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第14話 バカは風邪ひかないは迷信

 とある日の放課後。緑原学園中庭の池のそばで、バタバタといつもの三人が慌ただしく動き回っていた。


「おい!ミケそっち行ったぞ!」


「オーライ!オーライ!……って逃げられたヨ!」


「こっちだ!今度はこっちに追い込め!」


 樹、小蘭、鵺一の三人が追いかけているのは、美術準備室からドライバーを一本くすねて咥えたまま逃走する、学園に住み着く野良猫のミケ。ミケは手に入れた宝物を絶対に離すまいと、必死に咥え持ったまま三人から逃げ回っていた。


「いい加減返せ!クロー先輩が困っちゃうだろ!」


 ミケが持つドライバーは、その通り九郎の私物だった。いつものように工具でガチャガチャと機械いじりに勤しんでいたところにやってきた突然の来訪者は、そのままドライバーを持ち去り逃走した。いきなりの犯行に九郎も混乱しながら、あわあわとおたすけ屋に強盗を捕まえて欲しいと依頼にやってきたのだった。

 そうして出動した三人はミケの目撃証言から池に向かい、追い込み漁の如くミケを捕らえようと走り回っていたのだ。


「ここだぁ!!」


 鵺一の手をすり抜け、小蘭の頭を踏み台にジャンプしたミケの次の着地点を先読みして、樹はその場所目掛けてダイブする。タイミングはバッチリだったようで、腕を出した瞬間ミケが落ちてくる。ミケは腕に気づくも空中では体勢を咄嗟に変えることができない。そのまま樹の腕にミケは吸い込まれていった。


「捕まえたああああ!!」


 そう叫び逃すまいと樹は腕をガッとロックしミケを確保した──


「バカ樹!ちゃんと周り見ろヨ!!」


 小蘭の声に樹がはっとして周りを確認すると、自分の下にあったのは中庭の地面ではなく、池。

 樹は重力に逆らうことなど到底出来ず、ドポーンと大きな水しぶきを上げて、ミケと共に池に落ちた。



 *



「というわけですぅ〜」


 翌日、中等部校舎四階の第三放送室。

 何話ぶりかの便利な話の入り方をする秋江は、ニコニコとソファに座り、ローテーブルに綺麗な薄い紙に一つ一つ包まれたパウンドケーキを箱に入れたまま並べ置く。


「報酬も先払いしますし、お願いしますですぅ」


 交渉相手の答えなど聞かずに、相変わらず強引に話を進める秋江だった。が、いつもならここで飛んでくるはずの樹のツッコミが、今日は飛んでこない。


「……樹くん?聞いてるです?」


 様子がおかしいと思ったのか、秋江は改めて部屋の奥のスチールデスクに座る茶髪に話しかける。しかし、茶髪は黙って俯いているだけで反応がない。それでも何回か声をかけると、ようやく返事が返ってきた。


