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弥生のこと。怪相

ちょびっと、怖いかも。

夜、一人はこわい??いや、そんな怖くはないか。

(1)


三月とはいえ、まだ寒い。

そして、炬燵の中に納まっている化け物が二人、いや二体、あるいは二個。

寝そべって漫画を読んでいる二人だが、花柄の炬燵布団の中では、壮絶な陣地取り合戦が繰り広げられている。

いや、おねえさん入れないでしょうが。

「寝てばかりいると、消化に悪いよ。」

腰に手をあてて言うが、二人とも無視。漫画に夢中だ。

「だから、寝てばかりは、牛になるよ。」

無視。

牛になるぞ。つか、なれ。いや、なりやがれ。

怒りを押し殺し、優しい声で尋ねる。

「今日、買出し当番、だれかなぁ? 洗濯用洗剤、買って来てよ。」

春日はるひが漫画をめくりながらいう。

「大ちゃんだわね。」

「いやー、春日ちゃん。ここはダイエットをかねていっとこーか。つーか、俺、行ったよ。うん、おりゃあ、行った。」

いや、大ちゃん。

君、春日を一瞥したその目つき、ヒジョーに疑わしいから。

春日も負けてはいない。

「いつ行ったんだよ。てめー。一回、でろよ。中が足くさくなるわね。」

「ばかっ。てめえ。俺の足はくさくねぇ。朝露に濡れる薔薇の香りがすらぁ。あれぇ。なんかにおうわけ?足くさいのは、おめえじゃねぇ?」

「女の子になにいうか!」

「女の子って、おめえの場合、ビジュアルだけの話だろ?その実、えーといくつだっけ?今年の節分、いくつ豆を食べましたか?」

「そういう、おっさんはいくつ食べましたか!」

「えーと、おれ?二十六個?」

「うっそだぁ!年、さば読んでるわね。おっさん」

「二十六では、おっさんとはいわねぇんだよ。くそばばぁ!」

「黙れ、くそじじい!」

炬燵の中の陣地取りが激しくなる。

ええと。

や、やめなさい!

「とにかく、おりゃあ、行ったから。」

「年とりすぎて、ぼけたんじゃねえのか?いつ行ったか、言ってみろ!」

「いつって、そりゃあ、よぉ」

大童子が、ぴたり動きをとめた。きょときょとと黒目が左に右に動く。

「あれさ。あんとき。あん時。あん時に行ったよ。おお、行った。うん、行った。確かに行った。」

おい、目泳いでんぞ。

「私は、あん時の後に行ったわね。」

思わずこける。春日、お前もそれに乗っかるのか。

「あん時の後の後に行ったのが、俺の言ったあん時だ。」

「私は、あん時の後の後の後にも行ったわね。」

こら、やめんか。そのぬるくて醜いなすり合いを。

「てめえら。洗剤、買いにいけっつてんだろうが。ごまかすんじゃねぇぞ、こら。」

どすの利いた声でいうと、大童子おおどうじが口を尖らせる。

「そもそも、化生が買い物できるわけなくね?足がねえんだぜ、化けもんてのは。」

「そうだわね。貞子のように匍匐前進してると、日が暮れるわね。」

いや、あるじゃん足。

炬燵で今、激しく戦っているそれ。いや、それだよ、それ。

それが、足でないなら、その四本の棒はなんだよっ。

だが、まあいい。既成事実を示してやるまでだ。

「こないだ、はら屋のたい焼き買って喰ってたのはだれだ?」

春日と大童子の眉がぴくりと動いた。

交わされる三人の視線、無言のやり取り、ぎりぎりの駆け引き。

重い沈黙をやぶったのは、とてもお手軽な感じの機械音。

ピンポーン

来客を知らせる音だ。

受信料の振込み手続きはすでに済ませてある。

越してきたばかりの、しかも学生の一人住まいとは思えない一軒家に来客者といえば、あれだ。

寝そべっていた春日と大童子がはしっとばかりに起き上がった。

目が輝いている。

こいつらは、新聞屋、押し売り、新しい信仰への扉の皆さんが大好物なのだ。

うっ、悪い予感。

「俺が行く!」

「私が行く!」

二人が争うように玄関先に向かう。

追いすがるも、廊下を駆け抜け玄関にあと一息というところで、突然金縛り。

いやー。やーめーてー。

私が無駄にもがいている間に、事態はどんどん進展する。

「どちらさまぁ?」

春日の浮ついた声がする。

「やまかげ中央新聞です!」

「はいはい、ただいま。」

春日がつるりと顔を撫でる。あっという間に、背が伸び妙齢の娘になる。

だが、待て。

なんで町娘?つぶし島田、結ってるひとなんて、いないよ?

