第13話 プリーズ・ラブ・ミー!
中等部校舎三階、1-B教室。
「おはよう昴!!」
教室に入るとすぐに、窓際に座る黒髪のショートボブの生徒の席に駆け寄る一人の男子。ニコニコと素晴らしいほどの笑顔で生徒に近づくと、机に手をついてずいと顔を近づける。
「今日も可愛いな!……ん?今はコスモか!おはようコスモ!」
コスモと呼ばれた、白いリボンをカチューシャのように頭につけ、てっぺんで結んだ端をウサギの耳のように立てている生徒は、うんざりしたような顔でため息をついた。
「あのね、毎朝毎朝可愛いって言ってくるのやめてもらえる?私はいいけどスバルが嫌がるのよ」
苦情を言うコスモだったが、男子生徒はキョトンとした顔で首を傾げるだけだ。
「なんでだ?コスモのお前も、昴のお前も、どっちも可愛いから可愛いって言ってるだけだぞ」
「だからそれをやめなさいって言ってるの。私は女だからいいわ。でも昴は男でそういう趣味はないから困ってるのよ」
「そういう趣味ってなんだ?俺はどっちも可愛いと心から思ってるだけだぞ」
「あー!!話が通じない!!」
コスモはイライラしたように頭を掻くと、男子をキッと睨んで指差した。
「とにかく!次可愛いって言ったら絶交よ!スバルのためにも縁を切らせてもらうわ!」
「何怒ってるんだよコスモ。でも怒ってるコスモも可愛いぞ!」
「はい絶交ー!!これからは半径5メートル以内に近づかないでちょうだい!!」
早速約束を破られたコスモは、そのままがたんと乱暴に席を立つとドカドカと足を踏み鳴らしながら教室を出ていく。
「どこに行くんだコスモ!一限目すぐ始まるぞ!」
男子の至極真っ当な呼びかけも、コスモは無視して消えていった。
*
「ってことでやっぱりコスモは可愛いと思うんですけど、どうしたら振り向いてもらえますか」
「スーパーポジティブかよ、どう考えても脈なしだろそれ」
放課後の中等部校舎四階、第三放送室。
おたすけ屋のソファに座り、真剣な顔で相談する男子生徒に、今朝の話を一通り聞いた樹は呆れ気味に返した。
「というか加藤くんだっけ君?昴くん達に対してあんな傷をえぐるような噂を撒き散らした本人なのに、よくもまあ好きとかほざけるな」
その通りこの加藤という男子生徒、以前あった昴に関わる騒動の例の噂の発信源の男子生徒なのである。当時もあまりの広がり具合に噂を流したことを後悔していたようだが、騒動後は何があったのか、昴、というかコスモにしつこく付き纏うストーカーと化していたのだった。
「確かにそのことは悪かったと思ってます。でも、あの騒動があったからこそコスモという女神と昴という天使に気づくことができた!いわば運命!だから俺とコスモと昴は三人で結ばれるべきだと思うんですよね」
「ねえ何この子、思考回路どうなってんの?怖いんだけど」
ぶっ飛んだ理論を飛ばしてくる加藤に樹はドン引きする。
「同学年の身近な理解者がこんな狂ったストーカーなんテ、昴くんもかわいそうダネ」
いつものようにソファの後ろで座布団に座りテレビゲームをしていた小蘭も、樹と同じようなドン引き顔で昴に同情した。
「ストーカーだからなんだっていうんですか。人類はみんな愛を追いかけるストーカーなんですよ。ストーカーで何が悪いんですか」
加藤はまたもや真面目な顔でそう言うと、深く息を吸い込んでから一気に捲し立てた。
「だいたい先輩方は知らないんですよコスモのあの可愛さと昴の可愛さをあんな核兵器並みの破壊力の可愛さを目の前で見せられたら好きになるに決まってるじゃないですかだから俺は追いかけるコスモという愛を手に入れるために昴というラブを手に入れるためにそれの何が悪いんですかもしや先輩恋したことないんですか恋はいいですよ先輩も今すぐしましょうよちょうど二人いるしほら神原先輩と李先輩は仲良いしお似合いですよ」
「そそそそんなお似合いとかフザケンナありがとう変なこと言うナヨ!!!」
「お前頭大丈夫か?どこがお似合いなんだ、こんなバカ娘と」
最後の部分に、小蘭が動揺気味に怒ってるのか満更でもないのかよくわからない反応をする一方で、樹は嫌そうに首を振る。と、即座に小蘭がゲーム機のコントローラーを投げ捨て樹に素早く詰め寄るとキレ顔で襟を掴みあげる。
「だからそーいうところが可愛くないんだよお前は!」
「ウッサイ!樹のくせに生意気なんダヨ!!」
「あの、夫婦喧嘩は後でお願いできますかね」
「「夫婦じゃない!!」」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始めそうな二人を加藤がズバッと遮ると、全く同じセリフを叫んでから小蘭が樹の襟から手を離し、そのまま加藤の隣のソファの間スペースにどすんと座る。
「とにかく一緒に考えてくださいよ、どうやったらコスモが振り向いてくれるかを。ここはお菓子を献上すればなんでも手伝ってくれるところなんでしょ?」
