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第1話 おたすけ屋登場!

 

挿絵(By みてみん)


 *


 私立緑原学園。

 中高一貫校であるこの学校は、比較的自由な校風と、勉学、スポーツ、文芸など全てにおいて、出来るだけ生徒が各々自由に伸ばせるような環境を作り、サポートをする。という方針のもと、生徒の指導に当たっている。

 推薦等で入る生徒もいるが、殆どの生徒が受験でこの学園にやってくるようだ。

 僕は去年までは別の県の学校に通っていたのだけれど、お父さんの転勤とお母さんの海外出張の都合で、東京に住む祖父母の家に預けられることになった。その為、転校先を探していたところ、どうせなら私立を受けろと祖父母からの猛プッシュがあって、この緑原学園にお世話になるってわけだ。

 ちなみに、志望率、偏差値が共に高い私立校だったらしく、かなり難しい試験を受けさせられた。なんとか受かったけれども。


 そんなこんなで、明日が僕の緑原学園初登校になります。じゃあいったい、その前日に何をしているのかと言うと……。

 ズバリ、校内探検です!

 厳密には祖父同伴のもと、各種手続きの最終確認と明日に向けての軽い説明を受けたあと、もう放課後だから好きに見学して行っていいよ、との言葉に甘えて僕だけ残り、探検をさせてもらっている。

 先程中庭から見上げた大きな校舎は、一般的な学校のものと見た目はそれほど違いはなかったものの、大きさに嘘はないようでとにかく広く、しばらくは地図のお世話にならないと駄目そうなレベルだった。

 まあ、中等部と高等部で校舎が分かれている構造のようだから仕方のないことなんだけれど。

 あと、謎の初代学園長の金ピカの像……。これが胸像とか、上野公園の某有名武士の像のような自然な立ち姿だったのならよかったんだけど、なんでマッスルポーズなんだろう……?


 色々おかしなものはちらほらあったものの、僕は中等部四階まで登ってみる。最上階のここを見て回ったら、迷子にならないよう特別教室棟も見に行こう。そんなことを考えながら、階段を上がる。

 校内地図によれば中等部四階には普通教室はなく、中等部用のパソコン室や音楽室、自習室として解放された空き教室と、主に中等部の生徒で使うのであろう第二放送室があるだけのようだ。

 特殊な教室は多いものの、自習室は後でお世話になるかもしれないし見ておこう。と、階段をてっぺんまで登りきり、廊下を曲がる。


「ん?あれ……?」


 直後、僕は違和感を感じた。


「第三放送室?」


 おかしいな、地図にはそんなのなかったけど……。間違い?怪奇現象……?

 思わずその謎の教室の前で僕は立ち止まり、手元の地図と教室名のプレートを交互に見比べる。しかし何回見比べても、階段脇のこの教室の名前は地図上では「自習室」で、実際にプレートに書かれているのは「第三放送室」だっ——


「そんなところで何してんだ?」


 誰かに急に声をかけられ、僕はびくぅ!と肩を跳ねらせながら、おそるおそる振り返る。


挿絵(By みてみん)


 振り返ると、そこにいたのはこの学校の男子生徒のようだった。

 長い黒髪を後ろで一つに結び、額には何故か包帯を巻いていた。来ている服が制服ではなく袴で、何かの道着のようにも見える。剣道部か弓道部があるようだ。

 額の包帯が怪我によるものだとすれば、剣道部の方だろうか。


「邪魔なんだけど」


 男子生徒は頭をかきながらそう言い、要するに僕に退いてくれと訴えかけてきた。


「あっ、すみませ……」


 僕は謝るとすぐさま横に退け、教室の引き戸の前を開ける。男子生徒はそのまま、当たり前のようにその教室へ入る——


「って、ちょっと待ってください!!!」


 男子生徒が引き戸に手をかけるまさにその寸前、思わず大声で引き止めてしまった。だって興味があったからだ。この男子生徒が、この「第三放送室」に入ろうとしていることに。


「あの、もしかしてこの教室に用があるんですか!?」


「当たり前だろ?じゃなきゃこんな所普通来ねぇよ」


 とても当たり前な回答を貰った。理由が聞きたかったんだけど、初めて会う人間相手じゃあ、そう軽く教えてはくれないか。

 でも用があると言うことは、教室のプレートが間違っているだけで本当は地図通り自習室なのだろう。彼は同じ部活仲間を呼びに来たとか、そんなところなんだろう。


「あはは、で、ですよねー」


 僕は一人で納得すると、軽く会釈をしてこの場を去ろうとした。が、


「おい、お前」


 今度は男子生徒が僕に声をかけて引き止める。


「入ってみるか?」


 ……え?

 どうしよう、まさかの展開だ。部活や自習などが行われている関係上、教室の中に入るのはなるべく避けるつもりで見学をしていたわけだけれども、え?いいの?入っていいの?自習の邪魔にならないかな?

 とは言え、本当に自習室なのか、そうじゃないのかはとても気になる。僕の見解としては、今は自習室として使われている旧放送室なんだとは思うが……。


「……お願いします」


 僕は興味に負けて、入れてもらうことにした。


「わかった。じゃあ入るから後に続けよ」


 と男子生徒が再び引き戸に手をかける。なんか緊張してきたぞ。

 いったい、この教室には何があるのか……!

 ガラッと男子生徒が引き戸を開けた。



 パイ皿が男子生徒の顔面にぶち当たった。



「ええええええええええええええええ!?!?!?」


 大声をあげたのは僕だ。


「だっ、大丈夫ですかあああああ!?!?」


「不覚……」


 男子生徒はそう言いながらも僕のように取り乱すことなく、顔面に張り付いたままのパイ皿を外す。


「これで肌もスベスベに……」


「なりませんよ!?」


 そう僕が思わず突っ込んでしまった直後、


「アッハハハハハ!ザマァないネ!剣道部のクセにダッッッッッサァァァァァァイ!!」


 高笑いと共に、パイ皿を片手に構えた女子生徒が、顔面がパイクリームででろでろになった男子生徒を嘲笑う。


 _人人人人人人人人人人人人_

 >ここは自習室ですよね!?<

  ̄Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y Y ̄


 なんでパイ投げてるの!?どこから用意したの!?