時代がちがうだろ!時代考証しろよ!

コスプレにしか見えんだろうが!

「今、あけます。」

春日はいそいそと扉に手をかける。

「こら、春日開けるな。大ちゃん、止めろ!やーめーてー。」

にやりと大童子が笑う。凶悪な微笑み。

こ、こいつ。グルだ。

願いもむなしくガラス戸がからりと開いて、新聞屋のおじさんが顔をのぞかせた。

「こんにちは。やまかげ中央新聞です。先週、越してきたん?新聞とらん?」

「家のことは、うちの人に全部まかせっきりで、ちょっと、あんた!」

「いや、このあたりは、みんな取ってももろうとるんだがねぇ。」

怪しいって!明らかに怪しいって、気付いてんだろう!おっちゃん!髷だし、鹿の子模様の着物だし。

「なんだあ?お春。」

あごをかきながら、大童子の登場。

「あんた、新聞だって、どうしよう。」

「どうしようっておめえ、っうううっ、うおほっほん。」

突然、大童子が玄関先に手をつく。

「あ、あんた!」

「お、おはるぅ、すまねっぇな。おれがこんなばかりに、新聞もとれねぇ。なんて・・・」

「いいんだよ。あんた。あたしは気にしちゃいないよ。」

あの…、もしもし?

「電気屋の広告も入るよ。ここは電気屋が3種類もあるけんね。」

今、目の前で異様なコントが繰り広げられているのにおっちゃんは気にもとめない。

「あ、あんたぁ。死んだら、駄目ね!」

つーか。もう、死んでるだろ。

「あと半年ね。無料だから。」

おい、人の話、話聞けよ。おっちゃん!

よろりと、春日が一歩後ずさった。手をついて吐血しているフリをする大童子の耳元でささやく。

「大ちゃん。あやつ、なかなかの手だれね。」

「ああ。気をつけろ。ありゃあ、組織の人間だ。」

どこの組織だよ。

おっちゃんは、笑顔のまま続ける。

「英字新聞も出とるんだけど。どうですかいね?あと、洗剤一箱つけるけど、とっといて。」

洗剤?

洗剤と聞くなり、二人の体がピクリと震えた。

「まて。早まるな!」

私の叫びは届かない。

大童子が、うつむいたまま、おじちゃんの足をむんずとつかんだ。

機関銃トークを炸裂させていたおっちゃんが、初めて大童子をまともに見た。

「あのぉ。新聞読みたいんですけど、手伝ってもらえませんかね?」

「はい?」

「新聞、読みたいんですがね。最近よく見えなくて、おかしいな〜と思ったら、目玉を置き忘れたみたいで。」

「やだなー。めがねのことだ?。」

おじさん、いい突込みです。

いやー。実は今もね。探してんですよ。といいながら、大童子がゆっくりと顔を上げる。

「ああっあああ」

おじさんが一歩後ずさった。

「ほらね。俺の目玉、知りません? 探すの手伝ってもらえません?」

「何言ってんだい、あんた。」

婀娜っぽく、町娘姿の春日が言った。そっと、大童子の肩を抱き、あごに手をかけて上向かせる。目のあるべきところに深い深い、暗いくぼみが穿たれている。

「先週、たまちゃんが喰っちまったじゃないか。あんたの目玉。そんなに、探さなくても。」

ちらりと新聞屋を見上げて、

「そこに活きのいいのが、うふ。ふたーつ。あるじゃないかぁ。」

おっちゃんが後ずさる。洗剤の箱が転がった。

二人同時に、。

「新聞取るから、め・だ・ま、おくれ。」

「新聞取るから、め・だ・ま、おくれ。」

いやあああああああああ!

激しい悲鳴と、走り去るスクーターの音。

私は金縛りが溶ける。

ほうけたように廊下に座り込む私に、振り返った二人。

ち、ち、血のりが。鮮血が。

あらゆる穴から出てますから!