「いやまあ、その認識はだいたい間違ってねえけど」
そうやって依頼を投げる加藤の前のローテーブルには、確かに箱詰めされた菓子が置かれていた。おたすけ屋の話を誰かから聞いていたのか、加藤はこの菓子を持参しておたすけ屋に現れ、今に至る。
「けどお前運が良かったな。もし鵺一がいる時にここに来て同じこと言い出してたら、八つ裂きにされてたぞ」
樹の言う通り、渦中の昴(コスモ)の兄であり、セコムその1でもある鵺一は今この場にはいなかった。剣道部所属の彼は、剣道部の活動日にはそちらへ行くので毎日いるわけではないのだ。ちなみに小蘭は帰宅部なので毎日いる。樹も放送部のはずなのだがなぜか毎日いる。
「もちろん、お兄さんの理解はちゃんと得るつもりですよ。兄弟が可愛いのは分かりますし、きっと分かり合えると思うんで!俺も将来はお義兄さんの弟になるんですし!」
「お前それ鵺一本人の前で言ったら一瞬でバラバラ死体になるから絶対にやめた方がいいぞ」
諭すような樹の言葉に加藤はキョトンとすると、ハッと何かに気付いて慌てて取り繕う。
「大丈夫です、お義姉さんにもしっかり挨拶しますよ!」
「もう駄目ダネ、バラバラになったアト跡形もなく消し炭にされル未来しか見えないネ」
そう言うことじゃない上に、姉であるセコムその2にも喧嘩を売るような発言を重ねた加藤に、小蘭は呆れ気味に呟いた。
「もういいから考えてくださいよ、俺とコスモと昴が幸せになる方法」
「お前しか幸せにならないんだよなあ……」
早く、とばんばんローテーブルを叩いて急かす加藤に、樹はため息混じりに漏らした後、わざとらしく咳払いをしてから改めて加藤にヒアリングを始める。
「まず加藤くんはコスモと昴とどうなりたいの?仲直りしたいだけなの?付き合いたいの?」
樹の質問に、加藤はうーん、と腕組みをして頭をひねったかと思うと、パッと悟ったような顔になりまたもや捲し立てた。
「付き合いたいも何も同じクラスで毎朝挨拶してるしもはや俺らは付き合ってるんですよねだけどコスモの機嫌を損ねちゃったから今は倦怠期なんですよ機嫌を直して欲しいんですよねだからどちらかと言えば仲直りなんですけどコスモばっかり構ったら今度は昴が機嫌を損ねるだろうからそっちも機嫌を取らないといけな」
「樹ィーーーッ!!コイツ面倒クサイッ!!話聞いてると頭おかしくなってくるヨーーーッ!!!」
これ以上聞きたくないと言わんばかりに、小蘭が頭を抱えながら大声を上げて加藤の言葉を途中で遮り強制中断させる。樹も同じようにうんざりしてきたところだったので、ナイス小蘭、と心の中で彼女に感謝の念を送りつつ、加藤の言葉を踏まえて相談に結論を出す。
「とりあえず、お前はオレ達の手に負えないってことがよーくわかった。だってお前思考ぶっ飛びすぎだし、話理解してくれねーんだもん」
樹の出した結論は、要するに放棄だった。更に言い換えるならお手上げ状態である。加藤は思考回路が常人には理解しがたい構造をしているようで、道が入り組みどこを歩いているのかわからなくなってくる魔宮のようだ。正直、常識的な思考回路しか持たない樹と小蘭の二人には、とても太刀打ちできるものじゃなかった。何を言っても前向きに解釈するし、逆に何を言っても自分が正しいと受け入れてくれなそうな雰囲気もあった。そんな人間にアドバイスをしたところで、素直に受け止めてくれるだろうか?そう考えると、なんかもう相手にすることすら面倒くさくなってくる。
「でも報酬を先払いされた以上、相談は解決しないといけないからな、オレ達じゃなくてその手のエキスパートに協力してもらおう」
樹の提案に加藤は「おおっ!」と身を乗り出し期待が入り混じったキラキラとした眼差しを樹に向ける。しかしその横の小蘭は何か嫌な予感がして複雑な顔を浮かべていた。
*
「なるほどなるほど。それでオレのとこ来たと」
高等部校舎一階、3-Aの教室前。
開けた教室の扉の桟に寄りかかるようにして、樹達三人の話をふんふんと赤毛の制服をダボっと着崩した男子生徒が聞いていた。
「うはは!ならその判断は大正解だゼー!悩める少年よ、このアキくんがアドバイスしてしんぜよう!任せな!」
「うおお!なんかわからないけど謎の説得力がある!先輩お願いします!」
ドン、と自身ありげに胸を強く叩く西園寺暁に、加藤も興奮気味に返事をする。その様子をジト目で見ていた小蘭は何か言いたげに樹を睨んだ。
「うん、お前の言いたいことはわかる。何で処理が面倒くさい人間を増やすんだってとこだろ」
同じように遠い目でやりとりを見ていた樹は、小蘭の無言の訴えを汲み取るとしようがなさそうに頭を掻くと、この面倒くさいの筆頭の赤毛先輩を巻き込んだ理由を話す。
「やっぱ同族には同族をぶつけた方がいいかなってさ。他人の振り見て我が振り直せって言うだろ?暁先輩の暴走具合を見れば、自分の行為を考え直すかなーって」