 投げた方はなんで当たり前のようにパイ持ってるの!?食らった方もなんで平然としてるの!?

 あと、よく見たら後ろにもう一人いない!?いるよね!?思いっきり机で何か書き物してる生徒がいるよね!?自習してる人いるじゃん!?迷惑行為だよねそれ!?というかなんでこの人も動じないの——


「アレ、そいつ誰ヨ?」


 女子生徒が僕に気づいたのか、男子生徒にタオルを渡しながら尋ねた。


「ああ、なんか入りたそうにしてたから入れた」


 男子生徒が顔を拭きながら答えると、女子生徒が急に目の色を変えた。


「客!お客さんダヨ!店長!店長コラ!客!客だってば!」


 女子生徒がそう騒ぎながら、未だに教室の奥で書き物を続けるもう一人の男子生徒に駆け寄り、揺さぶる。

 と、急に書く手を止め、ダンっと机を強く叩いて立ち上がった。


「うるせえええええええ!!!お前のせいでどこまでイラストロジック解いたかわかんなくなっちまったじゃねえか!!!!」


 いやアンタも自習してなかったんかい!!


「ほら見ろ!!!お前のせいで!!!この猫ちゃんが崩壊したじゃねえか!!!もう可愛い猫には戻れない、悲しきキメラになっちまったんだぞ!!!全国の猫愛好家に謝れ!!!」


 自習詐欺をしていた茶髪の男子生徒は、解いていたパズル雑誌のページを女子生徒の顔面にぐいぐい押しつけ喚き散らす。


「はー!?知らないヨそんなの!それより客だっつってんだろ、直ちに喚くのをやめるがイイネ!」


「客だァ!?」


 女子生徒の言葉を信用していないのか、とてつもなく怪しむ顔をしながら改めて教室を見渡した男子生徒は僕を見つけると、すぐさまパズル雑誌を床に投げ捨て足で蹴飛ばしどこかにやる。

 その間わずか一秒。そして表情もパッと明らかに営業用の笑顔に切り替わる。


「はーいどーもどーも、座って座ってー」


「いや、あの……すいません、用事を思い出したので」


 僕は嫌な予感がしてならなかったので逃げようと試みる。が、ガッと両肩に重力がかかり動きを止められた。


「いいから座るヨロシ」


「逃がさんぞ」


「え、あ、ちょ、力強っ!?」


 こうして僕は逃げられずに力技で強制的に座らされ、ご丁寧に紅茶まで出された。

 はあ、面倒なことに巻き込まれちゃったな、と思いながら、改めてざっくりと教室を見渡してみる。

 あまり広い教室ではないけれど、やはり元放送室だったのだろう、放送用の機材がそのまま残っていた。

 といっても、マイクとミキサーが一体になっている大きめの機材のみだ。カメラは現放送室に片付けられたのだろう。

 その機材が入ってすぐに置いてあり、その奥には小洒落たガラス棚。先程、女子生徒がそこから紅茶と茶器を取り出していたので、要は備品棚なのだろう。棚の脇にはポットとレンジも置かれていた。か、家庭科室かな……?

 機材と棚の反対側の壁には、今の時代には似つかわしくないアナログテレビが台の上に置いてある。これも放送室時代の備品だろうか。テレビの前には色んな世代のテレビゲーム機と、なぜか座布団が置いてあった。テレビ台の横にも、予備用なのか貴賓用なのか座布団が大量に置いてあった。

 そして奥にスチール机が一つ、窓を背にして置かれており、その手前に小さなリビングテーブル、そして明らかに貴賓用のソファ。ちなみに僕が(強制的に)座っているのはこのソファだったりする。

 スチール机には「受付」と書かれたネームプレートと、そこそこ新世代のデスクトップパソコンが置かれており、どうやら誰かの作業机も兼ねているようだ。おそらく茶髪の彼なのだろうけど……。


 うん、自習室じゃなければ放送室でもないなこれ。


「で、何の用かな?転校生くん」


 茶髪の男子生徒が周りを恐る恐る見渡していた僕に改めて話しかけてきた。僕は思わずピシッと背筋を正し


 あれ?


「あの、僕、転校生だって言いましたっけ?」


「うん?言ってないよ。でも転校生だろ?お前」


 茶髪の男子生徒は、ニッコニコと自信たっぷりに言う。


「どうしてわかったんですか……」


「なあに、簡単な推理だよ少年」


 フフンと得意げに鼻を鳴らすと、彼は続けた。


「ここは特殊な場所でね。君のさっきの態度から察するに、ここへ間違って来たみたいだけど、この学園の生徒ならここがどう言う場所か全員知ってるんだ。良くも悪くも有難いことにな。

 だから、こんなところに()()()()来るような人間は、転校生か新入生のみ。ただ新入生は団体で学園案内の時間がある。だから一人でフラフラしていた君は転校生の方ってわけ。はい、証明終わり!」


 ……え?普通に凄くない?

 僕が推理に唖然としていると茶髪の男子生徒は再びにっこりと笑う。


「ま、こんな推理しなくても、お前見れば一発なんだけどな!把間慎太郎くん!」


「ああ、僕が見覚えのない人間だったからですkえええええええええええ名前までなんでどうして」


 名前はおかしい。確実に名前は自分から言っていない。なんでわかったんだ?なんで名前まで言い当てたんだ!?

 僕がわかりやすく動揺しているのを見つつ、茶髪の男子生徒はやれやれと首を横に振る。


「だから、お前見れば一発だって言ってんじゃん?」


 その言葉で僕はハッとする。そ、そうだ。確かに見たら一発だ。だって名札をつけているのだから……!


