秘湯を求めて・2
まだまだ続く不思議な温泉パート4、その実態とは。
「あばばば! おぼ、おぼれるらー!!」
「あははトージ面白いね!」
「ごめんごめん、僕は普通に入れるんだけど君たちは違ったね。」
それは底が深い温泉、グリンダルさんが立って肩が浸かるくらいの深さなのだ。
俺にとっては溺れるのに充分な深さなので必死にもがきながら温泉の縁にしがみつく。
シャルルは溺れる心配など微塵も感じさせずに、スイスイと滑るように泳ぎながら温泉を堪能している。
「ちょっと、これ深すぎますわ!」
岩を挟んだ向こう側からそんな叫びが聞こえてくる、どうやらリュリーティアさんも俺と同じ苦しみを味わっているようだった。
「ここはね、僕的には結構好きなんだ。」
「あー……普通の温泉のサイズですとグリンダルさんは良くて腰まで入るかどうかですもんね。でもこんな風に立って温泉に入るというのは疲れが取れなさそうですよ。」
「それは仕方ないさ、丁度いい広さと深さの温泉があればいいんだけどね。もしくは僕専用の温泉を掘り当てるかだよ。」
サラマッドなら多くの源泉が眠っているだろうから割とアリかもしれない。
もしグリンダルさんが本気で掘るつもりならその時はお手伝いしよう。
さっきの温泉は確かに深かった、溺れそうにもなった。
「だからって今度は浅すぎるのでは?」
椅子に腰掛けながら素足を温泉にひたす。
くるぶしより少し上が入るくらいの深さなので、着替えをする小屋が無い代わりに椅子が設置されていた。
「深すぎるよりマシですわ。それに足だけとはいえ気持ちがよろしいですわよ。」
同感です、実際俺も別に文句を垂れていたわけじゃないのだと知って欲しい。
足湯だけでも、足から身体全体にじんわりと温まっていくのを感じるので案外足湯も良いものだ。
それにこの足湯なら別々にならずに皆で入れるので少し嬉しい気持ちがある。
「ねーねートージこれも温泉って言うのかな?」
「うん? よく分からんけど地中から湧き出したお湯を使ってるから温泉でいいんじゃないか。」
「ふーんそうなんだー。」
自分から聞いておいてそんなに興味が無さそうに返事をしたシャルルにツッコミを入れようとしたが、足でお湯をバシャバシャと動かして遊んでいたのでやめる。
シャルルのスベスベな膝小僧が動く様子に俺の目は釘付けになってしまったからだ。
凄いな、なんか凄い。
「どこを見ているんですかアナタは。」
「元気な膝小僧さんを見てました。」
「せめて横目で見なさい、そんなじっくり見ているといつかお縄になりますわよ。」
「いやいやリュリーティアさんも一緒に見てくださいって、なんか凄いですよ。」
「何を馬鹿なこと……凄いですわね。」
「ですよね。」
「ふむ、僕には分からないな。」
グリンダルさんは足裏しかお湯と接していない中、シャルルの膝小僧を見て冷静に答えていた。
今日だけで五つも秘湯を巡れたが、グリンダルさんによるとまだ沢山秘湯は点在しているらしい。
それを巡るには時間が足りないので、今日は山の中に建てられたログハウスに泊まることになった。
グリンダルさんが自分で作ったログハウスなので、ドアやテーブルが一回り大きいのは仕方ないけど少し使いづらい。
「でも野宿じゃないので天と地ほどの差だと思います。」
「うん? 野宿だったら一応しても大丈夫だよ、この山の中では魔物がほとんどいないから危険は少ないんだ。」
「その少ない危険に遭遇出来る自信が俺にはあるので遠慮しときます。」
「そうか、それがいいさ。」
そう言ってグリンダルさんはログハウスに備え付けられたキッチンに向かっていった。
「簡単な料理で構わないかな?」
作ってもらえるだけでありがたいので頷く、グリンダルさんは床下の収納から1つの木の樽を取り出した。
気になったので近づいて確認してみると、覚えのある匂いか漂ってくる。
「これは、味噌ですね。」
「前に作ったのを置いといたものなんだ、もう完成していると思うから使おうかなって。」
「へー、自作の味噌ですか凄いですね。」
「暇だからつい作ってしまっただけだよ、それに最初はよく失敗して味噌をカビさせたりしたものだ。」
暇が余ると味噌を作るというのも面白い、木の樽の中身である味噌は特にカビなども見られず上手に出来てるなと素人目にも分かる。