確かにその考えは一理ある。西園寺暁という男は、誰にでも馴れ馴れしく執拗に絡んでくる、声のでかいクソウザ赤毛野郎だ。どれくらいウザいかというと、すれ違うと必ず高笑いしながら肩をガッと組んでくる上に、今日は元気?などと特に実りのない会話を振ってくる。それに答えればまたウザいテンションで高笑いするし、無視をしたらしたでやはりウザいテンションで高笑いする。なんなんだこいつは。
だが、西園寺暁はただ一人、北条瑠奈という存在にだけは態度が一変する。瑠奈の気配を察知すると、暁はその場から直ぐに瑠奈の元へすっ飛び熱い求愛行動をぶつける。しかし彼に返ってくるのは瑠奈の全力の鉄拳だけ。それに何度殺されようと、彼はめげることなく不死鳥のように復活しては瑠奈にアタックしまた殺されるを繰り返していた。いや、やっぱ態度あんまり一変してないな。加速しただけだな。
そんな彼らの天丼なやり取りは、もはや緑原学園の風物詩となっていた。初見時は瑠奈の容赦ない制裁にびっくりするだろうが、慣れてくるといつものことだとあまり気にならなくなってくる。
とまあ、西園寺暁は一言で言うなら今の加藤の上位互換なのだ。樹曰く、自分よりも上のヤバい人間を見ることで、これからの行動を思い直してもらえないかなという魂胆である。
「でも樹、逆に暁センパイの影響を受けテ、悪い方向に加速しちゃったらドースンノ」
「その時はまあ……鵺一と撫子さんの出番かな」
確かに、最悪の事態になる可能性は無いわけではない。遠い目で答える樹は、そうなった場合は人に投げて逃げる気満々のようだった。
「とにかく!紹介は済んだしオレ達の仕事はここまでってことで」
コホンと軽く咳払いをして、樹はそう言うとくるりと元来た方向へ足を踏み出す。小蘭も樹に倣って向きを変え、中等部校舎へ戻ろうと歩き出そうとした。が、二人の体はグッと途中で止まる。
「どこ行くんですか先輩、先輩方もレクチャー受けましょうよ」
「おいおいおーい、せっかくなんだからイツキちゃんとシャオランちゃんも一緒にやろうゼー!つーか、逃さないよんwww」
同族共は嫌そうな顔を浮かべる樹と小蘭の肩を力強く鷲掴んで動きを止めると、そのまま無理やり引きずり連行していった。
*
中央棟一階。生徒が出入りする昇降口と職員室、校長室があるフロアには、中等部校舎側の端に保健室もあった。今は放課後。保健室にはちらほら擦り傷や打ち身の処置に絆創膏や湿布を貰いに部活動中の生徒が来るぐらいで、誰かが休んでいたり診てもらったりはしていなかった。
転んで打った膝に貼る湿布をとりにきた男子バスケ部員に目的の物を渡し見送ると、本日の放課後当番である保健委員の北条瑠奈は、暇そうに欠伸をして持ち込んだ小説のページをめくる。保健室にいるはずの養護教諭は、今は職員会議だかなんだかで抜けており、戻ってくるまで瑠奈が留守番中だった。とは言っても先ほどのように来るのは絆創膏や湿布、ごく稀に胃腸薬や吐き気止めといった薬類を貰いに来る生徒だけだ。それらでカバーできない怪我や症状だったとしても、怪我の手当ては心得があるし、めまいや腹痛も養護教諭が戻るまで寝かせて待つぐらいなら瑠奈でもできる。なので何も心配はいらなかった。……バカの処置以外なら。
「イヤッホーゥ、ルナさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!ダーリンのお出ましだゾ♡」
ガラリと勢いよく保健室の扉が開けられ、聞き覚えのあるクソデカ大声と共に見覚えのあるクソ赤毛がちらりと視界に入るや否や、瑠奈は読んでいた小説を素早く閉じて教員机に置くと、今まさに保健室へ踏み込もうとする赤毛にぐんと詰め寄り、思いっきり腕を引いてから鋭い目潰しを繰り出した。
「ギニャーーーーーー!!!!」
食らった勢いで廊下にひっくり返り、目を押さえながらゴロゴロとのたうち回る赤毛に、瑠奈は一切声をかけることなくそのままピシャリと保健室の引き戸を閉めた。
「……ふう、恋愛の心得その1」
痛みがひいたのか、赤毛はゆっくり起き上がると後ろでその様子を見ていた樹、小蘭、加藤の三人にものすごいキメ顔でサムズアップポーズを取った。
「フられても諦めるな☆」
「涙ダラッダラじゃないすか暁先輩。めちゃくちゃ痛かったんすね今の」
「うん、めちゃくちゃ痛い……」
再び目を押さえて自分の目が本当にそこに存在しているのか確認を始めながら、暁は言葉を続ける。
「というか別にオレフられてないよな、よく考えたら。これも照れ隠しという一種の愛情表現でスキンシップなわけだし、オレがルナさんに嫌われるわけないじゃんね、バカヤロ☆」
どう見ても脈なしな態度をウルトラポジティブな解釈で都合よく受け取る暁に、加藤は「流石です!」と、キラキラした顔で同意している。対して、無理やり付き合わされている樹と小蘭は呆れを通り越した白け顔で気持ち遠巻きに二人を見ていた。
