卯月のこと。六文銭(上巻)
今回の目玉は大童子の立ち回り。
時は卯月。
水干を着た童子が廊下を歩いている。
両の目は凛として、少しの弱みも女々しさも感じられない。
見目よく、深い色合いの水干が映えるその姿からにじみ出るのは、強い意志と聡明さ。
長い廊下をたどりながら物思いに沈んでいた少年は、視界を掠めた白い華やぎに、つと歩みをとめ、仰向いた。
この家で初めて見る桜。
緊張で強張った唇にふと浮かぶ笑み。
強い花だと思う。
少年はきっと顎を引いて再び長い廊下を歩み始めた。
建具を開け放した部屋に何かを熱心に眺める養父の背中が見えた。
廊下できっちりと正座をし、両手を揃えて平伏する。
「父上、千尋が参りました。」
返答待って、己の揃った指先と床の木目を凝視する。
「よう参った。入れ。」
今一度、深くお辞儀して、敷居を越える。
父と呼び始めて日も浅いその人は穏やかに微笑んでいた。
「屋敷には慣れたか?」
「日々心穏やかに過ごしております。父上様、母上様のお心遣い、もったいなくありがたく存じております。」
折り目正しく告げると、養父はかかと高らかに笑った。
「そう、硬くならんでもよい。きてもろうたのは、他でもない。これのことじゃ。」
差し出されたものを見るや、少年の色白の頬に朱がさした。
「これ・・・父上様、何ゆえこのようなものがお手元に?」
それに答えず養父は微笑んだ。
「ようできておる。見事な大童子の面じゃ。」
それがほめ言葉と理解するのに、一瞬遅れた。
思わず、平伏。
養父は武士だが、手遊びに面を打つ。その面は稀代の物として知れ渡っている。
それを見よう見まねで打ったもの。
人に見せるなど露とも考えずに。
「ありがとうございます。」
「もともと面と言うものは僧、神官が打っておった。これは器である。人の喜び、鬼人の情念、女子の哀しみ、神の寿ぎ、舞人の心。人に語りかけ、時には手を差し伸べる、それは神仏の像と同じほどに奥の深いもの。そなたは、神官の子ゆえ、数多の面に触れる機会があったのであろう。また、その道理がおのずと知れているのであろうな。この面には力がある。少年の清廉さもある。まっすぐな心根がわしにもわかる。」
「恐れ入ります。」
「わしは、良い子を養子としたものだ。千秋の家に恥じぬそなたは良い童である。当家は、文武両道の家。よき武士となるべく、これからも日々、精進励まれい。」
喜びを噛み締めながら平伏したとき、庭が騒がしくなった。
下男と何者かが言い争っているのだ。
父が眉間に皴を寄せて、刀を手に取った。何事かといぶかりながらそれに従う。
「失礼つかまつる!」
騒ぎの主がどうやら庭まで回り込んできたらしい。
「それがし、不貞のやからではござらぬ。刀鍛冶、宗由と申すもの。」
「その刀鍛冶が、いかがなされた。」
養父をかばうように片膝をついて、相手を見据える。
男が少年を見て、まぶしげに目を瞬かせた。
「そこもとは、千秋殿のご養子、千尋どのにござろうか?」
思わず親子で顔を見合わせ、それから頷いた。
「いかにも。」
なんと、とつぶやいて刀鍛冶は腰を抜かしたようにその場に崩れた。
それでも、顔だけはこちらを見据え、決意を秘めて言った。
「こたび、それがしは主上の枕に御立ちになられた八幡様のご託宣につき、巷を騒がす悪鬼化生、鬼女紅葉討伐のため、刀を打つ事と相成った。ついては、八幡様のご託宣につき、千秋家嫡子、千尋どのに、その相槌をお頼み申したい。」
桜の花がひらりと舞う。
卯月のことだった。
(1)
ああ、なんていいお天気なんでしょう。
久しぶりね。
空が高いわ。
雲がものすごい風であおられているわ。
西の空がくれかけているの。
からりと開いたばかりのガラス戸をまた閉じた。
「寒い。」
玄関先で二人ならんだ大童子と春日が重々しく首を振る。
「いけ、いくんだ。」
「おいしいアゴちくおでん食べたいなあ。」
言いたい放題言って、二人は奥の間に戻っていく。
4月。
それでも山陰の町は寒い。
土鍋をしまう前にみんなでおでんを食べようと言うことになったのだ。
「ふぁい。」
肩を落として玄関をあけると、見知らぬ老人が目の前に立っていて思わず一歩退く。
それにあわせて、爺さんも一歩踏み込んでくる。
ち、ちかい。ちかいよ、じいちゃん!