「すまん、こいつ情報オタクなんだ。気をつけろよ」


 長髪の男子生徒が、諭すように僕の肩をぽん、と叩いた。言いたいことはなんとなく伝わった。

 茶髪の男子生徒は、見るもの全てから情報を探すのが好きな人間なのだろう。付き合うのは大変そうだ。


「えー?客じゃ無かったノー?」


 ソファの後ろから女子生徒が不満そうに、僕の隣からぐでんと身を乗り出す。そういえば、彼女は先程から僕のことを客、客と言っているけど……。


「あの、客ってなんですか?ここは一体、何をする場所なんですか?」


 僕がそう尋ねると、急に三人は同時に立ち上がった。


挿絵(By みてみん)


 何が決まったのかはよくわからないけれど、決めポーズを取る彼らを見る僕の目は、死んでいたと思う。

 それはさておき、彼らの今の口上を聞く限り、ここは学園のなんでも屋というところらしい。はあ、なんでも屋ねえ……。


「それじゃ、今回の依頼はここの紹介って言うことで……まずオレから。オレは神原樹(かんばらいつき)。神に原に樹って書いて神原樹な!」


 跳ねた茶色の短髪で、猫のような茶色の目。ブレザーは暑いのか着ず、白シャツにネクタイを締めただけの制服の着方をした男子生徒、神原くんが自己紹介をする。


「まあ見ての通りリーダーと頭脳担当やってまぁす。で、お前の左隣の侍野郎が如月鵺一(きさらぎよいち)(ぬえ)に一で鵺一な!こいつは暴力担当でぇす」


「暴力担当じゃない、必殺仕事人および成敗担当だ」


 僕が最初に出会った黒い長髪の剣道部の生徒、如月くんが、神原くんの紹介に対して変な訂正を入れつつ僕に「よろしくな」と笑いかける。


「で、最後の右隣のやつが、自称『おたすけ屋の癒し担当』の李小蘭(リシャオラン)。小さい蘭で小蘭な」


「誰が自称ヨこのクソ樹!!」


 緑色と桜色が混ざったような綺麗な瞳。神原くんよりもさらに明るい茶、と言うよりオレンジに近い髪を、両脇で短く括りぴょこんとおさげを跳ねらせ、神原くんと同じようにブレザーは着ずに白シャツに女子用のリボンを締めた着方をした、件の如月くんにパイをぶち当てた女子生徒、李さんがそう紹介された途端に神原くんに掴みかかる。

 先程から彼女は訛りのある喋り方をしているなあと思ったのだけど、名前を聞いてその理由がはっきりした。


「李さんは中国の方なんですね」


「そうヨ〜。でもワタシの爷爷(イェイェ)、日本語で言うとお爺ちゃん、だっけ?その代から日本にいるカラ、ほぼ日本人みたいなもんダヨ」


 神原くんの胸ぐらを離し、李さんは笑顔で僕の質問に答える。


「ウェッホ、とまあ、他にもたまに手伝ってくれる奴らはいるが、主要メンバーはこんなもんだ」


 咳き込みながら神原くんは紹介を終えると、何か質問とかある?と僕に尋ねる。


「つまりは、人助けをする部活ってことですよね?ボランティア部だなんて、立派だなあ」


 僕は素直に感心してそう言っただけだったけど、僕のこの発言に如月くんが噛み付いた。


「はあ?部活だあ?そんなんじゃないぞ」


「は?」


 部活じゃない、だって?


「ついでに委員会でも、ボランティア活動ってやつでもねえよ。これは『商売』だ」


 神原くんが僕の考えを先回りして否定した。

 って、商売!?


「しょ、商売って、まさか助っ人を頼む度にお金を要求されるんですか!?そ、そんなの学校側は」


「あー、たまにお金包んでくるお嬢様お坊ちゃまはいるけど、断ってるな。金は要求しない。主にお菓子とか紅茶とか、使わなくなった機械とか……要は物品交換だな」


「だとしても!」


「大丈夫!こっちにはとあるつよぉ〜いコネがあるし、金銭のやり取りはお断りしてるし、先生達も実際利用してるから黙認状態なわけで大丈夫!」


 いやそれ大丈夫って言わないよね!?と言うか先生も存在を認識してるの!?

