秘湯を求めて
先日起きたイヤーミナとのゴタゴタをサラマッドの族長であるグリンダルさんに相談をしてみた。
「そうかイヤーミナ君が……。」
「はい、別にまだ何かされたってワケではないんですけど一応相談しておこうと思いまして。」
「うん、相談をしてくれたのはありがとう。ただしだからといって族長である僕が、イヤーミナ君に釘を刺しに行くのは逆効果になると思うんだ。」
「そうですわね。」
「分かっているんだね。そう、まだ起きてもいない事について注意しに行くなんてことは、下手したらそれが原因で事件に発展するかもしれないんだ。だから僕は現時点では力になれそうにないよ。」
まあそうか、普通はそうだよな。
疑わしきは罰せよなんていう無茶苦茶なことは出来ないし当然したくない。
そもそもそんな行動に出るのかどうかも怪しいからなイヤーミナのやつは、リュリーティアさんにビビっていたし。
「そうだね、揉め事をなるべく起こさないようにする方法なら僕にいい案があるよ。」
グリンダルさんはこれは閃いたとばかりに指を立ててそう言ってきた。
「それは一体どんな名案なんですか?」
「それはね……。」
俺達はいま鉱山町がある場所からさらに登った、舗装がされていない木が生い茂る山道を歩いていた。
「さすがは秘湯への道のり、ここら辺は人が通った形跡とかが全然ありませんね。」
「サラマッドに住む人達にとっては下の温泉街で事足りるからね、わざわざ登りづらくて迷いやすい場所にある温泉なんて行かないんだよ。」
グリンダルさんの名案、それは俺達がイヤーミナに見つからないように行方を眩ませること。
山奥に点在する秘湯たちを巡りながらほとぼりが冷めるまで待つ、少し時間が経てばイヤーミナも冷静になって馬鹿なことはしないだろうとの考えだ。
もちろん少しの間だけで何日も山に籠ってる訳にはいかない、ハナさん達には数日程出掛けてくると伝えてあるのでその辺りは心配ない。
「冒険だねトージ!」
「ああ冒険だ、ワクワクするな!」
グリンダルさんの案内があるからか道という道が見えなくても不安になることは無く、むしろ木々をかき分けて進むという行為を楽しんでいる俺がいる。
ちょっとしたテーマパークのアトラクションを体験しているようなものだ、ガイドさんがいて安全にスリルを味わえるといった感じのやつ。
「お二人とも楽しそうですわね、私は冒険の真似事より早く温泉に浸かりたいですわ。」
「ちっちっち、リュリーティアさんには少年の心ってもんがありませんねぇ。」
「あってたまるものですか、私は女性です。」
男の俺より男らしいところを見せる時がある気がするんだけど、言ったらどうなるか分かったものではないのでお口チャック。
「うんうん、リュリーティア君の期待に応えられるといいんだけどね。おっと、そろそろ1つ目の秘湯に着くよ。」
その言葉通りに歩いて少しすると、ぽっかりと木々が開かれた場所へと抜け出た。
そのぽっかりと空いたところこそ第一の秘湯、湯気が立ち上って秘湯はまさにここにあるぞと、その存在を俺たちにアピールしてるかのようだった。
「おおー……普通の温泉ですね。」
「見た目はそうだね。」
「見た目は? ということは何か目には分からない不思議パワーが温泉に溢れてるってことなんですね。」
「そういう事でもないんだ。とにかく入れば普通じゃないことが分かるよ。」
なるほどな、要は入ってみてのお楽しみというやつか。
では早速着替えて入るとし……スパーン!
「痛いです……。」
リュリーティアさんの目の前で服を脱ごうとしたので頭を叩かれた、懐かしい痛みだ。
レディの目の前で着替えるのはマナー違反だと忘れていたのでしっかりと反省する。
「着替えるならそこの小屋を使うといい。僕が個人的に使う為に全部の秘湯のそばに建てたんだ。」
早く言ってくれたら助かったけど、懐かしさを感じられたので良しとしておこう。
腰にタオルを巻いてずり落ちないことを確認して秘湯の縁に立つ。
男女を分けるように大きな岩が入浴場所を二つにしているのでエッチなハプニングは起きない、少し残念。
「では闘司君、一番乗りは譲るよ。思いっきり飛び込むといい。」
「え、いいんですか!? じゃあ悪いですけど一番乗りいただきまーす!」
「あっ、トージズルい!」
「シャルル君は少し待った方がいいよ。」
なんで一番を譲ってくれるのか不思議に思ったけど、目の前の湯気立つ温泉を見たらどうでもよくなった。
お行儀が悪いとは分かっているけれど、俺は温泉に向かって勢いよく飛び込む。
「ひゃっほ……づめだぁーーーい!!!?」
な、な、なんじゃこりゃ!!