目を擦り眼球の存在と無事を暁は確認すると、バッと保健室の引き戸に向かい直して再びガラリと勢いよく開ける。今度は迎撃が来なかったので、遠慮なくズカズカと保健室に入り、瑠奈が座る椅子の前に置かれた丸椅子、要は患者用の席にドカリと座りニコニコと笑顔を瑠奈に向けた。
「もう!ルナさんてば照れ屋なんだから♡」
「5秒以内に帰れ」
暁のアタックを、再度読書に戻っていた瑠奈は本から顔を上げることなくバッサリ切り捨てた。しかし暁はこれくらいでは怯まない。
「それは無理だゼ、ルナさん。オレ患者だから」
「チッ!!」
瑠奈はそれはそれはわかりやすく、かつ盛大で大胆な強い舌打ちをして嫌そうに顔を上げると、養護教諭用の机に置かれていた消毒液と消毒用のガーゼを手に取りながら暁に尋ねた。
「で、どこ怪我したのよ」
「ルナさんへの恋という心の怪我サ☆」
「消毒入りまーす」
見てるとイライラしてくるキザったらしいポーズを取り、キメ顔で戯言をほざく赤毛の腹に、瑠奈はノータイムで掴んだ消毒液のボトルごと拳を叩き込んだ。へぷん!とキメ顔のまま赤毛が吐血する。
「5秒以内に帰れ」
「ル、ルナさん、待って、オレ、今、リアルで怪我した」
「あんた達、早くこいつ連れ帰って」
未だにキメ顔を崩さず吐血しながら、プルプルと腹を押さえて蹲る暁を指差し、瑠奈が保健室の外から様子を伺っていた樹達に対してそう言い放つと、樹と小蘭はすぐさま保健室に入り、満身創痍の暁の右腕を樹が掴み上げて肩を貸し、暁の背中を小蘭が押して無理やり退場させた。三人が廊下に出ると、ノータイムで背後の引き戸がピシャリと閉められた。
「れ、恋愛の心得その2……」
まだ腹を押さえて痛みに耐える暁が、途切れ途切れに呟いた。
「痛みは……愛情の裏返し……☆」
「流石です先輩!!!!!」
「どこが!!!!」
強烈なバイオレンスの現場を目撃したにもかかわらず、口から血をダラダラ流した死にかけの暁へ、これまたキラキラと尊敬の眼差しを送る加藤に、肩を貸したままの樹はたまらずツッコんでしまった。
*
中庭、中央棟と中等部校舎の境目辺り。
この学園の昇降口は中庭に面していた。生徒は毎朝中庭を通って昇降口に入り、帰りも昇降口から中庭へ出て正門へ向かう。そんな昇降口のすぐ隣に件の保健室はあり、窓も中庭側についていた。
一行(というより暁と加藤)は昇降口から中庭に出ると、すぐに中等部校舎方面へと曲がって保健室の窓を覗く。変わらず瑠奈は椅子に座って読書中だった。
「暁先輩、世の中にはやっていいことと悪いことがあんのわかってるっすよね」
「それは流石に腹パンじゃ済まないヨ」
こちらも変わらず呆れ顔で、昇降口から出てすぐの場所で立ち止まり二人を見ている樹と小蘭は、今から暁がしようとしていることを予測して先手で釘を刺す。だが暁は全く意に介さずヘラヘラと笑った。
「いやいやいや、恋をするならこれぐらいしないと駄目だゼー?
恋愛の心得その3、常に積極的であれ。
人は皆愛を追いかけるストーカーなんだからこんなの基本中の基本よ」
「先輩流石です!!俺と同じこと言ってる!!」
「何ッ!?もうこの境地に達しているとは……君なかなか見込みあるゼ!!」
どう見ても反面教師にしてもらうどころか完全に同調し始めた様子の加藤に、樹と小蘭は激しく赤毛に会わせたことを後悔した。だがもう時すでに遅しだ。
「というわけで正面からが駄目なら背後からアタックだ!唸れオレのあすなろホールド!!!」
バカ赤毛は高らかに叫ぶと、瑠奈の後ろに位置する窓に手をかけ開けた。開けたかった。
この窓が開いていたならまだしも、閉まっていたのが運の尽き。当たり前だが、閉められた窓にはガッチリ内側から鍵がかけられており、外側からはどんなに力を込めても開けられるわけがなかった。
「えっ、ルナさん鍵かけるとか本当に照れ屋さん♡っていうかマジこの窓開かねえ、いや開けられるオレなら鍵かかってても」
鍵がかかっているとわかった上で、なお開けられるとのたまうクソ赤毛が窓をガタガタさせている様は、遠くから見ればなかなか滑稽だった。しかしそれもすぐに終わりが来る。暁の襲来に気づいた、というか気づいて当たり前なのだが、とにかく中にいた瑠奈が本を置き椅子から立ち上がると、窓の鍵を外してガラリと勢いよく開けた。そのおかげで、窓の枠を掴んでいた暁の右手は、急なスライドに対応できず窓ガラスと窓ガラスの隙間に引き込まれ挟まれる。
「イッッッッッ……!!」
突然の激痛にもはや言葉すら出ず、暁は右手を急いで引き戻し救出すると、膝から崩れ落ちるように蹲り、左手で右手を押さえ込んで痛みに耐える。
「……!!……!、…!!!!」
声にならない悲鳴を上げる暁を、窓から少し身を乗り出した瑠奈が冷たい眼差しで見下した。
「さっきからうるさいのよクソ赤毛。読書の邪魔よ。そんなに暇なら内人の方に行ってちょうだい」
「そ、その前にルナさん、右手、右手の治療して……ッ」
「自分でしなさい」