 とにかく疑問だらけだ。部活ではない、委員会でもないし、有志のボランティア活動でもない。彼らは『商売』だと言うのだ。


「ま、ご利用の際は転校生サービスってことでまけとくぜ」


 神原くんのセリフと共に三人がニヤリと笑う。その笑みは、カモを見つけた詐欺師のような笑みだったが、もう触れないでおこう。



 *



 しばらくおたすけ屋に拘束されたあと、僕は校舎から出て校門に向かう。

 なんだか疲れた……。明日からの登校が彼らのおかげで少し不安になったけれど、もう今日は帰って早く寝て、彼らの存在を忘れよう。

 と、突然校門までの道を阻まれた。

 ニタニタといやらしい笑みを浮かべて僕の目の前に立ち塞がったのは三人組。おたすけ屋の三人とは違い、明らかに不良ですと言わんばかりの風貌だった。

 顎髭をたくわえ、鼻に派手なピアスをつけたドレッドヘアーの男子生徒が、おもちゃを見つけて喜んでいるかのように顔を歪ませ笑いながら僕を見る。


「ナァ、お前新入生だろ?見ねぇ顔だもんな」


 顎髭の横で、同じようにクスクスと笑う男子生徒と女子生徒。ああ、もしかしてこれって、カツアゲってやつじゃなかろうか。


「ちょっとさぁ、恵んでくんなーい?ダイジョウブ、ちゃんと返すからさぁ。先輩への募金だと思って!」


 何も言い返さない僕に、顎髭はニタニタ笑いながら近づくと、胸ぐらを掴み僕を引き寄せる。


「いいからさっさと寄越しな。拒否権はねえし、抵抗したらどうなるかわかるよな?」


 僕はーー



 *



 中等部四階、第三放送室横の階段を、ドタドタと駆け上がる生徒がいた。生徒は廊下に出るとその勢いのまま進路を曲げ、乱暴に放送室の引き戸を開けた。


「大変ダヨ!!」


 血相を変え飛び込んできた小蘭に、座布団に座りテレビゲームに勤しんでいた樹と鵺一も思わず振り返る。

 画面では樹のキャラクターが、鵺一のキャラクターに一撃もダメージを与えることもないまま虚しくKOされていた。


「うん大変だよ、オレのリュウガが何も出来ないまま殺されちまったよ、一大事だよ」


「だから樹はワンパターンすぎるんだ、今のお前には俺のムサシは倒せん」


「誰も格ゲーの話なんかしてネーヨ」


 小蘭はそのまま流れるようにゲーム機に向かい電源を勢いよく切った。


「とにかく大変なんダヨ!」


「なんだよ小蘭、大変って事件でもあったのか?それともお前……ご飯が足りないとでも言う気か?」


「おそらくそうだろう。俺は10円賭ける」


「オレも5円賭ける」


 小蘭を全く気にかけることなくゲーム機の電源を入れ、格ゲーに戻る男子二人の背中に、小蘭は少し助走をつけてから飛び蹴りをかました。


「痛え!わかった!わかったって!で、何のおにぎりが食べたいんだ!?」


「おにぎりじゃねーヨ!!事件の方!」


 小蘭は再びゲーム機の電源を切り、今度は座布団も男子二人から没収する。樹と鵺一は渋々立ち上がり、樹は奥の机の椅子へ、鵺一はソファの脇に寄りかかりそれぞれの定位置へ着いた。真ん中のソファに、話を持ってきた小蘭が座る。


「昨日の夕方に、集団気絶事件が起きたらしくてネ、今みんながその噂してるんだケド……」


 小蘭の話はこうだった。

 昨日の夕方、主に特別教室が集まる校舎棟、通称『中央棟』の裏で、三人の高等部生徒が倒れていた。

 それを見つけたのは、たまたま裏手でスケッチの題材を探していた美術部の生徒だったのだが、彼女が言うには、スケッチ中に言い争う声が聞こえてきて、気になって様子を見に行くと三人が倒れていたとのことだった。更には、そこから走り去る誰かの背中も見たらしいのだ。


「ふーん、でもそれ、別にオレらに解決の依頼が来たわけじゃないんだろ?」


 事件の概要を聞き終わると、樹は興味なさそうに手元にあったメモ用のコピー用紙で紙飛行機を折り始める。


「でも、それが……」


 小蘭は言いにくそうにしながらも、一番重要な情報を伝えようと口を開きかけた瞬間、再びガラッと乱暴に放送室の引き戸が開けられた。

 現れたのは、昨日の転校生ーー把間慎太郎だった。


「おたすけ屋に依頼します……集団気絶事件の真相を暴いてください!」


「は?」


 樹が意味がわからないと言うかのように顔を歪ませ、小蘭は諦めたかのように首を振り、鵺一と共にソファから離れ、慎太郎を座らせる。

 昨日と同じような位置に各々が着くと、慎太郎は語り出した。


「集団気絶事件、もうみなさんはご存知ですか?」


「ちょうどその話をしてた。でも転校生のお前には無関係だろ?」


「……実は、僕が犯人なんじゃないかって疑われてるんです」


 樹は小蘭を見た。小蘭は小さく頷く。おそらく先程言いかけていた内容が、これだったのだろう。


「でも!僕はやってません!確かに怖くなって逃げちゃいましたけど……気絶の話は本当に何も知らなくて!」


「わ、わかった!わかったって!とりあえず詳しい話を聞かせてくれって!」


 自分の立場を早く取り戻したいのか、興奮気味に身を乗り出し訴える慎太郎を軽く諌めつつ、当時の状況を確認する。

 慎太郎は、おたすけ屋と別れた後から順を追って話してくれた。


 おたすけ屋から出た後、そのまま下まで降りて慎太郎は中等部校舎を出た。そこから帰るために校門に向かっていると、事件の被害者である高等部の生徒三人に絡まれ、中央棟の裏手に連れていかれ『カツアゲ』に遭った。

 しかし、当時慎太郎はあくまで手続きと見学目的で来ていたに過ぎず、金品は祖父に預けて手ぶらだった。家も徒歩圏内なため、定期の類いすら持っていなかった。それを慎太郎は正直に伝えたのだが三人は納得しなかったようだ。暴行も覚悟し耐えようと思った瞬間、後ろから誰かが三人を殴った。心配して声をかけてみたが反応がなく、怖くなってそのまま逃げ出したのだと言う。