当のじいさんはにこりと笑う。
「わたくしめ、お隣に越してまいった越後屋藤衛門と申すもの。」
「越後屋さん、ですか。」
『ふっははははは、越後屋そなたもなかなかのわるじゃのう』『いやいやお代官様の方こそ・・・』あの場面が、高速回転的速さで駆け巡る。
「これは、ほんのご挨拶のしるしでございます。」
差し出されたのは紫の包み。
反射的に受け取って感じる確かな重み。
・・・ってこれってまさか。
「ええっ!ええっ?」
こ、これって。
小金の饅頭ってやつじゃないのか?
「どうぞ、ご遠慮なさらず。ところで、わたしはさみしい老人の一人暮らし。このあたりのこともよくわかっておりません。お食事がてらこのあたりを案内してくだされば、それ相応のお礼を・・・」
っていうか、ちょっとまて、それは一体・・・越後屋が言い終わらないうちに、家の中から春日の低い雄たけび。
私も、もはやこういう展開に慣れたもの。
振り返らずよける。
春日の手から放たれた閃光が越後屋の足元に着弾する。
「な、なんの真似ですかっ。これは!」
あわを食って越後屋が叫ぶ。
「なんだって、かまやしないわね。」
バキバキと手を鳴らしながら春日が眼光鋭く家の中から現れる。
春日ちゃん、目がね。
とても楽しそう。
「うちの可愛いたまちゃんを、鬼畜外道の裏街道に誘いこもうとする奴は、容赦しない。それだけだわね!大ちゃーん!」
呼ばれてうれしそうに大童子が出てくる。
「おう、たまき。しらねえ人から物をもらっちゃいかんって教えただろ。タダほど高いものはねえんだぜ。」
「いや、君にそれを教わった記憶はないぞ。」
「さあて、じいさん。」
ぎらつく目で、爺さんを見据える大童子。相変わらず、人の話きいてねえよ。この人。
「よくもうちのたまきをたぶらかしてくれたな。」
「まだ、たぶらかされてない。」
自らの名誉のためにも一応訂正を入れると、大童子も言い直す。
「よくも、うちのたまきをたぶらかしかけてくれたな。」
春日とふたり顔を見合わせてにやり。
「たまちゃん!行って来て、こいつはわたしらでしめとくから。」
庭からはじけ飛び出してきた白沢さんがなにを思ったか、尻尾を振ってきゃんきゃん吠え立てる。
「ああ、いくよ。もう。」
しぶしぶ、家をでて、お茶の垣根を回ったところで足を止めた。
どこかで見かけた黒尽くめが佇んでいる。
鷹のような危険な目。神門だ。
物言いたげな顔に気がついたが素通り。
「って、通り過ぎるんかい!」
みえない。
「おいっ!」
みえないよぅー。みないんだもーん。
「おいっ!」
祟らぬ神に祟りなし。
「そこの鈍感野郎!」
し、失敬な。
わざとらしく、たった今気がついたように、目を大きくする。
「あ、出雲の阿国のおっかけ。」
ぴきっと音がするように神門の額に血管の筋が浮いた。
「だれがっ。」
あんただ。
「今日は何?ひとんち伺いやがって。お前は、うちの大ちゃんのストーカーか。」
「だれが、あんな奴ストーキングするかっ。」
おお、こわ。ムキになるところが、からかいがいがあって面白い。
いい楽しみをみつけたかも。
「じゃあ、早く用事言いなよ。あごちく買いに行くんだから。」
まあ、千秋がついているから、大丈夫だとは思うが。そう一人ごちる様に言って、神前は続けた。
「お前はいろいろ惹きつけやすい体質だからな。一応注意しておくぜ。このあたりに、魂魄斬りが出てる。俺達は、ヒト斬りと呼んでる。ヒト斬り、義一郎だ。もう、三人やられた。気をつけな。魂に傷がつくぜ。」
言って、鷹のような目を神門はさらに眇めた。
買い物から戻ってくると、土間に草履がきちんと揃えておいてある。その横にはごつい和傘。
晴れてるのに、傘ね。
結局、越後屋との騒動はおさまったらしい。
炬燵の部屋から笑い声が聞こえるので、ふすまを開けると二人の化生と越後屋が談笑していた。
「ああ、お帰り。たまちゃん。」
「あごちく、かってきたか?たまき。」
紅い顔のふたり。
もしかして、酔っているのか?