瑠奈はそう吐き捨てるとピシャリと窓を閉めてまた鍵をかけた。
「も、もうルナさんてば……本当に照れ屋☆」
脂汗をドバドバかきながら弱々しい笑顔できらめきを忘れずに呟く暁に、加藤はキラキラした目で称賛の声を送った。
「流石です先輩!痛みは愛情の裏返し、愛されてますね!!」
「だからどこが!!!!」
またしても樹はたまらずツッコんだ。
*
緑原学園図書館。食堂の二階にある図書館は、そこそこ広めのスペースを有し、様々な書籍を所有していた。小説はもちろん、絵本や漫画、歴史資料集や様々な解説書や紹介書、図鑑、辞典、偉人本、画集、科学読本、料理のレシピ本、工作本、楽器のハウトゥー本、果てはこんなの誰が読むんだと言わんばかりのどこの国の言葉なのかすらわからない文字で書かれた黒表紙の魔術書のような何か。
そんな多種多様な本に囲まれた場所に、加藤の想い人はいた。白いリボンをカチューシャのように頭につけ、てっぺんで結んだ端をウサギの耳のように立てている黒髪ショートボブの生徒。今朝から変わらず、まだコスモのままのようだ。
「ふーん、カトーちゃんの好きな子ってあの子なんだ」
本棚の前で本を一冊手に取りパラパラとめくるコスモを二列ほど離れた本棚の陰から暁と加藤は伺っていた。
「よし、ここからは実践だ!さっきの教えを踏まえて積極的にアタックしてみろ!そうしたらわかってもらえるはずだ!」
「はい、先輩!」
「その前にオレ達の気持ちをわかろうとする努力はしないの」
勝手に意気込むアホ共の背後で、うってかわって疲れ果てた顔をする樹と小蘭が恨めしそうに二人に訴えかけた。
瑠奈の制裁を見届けた後、加藤が今の教えを元にコスモの機嫌を治しに行くというので、これ以上変なことに巻き込まれる前にと帰ろうとした樹と小蘭だったのだが、あのアホ二人はまたしても返してくれなかった。同じように肩をガッと掴んで樹と小蘭の動きを封じ、ずるずるとここまで引きずってきたのである。もう帰りたいんだが。帰してくれ。
そんな被害者二人の心情など露知らずの加害者二人は、標的のコスモの動向を伺いつつ突撃のタイミングを探る。本に目を落としている間は、こちらが話しかけても気づかれにくいどころか、都合よく無視されてしまう可能性もなくはない。本から目を離し、別の本と交換する、もしくは移動を始めるタイミングがベストだ。それであれば気付かれやすいし、無視もされにくいはず。そう考えた暁は加藤に待ったを掛けながら、そのタイミングを慎重に見極める。と、コスモがパタンと本を閉じて本棚に戻した。
「よし!行ってこい!」
それを見逃さず暁がコスモの方へ加藤の背中を力強く押し出すと、加藤はその勢いを利用して、別の本棚へ移動を始めようと通路側を向いたコスモの目の前へ飛び出した。急に視界に加藤が現れ、コスモはびっくりして踏み出そうとした足を止めた。
「やあコスモ!放課後も可愛いな!」
にっこりと笑顔で語りかける加藤をコスモは顔をしかめながら無視すると、彼の横を通り抜けようとした。しかし、横に出ようとした瞬間、ガッと加藤に腕でガードされた。
「どこに行くんだコスモ!まだ俺の話は終わってないぞ!」
「あんたは終わってなくても私は終わってるのよ」
ニコニコと強制的に話を続けようとする加藤をコスモはギロリと睨みながらそう言うと、通せん坊をする加藤の腕を無理やり引き剥がそうと力を込める。だが悲しいかな、昴の体は元々女子並みの力しかないようで、コスモがいかに力を込めようとも加藤の腕はびくともしなかった。
「もう何なのよ!しつこいわよあんた!」
腕と格闘しゼハーゼハーと息切れを起こし始めたコスモがイライラしたように声を荒げると、加藤がポソリと呟いた。
「恋愛の心得その1、フられても諦めるな」
「あ゛?」
突然妙なことを言い出す加藤に、コスモはとても女子とは思えない(そもそも女子ではない)顔で威嚇を始めたが、当の加藤はそれをものともせず、空いた腕でコスモの手を掴むとキラキラした顔をコスモに向ける。
「コスモ、俺は君に何度怒られようと絶対に諦めない。だってコスモは本当に可愛い!お姫様みたいだ!そんな君を好きになってなにが悪い!コスモも昴も俺が幸せにするぞ!」
「はああ?普通に無理なんですけど!!」
大胆な告白に、コスモはドン引いた顔で今度は掴む手を剥がそうと力を込める。しかし予想通り加藤の手はびくともしないどころか、どんどん握る力が強くなる。
「コスモ!結婚してくれ!」
「はああ!?もっと無理!!っていうか手が痛いんだけど!離してよ!」
「離すもんか!恋愛の心得その3、常に積極的であれ!」
「それさっきから何なのよ!!誰か!!男の人来てー!!」
完全にヤバい修羅場になりつつある加藤とコスモのやりとりを、暁が変わらず本棚の陰から見守りながら「いいぞ!頑張れ!」とエールを送る一方、樹と小蘭はいつコスモを助けに行くか考えていた。そろそろ加藤を止めないと、大変なことになるかもしれない。