 そして今朝、その騒動の目撃者の告発により事件が明るみに出てしまい、更には倒れた三人は口を揃えて慎太郎が犯人だと言いふらしているらしい。

 不幸中の幸いか、慎太郎が犯人だと言う噂はまだ教師達までは届いてはいないらしいが、一部生徒は既に慎太郎を避け出しているようだ。


「おいおい、今の話が本当なら冤罪もいいとこじゃんか!」


 樹は難しい顔をして、さっきまで折っていた紙飛行機をぐしゃりと握りつぶす。


「だめなんだよねオレ、そう言うの超許せねえ」


「全くだ。つまりその真犯人を始末すればいいんだな」


「鵺一くんストーップ、今度は君が犯人になってみんなから避けられることになるからやめようね」


 真顔で恐ろしい事をさらりと言う鵺一を樹が制す。


「……信じて、くれるんですか」


 慎太郎がポツリとこぼす。


「自分で言うのも何ですけど、犯人が別にいるだなんて言い訳がましいにも……!」


「でも、それが真実なんだろ」


 苦い顔をする慎太郎に、樹は答える。


「オレ達は確かに商売として活動しちゃいるが、だからって困っている人間を放っておいたりはしない」


 樹は小蘭、鵺一とそれぞれ顔を合わせ彼らの答えを改めて伺う。小蘭も鵺一も力強く頷き、それを確認すると不安そうな慎太郎を安心させるかのようにニッと笑いかけた。


「この依頼、引き受けよう」


「あ、ありがとうございます……!報酬は……」


「あー、後払いでいいぜ。ちゃんと払ってくれよな」


 さあて、と伸びをして、ガタンと席から立ち上がる。


「早速情報収集だな!」



 *



 慎太郎と共に、樹がやってきたのは現場となった中央棟の裏手。普段からあまり生徒が立ち入らない場所のせいか、あたりは閑散とし、たまにグラウンドで部活動をしているのであろう運動部の掛け声が遠くからする以外は、風でざわめく木々の音だけしか聞こえなかった。

 改めて、昨日カツアゲをされたという場所を見てみるが、これといった形跡はない。

 校舎裏な為か、地面は舗装されず剥き出しの土であったが、そこにも何か大きく抉れたような跡などはなかった。


「もう一度確認するけど、争ったりはしてないんだよな?」


 地面や壁を見ながら、樹は慎太郎に尋ねた。


「はい、僕は手出ししてません……。向こうも殴ると脅しはかけてきましたが、何もされてません」


 それを聞き、なるほどなあ、と樹は振り返り慎太郎を見る。と、あることに気づいた。


「あれ、お前その膝どうしたんだ?昨日見た時はそんな擦れてなかったろ」


 樹に言われて慎太郎は自分の膝を見る。確かに、制服が少し擦れて変色していた。


「ああ、実は昨日転びまして」


「転んだ?」


「ほら、昨日逃げたって言ったじゃないですか。相当慌てていたのか、校門付近で転んじゃいまして……痛かったなあ」


 慎太郎が膝をさすりながら言う様子を見ながら、樹は誰にも聞こえないように呟く。


「ふうん、転んだわけね……」


 そんなやりとりをしていると、遠くから生徒が二人、こちらにやってきた。


「樹ー!見つけたヨ!目撃者の女の子!」


 そう言って小蘭が連れてきたのは、事件の第一発見者の女子生徒だった。手にはスケッチブックを抱えていることから、今日もどこかで絵を描くつもりだったのだろう。


「わざわざごめんなさいね。こいつがどうしても冤罪晴らしたいって言うもんで」


 慎太郎を軽く指しながら、樹は女子生徒に事情を説明する。そして当時の話を聞きたいと頼むと、女子生徒は頷き教えてくれた。


「その時は、私はここで絵を描いていました。ここは静かなのでたまに良く来るんです。あの時もいつも通りにスケッチをしていたら、何か言い争うような声が聞こえてきて、しばらくすると安否を確認するような声に変わったんです。それで気になって様子を見に行ったら生徒が三人仰向けに倒れていて、そこから誰かが逃げていくのを目撃しました」


「安否の確認?そんな大声でしてたのか?」


「いいえ。ここは静かなので、音は大きくなくてもよく通るんです。だから私の声やスケッチの音も案外聞こえていたんじゃないですか?」


 女子生徒の証言に、樹はふむ、と頷くと、他に何か気がついたことは無かったか尋ねる。


「そういえば、昨日はここで水遊びしてた人達がいました。水鉄砲とか水バケツでバシャバシャやってたなあ……」


「ああ、昨日は少し暑かったもんな。それはいつ頃?」


「私がスケッチを始める前だから……少なくとも事件が起きる前なのは確実ですね。あ、そういえばそこの壁の汚れも、彼らのバケツが絵の具用だったみたいで、昨日ついた汚れですね」


「ありがとう。十分だ」


 樹は礼を言うと、慎太郎をチラリと確認するように見やってから、再び現場の地面や壁を調べ始めた。

 小蘭が女子生徒を帰しているのを見ながら、慎太郎は樹に近き、あの、と声をかける。


「何かわかったんですか?」


「ん?内緒」


 素っ気なく返す樹に、慎太郎は思わず目を丸くする。


「こういうのは最後までわからない方がいいんだよ」


 そう、生意気そうに樹は笑った。



 *



 鵺一は被害者である高等部の生徒に会いに高等部校舎まで来ていた。

 三人は気絶した状態で見つかったものの、すぐに意識を取り戻し、大きな怪我もなくピンピンして今日も登校していた。


「だからあの眼鏡が俺らを突き飛ばしたんだよ!目の前の人間を間違えるわけねーだろ!」


 顎髭を生やした男子生徒が強く主張する。


「そーそー。おかげで頭にタンコブ出来ちゃったよ」


 目が隠れるぐらいに前髪をボサボサに伸ばした男子生徒がわざとらしく自分の頭を指差し、ニヤニヤする。


「ならその怪我を見せてくれと……」


「女子にそういう要求するなんてサイッテーだって何度も言ってるだろ!お断りだよ!」


 ケバケバしい化粧をした、いかにもヤンキーと言った風貌の女子生徒が吐き捨てるように言う。

 先程からずっとこのループなのだ。

 彼らは慎太郎にやられ、怪我をしたと言い張るも、その怪我を見せてはくれないのだ。物凄く怪しいのだが、かと言って違うと言い切れる証拠も無かった。

 鵺一は自分が樹ほど頭の回転がいいとは思っていないが、証拠が無ければ論証など不可能なことぐらいは理解していた。


「はあ、わかりました。情報ありがとうございました」


 これ以上は不毛だと判断し、鵺一は適当にその場を切り上げることにした。

 その去り際に、目隠れの男子生徒が嫌味っぽく、大きめの声で喋る。


「あ〜あ、馬鹿な転校生ちゃん。名札が無くて名前がバレなかっただけマシかな?でも初日から不祥事起こして悪あがきだなんて、これは即転校待った無しじゃん?先輩に逆らうから天罰くだるんだよねぇ」