「これを使って味噌鍋を作るとしよう。闘司君、リュリーティア君とシャルル君を呼んで野菜を刻んで貰うようお願いしてもいいかな。」
「お任せあれです。」
味噌鍋が完成された絵を思い浮かべて腹を鳴らしながら、俺はお手伝いのために二人を呼びにいった。
香りだかくてコクもある味噌の味、しかし激しく前に出ないで他の食材の背中をそっと押すような立ち位置にいるのがこれぞ味噌と手を叩きたくなる。
温泉で芯まで温まったと思っていたけれどそれは違くて、この味噌鍋によって胃が温められてようやく芯までホッコリとなったように感じた。
「美味かった。」
「おなかいっぱいだぁ。」
「優しいお味でしたわ、私も今度手作り味噌に挑戦してみようかしら。」
「それはいいね、だけど旅をしている君たちだと中々難しそうだ。」
「旅の最中も傍に置いておけばよろしいのですけれど……荷物になるので考えものですわね。」
木の樽を抱えて旅をする姿を思い浮かべてみる。
「それは、考えものですね。」
リュリーティアさんに頼まれたら味噌の樽を運ぶのもやぶさかではないが、喜んで引き受けるなんてことはちょっと出来そうにない。
「さて君たちのお腹も膨れたことだろうし、本日最後のとっておきの秘湯を教えてあげよう。」
「え、今からですか? でもさすがに夜に山を歩き回るのは危険じゃ……。」
「大丈夫このログハウスのすぐ近くにあるから、実を言うとその秘湯のためにこのログハウスを建てたくらいだよ。」
温泉のためにわざわざこのログハウスを作ったのか、グリンダルさんがそこまでするということはそのとっておきの秘湯はそんなに素晴らしいものなのか。
「じゃあこのメモの通りに歩けば秘湯があるから、3人でゆっくりしてくるといい。」
「グリンダルさんは一緒に来ないんですか?」
「僕は何回も行ってるから今回はいいさ、それに全員が一緒に入れるほどその温泉は大きくはないんだよ。ほらほら、僕のことは気にせず早く行かないと絶好のタイミングを逃してしまうよ。」
大きな手で背中を押される、そこまで言われてしまうと無理に一緒にとは頼めない。
仕方ないので俺はシャルルとリュリーティアさんの三人でとっておきの秘湯へ向かうことにした。
軽い木々を抜けていくと開けた場所に着いた、そこには一つの温泉がポツンとある。
見た目は普通、近づいてお湯に触れてみるも丁度いい温度であった。
周囲を見回してみても何か目立ったものはない、あるのは高さが均一な木と着替えができる小屋だけだ。
「これがとっておきの秘湯……なんか普通だな。」
「普通だねー。」
「あら、ちょっとお待ちください。もしかしてここには岩とかございませんの? 」
リュリーティアさんが驚きの声をあげる。
たしかに今までの秘湯には人為的なモノを考えるくらい見事に大きな岩が男女の入浴場所を分けていたけど、ここに限ってはそういうものが何も無い。
つまりは混浴が必須となる、俺の中の悪魔がガッツポーズを決めた気がした。
「ほーんとに遮るものがありませんねー、コレはしょうがないので諦めて一緒に入るしかありませんよ!」
「スケベ……。」
「ボソッと言わないでください……普通に言われるよりダメージが大きいですから。」
「はぁ、仕方ありませんわね。」
「ええそうですね仕方ありません。」
「シャルルさん、闘司さんが不埒な真似をしたらお願いしますわね。」
「はーい。トージ、気をつけてね。」
「神様に誓ってそんな事しないから安心してくれ。」
シャルルもいるってのにそんなアホな事するわけが無い、もちろん居なくたってしないからな。
それに万が一そんな不埒な真似をしたとしても俺の死期が早まるだけだ。
「じゃあ、突っ立ってないで早く入りましょうか。」
俺とシャルルは先に温泉に入って色々と調べていた。
「うーん……何もないな。」
「暖かくて気持ちいいね。」
「そうだな、そこは間違いないな。」
温泉の温度は熱過ぎずかといってぬるくもない、それにたまに吹いてくる夜風が顔にあたって気持ちがいい。
これといった特徴もなくて本当にただの普通の温泉なのだ。
そんな事を色々考えていると、小屋の扉が開かれて一人の女性が出てくるのが目に入った。