もう行こう、と樹と小蘭が顔を見合わせてから、加藤とコスモの元へ駆けつけようと本棚の後ろから出たその時、大きめの咳払いが聞こえた。樹達だけでなく、加藤とコスモ、暁も動きや騒ぐのをやめて、咳払いがした方向を見やると、図書館の隅の貸し出しカウンターに座る司書教諭が、にこり、と優しさが抜かれた笑顔でこちらを見ていた。全員の注目を浴びながら、司書はゆっくりと口元に人差し指を立てた。
「図書館ではお静かに」
*
裏庭、体育館横の武道場近く。
緑原の武道場は二階建てで、一階が剣道場と、奥に伸びるように的と射場が設けられた弓道場。二階は剣道場と同じ広さの柔道場になっていた。今日はそのどれもが使用中で、剣道部、弓道部、柔道部全てが活動中だった。
図書館からほとんど追い出されるように出てきたコスモと加藤、その他愉快な仲間達だったが、外に出た瞬間、コスモは今がチャンスと言わんばかりに猛ダッシュで加藤から離れ、武道場へと逃げていった。おそらく剣道場で部活動中の兄と姉に助けを求めに行ったのだろう。それを察した樹と小蘭は、加藤の肩を片方ずつポンと叩いて首を振る。
「もう今日はなに言っても無理だな。明日頑張れ」
と樹。
「そうダネ、セコムに出動されタラ無事じゃ済まないヨ。今日は諦めて明日謝るのがイイと思うヨ」
と小蘭。
だが加藤にはそんな二人の忠告を聞き入れる気はなかったようだ。肩に置かれた手を軽く振り払うと、ぐっと拳を握りしめ決意に満ちた顔を見せた。
「いやいや!これはコスモが課した試練なんです。私を捕まえたいなら兄と姉を倒してみろという、そういうあれですよ!だから俺は行きます!愛のために!」
「カトーちゃんすんばらしーっ!!それでこそ我が弟子!!」
頓珍漢な決意表明に、いっそ清々しいくらいアホな合いの手を入れるクソ赤毛。彼は再び図書館の時のように、加藤の背中を力強く押して、行ってこーい!と武道場へ送り出そうとしたので、慌てて樹と小蘭が止めた。
「暁先輩バカなんすか!!あんた撫子さんにしょっちゅう竹刀でしばかれてんだから、あの痛みがどんだけヤバいか知ってるでしょ!?加藤くんまだ中一だぞ!?後輩を殺す気か!?」
樹がそう叫ぶ通り、この西園寺暁というバカは頻繁に撫子を怒らせ竹刀で殴られていた。廊下を走ったり、廊下で死んでいたり、自習を真面目に受けなかったり、体育で撫子が説明をしている時に隣の留学生を爆笑させて妨害したり、風紀を乱しまくっては撫子にしばかれる、そういうバカだった。ただ解せないのはこんなにもバカなのに、アメリカと日本のハーフのためか、何故かドイツ語も含めたトライリンガルで、従弟の西園寺内人に負けず劣らず頭も良く、成績はしっかり良いところだ。こんなにもバカなのに(二回目)。
そんな竹刀しばかれ常習犯の暁が、やられた時の痛みを知らないはずがない。なのにそれが飛んでくる危険性がある場所に、まだ学園に来たばかりの後輩を送り出すなんて、酷いしごきみたいなもんだ。しかし暁はケロリと涼しい顔で樹に返す。
「いや、ルナさんのアイアンクローよりは全然マシだから、カトーちゃんも大丈夫でしょ」
「先輩の物差しで測るんじゃネーヨ」
これには小蘭も思わずマジレス。
そんなアホなやりとりをしている隙に、加藤は止めに入った樹と小蘭の傍をするりと抜けるとそのまま武道場へダッシュした。
「あっ、コラ!やめろ!」
樹と小蘭は再び大慌てで追いかける。しかし加藤の方が運動能力があるようで、二人は追いつけなかった。というより、加藤は人間ではありえない速さで剣道場へ走っていった。どこからあのスピードが出てるんだ。
「はははは!無理ですよ!先輩方でもこの愛の衝動は止められない!」
意味不明な言葉を口にしながら、加藤はあっという間に武道場へたどり着くと入り口をガラッと開ける。
入り口のすぐ横の階段は無視して、そのまま正面の剣道場の襖に手をかける。そのタイミングで樹達も武道場へ着いた。
「コスモーッ!まだ話は終わってない!だから迎えにきたぞー!」
そう大声をあげながら加藤は襖を思いっきり開けた。
それと同時に加藤の右頬を何かが掠め、ピッと鎌鼬に遭ったかのように切れた。
「……昴?」
急な出来事に呆然と立ち尽くす加藤が辛うじて絞り出した単語は、コスモの本来の人格の少年の名前。いつの間に頭の白いリボンをほどき、制服の上から左腕に結んだ黒髪のショートボブの少年は、今まで彼がしたことのないような凛とした表情を浮かべて加藤に竹刀を向けていた。
「ああ、今は昴になったのか!どうしたんだいきなり、その表情、か……」
「チェストォォォォ!!」
少し反応を取り戻した加藤がそう言い終わらないうちに、昴が竹刀を加藤に振りはじめた。
「うわあ!?」
寸でのところで加藤が一撃を交わすと、標的を無くした竹刀は地面に叩きつけられ、ドゴォ!と竹刀らしからぬ音を立てる。昴は素早く竹刀を再び振り上げると、ブンブンと加藤へ攻撃を続ける。