炬燵の上には煮えた鍋とカセットコンロと、徳利と杯。
なんだか、酔っ払いのぱしりに遣われたようで、なんというか・・・言葉は汚いが、胸糞悪い。
「買ってきたよ。しょうがもね、」
「おおよし。ま、そこ座れ。」
いいよ。いいよ。
もう始まっちゃってるなら、しょうが摺ってくるし、アゴちく切ってくるよ。
ちょっとふてくされて、立とうとすると、越後屋が杯を差し出した。
「まあ、まあ、いっぱい。」
反射的に私の眉がぴくりと動く。
「越後屋、だめだわね。この時代は未成年の飲酒は、ご法度なんだよぅ。」
春日がろれつの回らない口調で言う。
・・・ビジュアル的には、君もいかんはずだろう。
「こんなに大きいのに?」
「昔と違って、今の子は精神年齢が低いってことだがね。さあ、越後屋、。」
「はい、ただいま。」
なれた手つきで、越後屋が春日の差し出した銚子に徳利を傾ける。
「ささはよいのぉ。」
ご機嫌な春日。
「まあ、大体五年ぶりぐれぇか。」
そしてやはりご機嫌な大童子。
「手前など、いただくのは百年ぶりでございます。」
「そうか、越後屋。おめえも苦労したんだな。」
「いいえ、いえ。大童子様ほどでは。」
って、ちょっとまて。
なんかおかしくないか、この会話の流れ。
「はっきりしておこう。越後屋。」
はい?小首をかしげて罪のない顔でこちらを向く越後屋。
「答えろ、お前まさか。死んでる奴か?」
なんだそんなことかとばかりに越後屋の頬が緩む。
首の包帯をとって頭を持ち上げる。
ぎゃあああああああああ。
き、傷口が。
「さようで。手前は、三百年ばかり前に死んでございます。」
・・・や、やはり。
「もう、死人、化生、余外の者はたくさんだ!即刻、でていけ!」
ええっ、そんな無体な!と越後屋が身を縮めると、二人の化生が私を押しとどめる。
「まあまあ、楽しくやろうじゃねえか。」
「近所づきあいは大事ね。」
近所に越してきた人々をみんな祟って、追い出した奴がよく言う。おかげで家は、幽霊屋敷呼ばわりされてるんだ!