しかも、その顔でわらうんかい!

「洗剤。新聞屋さんがくれたぜ。」

「よかったね。おっかさん!」


し、しりません。

おっかさん、あんたたちをそんな子に育てた覚えないから!!!!

おっかさんにもね、世間体ってもんがあるんだい。

気が、気が遠くなる・・・。



(2)


ああ暗い。夢だ。


『振り返ってはだめ。』


懐かしい声は確かにそう言った。

おばちゃん?どこにいるの?

ぎぎっと足元が鳴った。

古い羽目板。橋だ。

ああ、ここは、どこだろう。

あたりを見回すが、漆黒の闇。

何も見えないのに、何処からともなく風がふく。

橋が揺れる。私は橋を支えている蔓にしがみつく。

気がつけば私はとても小さい。

蔓で綯われた縄の手すりをつかむのもやっと。

幼児の掌はすぐさま、摺れて真っ赤になった。

長い袂が風にあおられて、蝶々の模様がもみくちゃになった。

ここは、どこ?

風が止む。

心細い。


すると、目の前にポツリと淡いぼおっとした明かり。

火の色なのに、その影はとても冷たく。燃えているにも芯がなく。

右へ左へ ふうらり、ふらり。

上へ下へ ふうらり、ふらり。

それが少しずつ、最後は急に鼻先に近づいたかと思うと橋が炎に包まれた。


おばちゃん!

思わずその場にしゃがみこむ。


『後ろを向いては、駄目。駄目!』


こわい。こわい。

体の一番深いところから絞りだすように、しわがれた声が最後は悲鳴になって。

そっと、気配を感じて目だけを動かして左を見る。

真っ暗な闇の淵から白い指先がすすと伸びる。

手の形、それは優美だけど。まるで舞妓さんの白粉を塗った手のようにうっすらと闇にけぶるように白い。

そして、闇のなかから白眼のその真白さが際立つようなはっきりとした眼が現れ、朱をひいた唇がいびつな微笑みの形でくっきりと浮かぶ。

首の下に真っ赤に染まった襦袢。

襦袢だけを纏った日本髪の女がこちらに向かっていまや半身を乗り出し、手で招く。

「おいで」

い、いやだ!

体が強張って動かない。

左の耳が衣擦れの音を聞く。

「おいで」

はっとして、左を向くと、黒い長い髪が板の上を這っている。そこから覗くのは目じりのつった端整な顔。

「こちらに、おいで。」

左から右から、橋の遠く向こうまで。

ずっとおいでおいでの大合唱。

毛むくじゃら、鬼火、血まみれ、黒い髪。

息が、できない。

目が、乾く。

恐怖のあまりペタリと座り込んで、少し後ろに身を引こうとしたとき。

『戻っては駄目』

おばちゃん!

その声ははっきり後ろから聞こえた。

『振り返っては駄目!』

いや、いや。

後ろにはおばちゃんがいる。

やさしくて綺麗で強い、暖かいその人が。

しゃくりあげながら、首と肩に力を居れて、ゆっくり振り返りかけたとき。

誰かが後ろから幼いからだをしっかりと抱きとめた。

暖かい。

「おばちゃん?」

しゃっくりにひっかかりながら聞く。

でも、この腕は、太い。形がくっきりとしていて、筋肉がついている。

だれ?

腕の主は私の頭に掌を乗せた。


『おばちゃんは、後ろをむいちゃいけねえって、言ったんだろ。』


前を向いたまま頷く。

瞬きと一緒に涙の粒が落ちた。


『じゃあ、そうしなきゃあな。』


また頷く。


『さあ、行こうか。』




夢の中で私は思う。あれは、誰だったんだろう。





笹ヶ根です。ライトと笑いが苦手なので、練習のつもりで書き始めましたが、なんだか、アクセス数が、『その公国、青き母に抱かれ』の方より、多いのはなんでだろう・・・。しかも、一話しかのってなくて、日にちもたった昨日から俄然増えている。・・・何故だろう。

ところで、はら屋の鯛焼きは私の大好物です。山陰の小さな市にお寄りの際は、駅のコンビ二、スーパーで探してみてください。あんこが大量に入ったのが個包装されてますから。

次回は、白沢しらさわさん登場です。

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