「ご、ごめん、ゴホッ……なんて?ゴホゴホッ」


 虚な目をしながら真っ赤な顔で咳き込む樹は、誰がどう見ても風邪だった。


「樹くんは帰って寝た方がいいです」


 流石の秋江もこれには正論を返すしかない。しかし樹はしんどそうな顔で首を振る。


「いやいや、依頼を受けたならやり遂げないと。それがオレ達おたすけ屋だからな!」


 かっこいいことを言う樹の視線は、秋江ではなくスチールデスクに置かれた白いポットに向けられていた。


「ポットと人の顔の区別がついてない時点で無理ですよ」


 白けた顔で秋江が指摘するも、樹はそのままポットに話しかける。


「平気だ!気にすんな!昨日ちょっと池に落ちただけで冷えて熱出すなんてそんなことこの天才少年の樹くんに限ってあるわけな」


 と語る途中で樹は電池が切れた機械のようにプツンと意識がなくなり、机にばたんと突っ伏した。


「小蘭ちゃん、鵺一くん、樹くんが死んだです」


 樹が目の前で倒れたにもかかわらず、淡々とソファから動かずに報告する秋江の後ろから、今までのやりとりを心配そうに見ていた小蘭と鵺一が飛び出し樹に駆け寄る。


「だから池に落ちたあと着替えろっテ言ったノニ!自然乾燥とかバカなこと言ってそのままにするカラ!ほんとバカ!モウ今日は帰れヨ!」


「今バカに怒っても仕方ないだろう!緊急連絡先に電話しろ電話!」


 自己管理を手抜きした天才少年(バカ)に文句を言いながら、二人はテキパキと動いた。



 *



「わざわざごめんなさいね、急に連絡がきたから何事かと思ったわ」


 緑原学園正門。昇降口から中庭を突っ切り進んだ先にあるこの立派な門の前で、樹の姉、神原結衣が小蘭と鵺一から樹の荷物を受け取ると軽く頭を下げる。


「今日が大学の授業がない日でよかったわ。私も、そしてかなくんも」


 そう苦笑する結衣の隣には、樹本体を二人から受け取り背中におぶる海老沢奏も立っていた。


「ったく、昨日帰りに見かけた時からゴホゴホうるせーなと思ったら案の定かよ。俺んとこ来れば診てやったのに」


 よいしょ、と樹をおぶり直す奏が言う通り、せっかく家のお隣さんが医大生なのだから、軽く診て貰えば奏が止めて無理して学園に来ることもなかったはずだ。まあ樹のことだから奏に診てもらうのはプライドが絶対に許さないので意地でも拒否しただろうが。

 そんな樹は熱に相当うなされているのか意識は朦朧とし、焦点の定まらない目をぼーっと眼前の奏の癖毛に向けている。


「……あん?なんで陸にワカメの群生地があるんだ?」


「ダメだなこいつ、幻覚が見えてやがる」


 変なことを言い出す樹に、奏はやれやれと首を振った。


「そうね、ちょっと本格的にダメそうだから、早く連れて帰りましょう。小蘭ちゃん、鵺一くん、今度お礼にお菓子焼くわね」


 じゃあね、と結衣は小蘭と鵺一に手を振ると、くるりと二人に背を向け奏と共に樹を家へ連れ帰っていった。結衣達の背中が見えなくなるまで彼らを見送ってから、二人は第三放送室に戻っていった。


 大きくため息をつきながら二人が部屋に戻ってくると、やはりソファから動いていなかった秋江が二人を待っていた。しばらく入り口から秋江の様子を伺っていたが、全く帰る気配がないので二人は仕方なくいつも樹が座るスチールデスクの近くに移動し、秋江と向き合うように立つ。すると、秋江がにこりと笑った。


「というわけで依頼、お願いしますですぅ〜」


「「お前今の騒ぎ見てなかったのか!?!!?」」


 マイペースに話を続きから進めようとする秋江に、小蘭と鵺一は声を揃えてツッコんだ。


「今は樹がいないカラ、依頼は受付中止ダヨ!もう今日は店じまイ!」


「そうだ。俺達だけでは回せんからな。悪いが帰ってくれ」


 頭脳がいなくなってしまったので、今日はもうこのまま帰ろうと二人は秋江を追い出しにかかる。が、秋江はぴくりとも動こうとせず、二人が樹を受け渡しに行っている間に用意したのか白いカップに注がれた紅茶をすすり、一息ついてから動く代わりに口を開いた。


「依頼を受けたならやり遂げないといけないんじゃないんです?それがあなた達おたすけ屋なんじゃないんです?」


 先程樹が言っていたかっこいいことをオウム返しされ、小蘭と鵺一はぐっと口を閉ざしてしまう。そんな二人に、秋江はさらに嫌味っぽく追い討ちをかけた。


「そもそも二人はその程度なんですか?樹くんがいないと依頼を受けることもできないんですか〜?確かに樹くんがほとんど解決してますもんね〜。二人はそれについていくだけの金魚の糞ですもんね〜。簡単な依頼も、樹くんがいないと何もできないですもんね〜」


「ふっざけんなヨ!あんな風邪ひきバカいなくても小蘭チャンと鵺一クンで解決してやるシ!」


 安い挑発に簡単に乗ってしまった小蘭は、鵺一の肩をガッと掴みながら秋江に吠える。


「オラ、この小蘭チャンに依頼内容を言ってみるがイイヨ。秒で解決してやんヨ」


 鵺一の複雑そうな顔には気づかないまま、小蘭は秋江にメンチを切りながら依頼を催促した。秋江はその言葉を聞いて、ニコリと腹黒そうな笑みを浮かべた。計画通り、と言うやつである。


「小蘭ちゃんならそう言ってくれると思ってたですぅ〜!」


 とりあえず小蘭の気が変わらないように適当におだててから、秋江は冒頭で省略した依頼内容を説明した。


「実はまた落とし物をしちゃったんです。姉さんに縫ってもらったハンカチなんですけど、気づいたら制服のポケットからなくなってたです。昨日の朝はあったので、昨日か今日落としたと思うんですけど、校舎も中庭も探したけど無いので、どこに落ちてそうか推理してもらえませんか〜?」


