う。そうして俺を見た後でいいから、その時に返事をくれないか?』
そう付け加えて翔が秋江の反応を伺うと、秋江は呆けた顔をしており、そんな彼女の反応に翔が戸惑っていると秋江はびっくりしたように言葉を返した。
『えっ、私と冥崎くんって友達だったんです?』
『えっ』
『えっ』
秋江の翔に対する興味のなさもここに極まれりである。
「そうだな、まあ、一歩近づけたのは間違いないから……」
華音の言葉を受けて、秋江とのやり取りを思い返した翔は、最後に秋江から告げられた「ひとまず、お互いにお互いのことをよくわからないと思うから、お友達から始めましょう」という現時点での返答を心で復唱して、まだ終わったわけじゃない、と前向きに考えることにした。
「とにかくありがとうな。余計なお世話とか言ったけど、お前らがちょっと強引に背中押してくんなきゃ卒業までまともに四ノ季と話せなかったと思う」
項垂れていた顔を上げながら、翔は改めて樹を見て、小蘭を見て、鵺一を見て、そして最後に華音を見た。
「特に小森と二ノ宮。小森の分析もそうだし、なんつったって二ノ宮の札の力がなかったら素直になれなかったわけだから、少しずるい方法ではあったけど協力してくれてありがとうな」
そう照れ臭そうに笑って、「小森にも後で礼を言わなきゃな」と愛里寿を思い浮かべて視線を上に向ける翔に、華音は「は?」とポカンとした顔と気の抜けた声を返した。
「いや、俺今日の告白に関しては何もしてないんだけど」
「「「「は?」」」」
華音の発言に、今度は四人が気の抜けた声を返す。
「え?いやいや、お前昨日愛里寿に言われて翔に札打ち込んでたじゃん」
樹のごもっともな指摘に、華音は頷く。
「そうだね〜昨日は愛里寿に言われたから札使ったよ。でもね、札の効果って半日ぐらいしか効かないんだよね〜。短期催眠術みたいなもんだからさ〜」
そう説明されると、樹、小蘭、鵺一はばっと翔を見た。
「ジャ、ジャア……さっきの告白ッテ……」
大体察してしまったが、確認のために小蘭が聞き返すと、華音はにっこりと大きく頷いて親指をぐっと突き立てた。
「うん、翔が自分で素直になって本心ぶちまけただけだよ〜やったじゃん〜」
ニコニコと笑いかける華音の顔をしばらく凝視し、だんだんと顔を赤くしていった翔は、頭の先まで真っ赤にしたと同時にバタンと倒れた。
「翔が恥ずかしさに耐えきれなくて倒れたぞーッ!」
「翔ゥー!しっかりシテー!」
「素直になることを克服したんじゃなかったのか翔ー!」
必死に呼びかける三人を見ながら、華音はふああ、と自分の仕事は終わったと言わんばかりに欠伸をした。
「姉さん!一緒に帰るですぅー!」
「あら秋江、今日はおたすけ屋には行かないのね」
「姉さんと帰れるときは姉さん優先ですよぅ!」
「ふふ、そう。……秋江、随分とご機嫌ね?何かあったの?」
「うーん?そうです?そう見えますー?ふふふっ」
「姉さん、好意って意外と嬉しいものですねぇー」