 ギャハハハ!!と鵺一の後ろで生徒達は下品に笑い続ける。

 鵺一は拳を力強く握りしめた。



 *



 中等部四階、第三放送室。


「では、各自報告せよ!鵺一!」


「被害者は目の前の人間を間違えるわけがないと転校生が犯人だと主張。その際にタンコブが出来たとも主張」


「よし!小蘭!」


「目撃者は発見前に争う声を聞いていタ。また、事件前に水遊びしていた生徒も目撃、その後、その生徒に突撃して裏は取れタ」


「よし!オレ!地面に足跡が残っていたため、目撃者の証言通り当時地面は軽くぬかるんでいた模様。ついでに壁に絵の具が付着。以上!解散!」


「「お疲れさまっしたぁ!」」


「いやいやちょっと待ってくださいよ!?!?」


 流れるように報告を終えて解散しようとする三人を、ソファに腰掛けていた慎太郎が慌てて止めた。


「何にも解決してないじゃないですか!今のじゃ『現場はぬかるんでた』しか新情報ないじゃないですか!」


「それな、すさまじく重要な情報だ」


「真面目にやってください!!」


 慎太郎は大きくため息をついた。彼らならなんとかしてくれると思ったから。藁にもすがる思いではあったものの、困ってる人は助けると言ってくれたから。だから頼ったのに真剣にやってくれないなんて、そんな酷い話があるもんか。


「冗談だっつの!オレ達は真面目にやってるよ。ところで慎太郎くん、君に確認したいことがあるんだけど」


 樹はにっこりと笑うと、一息置いて尋ねた。


「普通、後ろから殴られたら、どう倒れると思う?」


 慎太郎は首を傾げる。


「え、そんなの前に倒れるからうつ伏せに近い体勢になるんじゃないですか?」


 うんうんそうだね、と樹は頷くと続けざまに訊く。


「あの三人は当時どう倒れた?」


「どうって……だからうつ伏せに……」


 と、言いかけて慎太郎はピタリと言葉を止める。

 そしてだんだん顔を青くしていった。


「自分で気づいたんだな。そうだ、()()()()に倒れるのはおかしい。だって目撃者の証言と()()する」


 そうだ。あの時慎太郎は目撃者の話を一緒に確認していた。あの女子生徒は確かに「()()()」に倒れたと言っていた。


「あの子、被害者とは面識無かったって言ってたヨ。だからグルって訳じゃなさそうダネ」


 小蘭がそう続ける。彼女は完全な第三者だったと言うことだ。改めて伝えたのは、つまり、こう訊きたいのだろう。何故あの時否定を入れなかったのか。

 彼女の証言が間違っているのなら、否定を入れればよかった。しかしその時慎太郎は否定を入れなかった。いや、入れても勝てなかったはずだ。何故なら()()()()()()()()()()()()()()()

 慎太郎は歯軋りをしながら、次の言い訳を考える。


「そ、それは、記憶違い!記憶違いだったんですよ!」


「ふうん?どう記憶違いだったんだ?」


 樹は余裕そうに訊き返す。慎太郎は一瞬言葉に詰まるが、直ぐに説明を始めた。


「そう!前から三人を殴ったんですよ!」


「ほう?三人の目の前にお前がいるのに殴ったと」


 今度は鵺一が鋭い目で睨むように訊き返す。


「それは……そ、そう!僕もそいつに押されたんだ!ほら!膝だって擦りむいてますよ!これが証拠です!」


「お前さっき校門で転んで擦りむいたって言ってただろ」


 樹が呆れたように訊き返す。


「それも記憶違いで……」


「そもそもあそこで転んだならもっと制服が汚れてるはずだ。そんなちょっと煤ける程度じゃなくてべちゃっとしてるはずだぜ?当時はぬかるんでたんだからな。制服なんて毎日洗濯出来るようなものでもないし、週明けならともかく今着てるのは洗濯前の同じ制服だろ?」


「……降参です」


 慎太郎ははあ、と力を抜いて倒れるようにソファに沈む。そして、ポツリ、ポツリと本当のことを話し始めた。


「ごめんなさい。僕はアリバイを作るために嘘をつきました。彼らは後ろから襲われてなんかいません。

 お金を迫られた時、僕は彼を少し押しました。そうしたら彼らは派手にすっ転んでそのまま倒れたままで……僕は怖くなって逃げました。

 そして今日、また彼らが絡んできて……怪我をしたから治療代を払えと高い額を請求してきたんです」


「押したノ?」


「はい……でも軽く押しただけなんです。そんな人を突き飛ばすほど強くなんて押してません!」


 慎太郎は悔しさからか、涙を流しながら力強くおたすけ屋に訴える。


「本当に僕はやっていません!一度騙したことは謝ります。でも、どうか信じてください……!」


「いや、お前がやってねーことぐらいわかるからムキになるな」


「そうダヨ。冤罪なの知ってるカラ」


「勿論だ。それよりも鼻水出てるぞ」


 キッパリと言い切った三人に、慎太郎は呆けてしまった。

 しかしすぐに首を振ってツッコミを入れる。


「いやいやいや!そこは疑うところじゃないですか!渋るところじゃないですか!」


「てめー信じて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよ。大丈夫だって!お前が無実の証拠だってあるしな!」


 と、樹は少し体をずらして慎太郎の後ろへ声をかけた。


「なあ?被害者さんよ」


 その声に慎太郎が思わず振り返ってみると、放送室入り口の引き戸を半分開け、中を伺うかのように顎髭の男子生徒がこちらを覗いていた。その後ろから、目隠れの男子生徒とヤンキー風の女子生徒も覗き込むようにこちらを見ている。