「思いっきり樹向けの案件じゃネーカヨ!!!」


 完全に頭を使う内容に小蘭は怒鳴りながら、いつも樹がやるようにスチールデスクをバンと叩いた。しかし、その様子を見ても秋江は黒い笑顔を崩さず続けた。


「え?まさか断るなんてしないですよねぇ?秒で解決してくれるんですよねぇ?もしかして嘘ですか?その口はでまかせしか言えないんですかぁ〜?」


 秋江の煽りに煽った台詞に、頭が簡単な小蘭はすぐに額に青筋を立てる。


「ハア〜??断るなんて一言も言ってないケドォ!?そんなの樹じゃなくても楽勝ネ!やってやんヨ!なあ鵺一ィ!!」


 そうやる気を見せる小蘭とは対照的に、鵺一は疲れ切った顔を浮かべてため息をついた。単純な小蘭が完璧に秋江にいいように転がされているのは一目瞭然だったが、本人はそれに気づいていないのが厄介だ。そして、小蘭は一度やると決めてしまうとこちらがどんなに拒んでも無理やり引きずり回してくる。それはこの間のショッピングモールで樹と奏を尾行した時に嫌という程やられている。またあれをやられるのか、と鵺一は更に肩を落とした。秋江は、そんな鵺一を見逃さなかった。


「うーん、この依頼を受けてくれたらお菓子以外に、お父さんがもらってきた猫カフェの招待券をあげようと思ってたんですよぅ〜。でも鵺一くんやる気ないなら、この券は私と姉さんで使うことにします」


「待て、やる気がないとは俺は一言も言っていない。勝手に決めつけないでくれ。決して猫のためではない。困っているようだから引き受けよう。猫のためではない」


 鵺一は猫派だった。


「二人ともやる気で嬉しいですぅ〜。昨日は一限から移動教室で、中央棟の理科実験室に行って次は教室に戻ってきて三限は体育で体育館に向かってその次はそのまま音楽室に行って昼休みは図書館に行って五限は外で地形を見る地理の授業やって掃除で中庭に出て放課後はここでお茶するために中等部に来てそれから帰ったので、このルートをなぞるように探したのにないから困ってるんですぅ」


「なんか聞き覚えのあるルートだな……」


 どこか満足気な顔の秋江から追加された情報に鵺一が遠い目をする。


「ウーン、またミケが拾ってんじゃナイノ?この間だってミケが持ってたシ」


 前回の似たようなケースと同じなのではないかと小蘭は考えたが、すぐに鵺一がそれを否定する。


「それはないだろう。俺達は昨日ミケを見ている。あの時ミケが持っていたのは九郎先輩から奪ったドライバーだけだった」


 そうだった、という顔で小蘭は鵺一を見てから、再び頭をひねって考える。


「ウーン、ウーン、ミケじゃないとシタラ、どこにあるんダロ……昨日通った場所も校舎にも中庭にも無くテ、行ってない裏庭と校庭ハ……」


「私が探してないとでも思ってるです?この学園の敷地内は全部探しましたし、未だに届け物として届いてもないです」


「あーあーあー!もうワカンネーヨ!!」


 探す場所など残っていないという追撃を食らい、推理も何もどうしたらいいのか分からなくなってしまった。樹だったら、こんな状況からでも()()()()ことにより秋江の言葉や状況の隅の小さな穴を見つけて、そこから手かがりを拾い上げていることだろう。だが小蘭には彼ほどの記憶力など当然ながらあるわけがない。更に言えば定期試験の赤点常連である彼女がそもそも推理などできるわけがない。なので、考えに考え抜いた小蘭の口から出た結論は完全に力技だった。


「こうなっタラ生徒も教師も全員の荷物検査するしかないのデハ?」


「待て待て早まるな小蘭!何故そうなるんだ!」


 鵺一も思わず止めに入るパワープレイ案を、小蘭は曇りなき瞳でごり押そうとする。


「どこ探してもないんデショ?となったら誰かが拾ってそのまま届けるの忘れてるんダヨ。だったら全員のポケット叩いてブツが出ないか探した方が早いヨ」


 めちゃくちゃ言う小蘭に、鵺一はハッとした顔になる。


「確かに……それなら確実じゃないか!やはり天才か」


 残念ながら、鵺一も基本は脳筋だった。


「もうなんでもいいですから、早く探しに行けです」


 導き出した答えのあまりのバカバカしさに呆れたのか、はたまた依頼を投げた癖に単純に話に付き合うのに飽きてきたのか、そう投げやりに呟いた秋江にくるりと顔と体を小蘭は向けると、任せろ、と言わんばかりに胸をドンっと叩く。少し強くやりすぎたのか、ちょっとむせる。