湯気は確かにのぼっていた、しかし飛び込んだ瞬間に包み込んでくるのはただの水。
あまりの冷たさに色々なモノが縮み上がる。
「あばばば……ぐ、グリンダルさんこれ、これはどういうことですか!」
「はははビックリしたろう?」
「ビックリしすぎて心臓が止まりかけましたよ!」
「騙す真似をして悪かったね、でも騙されたついでにそのまま浸かってもらっててもいいかな?」
「な、なんでそんなイジメを……。」
「大丈夫、そろそろ変わるはずだから。」
何が大丈夫なんですか……。
とにかく言われた通りに身体を震わせながら浸かっていると、徐々に震えが収まってきた。
「あれ、なんか冷たくない……ですね。」
「それは良かった。」
身体の末端がシビレみたいな感覚を出しつつも、ほんのりと暖かくなっていく。
冷たい身体をお湯にさらすと起きるような、そんな状態になってようやく気づいた。
「いつの間にかお湯になってる?」
「面白いだろう。原理は謎なんだけど、この温泉は何故か入って少しだけは水のような冷たさを感じるんだ。それでそのまま浸かっていると元のお湯の温かさを感じられるようになる。」
初見殺しの温泉だな、こういうところにファンタジーな要素はいらないと俺は思うんだ。
しかし最初の地獄はどこへ行ったのか、今はもう普通の温泉となって身体の芯まで暖めてくれてる。
「ということでシャルル君とリュリーティア君、最初は気をつけて入るんだよ。」
「ハーイ!」「闘司さんどうもですわー。」
どうやら実験体にされてしまったようだ。
二人の声を聞きながら釈然としない気持ちを抱くが、温泉がそれをゆっくりと溶かしていったので上がるときにはそんな気持ちは綺麗さっぱり無くなっていた。
1つ目の秘湯を離れて山道を歩くこと数分、割と間隔が近い場所に2つ目の秘湯が現れた。
「うわぁ……。」
思わず声が出てしまう。
一目見ただけで普通の温泉ではないと分かった、いや分かってしまった。
にごり湯として乳白色や赤茶などと色が目立つ温泉は数あるが、まさかレインボーに色づく温泉があるとは誰も思わない。
「キレイだねー。」
「ですわね。」
これを綺麗の一言で締めてしまっていいのか。
俺がおかしいのか? 俺以外の三人はしかめた顔をしていないから……俺がおかしいのか。
極端な方向でファンタジー感をぶっ込んでくるのはやめて欲しいな、まあこっちではコレが普通だったりするんだろうけどさ。
「では入るとしましょう。」
「ほらトージ、着替えて早く入ろ!」
「あぁうん……頑張るよ。」
覚悟の使い道についてゆっくりと考えながら七色の温泉に混ざり込むとしよう。
目がチカチカしてるような気がする、そんな中本日3つ目の秘湯へと辿り着いた。
今回は見た目が普通なのでまずは一安心、後はびっくり要素が無ければ花丸だ。
「よし、入るか。」
「今度はどんな事が起きるか楽しみだね!」
「そういえばここは僕も久しぶりに入るな。」
シャルルの言葉に素直にそうだなと頷けないのが悲しい。
小屋で服を取っ払い、いざ次の勝負へと挑む。
初めの悲劇を繰り返さないように慎重に足を沈めていく。
「おぉー……。」
「おぉー、プルプルだね。」
「うんうん、こういう感触だ。」
足を踏み入れて感じた感触は、ゼリーだ。
形がしっかりとして弾力があるゼリーじゃなくて、程よく解されたゼリーの手触りがする。
全身を温かいゼリー湯に埋める。
「なんか癖になるな。」
「美味しそうだねぇ。」
「斜め上の感想だな、食べちゃダメだぞ。」
「はーい。ねぇグリンダル、泳いでもいい?」
「好きにして構わないさ。」
シャルルは一体どうやっているのか、プルプルのゼリー湯を巧みに泳ぎだした。
スイスイ? と泳いでいるシャルルはそのままリュリーティアさんの入っている場所の方まで行ってしまう。
「まぁ、シャルルさんは泳ぐのがお上手ですわね。」
「あっごめんねリュリーティア、こっちまで来ちゃった。」
「うふふ、シャルルさんなら別によろしいですわ。」
「えー? じゃあトージも呼んで皆で入ろうよ!」
「それは……駄目です。」
くっそぉ!!
「そっか。あ、ボクもう戻るね。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
シャルルが帰ってきた。
「スイースイー、ただいまー。」
「シャルル、どうだった……?」
「どうって?」
「それはその……アレだ、山脈は雄大だったかどうかをだな……。」
こんなことをシャルルに聞いてしまう俺の薄汚さを恥じるが、俺の中のリビドーが聞けと命じてくるのだ。
「えっとねー」「あー私ったらなんだか無性に拳が唸ってきてしまいましたわー! 何かこの拳を鎮められるモノが近くにありませんかしらー!」
「シャルルやっぱり大丈夫だから、泳いできていいぞ。」
「そう? じゃあ今度は潜ってみる!」
楽しそうに潜りだしたシャルルを引きつった笑顔で見送る、まだ飛んでくる怒気に当てられて身体が小刻みに震えだして止まらない。
そんな俺を見てグリンダルさんは生暖かい目をしながら肩に手を置いてきた。
「その知りたいと思う気持ちは分からなくもないよ。」
俺とグリンダルさんの間に不思議な同族意識が芽生えた。