「ちょ、すば、昴!待って!落ち着いて!」
後ろに下がりながら攻撃を避ける加藤の言葉に耳を貸す様子もなく、昴は竹刀を振り続け加藤を追い詰めていく。そうしてジリジリと二人は武道場から外へ移動していった。
「昴!俺!俺だよ!ねえ話を聞いて!」
加藤の必死の呼びかけも全く応じることなく、昴は加藤が避ける先を読むかのように竹刀を突く。それも何とか加藤はギリギリでかわすが、さっきから真空波でも発生しているのか、かすっただけで切り傷が生じていく。昴の猛攻に疲れてきたのか、加藤がぐらりとよろけた。それを昴は見逃さず、素早く竹刀で加藤の胴に打ち抜いた。
「ドーーーーッ!!」
スパァン!と鋭い音。キツイ一閃が入った加藤は、そのままドサリと地面に沈んだ。
「うわあ……あの子完全にナデシコちゃんの家系だね」
今の戦いを樹達と同じように武道場の入り口から動けないまま見ていた暁が、引きつった顔で感想を漏らした。と、今まで凛とした表情だった昴が、ゆっくりいつものおどおどした表情に戻っていくと、地面に倒れた加藤を見て驚き竹刀を放り投げる。
「うわー!ごごごごめん!今の加藤くんだったの!?僕てっきりコスモの慌てっぷりから不審者かと……!本当にごめんね、しっかりしてー!」
先ほどとは打って変わって、あわあわと加藤の体を泣きそうになりながら揺する昴の声に、ようやく剣道場からなんだ何だとセコムが出てきた。
「どうしたんだ昴。む?そこに寝ているのはストーカークソ野郎か」
「あー、やっぱり撫子さんもそういう認識なんすね」
ギャンギャン喚く昴の横に転がるストーカークソ野郎の死体を一瞥する撫子に、樹はジト目でツッコんだ。
「まあ、散々彼がしつこくて嫌だ、と昴からもコスモからも愚痴を聞かされていたからな。しかし、この様子を見るに彼をやったのは昴か?」
撫子の質問に樹と小蘭は揃えて首を縦に振ってから、こうなった経緯を簡潔に説明した。撫子は最後まで聞き終わると、真っ直ぐ暁に向かって行き襟首を掴んで引き寄せ睨みつける。
「さーいーおーんーじーィィィ!!貴様という奴は!!何故こう毎度毎度騒ぎを起こすんだ!!今日と言う今日は許さん!!」
「落ち着けってナデシコちゃーん。アキくんはアドバイスしてあげた、だ・け!だからオレのせいじゃないよん」
すごむ撫子に臆することなくヘラヘラと軽く返す暁は、普段から怒られ慣れてるんだろうなあと思わずにはいられない態度だった。そして撫子もまた、ああやって毎回キレさせられてるんだろうなあと感じざるを得ない様子で、こめかみに青筋を立てていく。
「貴様が余計なことを吹き込まなければ悪化しなかった話だろうが!!貴様なんか、こうだ!!」
撫子はそう怒鳴ると、掴み上げていた暁の襟首をパッと離して地面に投げ捨て、その勢いでうつ伏せに倒れた暁の上にドカリと座ると、暁の両足を脇で挟み、そのままグイと腰まで浮かして反り上がらせる。逆エビ固めの刑である。
「アギャアアアアーーーーーッ!!アキくんは確かに赤いけどエビじゃねえからーーーーーッ!!」
悲鳴をあげて刑に苦しむ赤毛は撫子に任せ、撫子と共に剣道着のまま外に出てきた鵺一も樹達に近づくと軽く説教をする。
「そもそもお前らが暁先輩に彼を会わせなければ、コスモが騒ぐこともなかったんだぞ」
「ワタシもそれ訴えたヨ。でも樹が反面教師になるだろうッテ言うカラ」
「ごめん、これは本当にマジでごめん」
返す言葉もなく、樹は鵺一に頭を下げる。自分は止めたから、と何故か他人事で素知らぬ顔をする小蘭も頭を無理やり掴んで強制的に下げさせる。確かに小蘭は反対していたが、結局最後まで付き合ったのだから共犯だ。
「それより昴くん、普通に強いジャン!剣道は出来ないッテ言ってたヨネ?」
樹の手を力任せに跳ね除けながら、小蘭は鵺一に尋ねる。確かに、前に聞いた話では昴は優しいから剣道が出来ないとのことだったはずだ。しかし、今さっきの昴はどう見ても剣道ができる風だった。一見めちゃくちゃに見えた竹刀捌きも、思い返せば剣道の基本の型のようにも見えた。
「ああ、実は昴が、少し前から俺と姉さんに稽古をつけてほしいと言い出してな。それから祖父の剣道場で稽古をつけてやってたんだ」
鵺一は樹達から、まだ起きない加藤を揺さぶる昴にふっと視線を移すと、優しく笑む。
「なんでも、男らしく変わりたいんだそうだ」
そんな鵺一に釣られて樹と小蘭も昴に視線を向けると、なるほどねえ、とうなずいた。
「あれ、でも鵺一のお祖父さんの道場ってことは、昴くんは別に剣道部じゃないってこと?じゃあなんで竹刀なんか持ってたんだ?」
はた、と疑問が浮かんだ樹は、それをそのまま鵺一に投げる。鵺一はああ、と頷くとさらりと答えを語ってくれた。
「さっき急に昴が来てな。『コスモが不審者に追いかけられてるから撃退する!』って言いだして。日頃の稽古で自信がついたんだろう、自分でやるって言い出したんだ。だから今日も来なかったクソやる気無し男の新見先輩の竹刀を貸してやったんだ」