「ヨシ!そうと決まれば早速生徒全員に突撃ダヨ!」


「オー!」


 今は放課後であるため、生徒の半分はすでに家に帰っているかもしれないという、考えればすぐにわかる状況が頭からすっぽ抜けているのか、バカ二人は意気揚々と腕を天にグッと突き上げやる気を鼓舞してから、放送室の引き戸をガラリと開けて校内捜査に繰り出そうとした。しかし、彼らの足は放送室を出ることなく止まった。


「あら、ごめんなさい。出かけようとしてたのかしら」


 開けた引き戸の前には、生徒会の腕章をつけたお淑やかな女子生徒が、同じように引き戸を開けようとしたのか、戸に手を伸ばした状態で立っていた。


「あれ、夏芽姉さんです?」


「やっぱりここにいたのね秋江」


 夏芽は小蘭と鵺一の後ろで秋江がいつも通りソファに座っていることを確認すると、にこりと笑ってから、入り口を塞ぐように止まっている小蘭達に中に入れてくれるよう目配せをする。二人は特に抵抗することもなく夏芽のために道を開けた。

 中に入った夏芽はそのまま奥のソファまで行き、秋江の隣に座ると、きちんと前を閉めて着用した制服の上着についている内ポケットを軽くまさぐり中から白いハンカチを取り出した。


「秋江、あなた、これ落としたでしょう?」


 そう夏芽が秋江に見せた白いハンカチには、オリーブ色の糸が使われた綺麗な葉模様の刺繍が、一角に美しくあしらわれていた。


「それです!私それ落として探してたんですぅー!!」


 秋江は勢いよくガタンと立ち上がると、ブンブンとハンカチを指差し若干ヒステリックに声を張り上げる。その様子に、今まさにそれを探しに行こうとしていた小蘭と鵺一は思わず目と口が点のようになり、とてもシンプルで描きやすい表情になった。


「姉さん、それ、どこに、どこにあったですか!?」


 あわあわと夏芽に探し物の出所を恐る恐る尋ねると、夏芽はくすりと苦笑いした。


「これね、生徒会室で見つけたのよ。あなた昨日私と帰ろうと生徒会に寄ったでしょう?それで今日、昼休みに資料を取りに生徒会室へ行ったら、中に落ちてたのよ」


 夏芽がそう言い終わると、入り口に突っ立っている小蘭と鵺一の顔が今度は呆れきったようなジト目に変わり、二人して秋江に文句を訴えた。


「秋江、昨日生徒会室に寄ったなんて言っタ?」


「逆に私がここと生徒会室によく寄ることなんで知らないんですか?樹くんならきっとすぐわかったですよ」


「ハァァァ!?んな秋江の日課ナンテわかるわけネーダロガヨ!!」


 グワァと牙を剥いて今にも秋江に飛びかかりそうな小蘭の首根っこを鵺一がガシッと掴んで止める。そして離せと暴れる小蘭をなだめはじめた。


「まあまあ、落ち着け。結果的に誰かが拾って届けるのを忘れているという俺達の推理は正しかった。副会長が持っていたんだからな。つまり、樹がいなくても俺達は出来るってことが証明されたわけだ」


 ドヤ顔にも見えなくもない、なんとも言えない顔で自信満々に鵺一が告げた途端、小蘭もニヤアと人を若干バカにしたかのようなドヤ顔を浮かべる。


「そうダネ!その通リ!樹なんていなくてもワタシ達はやれるんダヨ!わかったかバーカ!」


 まだ鵺一に首を掴まれたままの小蘭が、秋江にニヤニヤと気味の悪い笑顔を向ける。しかし対する秋江は心底どうでもいいといった感じに無視していた。その反応の無さに再び小蘭がプチンと来たのか、鵺一に掴まれ動けないままだというのに手足をばたつかせてキーキー騒ぎ出そうとした瞬間、開けっ放しの引き戸の外からドウッと入り口を塞いでいた鵺一と小蘭を弾き飛ばしながら生徒が中に入ってきた。