はたと気がつく。
「大童子、春日。」
杯を口元に運ぶ手を止めて、二人はこちらを向いた。
「まさか、君たちなにか、越後屋から何か受け取ってないだろうな!」
二人の目が丸くなる。
「まさか、小金の菓子折りなんぞ、持ってないだろうな!」
きょときょとと動く視線。わかりやすい。分かりやすすぎる。
「目が、泳いでんぞ!」
そこにすかさず越後屋が一言。
「まあ、大童子様もなかなか隅におけないお人でございますねえ。」
「いやー。春日もなかなか。」
大童子に言われて、春日が越後屋に向き直る。
「いやいや、大童子。越後屋こそ、なかなかの悪だのぅ。」
「春日さまには、手前など、とてもとても及びますまい。」
ふははっ。ふはははははははは。
目だけでこちらの様子を伺っている三人。
こ、こいつら。
笑い倒してごまかす気だ。
(2)
「私は、海産物を扱う江戸の商人でございました。」
越後屋が昔を懐かしむようにぽつりと言った。
春日が酔いつぶれて眠っているし、私も随分眠くなってうつらうつらしている。
大童子はたいして顔色もかえず、手酌で杯を傾けていた。
「親からもらった時の店は小さいもんでしたが、それを少しずつ広げて、大きくしてしまいには江戸一番の大店になりました。」
くいっと杯をあおった大童子が、ちらりと越後屋に視線を投げた。
「そんな大店の主人が、なんでこんなところでさまよってやがる。」
押し込み強盗に斬り殺されたんでございますよ。
事も無げに、けれど確かな感情をこめて越後屋は言った。
手前には、昔から懇意にしているお侍様がいらして、名を斉藤 義兼様とおっしゃいました。代々与力のお家柄で、手前どもとは先代が斉藤様に揉め事をおさめていただいた折よりのお付き合いでございました。奥様は美千代様とおっしゃってそれはお綺麗でしたが、お体の弱い方でございました。跡目をお継ぎになるご嫡男もおわして、名を義一郎様とおっしゃいました。ところが、些細なことから、お上の方々のご不興を買い、斉藤様のお家は改易。斉藤様はお役どころか、家屋敷すらも手放す羽目になったのでございます。
奥様のお嘆きはひどく、お体を壊しておしまいになった。そこで薬代が嵩んで、斉藤家の家計はもはや火の車。そこにつけて、義一郎様が斉藤様に反発なさる。はたで見ていて地獄のようでございました。
斉藤さまはがんばったんでございます。誰に笑われようと一切気にせず、傘貼り、爪楊枝の内職。なんでもなさいました。
楽しみといえば、月に一度、手前と碁を打って酒を交わすことぐらい。そうご本人はおっしゃっていました。
とうとうある日、ご自分のお身柄がご家族に迷惑をかけているのではと胸を痛めておられた奥様が、ご自害なさった。
あとを追うように、斉藤様が胸の病でお亡くなりになった。
義一郎様は姿をお消しになっていましたが、次に現れたのは、弥生の終わり。手前の枕元でございました。
道を踏み外しになって、押し込み盗賊の一味になっておられたのです。
一家は皆殺しにされ、手前も、金のありかを言う前に、仲間割れのあおりを食らって斬られました。
義一郎様は、手前のことを恨んでおられるのです。まだ、奥様が生きていらっしゃったころ、義一郎様は悪い仲間と遊ぶようになり、遊ぶ金ほしさにゆすりの真似ごとをなさっておられました。
手前がそれを見かねて、斉藤様に申し上げた。すると、斉藤様はひどく激昂なさって、ひどく義一郎さまをお叱りに。
これをきっかけに、斉藤様は、義一郎様までも仕官のあてがないようでは、一族が日の目を見ることもないと、義一郎様を商人にしようとお考えになりました。
義一郎様には、手前が知られぬように奉公先をあてがいました。けれど、すぐに逃げて戻ってこられました。斉藤様は、今度は僧侶にとお考えになり、また寺を紹介しましたが、それも嫌と。
奥様のご心配はそれがもとでひどくなられたのかもしれません。
義一郎様の荒れようはひどくなり、手前のところにも、金の無心に来られたこともありました。
けれど、わたしは義一郎様に恥をかかせる形で突っぱねました。
『武士は食わねど高楊枝』
そう言って、斉藤様のことを笑った者もおりましたが、何がいけないんでございましょうか。
手前は誇り高く、何があっても間違いを行わない。手前は、斉藤様を心から尊敬もうしあげておったんですよ。