「……お前らか、この趣味悪りぃ手紙寄越したのはよォ」


 顎髭の生徒は大きく舌打ちをしながら乱暴に引き戸を開け、ズカズカと室内に入ると樹の目の前でくしゃくしゃになった紙をばり、と広げて見せる。

 紙には赤いクレヨンで書いたであろう拙い字で『ダイサンほうそうシつ二こイ オマえラノうソをあバく』とあった。


「うん、本当に趣味悪いよな。お前のセンス毎回どーなってんの」


「うるさいネ!可愛く赤色で書いてやったんだヨ、むしろ感謝してほしいくらいダヨ!」


 どうやらアレは小蘭が書いたもののようだ。


「ケッ、中等部のガキが探偵気取りかよ。まあ、暴いたのは眼鏡の方だったがな」


「眼鏡だけにハッキリ見えちゃったな〜」


 目隠れの下らない冗談に、高等部の生徒達は少し前のようにギャハハと下品に笑い、完全に樹達を馬鹿にする。


「で?なんでそこまで暴いてこいつがシロになるんだぁ?証拠もあるだぁ?でまかせ言ってんじゃねーぞ!」


 顎髭の生徒がガァンと力任せにスチールデスクを蹴る。脅しのつもりだ。しかし、樹はにっこりと笑顔のままだった。


「今のでも思ったんだけどさあ、普通気絶するまで殴ったり突き飛ばしたりしたら、血は絶対出るよね」


「だからなんダァ!?」


「なんで現場に血しぶき残ってないの?」


 顎髭がピタリと動きを止めた。しかしすぐに目隠れが答える。


「流石に昨日の今日だよ?掃除してるでしょ!」


 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべている目隠れに、樹は今度は不思議そうな顔をして訊き返す。


「あれ?でも昨日ついたっていう絵の具の汚れは落ちてなかったぞ?掃除してないんじゃない?地面も見たけど、血っぽいの無かったしなあ〜意外とわかるもんなんだけどね」


 目隠れの顔が歪む。


「ふざけんな、血がなんだ!血なんてでねぇかもしれな」


「それに」


 激昂気味に反論する顎髭を遮って樹は続ける。


「転校生が初日にこんなことをして、何のメリットがあるんだよ」


 被害者達は口を噤んでしまった。

 樹はまたにっこりと笑うと、被害者達を一人ずつ指差していく。


「赤川」


 顎髭の男子生徒を指差して言った。


「青柳」


 ヤンキー風の女子生徒を指差して言った。


「黄山」


 目隠れの男子生徒を指差して言った。


「なんか似たような話知ってるなーと思ったけど、お前らの顔見たら一発だったわ。お前ら半年前の集団怪我偽装事件の犯人様じゃねえか」


「けっ、怪我偽装事件!?」


 慎太郎は思わず立ち上がる。確かに彼らはいわゆる「当たり屋」の常習のような雰囲気もあるにはあったが、まさか本当に前にも同じような事件を起こしていようとは思っていなかったのだ。


「前の時の目撃者は先生だったよな。お前らはある生徒にたかっているところに、宿直の先生が見回りに来たことを利用して目撃者に仕立て上げ、怪我を偽装して治療費を請求した。

 でも次の日、あまりにも出来すぎた光景に怪しんだ先生が被害者の生徒から話を聞いて、そのままオレらに依頼を出して解決しちゃったんだよな。まだ懲りてねぇのか」


「まさか、すぐ先公に呼び出しくらったのはテメェらのせいか……!」


 赤川がギリリ、と口を歪ませる。


「そーそー!あの時はお礼に凄く高い紅茶セット貰ったんだよな、先生アンティーク好きで集めてたけど使わないと勿体無いから安めのやつをってくれたんだけどさ、あとでネットで調べてみたらクソ高えの。小蘭がビビっちゃって棚に封印したんだよな、上から二番目の右から三番目の一番奥に箱ごと押し込んで」


「なんだそのクソ情報!?つーか待てよ、さっきの事件の話といい、今の話といい、なんでんなクソ細かいとこまでスラスラ出てくるんだよ……!」


 赤川がベラベラ喋る樹に食い気味に噛み付く。


「んーまあ、オレって()()()()()()()()()


 慎太郎は、何故だかその言葉が強く引っかかった。

 慎太郎の時も、赤川達の時も、樹は「見れば一発」と言っていた。自分の時は、それは名札をつけていたからだと思っていた。でも、家に帰ってから気づいたのだが、名札はずっとブレザーのポケットにしまったままで、あの時はつけていなかったのだ。

 そして赤川達。彼らも当然のように制服を着崩し、名札なんて付けちゃいなかった。

 それでも、彼は「見れば一発」だった。

 つまり、覚えているということだ。初めて出会う慎太郎を見て一発で転校生だとわかるということは、逆に()()()()()()()()()()転校生だとわかったのだ。

 神原樹は覚えている。緑原学園にいる生徒、おそらくは教師まで含めて全員の名前と顔を覚えている。慎太郎の名前もきっとどこかで見たのだ。それは先生の持っている書類かもしれない。それをチラリと見て覚えていたのだ。


「先天性超記憶症候群なんだっテ」


 樹の記憶力に驚いていた慎太郎に小蘭が話しかける。


「樹は、一度見たもの、覚えたものを二度と忘れないノ。忘れていたとしても、すぐに呼び出すことができるノ。本物の天才少年ダヨ」


 小蘭は自分のことかのように自慢気な顔をした。


「アッ、でも本人には天才って言っちゃ駄目ダヨ。キレ散らかすカラ」


 今の発言により、慎太郎の中の面倒くさい人ランキング上位に樹は躍り出た。


「今回もお前らは気づいてたんだろ?あそこにもう一人生徒がいたことに。辺りは静かだったから、彼女がスケッチをする音が聞こえてきて気づけたんだろう。それで利用したんだな、第三者を作るために」