「おい!神原!神原はいるか!!」


 ソファ近くまで飛び込み声を上げたのは撫子だった。そんな彼女に少しびっくりした風に目を丸くした四ノ季姉妹が首を振ると、撫子は改めて部屋を見渡しいつものスチールデスクの席に樹がいないことを確認した。


「なんだ、神原はいないのか。ふむ、困ったな」


 むむ、と腕を組み考え込んでしまった撫子の背後から、二つ手が伸びるとガシッと彼女の両肩を掴んだ。なんだ?と彼女が振り向き確認すると、そこには必死の形相を浮かべる小蘭と鵺一がいた。


「どうしたんデスカ撫子サァン!!困りごとデスカァ!!任せロヨォ!!」


 グワっと必死に問いかけてくる小蘭の気迫に撫子は若干押されながらも、いいや、と首を振り手を立ててノーを示す。


「悪いがお前達ではダメだ。絶対に解決できん。こちらでなんとかするから気にしないでくれ」


「いやいや姉さん!!俺達をみくびってもらっては困る!!俺達が解決してやる!!」


 断ると今度は同じように必死な顔をする鵺一が詰め寄ってくる。


「いや、しかし……」


「いいカラ!!ワタシ達がやってヤンヨ!!」


「だから……」


「任せろ!!樹抜きでも俺達に出来ないことはない!!」


「ぐうう、しつこい……!」


 交互に気圧された撫子は、これ以上は埒があかないと諦めて折れることにした。


「わかったわかった、お前達に頼む。でも本当に神原抜きで大丈夫なのか?」


 信用なさそうな顔で尋ねる撫子に、さっきの件で変な自信をつけたのか、小蘭と鵺一は変なガッツポーズらしきものを取って意気揚々と答える。


「ダイジョウブデス!撫子サン!この天才美少女、小蘭チャンと!!」


「天才侍、鵺一くんが!!」


「「解決してやんよ!!」」


 ドギャズバパンヌと変なファンファーレ音が聞こえてくるような、よくわからない決め台詞と決めポーズを決める二人に、撫子は少し引きながら解決してほしい内容を話した。


「実は九郎の工具が一本無くなったらしくてな。昨日ドライバーを取り返してくれたそうだが、それとは別にもう一本無くなっていたんだ。ただ、九郎はたくさんドライバーを持っていたから、本人もどれが無くなったのかわからなくて困っていてな。九郎本人は昨日の今日すぎて混乱していたので、神原の記憶力でなんとかならないかと私が代わりに依頼に来たんだが」


 完全に樹頼みの内容に、小蘭と鵺一は再びシンプルで描きやすい表情になる。そんな二人のリアクションを察したのか、撫子の後ろから秋江がひょこりと顔を出すと、黒い笑顔を浮かべた。


「あれれ〜?もしかして依頼を断る気ですかあ〜?あんなに解決すると息巻いていたのに放棄ですかあ〜?依頼を受けたならやり遂げないといけないんでしょう〜?それがあなた達おたすけ屋なんでしょう〜?」


 ニヤニヤと煽る秋江に、我慢は親の体に置いてきた小蘭が最初と同じようにキレ散らかす。


「ハァァァン!?だから断るナンテ言ってないデショーッ!!!受けてヤンヨ!!解決してヤンヨ!!」


 ムキー!と暴れる小蘭を見て、撫子は大体事情を察する。


(なるほどな、こうして四ノ季妹に煽られて、さっきも変なテンションになっていたんだな。そうなんだろう?四ノ季姉)


(そうみたいですね撫子さん。秋江がすみません)


 同じく今のやり取りで事情を察した夏芽と、撫子はアイコンタクトで会話をした。と、間髪入れずに小蘭がむんずと撫子の腕を掴み、引っ張る。


「そういうわけだカラ撫子サン!!現場に案内シテ!!この天才美少女小蘭チャンと、天才……ナンダッケ、天才ロン毛の鵺一クンが解決してヤンヨ!!」


「ロン毛ではない!ミディアムヘアだ!」


 撫子を掴むのとは反対の手で同じように小蘭に腕を掴まれた鵺一が、いかにも心外そうな顔で否定を入れるがそこではない。そんな的外れな鵺一の抗議は当然の如く無視して、小蘭は如月姉弟をグイグイ引っ張って放送室の外に出ると、そのまま中央棟三階の美術準備室を目指してずりずりと二人を引きずって行った。