手前のご都合主義だとは、思いますが、義一郎さまにもそれを分かってもらいたかった。
けれど、義一郎さまには、それがてめえの稼いだ金の上に胡坐を掻いた強欲商人の高慢とおもわれたんでしょうな。
押し込みに入られたときに、そうおっしゃっておりましたよ。
(3)
「おい、越後屋。」
呼ばれて、越後屋は顔を上げた。
「おめえが『斉藤様』『斉藤様』とあんまり亡者の話をするから、『斉藤様』が呼ばれてきちまったじゃねえか。」
言われてみると縁側に男がきっちりと正座している。出で立ちは華美ではないが、鬢はきちんと撫で付けられているし、折り目のついた着物。そして、その誠実さを表すように男は両手をついて越後屋に頭をたれた。
ああ、斉藤様、どうぞ頭をお挙げくださいまし。
あわてて、越後屋が両手を振った。
「大童子さま。」
大童子が目顔に答える。
「斉藤様は、先刻より何事かおっしゃられているようなのでございますが、はっきりとは聞き取れぬのです。なんとおっしゃっているのでしょう?」
大童子が静かに杯を置く。
「愚息が大変なことをしでかしたようで、是非詫びたい。恩を仇で返すような非道の振る舞い、申し訳が立たぬ。いくら詫びたところで、取り返しがつかぬ。」
大童子の声が、斉藤の言葉をつむぐ。
「ついては、そこの・・・って俺か。」
大童子が立ち上がって斉藤の方のそばに歩み寄った。浪人は大童子を見上げて、何事か熱心に言い募っている。大童子の眉がぴくりと動いた。
「斉藤さん、それは、父親のあんたの仕事だろうよ。」
斉藤は静かに首を横にする。
「そうか。あんたはちびっとしか、こちら側には這い出してくることができねえってことだな。」
決意を秘めたまなざしは、相変わらずひたと大童子を見上げたまま。
「あんたの愚息をそちら側に熨斗つけて、送り返してくれだと?」
大童子は大きくため息。
漆黒の髪をさわさわと掻いた。
「しょうがねえ。だが、その依頼、タダでは物理的にうけられねえぜ。」
大きくうなずいた浪人は、ふところから札入れを取り出した。
「気持ちわるい・・・」
両足を炬燵につっこんだ春日が炬燵にアゴを預けてつぶやいた。
「頭が、鳴り鐘みてえだ・・・」
同じくだらしない化生がもう一匹。
「お前ら・・・飲まない奴にとっては、異臭の塊だぞ、わかってんのか?」
言葉を荒げると、二人は何か言いかけて今度は「うぷっ」とばかり両手で口元を覆う。
「わかった、わかった。何もいわんからまちがっても吐くな。な?私は、この越後屋を隣に送り届けてくるから、な?」
かつて出したことないほどのやさしい声で言うと、やわやわとふたりが頷く。
それを見届けて、ひとり管を巻いている越後屋をせきたてる。
「越後屋さん、起きてくださいよ。」
二日酔いって、呑み助に落ちる天罰だと思っていたが、周りにもこんな迷惑かけやがって。
ていうか、なんで死霊の癖に重さがあるんだよ。
ぶつぶつ文句を言っていると、よろよろと瞼を開いた越後屋が
「環さま、いつかこのお礼はきっと・・・」
「・・・だまらっしゃい!大判小判はごめんこうむる!」
どうにかしてたどり着いた隣家はがらんとして殺風景だった。
・・・たしかに、こいつは亡者だから生活用品なんて要らないかもな。
そんなことを考えて、こいつをこのまま転がしたままにするべきか、それともあるかないかわからないが、布団ぐらい敷いてやったほうがよいか迷う。
次の間に行くと、碁盤がぽつんと置いてあった。
ふすまを探して視線をさまよわせていたが、とたんに身がすくむ。
うなじの毛がちりちりと総毛だった。
おそるおそる振り返ると、意識もうろうとした越後屋に今、まさに切りかかろうとする若い男。
かっと見据える眼球をはめ込んだ眦は怖いほどにさけて、唇は憎悪にゆがんでいる。
髻はぼさぼさで、アゴの不精ひげがだらしない。
抜き身の白刃からは、少しにごった紅い色。
私は、直感的に察する。
越後屋に向けた憎悪のまなざし。そして、昨夜の侍に似通ったおもざし。
ゆらりと顔がこちらを向く。
知っている。
ヒト斬り 義一郎。
ササガネのおでんにはしょうがが入りますってどんなあとがきだよ。アゴちくはこの地域の名産です。
取り合えず一話完結を目指しているササガネなのですが、今回は長くなったので、上下に分割!
どうか、どうか。下もよんでくださいまし。