「お前先輩のことそんな風に呼んでんの?」
鵺一の先輩の扱いはともかく、さっきの昴は自分で決断してあの行動を決めたようだ。昴の変わりたいと言う気持ちは少しずつ形になっているのだろう。先ほどの凛とした顔つきも、彼が尊敬する姉と兄にそっくりだった。彼がこのまま進んでいけば、姉や兄と同じような強い人間になれる可能性を秘めた顔つきだった。
「なんだかんだあったが、昴の成長が見れたということで、彼には感謝しないとな。……名前なんだっけ?」
「加藤クンダヨ」
鵺一は再び優しく笑むと、まだ起きない加藤に感謝の念を送った。
その横では、撫子の手により暁の腰が粉々に砕けていた。
*
翌日、中等部校舎四階、第三放送室。
「というわけで俺、昴になら抱かれてもいいと思うんですけど、どうしたら振り向いてもらえますか」
「お前はいい加減諦めろ!!」
おたすけ屋のソファに座り、真剣な顔で相談する加藤に、昨日の話を一通り見ていた樹はキレ気味に机を叩いて返した。
「いやだって先輩も見てたでしょ、あの昴のカッコいい太刀捌き!あんなん誰だって抱かれたいって思うでしょ!」
「だから極端なんだよお前はァ!」
昨日の自分に熱い掌返しをして昴がいかにカッコいいか語る加藤に、樹は飽き飽きしたようにため息をつく。そして、ちらりと自分の横に視線をやってから、更に深いため息をついた。
「まあ惚気んのはいいけどさあ……今日は鵺一いるぞ」
樹の横には、目から光を消した鵺一が加藤を見下すように立っていた。加藤が惚気始めてからずっと無言でこんな調子だ。
「大丈夫です!俺、お義兄さんとも仲良くしますし、兄弟仲の邪魔はしませんから!」
「漢字!!!」
鵺一の代わりに樹がツッコむも、加藤の暴走は止まらない。
「でも本当に心得の通りでしたね、恋愛の心得その2、痛みは愛情の裏返し。昴に討たれてめちゃくちゃ痛かったですけど、でもあの痛みも実は照れ隠しだって考えると可愛いじゃないですかいや可愛いけど昴はかっこいいんですよなんですかあの顔イケメンすぎでしょ誰だって落ちるわただ一つ問題があってコスモは俺が娶るけど昴には娶られたいんですよつまり俺は婿になるか嫁になるかどうすればいいんですか三人で幸せになりたいんですよそうだまたあの先輩に相談させてください俺の恋愛の師匠を呼んでください」
そう一気に捲し立てた加藤の最後の一文がどこからか聞こえていたのか、言い終わるや否やすぐにスパァンと放送室の引き戸が開かれ、扉の桟に寄りかかるようにして現れる赤毛の制服をダボっと着崩した男子生徒。
「ヘイ!アキくんを呼んだかーい!?うはは!」
「5秒以内に帰って!!!」
樹の悲鳴のような叫びが中等部校舎四階に響き渡った。
*
中央棟、屋上。
小蘭は中庭を見下ろしながら、一人佇んでいた。
今日は真っ直ぐおたすけ屋に行く気分ではなかったため、寄り道に来ていた。
「フラれても諦めるナ……」
ポソリと呟きながら思い出すのは、少し前のオカルト騒動のこと。暦に鼻の下を伸ばしたアイツに腹が立って逃げた屋上で、同じように黄昏ていたら華音に同情されたんだっけ。
「痛みは愛情の裏返シ……」
どうしても素直になれなくてすぐに手が出てしまう。本当はもっと素直で正直になりたいのに。何故かアイツにだけは正面から伝えることができない。昨日だってつい首を掴み上げてしまった。そういうところが可愛くないのは、自分だってわかってる。
「常に積極的であレ……」
暁センパイぐらい毎回ストレートに気持ちを伝えられたら、わかってもらえるんだろうか。今までは少しでも気付いてくれるのを期待しているだけで自分からあまり動いたことはないなと思う。もし、積極的にアタックをかけたら、アイツは……。
「あのバカの言うことを鵜呑みにしちゃダメよ」
不意に隣から声がかかる。驚いて顔を上げると、瑠奈が同じように中庭を見下ろしながら立っていた。
「あのクソ赤毛の真似なんかしたら、間違いなくフラれて終わるわよ。まあ言ってることは一理あるけどね」
まるで小蘭の思考を見透かすように忠告をすると、瑠奈はフラッと屋上の出口へ向かっていった。そして途中でピタリと足を止めると、くるりと小蘭に振り向き、人差し指を口元に当てると薄く微笑んだ。
「恋愛の心得その4、自分に正直であれ」
その笑みは、少し悪戯っぽい笑みだった。
後書き
「クソ赤毛」
「ん?あっれー、ルナさん?どしたの?オレが恋しくなっちゃった!?!?」
「黙って右手を出しなさい」
「エッ何なにナニ!?なんかくれんの!?でもごめん、今アキくんの右手窓に挟まれて超ブサイクだから左手で……ってちょ、ルナさん!やめ、無理やり右手をつかまないで!」
「…………」
「ルナさん?無言で急に治療をされると流石にアキくんも戸惑うよ?」
「うるさいわよバカ暁」
「があああ!!消毒液がッ!!染みるッ!!」