 *



 美術準備室の前までやってきた小蘭達が中を覗くと、九郎がオロオロと部屋をぐるぐる徘徊していた。よたよたと回る彼の足元にはたくさんの工具が散乱しており、近くにはそれらをしまっていたと思わしきプラスチックのケースがひっくり返っていた。

 床に散らばったあれこれを踏まないようにしながら撫子が準備室に入り九郎に近づくと、ようやく九郎は来客に気づいた。


「な、撫子……ドライバー……やはり無い……どう……どうしたら……」


 どもりつつアワアワとしながら撫子に話す九郎は、準備室の入り口に他にも人がいることに気づく。それを察したのか、撫子は九郎の肩をポンと叩くと落ち着かせるように語りかける。


「九郎、小蘭と鵺一が手伝ってくれるそうだ。だからもう大丈夫だ」


 ニカっと安心させるように笑顔を向けたが、直後、スンと表情を消すと少し顔をそらせてポソリと付け足す。


「多分」


 その言葉は九郎にはおそらく聞こえなかった。


「クローセンパイ!ドライバーまた無くしたんデショ?天才美少女小蘭チャンと、天才クソロン毛鵺一クンがパパッと見つけてヤンヨ!」


 へへんへへん、と鼻を鳴らし胸を張りながら準備室に入る小蘭の後ろから、後に続いて同じく部屋に入る鵺一が「クソロン毛じゃない!一つ結びだ!」とプンプンしながら抗議するがやはりそこではない気がする。

 そんなやりとりをしながら九郎の元へ二人も近づくと、キョロキョロと部屋を見渡す。床以外にも棚の戸が乱雑に開けられており、大分あちこち探したのであろう様子が見て取れた。


「すまない……昨日も猫から取り返してもらったのに……」


 ショボンと申し訳なさそうに肩を落とす九郎は無視して方々に散ると、小蘭と鵺一はそれぞれ棚やら机やら家具を雑に動かし始めた。これに驚いたのは九郎ではなく撫子だった。


「ちょっ、何してるんだ貴様ら!部屋をこれ以上散らかすな!更にわからなくなるだろう!」


 慌てて近くにいた鵺一を羽交い締めにした撫子に、鵺一が大きなため息をついて撫子の腕を外そうと掴む。


「離してくれ姉さん。部屋にある邪魔なものを全部どかせばどんな探し物でも絶対見つかるはずだ。素晴らしい推理だろう?だから離してくれ」


 少しドヤ顔でそう答える鵺一に思わず「はあ?」と呆けた声を出してしまった撫子の背後では、小蘭がガシャンガシャンと棚を動かしまくっている。ダメだこいつら、完全に思考が脳筋のそれだ。


「り、李……学園の備品だから……そんな乱雑に動かしたら駄目だ……ちょっと……」


 撫子と違いオロオロしながら小蘭の奇行を見るしか出来ない九郎がやめるように話しかけた瞬間、カランと軽い音と共に、コロコロと小蘭が動かしたばかりの棚の足元から小さなドライバーが転がり出てきた。


「あ……あった……これだ……」


 九郎がそれをゆっくり拾い上げると、すかさず小蘭が得意げに胸を張った。


「ホラ見つかったヨ!物をなくした時はとりあえず邪魔な物をどかせば出てくるんダヨ!やっぱりワタシ達天才ネ!」


 ワッハッハー!と高笑いする小蘭に合わせて、ゆっくりと撫子の拘束から解放された鵺一も、うんうんと笑顔で頷く。


「確かに……昨日はかなり乱雑に置いてたから……転がって下に入り込んだんだな……ありがとう……」


 ヒヒッと相変わらず気味悪く笑いながら礼を述べる九郎と、それを受けて満更でもなさそうな小蘭と鵺一の様子を見て、次に棚を動かしたまま、引き出しを開けたまま、箱をひっくり返したままなごちゃごちゃと物が紙が工具が散らばった美術準備室全体を眺めてから、撫子は叫んだ。


「いいから先に散らかした部屋を片付けろ!!」



 *



 九郎の失せ物探しを見事に解決して、小蘭と鵺一が鼻高々に中等部四階まで戻ってくると、階段を上がったすぐ横の第三放送室の入り口の壁に寄りかかるようにして待っている人物がいた。