タオルに身を包んでいるのに分かる整ったプロポーション。いつものセットされた髪とは違う、温泉に入らないために軽く纏めあげただけの髪、しかしそれがかえって艶を生み出している。
そんなリュリーティアさんの姿を目にした俺はそのまま思わず他の場所に目を逸らしてしまう。
直視できない、気を落ち着けなきゃ不味いなこれは。
「入る前はああ言っていたのにいざとなると腑抜けるのですわね。」
「俺が悪かったので勘弁してください……。」
「よろしい。まあそうやってじっくり見ないでいただけると私も恥ずかしくないので助かりますわ。」
「リュリーティアいらっしゃーい。」
「はい、お待たせしましたわ。」
チャプンと音を立ててリュリーティアさんがゆっくり温泉に入ってくるのが分かる。
「もう見ても構いませんわ、ただしジロジロ見ないでくださいませ。」
恐る恐る視線を横に移す、温泉のお陰かその身体は一枚の膜に包まれたかのようにボヤけたものに見えた。
これなら心臓の鼓動で湯を揺らすことにならなくなりそうなのでよかった。
「ふぅ……気持ちいいですわね。」
「ですね。でも普通なんですよね。」
「何を期待しているのか分かりませんが別に普通でよろしいのではありませんの?」
「いや……グリンダルさんがとっておきと言うのでついつい何があるのか気になっちゃって。」
「まぁそうですわね、確かに気にはなります。」
「スイスイー、スイスイー。」
シャルルの泳ぐ姿を眺めてから、温泉の縁に腕を乗せて上を向いた。
そこには散りばめられた無数の星々と、真ん丸黄色な月が空を支配していた。
しばしその光景に目を奪われた、こんなにも大きくほぼ真上に月が見えるなんてのは経験したことがないから。
「うん? 」
真上に月……グリンダルさんはとっておきの秘湯についてなんて言ったいただろうか。
早く行かないと絶好のタイミングを逃すと言っていた、もしかしてこの月を見逃してしまうことを言っていたのか?
「だけどそれなら別にこの秘湯は関係ない……あれ? ごめんシャルル泳ぐの一旦やめてもらってもいいか!?」
「えっうん分かったー。」
「どうされたのですか急に……まぁこれは……!」
「なになにどうしたの……うわーすごーい!」
シャルルが泳ぐのをやめて揺れていたお湯が落ち着くと、その鏡のような水面に大きな丸い月が写し出されてるのに気づけた。
見事に温泉の真ん中にいる月は、上に実在する月と遜色ない輝きを放っている。
「なるほど……これがグリンダルさんのとっておきか。」
「秘湯の名に恥じない美しさですわね。」
「綺麗だね。えいや。」
シャルルが軽く波紋を立てると水面の月が揺らぐ、それさえも一つの芸術品のように見えてしまうから不思議なものだ。
そんな突如水面に現れた月を俺達三人は少しの時間眺め続ける、しばらくすると月は真ん中から移動を始めて温泉から姿を眩ませてしまった。
「綺麗でしたね。」
「ええ間違いありません。」
「うぅ、熱くなってきちゃった。ボクもう上がるねー。」
「気をつけろよー。」
「シャルルさんたら、途中でのぼせてしまいそうでしたわね。」
「月が見えなくなるまで頑張って付き合ってくれてたんでしょう。」
そんなシャルルの気遣いに心が和む。
しかしシャルルがいなくなったことにより賑やかな空気が静かなものへと変わる、それにより今リュリーティアさんと俺の二人だけという事実に気づいてしまった。
なんか途端に緊張してきたぞ。
「ふぅ……。あら闘司さんも顔が赤いですわね、上がった方がよろしいのではないですか?」
「はい!? あっいや俺はまだ大丈夫です!」
「そうですの……? まぁ私ももう少し入るつもりでしたのでいいですけれど。」
しまった、つい反射的に大丈夫と答えちゃったよ。
さっきまで吹いていた夜風はもう吹いておらず、緊張と湯の熱で段々と茹でられていく俺の身体。
何とか気を逸らすために周りを見渡すと、濡れて輝く綺麗な肌に手でお湯を掛けるリュリーティアさんの姿を視界にいれてしまう。
何気ない動作にも関わらず俺はそれにドキドキしてしまい、身体が余計に熱くなってしまった。
「死にそうな顔をされてますけど本当に大丈夫ですの?」
「はははは大丈夫でーす!」
「そう……ですか。」
そんなやり取りを数度と繰り返して、リュリーティアさんが先に上がるまで俺は秘湯を味わい尽くすハメになってしまった。