「こいつ……!調子に乗りやがって!!」


 と、赤川が腰を落とすと、ズボンのポケットからポケットナイフを取り出し、チャッと構えた。

 飛び出した刃先が、ギラリと銀色に鋭く輝き、樹を写す。


「ちょっ、赤川!それはまずいって!」


「うるせえ!クタばれこのクソガキどもが!!」


 青柳の制止を振り払い、赤川は樹に向けてナイフを振りかざした。が、その腕はすぐに掴まれ、空中で止まる。


「あーあ、あの時に先生に言われたと思うんだけどな」


 樹は呆れた顔で赤川を見やる。腕をギリギリと締め上げられ、ナイフを掴む力が緩んでいき、カタンとついには手放し落とした。


「次はないぞ、ってな」


 赤川の腕を締め上げる力を強めながら、鵺一は赤川を見下し吐き捨てた。


「……よし!小蘭、カメラバッチリ?」


 樹がコロッと表情を変え、小蘭に向かって確認を入れる。すると小蘭は机の近くに行き、机の上に置いてある、丸い模様の入ったマグカップを手に取った。


「へへん、バッチリヨ!もちのろんのすけ!」


 そう得意気に笑いながらマグカップを()()パカっと開ける。

 その断面から現れたのは、一般的なハンドカメラ。丸い模様だと思っていた部分は穴が空いており、そこにカメラのレンズがハマるようになっていたようだ。


「小蘭チャンお手製擬態カメラは、今日もバッチリ活躍したのでアッタ!」


「うん、それはいいんだけど何でお前毎回オレが映らない位置に置くの?オレ映ったことなくて悲しいんだけど、オレだって映りたいんですけど」


「樹は鵺一やワタシと違ってペラペラ喋るだけで絵が地味なんダヨ」


「お?お?喧嘩か?」


 すっかり脱力したやりとりの横で、この隙にと思ったのか赤川が鵺一から腕を振りほどく。

 そのまま落としたナイフに手を伸ばそうとした瞬間、首の後ろ側に鋭い衝撃が走り、呆気なくガクンと崩れ落ちた。


「俺が竹刀を持っていなくてよかったな。大怪我せずに済んだぞ」


 手を構えて、鵺一が反応のない赤川に呟いた。どうやら鵺一が手刀を食らわせたようだ。


「無駄な悪あがきだ。馬鹿な奴め」


 やれやれと首を振りながらナイフを拾い、パチンと刃先を畳んで収める鵺一に樹と小蘭が怒鳴った。


「馬鹿はお前だクソ鵺一!!あやうく部屋も大怪我するところだったわ!!」


「この狭い室内で喧嘩するなってワタシ達何度も言ってるデショ!?竹刀も何も関係ないカラネ!?」


「む……す、すまん。しかし、カメラはもう止めたわけだし」


「「そういう問題じゃねぇから!!!」」


 いとも簡単に赤川を倒した挙句、その横でギャーギャーと騒ぐおたすけ屋を呆然と眺めるしか出来ない青柳と黄山に、樹はゴホンと咳払いをし、場を仕切り直しすとにっこりと告げた。


「じゃ、明日の呼び出し頑張ってね!」



 *



 翌日、樹が告げた通り、赤川、青柳、黄山の三人は生徒指導室に呼び出された。

 前回おたすけ屋に依頼をして、大体の事情を知っている先生に、今回も相手の告発を撮影したDVDを渡した。

 後日その先生から樹達は教えてもらったのだが、直ぐに職員会議が開かれ処分をしたそうだ。詳しい話は伏せられたが、その後しばらく見かけなかったことから、再犯ということもあり、注意だけに収まらず短期間の謹慎処分になったのだろう。

 慎太郎の方はと言うと、彼は避けられることはなくなったそうだ。それどころか、疑っていた生徒達から口々に謝罪を受け、だんだんと打ち解けていった。

 おたすけ屋もまた、事件を解決したと讃えられ、学内新聞の一面を独占した。



 *



 ーーこれが、二年前。僕の中学二年の春の話。


「ぜんっっぜん依頼が来ない!!暇だ!!」


 ガァンと、自身の定位置であるスチールデスクを叩き倒れこむ、茶髪の男子生徒。


「困ってる人なんてそんな大量にいないヨー。むしろ平和な証拠でいいじゃナイ」


 倒れ込んだまま動かない男子生徒に目もくれず、ブラウン管テレビの前で座布団に座り、シューティングゲームに勤しむ、二年前より少し伸びたオレンジの髪をピンクのリボンで二つおさげに結び、長めの房を肩に垂らした女子生徒が適当に返す。

 その隣には珍しく制服を着た、長い黒髪を首あたりで一つ結び、女子生徒と同じように肩から垂らした男子生徒が、ゲームの攻略本を食い入るように読みふける。


「おい、ゲームしてないでオレに構えよ!お前らに無視されたらオレ暇なんだよ!」


 ガーと茶髪の男子生徒が喚きながら起き上がり、近くにあった本を二人に投げつける。

 バサッと本が当たった瞬間、ゲームに夢中だった二人は勢いよく立ち上がり反撃をしに茶髪の男子生徒へと向かう。


「何すんノクソ樹!!!あともう少しで全クリだったノニ!!!」


「うるせえ!構わないお前らが悪いんだよ!」


「小蘭、お前は左腕を頼む。俺は右腕をやる」


「ちょ、ま、鵺一待って腕掴まないで、小蘭もやめろ!お前らオレを引き裂こうとすんなああああ!!」


 引き戸から覗いた部屋の中は、二年前から変わっていない。

 中にいる三人も、そのまま高等部の仲間入りを果たしたわけだが、全然変わっていなかった。

 僕は大きめのため息を吐いて、引き戸をガラリと開けた。


「すいません!僕の眼鏡を隠した犯人知りませんか!っていうか君達ですよね、返して!!」


 二年経って、僕は今日も彼らに振り回される。

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