「おせーよお前ら」


 二人の気配に気づき、いじっていたスマホから顔を上げたのは、翔だった。

 何か用があるのか、そのまま二人に対して続けようとした翔だったが、はた、とそこに樹の姿がないことに気づくと首を傾げる。


「神原は?」


「風邪で帰ったヨ」


 翔の質問を小蘭が端的に返すと、翔はしばらく頭を捻ってから軽く首を振り、諦めたような顔で二人を見る。


「神原いねえなら明日でいいや。じゃあな」


「待て待て待テー!?」


 そそくさとその場を去ろうとした翔のシャツの裾を小蘭と鵺一は掴むと、翔の進行方向と逆の向きにずりずりと引っ張り動きを止める。


「やめろや!シャツが破れるだろ!」


「やめろはこっちのセリフダヨ!樹がいないならいいとかいうのやめろヨ!傷つくヨ!」


「そうだ!李さんと如月さんはたった今心にダメージを負ったぞ!」


 いいから用件を言えと引っ張る二人に対して、必死に抵抗して階段に向かおうとする翔は一人。二人分の力に翔が勝てるはずもなく、じりじりと第三放送室前へと引き戻されていく。これ以上は時間と体力の無駄だ、と樹以上にスタミナがない翔は余計な疲労を防ぐ為、観念して抵抗をやめる。


「神原がいたら、新しく考えたスタユニの戦法見てもらおうと思ったんだよ。あいつゲームできるし、見てて動画映えするか、穴がないかの確認を取りたくてさ。把間にも試したんだけどあいつなんでも俺のこと褒めるから全く参考にならなくて」


 それを聞いた二人は、キレた。


「ハァーン!?!?小蘭チャン達がスタユニ下手くそだと思ってるワケ!?!?できるシ!!樹よりできるシ!!」


「そうだ!それに忘れたのか!お前の初登場時に俺達は樹にすたゆにで勝ってるんだぞ!!」


「初登場ってなんだ!なんの話だ!」


 ちょっと何を言っているかよくわからなかったが、確かにこの二人が樹に勝っているところは翔もチラッと見ていたことをうっすら思い出す。なら、なんでも褒めて意見を言ってくれない把間よりは使えるか、と考え、スマホをかざしてスタユニの画面を二人に見せる。


「とにかくわかった。じゃあ今からやるから見ててくれ」


 そう言い、翔はCPUと対戦するモードを選ぶと試合を開始しようとした。が、小蘭がそれに待ったをかける。


「やるのはいいケド、廊下でやるノ?そういえば何でおたすけ屋の中に入ろうとしないノ?」


 当然の疑問だったが、それを投げられた翔はピタリと動きを止める。なんだ?と小蘭と鵺一が訝しげに翔を見ていると、何やら小さい声でボソボソ言っている。しかしあまりにも小さすぎて言葉を聞き取れない。


「はっきり喋れヨ!」


 声が小さすぎることにイラッとした小蘭が翔の背中をバン!と叩くと、翔は顔を真っ赤にしながら大声を上げた。


「四ノ季と二人っきりなんてまだ無理に決まってんだろ!!まだ目も合わせられないのに!!結婚もしてないのに!!!!」


 急なヘタレに小蘭と鵺一は面をくらうと同時に、慌てて第三放送室の引き戸を開くと、中には秋江がまだ紅茶を飲みながらソファに座っていた。流石に夏芽は帰ったようだが、姉が引き上げても居座る妹に、二人は口を揃えてツッコんだ。


「「お前まだ帰ってなかったのかよ!!」」



 *



 今日はなんだかやけにたくさん人が来た。

 秋江がいるからとヘタレ全開で渋る翔を無理やり放送室に引き摺り込み、わざと秋江の隣に座らせてスタユニの相手をしていると、また次の人物が依頼に現れる。しかしその人物も樹がいないことを察すると日を改めようとするので小蘭と鵺一が強引に引き留め依頼を吐き出させると、今までのように力技で解決する。それが終わった途端、また別の依頼人が現れ、力技で解決、そして次の依頼人が……と、今日に限って客が途切れなかった。しかも、どれも頭を使う依頼ばかり。樹がいないおたすけ屋に対する嫌がらせかと思わざるを得ないくらいだ。


 以下、ダイジェストである。


「君達!次の小説で使う新作の謎解きが出来たんだけど……あれ、樹くんいないのかい?じゃあ今度にするよ」


「はーあ!?解けるシ!小蘭チャン達も謎解き得意だシ!!」


「まさかそんな力技で解ける方法があるとは……参考になるなあ……」


 *


「うわーん!愛里寿の!愛里寿のお気に入りの消しゴムがなくなったのだわ!樹くんどこでなくしたか推理して……っていないの?うう、また明日頼むのだわ」


「ハァーン!?!?小蘭チャン達だって探せるシ!!失せ物探しとかチョー得意ダシ!!」


「まさか早々に探すの諦めて新しいの買って渡されるとは思わなかったのだわ。でも、鵺一くんが買ってくれた……駄目っ愛里寿!揺らいでは駄目!愛里寿にはお侍様がいるのに……ッ!」


 *


「兄さん達ー!撫子姉さんに頼まれて新見先輩を探してるんですけど、どこにもいなくて!どこにいそうか突き止められませんか……って樹さんいないの?しょうがない、もう少し僕頑張ってみます……」


「待て待て待て!新見先輩だな!任せろ!!」


「折角如月主将を撒けて帰れたのにわざわざ俺の家まで来て引きずってきやがって……どうせ部活に出ろって言う説教だろ?面倒くせーなあ」


 *


「うはは!おたすけ屋のみんなー!ルナさんにあげたプレゼントがゴミ箱に捨てられちゃって、そのまま外に出されちゃったみたいでちょっと助けて欲しいんだけど〜ってイツキちゃんいねーのか。もう業者にゴミ回収されてるかもだしな、諦めるかな」


「ハアー!?見つけるシ!!探せるシ!!この間の裁判でゴミ回収の曜日覚えたモン、樹がいないからっテ諦めるなシ!!」


「だからってゴミ袋全部開けて探した上に、見つけたものを私のところに持ってくる必要ある?まあいいわ、あなた達も被害者だし、後で暁は絞め殺しておくわ」


 *


「おーい三人とも〜。遊びに来たよ〜って樹はいないんだ。まあいいや、ここで昼寝させて〜」


「「今忙しいんだよ華音は出てけ!!」」


「……久しぶりに登場したっていうのにさ、即刻追い出されるってひどくない?」


 *


 こうして依頼を次々に力技でねじ伏せ、いや、片付けて、最後の依頼主が退室するのを小蘭と鵺一はハアハアと息を荒くしながら見送ると、まだ部屋に居座る秋江にくるりと振り向いて叫ぶ。


「どうダヨ!?ワタシ達だって樹がいなくても楽勝なんダヨ!!」


「これでわかっただろう!俺達だってやれることがな!!」


 目をギンギンに血走らせてドヤアアと口角を吊り上げる二人に対して、秋江は完全に興味が失せたのかパウンドケーキを食べながら「はいはい、そうですねぇ〜」と適当な返事を返した。しかし完全にアドレナリンがドバドバな興奮状態にいる二人には、その適当な返事ももはや称賛の声にしか聞こえなかったようで、更にテンションがブチ上がり騒ぎ出した。

 そんなめちゃくちゃな様子を、実は秋江の隣に座って緊張しながらスタユニを続けていた翔が、動物園の猿を見るような目で見つめていた。



 *



「いやーこの歳になってあんな風邪ひくとは思わなかったわー」


 翌日。放課後の第三放送室でワッハッハとそう話す樹は、昨日とは打って変わってケロリと晴れ晴れした顔でいつもの席に座っていた。あの後、すぐ家に連行された樹はそのまま奏の手刀をくらい落ちるように寝た結果、すっかり風邪が治り元気になったようだ。いつもなら看病してくれたであろう奏への文句をぐちぐち言うところだったが、流石に結衣に自己管理について怒られたのか、珍しく感謝の意を見せていた。


「で、オレが倒れた後はどうしてたんだ?なんか依頼とかあったのか?」


 一応リーダーを自称しているので、自分が帰った後の状況の報告を小蘭と鵺一に振ると、二人は待ってましたと言わんばかりに不敵に笑い、揃ってスチールデスクの前に立つと樹を見下ろした。


「依頼ナラそれはそれはターックサン来たヨ!でもみんな解決したヨ!樹がいなくテモ、ワタシ達はデキルからネ!」


「その通りだ!俺達が見事な推理で華麗に解決したぞ!俺達は天才だからな!」


「「あーっはっはっはっは!!!」」


 得意気にこれでもかと踏ん反り返って高笑いをする二人に、樹は少し引き気味に「そうですか……」と返事をするしかなかった。

 その後、今日もおたすけ屋に遊びに来た秋江から昨日の事の顛末を聞いた樹は、調子に乗る小蘭と鵺一を床に正座させて「力技はやめろ」と説教しましたとさ。

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